第7話 偽物と盗まれた作品

「おーい、文系根暗女―!」


 部室を出た僕たちは、彼女がいる場所――図書館に向かった。

 地下1階の、日本十進分類では90番台、文学のスペースに秋音はいた。

 

 並べられた本棚と本棚との間のスペースに置かれた椅子の上、神妙な顔つきで読書にふける秋音。彼女の様子は何かから逃避したいようにも見えた。

 図書館内に相応しくない、遠乃の大きな声を聞いた秋音がこちらを見る。彼女の表情は暗い、険しいものだった。


「何よ。冷やかしなら帰ってくれない?」

「せっかく誠也がアンタを心配してるのに、その反応は感心しないわね」

「それは、気持ちは嬉しいけれど。今は1人にしてほしいものね」


 伏し目で、ぼそりと告げる秋音。やはり元気がなさそうだ。


「だ、大丈夫なのか。北山さんのことは」

「大丈夫なわけ、ないでしょう。そもそも襲われた北山さんを発見したの、あなたたちよね。もしかして、あなたたちの馬鹿げた活動に巻き込まれて……!」

「いやいや、そんなわけないでしょ! あたしたちが見つけた時には、既に北山さんは全身傷だらけだったんだから! むしろ助けた側だわ!!」

「……そうなの。ごめんなさい、流石に言いがかりが過ぎたわ」

「気持ちは分かるけどね。シズや千夏が同じ目に遭ったら、あたしも黙ってないし」


 なんというか、普段の秋音じゃない。どこかしおらしかった。

 そうした様子を考慮してか、これまた普段と違って優しい態度の遠乃だ。

 水と油の関係とはいっても、逆に似た者同士な部分がある分、心が通じ合える部分もあるかもしれないな。


「あぁ~! 青木ヶ原くんに、その他の愉快な仲間たちなの~!!」


 そんな時、向こうからこれまた図書館に相応しくない大声が聞こえてきた。

 静寂な空間を切り裂いた、甲高い声。みんなが一斉に視線を動かした先には……笑顔の桐野さんが、大げさなほど腕を大きく振っていた。


「また会ったね。今日もまた下らないことをしているのかい?」


 そして、彼女の隣に居た僕の偽物が、嫌な笑顔で挨拶してきた。

 挑発してるのかと、感じた瞬間――遠乃がテーブルにあった本を投げつけた。

 

 彼女の何処にそんな力があるのだろうか、強烈な力で投げ飛ばされた本は……彼に受け止められた。ちょっとだけ安心した。

 偽物だとしても外見は僕自身だし、何より遠乃がアイツを殺しかねないし。


「おっと、危ないな。いきなり何するんだ、キミは?」

「昨日よりは動けるみたいね。本の角に頭をぶつけて死ねば良いのに」

「ちょっと、チンパン女! 図書館の本に何をしているのよ!?」


 遠乃の表情は硬かった。だけど、敵意と殺意は本物だった。

 秋音から怒られて「ごめん」と返した今も、無表情で相手を見ている。


「それで、何の用かしら。今日はお休みにしていたはずなのだけど」

「ルリルリじゃないの。“こっちの青木ヶ原くん”が用みたいなの~」


 彼が、秋音に、用か。どうせロクなことじゃなさそうだけど。


「キミは前に“小説の1つも書けない、書こうとしない人を文芸同好会の仲間として認めない”と話していたね」

「ええ、その通りよ。わかっているなら、さっさと――」

「だから、キミの言う通りに小説を書いてきた。読んでもらいたいんだ」

「……えっ?」


 だけど、彼の提案。本当に、唐突かつ予想だにしない提案だった。

 僕や秋音、それだけじゃない、桐野さんと偽物2人を除いた人が驚いている。

 

「ハニーはスゴいの! 昨日まで一文も書けなかったのに、私が書けるように祈ったらバリバリ書けるようになって!!」

「いや、ルリルリちゃんのおかげさ。眠っていた才能が目覚めたというわけさ」

「と、とても信じられない、のだけど。何か裏とかはないのかしら?」

「そんな証拠はないだろう。ほら、僕の作品を……読んでくれないか?」

「わ、わかった、わかったわよ。ほら、読んであげるから、それを貸しなさい」


 言われるがまま、なし崩しという感じで、秋音は紙の束を受け取った。

 あれ、タイプライターで文字が打ち込まれているみたいだな。随分と洒落たものを使ってるんだな、あの偽物。僕が欲しいくらいだぞ。


「……、……、……、……、……」


 未だに腑に落ちないみたいでも、とりあえず黙々と読み始める秋音。

 しかし、最初の1ページを読み終えた辺りから……秋音に異変が起き始めた。


「う、卯月さん。……どこか、様子がおかしいような」

「はい。アレはウチの無能先輩にドロップキックを決めた時と同じです」


 小刻みに震え、紙がこれ以上ないほど強い力で握りしめられ、眼は目の前の文章を見ているようで見ていない。もっと別の何かを見ているようだった。

 そうだ、あの秋音の姿は怒っているんだ。いや、怒っている? 何故だ?

 作品に何かしらの感情を抱いたにしても、怒りの感情? 何があったんだ?



