6-13.小火に大量の油を注ぐ

 早朝の伝令で集められた正規兵が、砦の守護に向かう。増援を出すとなれば、出陣式と率いる将が必要だった。目の前に立つ無骨な武人が1人、鮮やかな黄色のマントを翻す男が膝をつく。


「アルベリーニ辺境伯が守る砦への増援となる。すでにチャンリー公爵が向かったため、戦況は覆っているだろう。貴殿にはアルベリーニ辺境伯の指揮下に入る追加兵を率いて欲しい」


 兵を送り届ける役を頼めば、姿勢を正してウィリアムの言葉を聞いていた男が頭を下げた。執務室で命令書を手渡せば、恭しく受け取ったライワーン子爵が口を開く。


「戦場で兵の引き渡しのみ、でございますか?」


 戦い手柄を立てるチャンスが欲しいと正直に告げる子爵に、ウィリアムは唸る。ショーンが出向いていなければ、追い払う役を与えてもよかったが、意気揚々と出向いた将軍の邪魔をすれば後が騒がしい。


「公爵次第だ」


「わかりました」


 子爵は己の子供ほどの年齢差がある執政に、強面の顔をくしゃりと崩して笑った。戦場が似合う男はそれでも貴族の端くれだ。言葉の裏をきちんと受け取ってくれた。


 『公爵である将軍が片付けていない部分を、子爵が補うのは自由だ』その意図を正しく理解した男は、きっちり礼をして部屋を辞した。ウィリアムも出陣式で兵達を見送らねばならない。急いで準備して部屋を出る。すでに少年王エリヤはバルコニーにいるだろう。


 駆け込んだバルコニーで、エリヤは兵達に手を振っていた。簡単な式だが、大きな戦ではないので国王の見送りは異例だ。過去の王や他国では行わないこの見送りを、エリヤとウィリアムは当然の義務だと考えていた。


 命懸けで国を守る兵士達だ。彼らにとっては家族を守る延長かも知れない。ただの仕事で、報酬がいいから兵士になった者もいるだろう。だが兵の思惑は関係なく、「命をかけて戦え」と命じる立場にいる者が、見送る手間すら惜しむなど愚の骨頂だった。自らは安全な場所に残る以上、危険を背負う者に敬意を示す。


「生きて帰れ」


 家族や城に集まった国民の声でかき消されるが、いつもエリヤは見送りの際に必ず口にする言葉だった。みっともなくてもいい。必ず生きて帰れと命じる。


「ショーンは素直に戻るかな」


 書類の整理の手伝いを頼みたいんだが……ウィリアムは天を仰ぐ。おそらく帰ってこないだろう。気が済むまで、下手すると援軍を逆手にとってアスター国に攻め込みかねない。


 わかっていても援軍を出さない選択肢はなかった。アルベリーニ辺境伯も攻撃的な人物だ。一緒になって攻め込む案を支持する筈だった。そのため少しでも戦力になり、相性がいいライワーン子爵を派遣したのだ。


「アスター国がなくなれば、戻ってくるかもな」


 くすくす笑いながら、エリヤは風に乱れた黒髪をかき上げた。徹夜したウィリアムと違い、途中でエリヤは休んでいる。成長の妨げになるからと叱り、薬を盛ると脅して寝かせた男は、長い三つ編みの穂先を弄りながら肩を竦めた。


「まあ仕方ない」


 そこで口調を改める。


「陛下、武器や食料の補給と、後方支援部隊の派遣を手配します。ご協力ください」


「わかった」


 あと少し、彼らの姿が見えなくなったら。省略された言葉に頷き、2人は朝日に照らされた街を歩く兵を最後まで見送った。

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