第25話 覚醒魔法を使え!

「それだ!!! ミヨシ、昼のムニエルに使ったレモンはまだ残っているか?」

「え? うん。まだたくさんあるよ。レモンを食べたいの? ムニエルもまだ残ってるよ?」


「それはそれで食べたいが。今は我慢だ。レモンの汁だけ搾って持ってこられるか?」

「うん、できるけど。今度はどっちがなめるの?」


 いいからありったけ取ってこぉぉぉい!! と言って、いつの間にかボケ担当になったミヨシを送り出す。


「昼に食べたムニエルは旨かったっすね」

「ああ、味付けが絶品なんだよな、あれはミヨシの才能だろうなぁ」


 と言っているうちに、ミヨシがレモンの絞り汁をボウルにたっぷり入れて持ってきた。種や皮もきちんと除去してある。こういうとこは気が利く女の子である。


「じゃあ、これをめっき槽に入れてくれ。まずは半分くらいにしようか」


「こ、これをここに入れちゃうの? 食べ物を粗末にするとミノウ様の祟りが」

「ミノウ様って人に祟るように魔王なん?」

「僕は聞いたことないですね」


ミヨシ「てへ♪」


 口から出まかせを言わないように。アチラ、いいから投入だ。だいたいでいいから半分な。


「はーい。じゃ、失礼して。さばだばさばだば」


 よし、しばらく攪拌して、それからまた味見だ。


「おぇぇ。また、アレをやるんですかぁ」

「さっきよりは、まずくないと思うんだが」


「ぺろ。おぇぇぇぇ。すっぱにがまずえぐぅ」


「表現項目が増えたぞ。すっぱも入ったようだが、どうだ?」

「ちょっと酸っぱいです。でも、その分えぐみもでてきました、おぇぇぇ」


「じゃあ、残りも全部いれちゃって」

「僕の舌の健康は無視ですか!?」


「じゃあ、私が入れてあげる。しゃばだばしゃばだば」

「ミヨシさんは、人ごとだと思って、もう」


「よし、アチラ、なめろ」

「うえぇぇぇ。めっき液をですよね?」


 ぼかっ。当たり前だっての。


「痛たたた。はーい。ペロ。うわぁぁ、すっぱ、すっぱっぱまずげろにがぐろいっす」


 詳細は良く分からんが、グロとか入ってなかったか? 


「酸っぱいのが入ったら、まずさ激増です、うぇぇぇぇ」


 しかし今回は明らかにアチラの目が >< こんな感じになった。そのぐらい酸っぱくはなったということだろう。

 つまり、それは酸性度が高くなったということだ。めでたいめでたい。


「よし、これでもう一度、小剣にニッケルめっきだ。アチラ頼む」

「めでたくはないですが。はい。それならいくらでもやります、おえっ」


 そしてレモン風味なニッケルめっきが完了した。その結果、外観上では大きな変化は見られなかった。


 それじゃダメじゃん。


 ただ、膜の質がなんとなく変わったようには見えた。この前のやつが残っていない(不手際ですな)ので比較ができないが、なんとなく硬さが増したのか厚みが増したのか、そんな感じのニッケルめっきになった。うまく説明できないが。


「結局、良く分かりませんでした?」


 はい、その通りです。


 でもまあ変化はあったのでこのまま進めてみよう。ダメでもともとの、これがラストトライだ。


「アチラ、これの金めっきを頼む」

「任されました!」


 めっき液をなめるのがよほど嫌だったのか、作業については嬉々として動いている。しかし、これがうまくいってもいかなくても、アチラには残酷な仕打ちが待ち受けている。まだ内緒だけど。


 そして約1時間。俺とミヨシは食道でお茶を飲みながら待っていた。つまみはシイの木のドングリだ。


「ドングリなんか食えるかぁぁぁ」

「あれ、ユウは知らないの? シイの実は純ニホン産のナッツよ」


 え? ナッツ? それなら大好物だが。 ちょっと待った。


「いま、ニホンって言った?」

「そうよ。この国のことだもん」

「ここってニホンだったのか……」


 宇宙を旅して見知らぬ惑星にたどり着いたら、そこは別の種族が支配する国だった。その後、彼らは知った。そこは別の惑星ではなく、もともと彼らの暮らしていた地球の未来であったことに。


