4-23.暗殺するなら、深夜

 だいたい深夜の訪問者はろくでもない。約束もなく押しかける迷惑な存在でしかなかった。だが、今回に限っては大歓迎だ。ゼロシア王弟が送った暗殺者であると、ゼロシア王から正規ルートで通告があったのだから。


 暗闇を動く人影に、ウィリアムは剣の先を向けた。


「そこまでだ」


 動くなと命じても絶対に振り返ると踏んだ男の反応は正しく、人影は剣を振り上げて攻撃を仕掛ける。最初から想定していたウィリアムが遅れを取る筈はなく、平然とその剣を弾いた。飛ばされた剣を取り落とさなかったのは、相手がそれなりの腕を持っているからだ。


「ったく、バカの一つ覚えじゃねえんだ。懲りろよ」


 いい加減、暗殺という手段を再検討してもらいたいところだ。ウィリアムが傍らに侍る少年王エリヤを害せると思われているのが、本気で腹立たしかった。


 忍び込む手腕は悪くないが、腕利きが控えている部屋の前で戦闘になってしまっては、暗殺とは呼べないだろう。シュミレ国一の騎士が、お粗末な暗殺者に気付かないわけもない。銀の刃を再び男へ向けて構え直した。


「罪人は首を落として城壁に晒す、だっけ?」


 その言葉に人影は殺気を帯びる。捕まえた罪人を吊るすのはオズボーン、罪人の首を城壁に晒すのはゼロシアの風習だった。確信を持って指摘したウィリアムへ向ける殺気は、肌を焼くほど強くなっている。実戦経験がなければ、恐怖に竦んだことだろう。


「うちの城壁を血で汚すのは嫌だから、専用の台を作ってやるよ」


 光栄だろ? そんなニュアンスの挑発に、暗殺者はあっさり乗った。チャンスだと思ったのかも知れない。あなどる男を処分すれば、その先は大きな障害もなくシュミレ国王に手が届くのだから。


 突き出した剣を左へ弾き、刃の背を滑らせて敵の懐へ足を踏み入れた。咄嗟に短剣を引き抜いた判断は悪くない。だが左手に短剣を構えるのは、ウィリアムも同じだった。左手を振り上げて暗殺者の右腕の腱を切り、そのまま短剣を首筋に当てる。


 蹴りを繰り出した男の足を、右手の剣を離して防いだ。地面に突き刺さった剣へ敵の手が伸びるのを、ウィリアムは見逃さなかった。喉に当てた短剣を少し引く。


 赤い血が流れ、男はぴたりと動きを止めた。


「ゼロシア王弟も必死だな」


 本来『殿下』の敬称がつく相手だが、今頃爵位や王籍は剥奪されているだろう。すでに敬称が不要の罪人として処断された筈だ。


 ウィリアムの剣技は、正規の騎士団のものではない。かつて独自に身に着けたため、癖が強くて先が読みづらい特性があった。暗殺者などを相手にする場合、この癖が功を奏する。


「さて……お前を生かしてやる方法があるんだが、話を聞く気はあるか?」


 ウィリアムは楽しそうな声で、暗殺者に声をかける。通常はこのまま殺されて終わり、良くて雇い主を糾弾する材料として使われるだけ。生かしてやれるという言葉の裏に感じた『まだ使い道がある』の意図を探るように、男は即答を避けた。


「うん、まあ……用心するのは当然だが。お前にとって悪い話じゃないと思うぜ」


 それだけ言うと、ウィリアムはあっさり短剣を下げた。血を拭って鞘に戻す仕草は隙がなく、暗殺者は諦めた表情で頷く。ここは逆らっても殺されるだけだ。


「ウィル、終わったか?」


 このタイミングで、突然子供がドアを開く。思わず天を仰いだウィリアムが歩み寄り、黒髪の少年を抱き上げた。深夜の襲撃に気付くまで寝ていたのだろう、目元を擦る手をウィリアムが咎める。


「目が傷になるぞ。ほら」


 取り出したハンカチでそっと目元を押さえ、首に手を回した子供はまだ幼く見えた。15歳という年齢から考えて小柄なエリヤは、あふっと欠伸をひとつ。


「これが新しい影か?」


「まだ決まってないけどね。そうする予定」


「任せる」


「ほら、もう寝ないと大きくなれないぞ」


 腕の中で少年がうとうと眠るのを待って、ウィリアムは暗殺者に向き直った。すぐ近くの扉からエイデンが顔を見せる。


「何、騒がしいね」


「暗殺者だ」


「ふーん、王弟も必死だね。陛下を預かろうか?」


 腕に抱いたまま眠った国王を気遣うエイデンへ首を横に振る。僅かなことであれ、エリヤに関するどんな事も自分がしたい。我が侭な執政の姿に、答えが分かっていたエイデンはくすくす笑った。


「わかった、それじゃ彼は僕が預ります」


 公的な場では「私」と称するエイデンは、護身用の短剣を手にして暗殺者を自室へ招いた。

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