第35話 大魔王

 隣の部屋では、窯がごうごう音を立てて燃えている。そしてものすごく暑い。ここは窯の部屋に入る前の準備室と呼ばれている部屋だ。


 準備室は窯に入れるものや燃料などをここで準備する部屋である。ここから隣の窯の部屋に運び、そこで燃やしたり加工したりするのである。


 準備しているときにまで、窯の猛烈な熱にさられるのを防ぐためである。


 しかし、刀工は鉄を真っ赤になるまで焼いて叩きまくるので、ほとんどこの部屋にはいない。窯の前で汗だくになってガンガン鉄を叩いているのである。


 その部屋でオウミに加速劣化試験をやらせていたところへ、ややこしいふたり組がちん入したのである。


 例によって、並んで正座である。


 こんこんこんこん! こんこん!


 懇々と説教をしている、という意味の擬音である。


「だから何度も言っているように、俺はSではあっても腐ではない。ミヨシのおっぱいを揉むことはあっても、アチラとナニすることはないのだ」


「私の胸は、まだ1度も揉んだことないくせに」

「あの、今回の僕はとんだとばっちりですよね?」


 うん、ふたりとも反省の色がまったく見られないね。どうしてくれようか。


(もともと、我がこやつらに見えないことが問題だったのではないノか?)

(まあ、そうだけどな)


(では仕方ない。不本意ではあるが姿を現すとするか。長い付き合いになるのだし、ずっと隠しておくってわけにもいくまい)

(それはいいけど、そんなことができるのか?)

(むしろ隠しておくほうが大変なノだ。それでは)


 俺にだけしか見えないのだと思っていた。オウミの意志で隠していたのか。


「じゃあ、ふたりに紹介しよう。これが俺の眷属・オウミだ」

「よっ! よろしくなノだ」




 何だよ、お前ら。紹介したんだから挨拶ぐらいせんかい。不意に俺の肩あたりから現れたのだから、驚くなとは言わないが


「なんか言え」


 正座を1時間ぐらい追加したろか。


「あ、あの。眷属って?」

「ああ、この間アチラに教えてもらった召喚魔法な。どうやら成功していたみたいだぞ」


「そ、それ、それで。このお方が現れたっていうの?」

「その通りだ。だがミヨシ? このお方って、なんで丁寧語になってんだ。こんなのただのちっこい女神だぞ?」


「ただのって。違いますよユウさん。この虹色の輝きは魔物の中でも最上級の魔王クラスにしか出せない色ですよ」


 なぬ?


「あっ、てめぇ。ここぞとばかりにそんな色を放ちやがって。格好つけかよ!」

「し、失礼な。これが素なノだ。我は最上級だからな」


 最上級がなんで魔法師でもない俺の眷属になってんだよ。我が知るか、お主が呼んだからであろうが! 呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃんとかしてんじゃねぇよ! お主はときどきわけのわからんこと言うがそれこそ止めろ、読者が当惑するだろうが。眷属が読者に気を使ってんじゃねぇよ!


 と和やかなお話し合いをしているうちに、ふたりの顔色はみるみる青ざめていった。


「ねぇ、アチラ。私の勘違いでなければ」

「はい、僕もそう思います。このお方は間違いなく」

「そうよね? あのお方以外にはそんな名前を名乗るはずないわよね」

「はい、その通りです。僕は学校で習いました」


 アチラの習った歴史書は伝えている。


 オウミとは、このニホンを分割統治する7大勢力のうちのひとり、ニオノウミというニホン最大の湖を支配下に置く魔王・オウミのことであると。

 そしてそれは、この地(ミノ)を治めるミノウの義理の妹でもあることを。


 まさかそんなことがあるわけない、という疑問がふたりの脳裏を駆け巡る。しかし本人がオウミと名乗っているのだ。一概に否定するわけにもいかない。


「ユ、ユウさん、ユウさん。そんな乱暴な言葉使いをしちゃダメですよ」

「あぁ? そんなことアチラに言われることじゃないぞ」


「そ、そうよ、ユウ。もっと、ちゃんと敬語で話して。そんなぞんざいな言葉使いはダメよ」

「ミヨシまで、いったいどうしたんだよ。俺に敬語なんか使えるわけがないだろ」


「ドレミ伯には使っていたじゃないの! ユウはやればできる子なんだから」


 そういえばそんなこともあったような。しかし、自分の眷属になんで敬語が必要だよ。アホか。


「ふっふっふ。どうやらこの者たちは気づいておるようなノだ」

「気づくって何をだ?」

「我の本当の姿をだ」

「手のひらサイズのエロっぽいねーちゃんだろ?」


 だから小さいは余計だ! エロには問題ないのかよっ。そんなことより我を少しは敬え! 敬ってほしけりゃもっと立派なところを見せてみろ。時間を進めてやっているではないか! それは助かってるよ!! それなら良いのだ……あれ?


「まるで、仲の良い兄妹げんかを見ているみたい……」

「は、はい、なんかふたりともこの世のものとは思えないような」


「本当にあのオウミ様なのよね」

「初級の召喚魔法でも、たまに魔人クラスを呼び出しちゃうことはあるそうです。だけどそういう場合はたいがい、呼び出し者は生きていないそうです。ましてや魔王なんかを呼び出した日には……」


「ユウはピンピンしてるわね」

「それどころか、最上級の魔王を相手にすごく幼稚な口げんかしてますよ?」


「「幼稚で悪かったな!!!」」



 こぼれ話:魔物<魔人<魔王 なんて(大まかな)ランクがあるらしい。

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