第16話 ストックオプション

 夏休みに入ったとたんに山のような宿題を目の前に積まれて、どうやってここから逃げたら良いのかを夏休み中かかって考える小学生みたいになっているユウ・シキミです。


「おかしな冒頭文を書くなよ」

「むっぐむぐむぐ。おひゃわり!」

「落ち着いて喰え。しかし、どうしても食事風景から始めないといけないのか?」


「何はなくとも朝ご飯だからな。ところで、そのおかしなでっかいぶつ切りはなに?」

「そ、それは、私が切ったんだ」


 ハルミが照れながら言った。ハルミが切っただと?


「それ、なんて魚?」

「マグロだ」


 あれはマグロなのか。切り口にはたしかに赤身が見える。俺の知っているマグロに違いない。しかし、それをなんで三等分にする必要があるのだろう。なにかのディスプレイ用?


「それ、なにをするもの?」

「た、た、食べるに決まってるだろ!」

「ええっ!? どうやって?」


 そのまま喰うしかなかろう、というじじいの表情に、そんならじじいが喰って見せろという表情で返事をしたら、気の毒になという顔が返ってきた。

 いつもとパターンが違うぞ。どゆこと?


「大きめの刺身だと思えば良いだろ?」

「良いわけあるかぁ。皮を取れ皮を。内蔵も取れ。それから骨も取って三枚に下ろせ!」


 こういうときのフォローはだいたいソウがすることになっている。


「ユウ、今までハルミは料理なんかしたことないんだ。それが今朝はどういう風の吹き回しか、自分がさばくと言ってマグロをまるまる……」


 さすがのソウも歯切れが悪い。さばいてねぇし。ただ、分割しただけだし。

 それと、ハルミが切断したことと俺がこれを喰うこととの因果関係がまったく分かりません。有意水準5%で差の検定をして棄却域に放り投げてやりたい。


「それで、3つにぶった切ったと?」

「その通り。さあ、喰え」


 ハルミはなんでどや顔? 誰か魚のさばきかたを教える奴はいなかったのか。ただ三等分に切っただけで盛ってさえいない……しかし、切り口だけはえらくきれいだな。


「どうやって切ったんだ?」

「あのレイピアで一刀両断」


 おぃっ!!! 魚を剣で切る奴があるかよ。包丁を使え、包丁を。


「おかげで、新品のまな板が2枚ダメになった……」


 ああ、そのときの絵が目に浮かぶ。3枚におろせないから3つに切ったのか。


「そりゃもう、見事な剣さばきであったぞ。ワシはほれぼれした」


 ややこしくなるから、じじいは出てくんな。ハルミもなんでそこで頬を赤らめてんだ。褒めたことになってないっての。


「しょうがない、ミヨシ、塩はどこだ?」

「はい、ここに」

「ほい、ぱらぱらぱらぽろぽろぱらりんこ、と。これで良い。じゃあ、焼いてくれ」


 なんでハルミはそこで泣きそうになってんだよ。このままで食えるわけがないだろが!


「しかし、マグロが獲れるってのはすごいな」

「そうかな? 大きめのタモを持って行けば子供でも採れるが」


 いやいや、大きめってレベルじゃないだろ、これ。1mはあるんじゃね? これをタモで、ってあれ?


「ちなみに聞くけど、マグロって回遊魚だよな?」

「なんだそれ? マグロなんかすぐそこの海にいくらでもいるぞ」

「あそこって、そんな深い湾なのか?」

「いや、ほとんどが遠浅の砂浜だ。膝元ぐらいの深さのところで泳いでいる。警戒心が薄くて人が近づいても逃げないから、子供でもわさわさ獲れる魚だ」


 マグロが近海物かよ。しかも浅瀬にいるとかもう異世界さん、なんでもありですか。海水浴客が衝突死とかしないのか。

 まあ、別の異世界ではサンマが畑で栽培できてたりするから、驚きはしないがどうにも調子が狂う。


 こんがり焼けたマグロをおいしくいただいて、ご飯は4杯で止めて、さてお仕事にかかろうか。


「ああ、その前にユウ。これ、契約書な。ヤマシタとはもう話はついた。多少の報奨金は出すそうだ。これにサインしたら、お前はもうウチの丁稚だ」


 社員、でさえないのかぁ。そういえばまだ12才だったな。


「報奨金って、ちなみにおくいらほど?」

「40円だ」


 ふむ。それってどのくらいの価値がある時代なんだ、ここは。文化レベルを考えると、大正時代ぐらいか? 前の世界のその時代なら大金だろうが。


「40円でなにが買える?」

「ぺろりんキャンディなら4つ買えるな」

「私の剣を研ぎに出すと200円はかかるな」

「ワシのタバコ、ちょうど1箱だ」


「そんなもん、子供の小遣いじゃねぇか!!」

「子供の小遣いだっての」


 あ、そうか。


 腑に落ちん。ヤマシタってとこでは7年働いていたはずだが、それで40円か。あ、そうだ。


「ここでの給料はどうなるんだ?」

「ない」


 はい?


「ないとは言っても、ここで食べるのは自由だし、寝るところも準備してあげる。あ、月に10円ぐらいお小遣いが貰えるよ?」


「たった10円……なんか、勤労意欲がなくなってきた……。毎日寝て暮らそうっと。てかこれからまた寝ようっと」


「こ、こら、待て。お前にはやってもらわんといかんことが、山ほどあるんだぞ」

「しらんがな。もう、適当にやっておいて(ハナホジ)」


「そうだ、ユウ。もうじき、ダクト工事の業者がやってくる。立ち会ってくれるんだろ?」

「それも適当にやっといてー。なんかさあ、もうまんどくせ(ハナホジ)」


「意味が分からんが、ユウがやる気をなくしていることだけはよく分かった。社長、どうします?」

「ワシの貯金を当てにするような目で見るな。だけどユウにやる気を出させる方法は知っておる。ワシが何年社長をやっていると思ってるんだ」


 おおっ、それはいったいどんな方法ですか? と、皆が尊敬のまなざしでじじいを見る。俺も興味津々だ。魔法とかが出てくるのか。それとも誰かのおっぱいが報奨につくのか。


「株じゃよ」

「「「株?」」」


 つい俺も混ざって言ってしまった。株式会社なのか、ここ。


「ユウ、お前にウチの会社の株を100株やる。ウチの今の株価は時価12円だ。すぐ売れば1,200円だ。ぺろりんキャンディが120個買える。だが、お前ががんばって会社の利益を上げれば、株価も上がる。もう充分上がったと思ったときに売れば良い。利益が出るようになれば配当もあるぞ。それはお前次第ってことだ、それでどうだ?」


「そ、そ、それって」

「なんだ?」

「ストックオプションじゃねぇかぁぁぁぁぁ!!」

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