 ってぐらい驚いた。


「いいから食べなさいって。指で押さえれば簡単に割れるし、おいしいよ?」


 スルーされた。まあいいや。パキン、ほんとだ、簡単に割れるもんだな。しかしドングリだろこれ。そんなものが食べられるわけが……コリンコリンコリン。あれ? うまい。コリンコリン。


「ほんとだ、うまいなこれ。ちょっと栗の味に似てないか?」

「でしょ? 森にいけばいくらでも落ちてるから拾ってくれば良いおつまみよ」


 パリン、コリン、パリン、コリン。パリコリパリコリ。割っちゃ食べ、割っちゃ食べの擬音である。うまいうまい。これはやめられないとまらないファッションショー。それはパリコレ。


 そんな中、アチラがダッシュしてやってきた。


 おいおいアチラよ。狭い工房、そんなに急いでどこへ行く。


「ここに決まってるでしょ。あの慌てようは、何かあったのよ」

「何かって、まさか。魔王の出……あん痛いん」


 頭をはたかれた。ハルミだけでなく、ミヨシも意外とS属性なのか。


「ユウさん、ユウさん、これ見てくださいよ。すごいですよ!」


「おぉできたか。ふむ、ずいぶん金の色に近づいたな。さっきのに比べれば、格段に良くはなっている」

「ほんとねー、すごいじゃない、こっちのほうが段違いにキレイよ。明日はこれにしましょう!!」


「あれ? ユウさんの反応は拍子抜けなんですけど? これでもダメですか」

「いや、良くなったよ。ずいぶんよくなった。だが、どうだろ、これでも80点ってところかな。俺が思っていたよりは良くなっているけどな。コウセイさんにも見てもらおう」

「僕、呼んできます」


「これが新方式か。良いじゃないか。これなら客に自信を持って提出できるレベルだ。点数にして85点は出せる」


 コウセイさんが甘いのか、俺が厳しいのか。しかし、もうこれ以上はできないのだから、明日に関してはこれで行くしかない。


「よし、じゃあ、アチラ本番だ。客先品にこの条件でめっきをつけよう」

「了解です!!」


 悪くなることはないと思っていたが、もしこれがぜんぜんダメだったら、ということに今さらながら気がついた。


 もう液にレモン汁を入れてしまったのだ。これがダメだったら最初の建浴からやり直さないといけないところだった。

 あれ。俺、やばかったんじゃね? 成功したから良いようなものの。本来はもっと慎重に進めるべきだよな?


 まあいいや。結果お~らいだ。わはははは。


 この世界に馴染んできている俺ガイル。


 そして客先品の金めっきが終わり、コウセイさんによる最終チェックも終わった。85点金めっきの完成である。


 明日の準備はこれですべて完了だ。そして俺はアチラに引導を渡すべく、ニッケルめっき槽の前に呼んだ。


「アチラ。この味を忘れないようにしてもらいたい」

「はい?」

「今度からお前がニッケルめっき浴の管理と建浴をやるんだ。この味になるようにやるんだぞ」

「おぇぇぇぇぇぇ???!!」


「今のこの浴は、配合がまったく分からない。こんなもんだろうを繰り返してできた偶然の浴だ。だから、どの物質がどのくらいの濃度なのかまったく分からない。いずれは試験を繰り返してその辺は明確にするつもりだが、当面はお前の舌だけが頼りになる」

「おぇぇぇぇぇぇ???!!」


「めっきを繰り返せば当然、必要な物質は減り、不必要な物質は増えて行く。減ったら足さないといけない。増えたら液の交換だ。そのとき、当てになるのはお前の舌だけなんだよ」

