6-25.燃え落ちる王都

 ごうごうと燃え盛る炎が建物を舐め、木造の住宅を炭に変えていく。王城を囲む形で取り巻く貴族街、その周囲に商人や職人の住居。一番外側に庶民の家が並んでいた。小高い丘に作られた要塞が発展したアスター国は、丘の頂点に城が聳える。


 つまり庶民の木造住宅を焼く炎は、王城へ向かって燃え上がっていくのだ。


「どうせ使う予定のない都だ。盛大に滅びればいい」


 都の四方から火を放ったのは住民達自身だった。立てこもって出てこない王族への苛立ち、我慢してきた圧政への反発が引き金だ。


 ショーンが陣を張った南側が一番派手に燃えていた。この季節、ぐるりと巻いた風が南側にある山に当たって南風となる。王都へ吹き込む風のほとんどが南風であり、山の中腹部分に陣を張るシュミレ国の軍勢のひらけた視界はステージのようだった。


「退避は終わったか?」


「北から逃がした」


 ラユダの報告に頷いた。シュミレ国にしたら、国民の怒りの炎を浴びる王族を助ける謂れはない。彼らは自国の執政を誘拐して拷問し、国境を接する砦を襲撃した敵だ。止めを差す権利はあっても、助ける義務はなかった。国民に火を放たれる最期など、王の治世として恥じるべき結果なのだ。


 庶民は、自分達が見捨てられたことを理解していた。労働力を提供するならば、シュミレ国を含む周辺国が難民として受け入れると通達すると、すぐに避難の準備を始める。彼らにとって雲上人うんじょうびとである王族などどうでもいい。自分達を庇護し、日々の生活を守ってくれる者に従うのみだ。


 複雑な思考能力は要らない。言われた仕事をこなし、日々の食事や住居が確保され、安全に生きていられることがすべてだった。


 庶民の住居や職人の工房は木造が多くよく燃える。その先で石造りの商人の屋敷があり、火の勢いは落ちるだろう。貴族の館は煉瓦や石材が多いが、庭の木々や使用人の住居は木造で再び火が燃え上がるはずだ。壁に囲まれる王城の熱せられた壁は、城を蒸し焼きにする。


 城そのものが燃え残っても、果たして中の住人が生き残れるか。


 黒曜石の瞳を細めたショーンが、複雑そうな顔で額を押さえた。隣で控えるラユダが膝をついて首をかしげる。


「お前は辛くないか?」


「いや、おれの国は燃えなかったからな」


 ただ皆殺しにされかけただけ。追い詰められ、親族が自害したり女性達が重石を抱えて川に飛び込んだ姿を覚えている。しかし火による侵略はなかった。


「そうか」


「ショーンは火が嫌いか?」


「……いつか、亡びるなら火による浄化であれと願う。その程度だ」


 シュミレが亡びるときに自らの生命が残っていたら……想定自体がおかしい。軍人であり将軍として前戦に立つ男が生きている状況で、国が危機に瀕することは考えにくかった。だが他国に戦で負けずとも、内側から滅びることもある。


 腐って落ちる果実のように……熟れ過ぎて腐臭を放つなら、燃やして終わりにしたい。潔く炎の中で笑って絶えてやろうと考えた。そんな呟きに、ラユダは苦笑いした。


「不要な心配だ」


 内政のウィリアム、武勇のショーン、策略の魔女とエイデンがいて――賢王エリヤがいる国だ。聖女リリーアリスの愛する国が炎上する未来はない。


 言い切ったラユダの薄茶の髪をかき上げ、右目の縁に残る傷に接吻けを贈った。それから視線をアスター国王都へ戻す。


「他国の城とはいえ、燃え落ちる様は気が滅入る」


 余計なことを考えてしまう。自ら仕掛けた最後の引き金であっても、ショーンはその負債を避けて通る気はなかった。


 王都を失ったアスター国は事実上滅亡し、地方で数人の領主が自治領を宣言する。その後は個別に他国の餌食となり、アスター国の名は僅か数年で地図からも人々の記憶からも消えていった。

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