第8話 霧がかかった闇に見えた光明?
秋音と、僕の偽物によって生じた一種の騒動。
それが終わったことで静寂が訪れる。残されたのは僕たちと桐野さんか。
彼女は子どもみたいに、悔しそうに、悲しそうに、落ち込んでいた。
放っておけない状況だよな、うん。聞きたいこともあるし、話しかけることに。
「ね、ねぇ。桐野さん、どうしたのかな――」
「もー! 最近イヤなことばかりなの!!」
と、思いきや。雫が優しそうに話しかけた途端、桐野さんが爆発した。
「やっぱりイラストが欲しいの!! アレがないとダメなの!! ねぇ青木ヶ原くん。頼めないの? あの夢美月さんなら納得できるの!」
「いやいや、昨日断られたでしょうに。グロい奴は書けないって」
いきなり話題は、昨日の作品のことに。やっぱりだ、ついていけない。
「ぶー、ぶー。なら、あの人の腕を切り落としたら、どうにかなるかな~。“神絵師の腕を食う”って言葉もあるわけだし!」
「……さらっと恐ろしいこと言い出しますね、あなたは」
「やめてよ、こなっちゃん。私たちは同じ1年生なんだから。仲良くしよっ」
「ああ、同級生なんですか。どうも――って、私は千夏ですってば!!」
な、なんというか。また彼女のペースに飲み込まれているな。
何故いきなり自分の作品の話が出したのか。何故いきなり千夏に挨拶をし出したのか。そもそも“ハニー”と呼んでいる僕の偽物はどうしたのか。
それは、僕たちには、そして彼女にもわからない。マイペースの権化たる彼女の暴走を止めるには、強引にでも話を変えるしかなかった。
「はいはい、終わりにしよう。そして、キミ。同好会のメンバー、それも一緒に帰るほどに仲が良い北山さんが事件に遭遇したのに元気だね」
「うーん、むしろ残念に思っているの。だって、あの後。別れなかったら怪異を見ることができたし、リアルなスプラッタシーンなんて最高なの!」
「いやいや、アンタ――って。北山さんと一緒に帰ってたの!?」
遠乃が驚きの声を上げる。僕も驚いた。彼女が北山さんと一緒にいたとは。
「そうなの! ルリルリは大学の寮に住んでるから、実家が近いあの子とは、途中まで一緒に帰宅してるの! いつも話し相手になってくれるの!」
そういえば、前に同好会でそんな話を聞いたような気がする。
うーん、相変わらず悪ふざけした態度だけど。嘘は言ってない様子だ。
「だけど、それ以外のことは知らないの。病院に運ばれたこともアキアキからの連絡で初めて知ったんだから」
「んじゃ、話を変えましょう。あの偽物とかなり仲が良いけど。何なの?」
そして、遠乃が最も気になっている話題を切り出している。
殺気が含んだ言葉に、桐野さんは……ぷくーと顔を膨らませた。マンガか。
「偽物じゃないの! ハニーはハニーなの!!」
「だから、あんなの誠也じゃないでしょ。いい加減にしないとアンタも!」
「と、とおのん、落ち着いて……!」
「そんなこと言われても知らないの。他人の空似なんじゃない? まあルリルリは本物の青木ヶ原くんも偽物の青木ヶ原くんも愛せるなの!」
「ワケがわからないんだけど……?」
「じゃあ、ここでルリルリは帰ることにするの! またね、なの!」
「ちょ、ちょっと、待って~!」
満足そうな表情で、話の途中で帰り始めようとする桐野さん。
まあ、予想はしていたけど。桐野さんとは有益な会話にはならなかった。
「何だったの、あの子。最近ロクな奴に会わないわね、あたしたち」
遠乃が毒を吐いて、雫は困ったように薄い笑みを浮かべていた。
僕は……あまり何も感じなかったな。彼女は普段からあんな感じだったし。
「あの、桐野さん」
だけど、千夏は不思議そうに、立ち去ろうとする桐野さんを止めた。
「桐野さんじゃなくてルリルリなの!! 同級生なんだから――」
「失礼ですが、髪の量、昨日と比べて少ないですよね。何かありました?」
言われてみたら……確かに。言われなきゃ錯覚に思える程度だけど。
美容室に行ったにしては微妙な量の減り。そもそも彼女は、ふわふわで長い自分の髪を好んでいたはずだ。そんな彼女が、いきなり何故だ?
千夏の、何気ない質問に。桐野さんは……目を見開いた。焦ってるのか?