「おぇぇぇぇぇぇ???!!」


 おぇ、以外の文字は忘れてしまったようだ。


「だから、これから毎日、朝と昼の2回。液をなめて変化してないかどうか確認してくれ。変化していたら足りないものを足してくれ」


「あのう、ユウさんはやらないんですか? ユウさんのほうが詳しいのに」

「お、俺は机上の天才だからな。現場には手を出さないのがポリシーだ。時々見には来るけどな」


 そんなもん、やってたまるか。


「おえぇぇぇ」

「おえぇぇぇぇ」

「おぇぇぇぇぇぇ」


「いや、今やらなくてもいいだろ。それにそんなに何度もなめなくても」

「だけど、この味を覚えないといけないと思って、おぇぇぇぇぇ」


 ……お前ってやつはなんて律儀なんだ。


「その液を少しとっておいて、確認のときに試しなめするようにしたらどうだ?」


「あ、そうか、そうします。でも、それはそれでおえぇ」


「しかし、これを毎日2回もやるっすか」

「最低でもそのぐらいはお願いしたい。酸味が落ちていたらレモン汁の追加だ」

「おえぇぇぇぇ」


 浴の確認に作業者の舌を使うとか、俺っていつか訴えられそう。早めに配合とか管理項目とかを決めよう。


 さてと。もう作業はないのでアチラには帰ってもらった。ヒーターなどの電源を落とすのは俺が担当する。


 一度自分でニッケルめっきをしてみたかったのだ。小剣はいくらでもあるので、それにニッケルめっきをつけてひたすら観察したいのだ。

 現場百編、問題点自ずから現す、とまでは言わないけど、ある意味これは真実だ。俺の経験はそう言っている。


 明日には間に合わないとしても、なにかヒントぐらいはつかんでおきたい。適当な配合やレモン汁が功を奏した形だが、まぐれ当たりもいいとこである。


 それで85点なら上出来ではあるが。


 時間が来たので小剣を取り出して洗浄する。そして布きれで拭いて観察だ。


 相変わらず光沢のあるキレイなめっきである。そこで、俺の違和感は、この光沢にあることに気がついた。


 素人考えに過ぎないが、こんなつるつるな表面の上に何かを乗せたら、やはりつるつる滑るんじゃないのか?


 ウルシ職人がウルシを塗るときは、最初に塗布面をムクノキの葉(紙やすりの代わり)などでわざと細かい傷を付けるという。そうしたほうがウルシはしっかり木に食いつき、剥がれにくくなるのだ。

 屋根にペンキを塗るときも、フィギュアに塗装するときも下地を荒らしてからするものだ。


 このニッケルめっきは、下地としてはつるつるに過ぎるのだ。表面をもっと荒らすべきではないだろうか


 しかしヘタに傷など付けたら、金めっき後にその部分が透けて見えるかもしれない。物理的に傷つけるのは止めておくべきだろう。


 そのとき、俺の脳裏にある単語が浮かんだ。


 シンタリング。


 シンタリングとは、融点よりも少し低い温度で一定時間加熱することで、その結晶を焼結させることである。

 それによって粒子は大きく成長し、耐久性などが向上する技術だ。


 ニッケルを焼結してやったら。

 粒子を大きくしてやったら。


 なんかうまくいきそうな気がする。たいした根拠はない。


 では、シンタリングするとして、そんな窯はあるだろうか?


 早速、小剣を手に剣を作る工房へ移動した。しかし、窯に火は入っていない。そりゃそうだ、仕事がないもんな。これから温度を上げていたら、それだけで徹夜仕事になるな。


 しかも、温度だけ上げても温度管理はどうするか。


 ニッケルの融点は1450度くらいだったと思う。すると1350度くらいにしないといけないことになる。

 そのキープ時間はどのくらいだろう。ヒートスケジュールはどんな形にするのだろう。


 それに、窯に入れた場合には降ってくる灰からどうやって刀を守るかという問題もある。灰でニッケルで変色するかもしれない。かといって耐火レンガで囲んだら温度が上がらないだろう。

