4-12.罠を望む余裕はあるけど

 帰り道の襲撃は絶対に起きる。ならば、逆手にとって証拠を集めようか。それとも相手の動きを予測して回避してもいい。いっそ攻め込んでしまえば……。


 だんだん物騒になる考えを溜め息に溶かす。ベッドの上に座って膝枕したエリヤの黒髪を指先で弄んだ。


「眉間に皺が寄っているぞ」


 膝の上に寝転んだエリヤが笑いながら手を伸ばす。指先で眉間を突かれ、苦笑いして表情を和らげた。目の前に愛しい人がいるのに、えらく物騒なことを考えていたものだ。放っておかれたエリヤは拗ねることなくウィリアムの謝罪を待った。


「ごめんな、エリヤ」


 膝枕していた子供を抱き上げて、その額にキスを落とす。続いて頬にもキスを降らせた。誤魔化されたと思ったのか、エリヤが不満そうに唇を尖らせる。


「誘ってるの?」


「言わないつもりか」


 茶化して逃げようとしたウィリアムを断罪する蒼い瞳の鋭さに、お手上げだと執政は肩を竦めた。主の小柄な身体を背中から覆うように抱き締め、腕の中に閉じ込める。血を浴びない白い手を持ち上げて、その手のひらに唇を押し当てた。


「オレが言わない理由を知ってるくせに」


「それでも報告義務があるだろう? ウィル」


 年齢不相応の余裕で待つ主は、手のひらへの忠誠の接吻けを受け止める。温かなウィリアムの胸元に背中を押し付けて上を見上げた。楽しそうな主は、足を揺らしてウィリアムの答えを待つ。


「耳に楽しい話じゃないぞ? 帰り道の野暮やぼはえをどうしようかと思ってね、悩んでただけだ。退治、回避、罠かな」


「ふむ……俺は罠がいい」


 珍しい意見に目を瞬く。ウィリアムが下す結論をまつ傾向が高く、あまり自らの意見を主張しない主の明言は、尊重に値するだろう。ならば理由を尋ねておきたい。


 黒髪を撫でてから、旋毛つむじ近くにキスをする。振り返ったところに、両方のまぶた接吻くちづけで塞いだ。主人にじゃれかかる大型犬のような男に笑いながら、エリヤは首を竦めた。


「理由を聞いてもいい?」


「消去法だ。今はエイデンがいるし、アスターリア伯爵の助力も得られるから退けるのは容易だ。回避もお前に任せれば問題なく行える。だが……俺はそこまで寛容かんようではないぞ」


 許していないのだ。己の命を狙ったことはもちろん、こうして抱き締める腕を奪おうとした輩の排除を、エリヤは心の底から願っていた。泳がせる手もあるが、すぐに息の根を止めてしまいたい。


 それが理由だと笑ってみせる。優秀な執政者として国を束ねる王として、15歳の外見に似合わぬ能力を誇る少年は答えを導き出した。


「我が君の仰せのままに」


 逆らう選択肢は存在しない。国王の命令だからではなく、単に愛しい唯一の存在が口にした策だから……おそらく一番面倒な策を選んだ彼の信頼を知るから。戦いや退く選択肢はウィリアムの中から消えた。


「いいのか?」


「当然だろ、オレがお前の願いを無視したことがあるか?」


 くすくす笑いながら尋ねる国王へ、執政は微笑んで応じる。抱き締めたままベッドに寝転がるウィリアムに釣られ、その腹の上に乗っかる形でエリヤが転がった。


「……そうだな、以前におやつの甘味で」


「あれはエリヤのためだろ? それにあの時はオレもおやつ我慢したじゃないか」


「そうだったか?」


 おどけた仕草で大げさに茶化す主従はひと段落すると、顔を見合わせて意味ありげに口元を歪めた。笑みと呼ぶには黒い印象が漂う表情は、共犯者の2人にとってこころよいものだ。


「もう寝るか。明日は準備で忙しいぞ」


 準備の内容を察したエリヤが頷いて、ウィリアムの上から降りようとして動きを止めた。不思議そうに首を傾げて待つ男の上に倒れこみ、首筋に軽く歯を立てて噛み付く。


「これでよし」


 満足げな子供にあおられた大人は、手出しすることも出来ずに頭を抱えて夜を過ごした。

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