5-2.とろとろに甘やかしたくて
カーテンが遮る朝日を感じながら、寝不足の目元を押さえた。ベッドで眠るエリヤの呼吸は落ち着いており、その顔色も問題なさそうだ。
国王命令で添い寝をしたため、夕方からそっと起きて書類を処理した。たいていの書類は翌日でも構わないが、一部急ぎの書類があったことを思い出したのだ。
執政の代理署名と押印で切り抜けた書類を文官に引継ぎ、残った書類の山は寝室へ運び込んだ。エリヤが目覚めた時に見える位置にいたかったし、具合の悪い恋人を1人にするのは不安だ。
眠るエリヤはいつの間にか、枕を抱き締めている。可愛い仕草だと思う反面、可哀相だと思う。
15歳という年齢は、国を背負って立つには若すぎた。いや、幼いといっても過言ではない。相応の能力があるとしても、本来は親に甘える年齢だった。
両親も一番上の姉も喪い、残されたもう1人の姉を教会に隔離して護った。その手配を行う間に、聡い子供は気付いてしまったのだ。甘えられる対象がいない現実に。
甘える相手を失くしてしまった。ウィリアムと出会うまで、彼は本当に孤独だったのだ。こうして執政、侍従、騎士の地位を得て傍にいても、具合の悪さすら隠してしまう。きっとエリヤ自身に自覚はないだろう。
具合の悪さも自覚がないだけで、頼れないから…と考えていない。しかし行動は正直で、どこまでも己に厳しく孤独に慣れていた。
手を伸ばして黒髪を何度か撫でれば、その手に擦り寄ってくる。まだ子供なのだ、甘えて甘やかされて、自由に我が侭に振舞える年齢なのに。
「頼っていいんだぜ? オレがまだ甘やかしたりないのかな」
黒髪に触れた手をぎゅっと握りこまれて、その必死な様子に笑みが漏れた。もっと我が侭を言わせてやりたい、もっと自由にしてやりたい。命じろと言わなければ、傍にいて欲しいと願うことも躊躇う子供が可哀相で、心の底から愛しいと思った。
右手をエリヤに預けたまま、器用に左手で書類を捲る。さっと目を通してバツを書いて避けた。次の書類を確認し、内容を頭の中で整理する。
一度見た風景や人物を忘れないウィリアムの能力は、先日の書類を記憶から引っ張り出した。照らし合わせた書類の矛盾点を指摘して、サインせずに横に積んだ。
左手だけで処理しながら、時々エリヤの様子を窺う。まだ目覚めそうにないが、朝の起床時間が近づいていた。このまま寝かせた方がいいのは確かだが、お昼前に他国の使者が謁見を申し出ている。かなり前から申し込まれた話なので、延期は難しい。
「ん……」
迷うウィリアムの心境を察したように、エリヤは目を開いた。ぼんやりした蒼い瞳が覗き、すぐに瞬きされて鮮やかな色を取り戻す。ユリシュアン王家特有の美しい瞳に、ウィリアムは息を飲んだ。
何度見ても飽きることがない。心を鷲づかみにする強烈なインパクトがあった。
「おはよう、エリヤ」
声をかけて、膝の上の書類をすべて床に下ろす。国の命運を握る重要書類の上に平然と膝をつき、ベッドの上の恋人と目線を合わせて微笑んだ。
「おはよぅ……ウィル」
寝起きで掠れた声が柔らかく耳を擽る。寝癖の付いた黒髪は、何度か手櫛で梳けばさらさらと手に馴染んだ。両手を伸ばすエリヤを抱き起こし、用意しておいた服に着替えさせる。ウィリアムが来るまでは自分で着替えたらしいが、一緒に眠るようになってからずっと、ウィリアムが着替えさせるのが習慣となっていた。
ボタンを嵌める間、何回か軽いキスを繰り返す。嬉しそうなエリヤの表情や、触れた唇から体調を確かめて、ようやく予定を切り出した。
「午前中は決裁書類が1束くらい。その後にラシエラ国の使者と謁見、お昼の後は時間を空けてあるよ。薔薇園で過ごしてもいいし、リアンと遠乗りも出来るぞ」
熱は下がっているが、まだ本調子ではなさそうだ。大量の書類のほとんどは執政権限で片付けた。徹夜になってしまったが、エリヤを半日休ませてやりたい。無理やりに時間を作ったウィリアムの苦労に気付いて、エリヤは嬉しそうだが複雑な顔をした。
「……無理をさせた」
「こういうときは、素直に『ありがとう、嬉しい』だけでいいぞ」
くすくす笑いながら、恋人の額に頬にキスを降らせた。擽ったそうに首を竦めたエリヤの唇が、「ありがとう、すごく嬉しいから一緒に休もう」と口にする。ご褒美のキスを唇に落とし、赤くなった頬の恋人を腕の中に抱き寄せた。
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