 あぁ、問題は山積みだ。とても明日までになんとかなるレベルじゃない。


 もうやーめたっと。明日からまた考えよう。そろそろ俺も眠くなってきたし。


 そして、片付けをすべくめっき室に戻ると、そこにアチラとミヨシとハルミがいた。


「なに、どうしたの? 3人そろって」

「ユウがなんかやっているっていうから、見に来たの。まだ諦めてなかったのね」

「ああ、ちょっと思いついたことがあったんで、剣工房のほうに行ってた。だけど今は稼働してなかったな」


「剣工房で、何をするつもりだったの?」

「これを熱処理しようかなと思って」


 と、小剣を見せる。


「ああ、これがニッケルめっきか。ほんとだ、すごいキレイじゃないの。まるで光沢剤を入れたみたいだ。このままでも商品になりそうね」


 ハルミまでがそういうことを言う。


「これを熱処理ってどうして?」

「熱をかけることで、ニッケルが焼結するんだ。そうしたら、もっと金めっきが付きやすくなるかなと思ってね」

「ふぅん。だから窯の所へ行ったのね。でも、最近火を入れたの見たことないなぁ」


「ちょっとそれ、見せてもらって良いですか?」


 と言って小剣を手に取ったのはアチラだった。


「せっかくキレイにめっきが付いているのに、熱をかけたら表面が荒れますよね?」

「そう、荒らすことが目的なんだ。このまま商品にするわけじゃなくて、これは下地だからな。面を荒らすことで金めっきが付きやすくなる、かもしれないと考えたんだよ」


「え? 荒らすんですか? 荒れていた方が良いってことですか?」

「あ? ああ、そういう可能性があるってことだが、荒らしたいな。なんか良い方法あるのか?」


「あの、僕の覚醒魔法で、できそうな気がするんですけど」


 はぁぁぁ?!


「じつは、例の六価クロム、でしたっけ。あのサンプルをソウさんたちが取ってきて、ついさっき覚醒魔法をかけてくれと言われたんですよ」

「ああ、そっちはもう進んでいるのか。どうだった?」


「最初、つるつるでキレイな黄色っぽい色だったのが、覚醒魔法をかけたら黒っぽいざらざらの石に変わりました。うまく還元された、と言って喜んでましたよ。これから詳しく調べるそうです」


「ああ、還元されたんだな。程度までは調べないと分からないが、それで無毒なクロム鉄鉱というもの変わったんだろう。これでクロムが使えるな。ハルミとミヨシの野望が一歩近づいたぞ」


 むしししし、とニヤつくふたりを見ながらアチラが言った。


「クロムが還元されるぐらいだから、これだって還元されるんじゃありませんか? キレイな面がざらざらになったりして」

「そりゃ、そうなるだろうな。しかし、熱もかけずにこれを還元だけしたところで……あれ?」


 そういえば、シンター炉ってのが前の会社にあったな。触ったことはないが、あれって確か水素を流しながら加熱していたはずだ。つまり還元雰囲気で焼結してたってことか。もしかすると、焼結が目的ではなく、還元することが目的だったのか?


「そういうことか。じゃあアチラ、試しにこれに覚醒魔法をかけてくれるか?」

「お安い御用です」


 そして現物を見る。見事に光沢が消えた。表面もざらざらだ。まるでものすごく目の細かいペーパーをかけたように。そして少し黒っぽくなった。


「お、おい。これ、大成功かもしれない。アチラ、よくやった。これだ、これでいけるぞ。アチラ、あとでキスして……はやらないが、褒めてやる」

「その言いかけたことをぜひ」


 やかまし! そんなことより、めっきだめっき。ハルミ、在庫棚からブレード・ソードを3本ほど持ってきてくれ。アチラはニッケルめっきの浴の調整だ。ソードが来たらすぐめっきを開始してくれ。


 金めっきはラインを止めてしまったので、もう一度立ち上げだ。ミヨシはコウセイさんを探して呼んできてくれ。いなかったら俺がやる。


 ニッケルめっきが終わったら、アチラが覚醒魔法をかけて、それから金めっきだ。いける。それできっといける。


 それで誰もが見惚れるような金めっきができにょほにゃぁぁぁ。


 あれ?


 突然のブラックアウトである。まったくもうこの身体ときたら。年下のアチラはまだピンピンしているというのに。


 すぐ横で声が聞こえるが、もう俺の意識は遠のいてゆくばかりであった。


「おい! ユウ?! 寝ちゃったのか。仕方ない、続きは俺とアチラでやるから、ハルミとミヨシはユウを部屋に運んでやってくれ」


 コウセイさんのようだ。最後の力を振り絞って俺は言った。


「ふぁぁ?」

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