「な、なんでもないの!! いつものフワフワしたお姫様スタイルなの!! いきなり、こんなこと言うなんて、おかしい奴なの!!」
「き、気分を害されたなら、すみませんでした。忘れてください!」
「プンプンなの! ルリルリ、ここでお別れなのっ! 二度と会いたくないの!」
それだけ話すと振り返り、地面を踏み鳴らしながらこの場を立ち去った。
怒りに身を任せた行為。これまた子供っぽい仕草だ。だけど、そんなに怒り出すことなんだろうか。髪は女性の命とは、聞いたことあるけど。
「まあ、ひとまず部室に帰って、情報の整理でもしましょうか」
「……ああ、そうだな」
まあ、何はともあれ。文芸同好会から得られる情報はここまでか。
それに、他に確かめないといけない事実もありそうだし。そんなわけで、僕たちはどこか疲れと妙な気分を感じつつも来た道を戻った。
あれから部室に帰った僕たち。やっと落ち着けると思いきや。
帰宅の途中で千夏に異変が起きた。どうやら一難が生まれていたらしい。
「これを見てください。あの日、別の場所で――怪異が出現したそうです」
見せられたのはネットの記事。大学と、河原に近い場所で起きた通り魔事件。
被害者は部活の打ち上げ帰りの高校生か。全身が刃物に傷つけられた跡と本人の体内から抜かれたように不足している血液の量から警察は、この近辺に頻発している事件と同一犯の可能性から捜査を進めるみたいだ。
「……こ、これ、明らかに“黒い影の怪異”の仕業よね?」
新聞で見たら。ニュースで流れたら。危機感を覚える程度の事件。
だけど、この事件、この被害。今の僕には、ある黒い影が見え隠れしていた。
「はい、おそらくは。警察も同じ犯人という線で考えているようですね。ここまで来たら通り魔事件の線も考慮しているのか、昨日の2つの事件現場の付近では……現在、警察の徹底的な調査が行われている様子ですね」
「当然の判断ね。むしろ遅すぎるくらいかしら。……だけど、いろいろ目をつけられてるあたしたちは現場に近寄れなくなったわね」
犯人は必ず現場に戻ってくる……なんて、信じられない話だけど。
形はどうあれ事件に関係した僕たちに有らぬ疑いがかかるのは避けたいよな。
「と、なると。あの場所で調査するのは無理みたいね」
「そうだね。うむぅ、これからどうしようか。他にできることあるかなぁ」
「んじゃ、これまでの情報をもとに、問題点を挙げながら考えましょうか!」
ばーん、と。遠乃は隅に置かれたホワイトボードを持ち出し、書き連ねた。
・黒い影の怪異が人を襲う理由とは?
・血を抜かれた被害者→何故そんなことを? 血を奪う理由は?
・これは果たして怪異の仕業? 怪異だとしたら、その正体は?
「うん、こんなものかしらね!」
「おお~。こうしてみると、わかりやす~い!」
「この疑問点の数々から考えていきましょ。さっそく意見がある人は?」
「じゃあ、ひとまず僕の考えを述べさせてくれないか」
そして、どうやら彼女たちに僕の考えを述べる良い機会になったみたいだ。
「んじゃ、誠也。アンタはどう考えているわけ?」
「僕は――怪異の正体は“禁呪の魔本”だと考えているんだ」
禁呪の魔本。その単語に、みんなの空気が一瞬にして重いモノに化した。
以前、僕たちの日常に“狂花月夜”という女性が出現したことがあった。
彼女は――瞬く間に人気を集め、人々の注目の的になり、人々を洗脳して、気に食わない人間を排除しようとして、僕たちの日常を侵食した。
そして、彼女は書いた文章が現実になるという “禁呪の魔本”から生み出された。
もちろん僕たちが、彼女を、ソレを生み出した術者の女性を、調査して追い詰めたんだけど……最終的に本は奪われて、当の女性は逃げてしまった。
もちろん狂花月夜は消え去り、直前に遠乃がページの大半を破ったから以前の騒動が起きる心配はない、そのはずだけど。
だけど、術者の彼女も、禁呪の魔本も。どうなったかわからない状態だった。
「き、き、き、禁呪の魔本って!! あの、狂花なんとかさんの!?」
「ま、まさか、その名前を再び聞くことになるとは……嫌な思い出でしたよね」
「……唐突よね。だけど、それならアレを作り出すこともできるわよね」
予想してなかった単語を耳にして、驚いた様子の雫と千夏。
だけど、遠乃の言った通りである。“アレ”が原因と考えたとしたら。僕たちの身に降りかかった非日常にも説明ができるようになるわけだ。
「と、なると。アレを作り出した人間がいるんだけど。どう考えてるの?」
次に飛んできた、遠乃の質問。これにも僕は答えを出せている。
「僕は――桐野さんが、あの魔本を持っていると思う」
「うへぇ、あの人かぁ。確かに有り得そうだよね……」
「あたしもソイツが犯人だと思ってたわ。どー考えても怪しいし、頭おかしいし、気味が悪いあのロクデナシと変に仲良かったし」
……そして、こちらはすんなりと受け入れられてしまったな。
桐野さん、おかしいけど悪い子じゃないんだけど。少なくとも何の理由もなく、もしくは悪意を持って怪異に関わろうとするような人じゃない。
あと、彼女が術者とすると。まだ不可解な部分があったりするんだけど。
それは後の調査で明らかになってくれることだろう。僕の推測が正しければ。
「ふーん。あれこれ言ってるけど、もちろん根拠はあるんでしょうね」
「もちろん。話すと長くなるけどな」
「なら、誠也の細かい話とか根拠とかは、追々聞いてあげるとして――」
ニヤリと口元を吊り上げる遠乃。この後、彼女が何をするのか理解できた。
「禁呪の魔本が関係しているなら。あたしたちが向かうべき場所は1つよね?」
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