 何が何だかわからないまま、様子がおかしい彼女を見守る僕たち。

 だけど、半分ほどソレを読み進めたところで――紙の束を、次々に破り捨てた。

 白い紙切れが図書館に舞い、床に落ちる。本来の彼女なら怒り狂ってもおかしくないほど異様な行動を……当の彼女がしているという矛盾が歪だった。


「……っ! ……っ! ……っ!」

「ちょ、ちょっと。根暗女、何してるのよ!?」


 無言で、ひたすら、般若の形相で。その様子は異常そのもので。

 遠乃が静止しているのにも関わらず、何かを振り切るように髪を破り捨てた。



 そうして、すべてを終えた時。顔を上げた秋音が僕の偽物を睨みつける。

 僕の言葉では言い合わせないほどの彼女の怒りが、それに組み込まれていた。


「オマエを、コロス」

「いや、何があったのよ。アンタに」

「お、おいおい。酷いじゃないか。僕の努力の結晶を――」

「もちろん私は創作活動に敬意を払っているわ。どんなにゴミみたいな話、文章、作品にキレることはあるけど、破き捨てるなんてしないわ!!」

「じゃあ、今のは……何で?」

「だって!! これは、あなたの作品じゃない!! 北山さんのモノよ!!!」


 なんだって、どういうことだ。これは北山さんの作品だって。

 秋音が言い出した、この発言。つまり、彼は盗作をしたというのか?

 それを裏付けるように、視線が泳がせた僕の偽物。明らかに怪しい様子だ。


「そ、そうか。なら勘違いされてて構わないよ。それじゃ、僕は――」

「ちょっと待ちなさい。文け……いや、秋音。“北山さんの作品”って?」


 遠乃も僕と同じことを疑問に思ったのか、同じ質問を秋音にぶつけた。


「この文章は北山さんの文章、同じなのよ。丸写しをしたみたいに」

「お、おいおい。証拠はあるのかい?」

「誠也くんの顔で言われると腹立つわね。残念だけど、私は“文章の音”が聞こえるのよ。見ただけで、耳に入ってくるのよ」

「きょ、“共感覚”だね。卯月さん、スゴイ人なんだね……!」

「人には文章やお話の“クセ”が現れるの。例えば、誠也くんなら風景描写や動作描写がメインで、逆に心理描写や人物描写が少ないから無味無臭な作品になったり、桐野さんは自分の書きたい設定やシーンは素晴らしいけど、そこまで至る所が大雑把になったり、とかね。これは模写でもしない限りは変わらない。イタリアン風の料理がイタリアンじゃないように、どんなに真似しても何かしら綻びが生まれるの」


 秋音がそう言っているなら正しいんだろう。彼女の力は正確だ。

 彼女は文章を読んだだけで書いた人物を見分けられる。それが何を意味するか。


「コレも例外じゃないわ。話の展開から文章の筋、細かい点まで。すべて、この作品は同じだった! 誤魔化そうと努力はしたみたいだけど、お見通しよ!!」

「き、きっと、何かの間違いなの!! ハニーは――」

「桐野さん。あなたも共犯者よね。1枚目の4行目と8行目の文末、4枚目12行の文中の表現、5枚目の2行目から7枚目の3行目までは、まるごと桐野さんの文章ね。他は割愛するけど、あなたの音が聞こえたの。無理やりねじ込まれた、ね」

「そ、それは……ハニーとの、共同作業だから、ルリルリ知らないの!!」


 秋音の怒りは、桐野さんに向けられた。人を殺せるほど鋭い視線。

 桐野さんは涙目で、しどろもどろになりつつも言い訳を続けていた。


「このことは本題に関係ないから置いておきましょう。それで、誠也くんの偽物さん。あなたに聞きたいことがあるのだけど」

「…………」

「あなたは何処で北山さんの作品を手に入れたの。同好会を解散してから、彼女が何者かに襲われるまでよね! 昨日は作品を提出しなかったんだから!」


 そして、そうなるよな。盗作なら北山さんが作品を作っていた。

 北山さんから、そんなこと僕は聞いてなかったし、秋音もそうみたいだ。

 ……と、なると。つい昨日、製作された物語になることに。だけど、あの時の彼女にそんな話や素振りはなかった。それは、つまり?


「さぁ、どうなの!? 答えなさいよ!?」

「こんなことだろうとは思ったけど。まあ、さっさと白状しなさいな」


 怒った様子で迫る秋音と、呆れた様子で彼を睨みつける遠乃。

 彼女だけではない、この場に存在する人の注目が彼に浴びせれられていた。……自分が似ている人物が辱しめを受けていることは複雑な感じがするけど。

 そんな気持ちを抑えつつ、彼を観察する。彼は視線を下に逸らして、やがて。


「――また、この女が。バカにしやがって」


 耳に入った、彼の独り言。……また? ……この女が?

 前にも彼は秋音に何かやり込められたのか。そんなこと、あったのか?

 頭の中で、そんな疑問が浮かび上がった瞬間。彼は沈黙のまま、立ち去った。


「ちょ、ちょっと待って欲しいの!!」

 

 仲が良かったはずの桐野さんが止めるのも聞かず、彼は帰った。

 彼の背中を……僕たちは、呆然とした様子で見ることしかできなかった。

 

「ごめんなさい。1人にしてもらえるかしら。ちょっと休みたいの」

「んっ、わかったわ。それじゃ、あたしたちは帰りましょうか」


 そして、今までのことで力尽きたような様子の秋音。

 遠乃も大人しく立ち去ることに。流石にアイツもわかってやったか。

 正直、秋音のことは心配だったけど。今の僕たちには何もできないよな。


「……いったい何だったんだろうね、アレ」

「どうでしょうね。唯一わかることは、アイツがロクでなしってことよ」


 だけど、妙な行動をした僕の偽物。一見すると不可解な行動だけど。


“ハニーはスゴいの! 昨日まで一文も書けなかったのに、私が書けるように祈ってみたらバリバリ書けるようになって”


 ――もしかしたら彼の正体、わかってしまったのかもしれないな。


「うぅ。ルリルリ、アキアキに怒られたの。ショックなの~!」


 そして、今度は。しょげている彼女にも話を聞かないといけないな。

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