第5話 深まる謎と宇宙人と

 あれからカフェで時間を潰して、現在時刻は6時を過ぎた頃。

 もう暗い空の下で、僕たちは“黒い影の怪異”が発見されたという河原に向かっていた。他愛のない、単なる世間話をしながら。


「それで、誠也先輩と雫先輩はイヌ派かネコ派か、どちらなんですか!?」

「そんなもの、決まってるでしょ! ネコよネコ! ねー、シズに誠也?」

「……あ゛? 賢明な御二人ならわかるはずです。ワンちゃんが最高だと!!」

「わ、私はどちらも可愛いかなーって。甲乙付けがたし、だよ」


 本当に他愛のない世間話だな。遠乃と千夏は妙に白熱してるけどさ。


 東京都、西側の地区。劣化したコンクリートの道を踏み進める。道の端に並べられた木々は枯れ木で、地面の枯葉は片づけられていない。

 侘しいモノの数々と、中途半端に整備された道や建物、向こうに見える真新しい建物が、この空間全体の不自然な栄枯を形作っているようだった。


「しっかし、寂しい場所ね。新宿とか渋谷とか見習いなさいよって」

「ここ、ちょうど30年前にはニュータウン開発が行われていたんだけどな」

「ふーん。今じゃ完全にオールドタウンね。時の流れを感じるわ」


 30年も経つと住宅や道路は古いものになるし、住む人も高齢化する。

 腐っても東京だし、ゴーストタウン化することはないだろうけど……夢破れた後の哀愁と建設工事の跡地が何とも言えない雰囲気を醸し出していた。

 

「それで、千夏。怪異のこと調べたみたいだけど何か見つかった?」

「はい。怪異というより事件の概要ですが」


 クリアファイルに入れられた複数の資料を持ち出し、千夏が説明を始めた。


「初めに、大きな問題点で。被害に遭われた方々3人の被害の特徴として――“体内の血液が抜き取られていた、だそうです」

「……えっ、えっ。血が、抜き取られていた!?」

「傷はだれも大きいものではなかった。にも拘らず、傷の大きさと比例しない量の血液が、血だまりができたようですね」

「何よ、それ。吸血鬼の犯行と言いたいわけ?」

「事実を述べたまでですよ。警察は、被害者が何者かに斬られた後、出血のショックで動けず、出血多量を招いたと判断したみたいですが」


 血が抜け取られていた。普通の人が起こした事件とは考えられないな。

 その手の趣味の愉快犯か、何か儀式的なことを計画している狂人か。それとも。


 ……うーん、現実に起きた事件に対して失礼かもしれないけど。


 これらの事実を考えてみると、僕の脳裏に“とある知識”が思い浮かんだ。


「もしかして“キャトルミューティレーション”かもしれないな」

「へっ、キャトル……何? 葵のお母さんのカフェで聞いたような単語だけど」

「1970年代のアメリカで起きたという事件だ。家畜が全身の血を抜かれた状態で見つかった、こういうことが多発した。一時は――宇宙人の仕業とされていた」

「ちょ、ちょっと待ちなさい。黒い影の正体が宇宙人と言いたいの!?」

「そういうわけじゃないけど。事件として似ているだけだ」


 言い出したものの。僕も宇宙人が犯人だとは考えてなかった。

 これ以外に関連性が無さすぎる。血を奪うのは宇宙人の専売特許でもないし。

 あと“キャトルミューティレーション”は、その後の実験で否定されたはず。

 鋭利な切り傷は生き物の爪や嘴が原因、流れた血液は地面に吸収されたことで消失。要するに宇宙人なんて関係ない、自然の変化によるものだと。


 そして、今回の事件。千夏の話を聞いた限りだと不自然な点が多かった。

 あの事件の家畜は殺されたものの……今回の事件では、最後の男性以外は生きていたはず。宇宙人は、地球人のサンプルを欲しいから“キャトルミューティレーション”、更には自分たちの宇宙船に拉致する行為の“アブダクション”を行うと考えられている。しかし、今回の怪異にはそれが見られなかった。


 だけど、この事件が奇妙なことも事実だった。血液を奪うという事件。

 もし怪異が犯人だとするなら――人の血液を奪い取って、何がしたいんだ?


「宇宙人ねぇ。夕闇倶楽部じゃ専門外の話になっちゃうわね」

「そうですね。今まで幽霊とか怪異とか、その辺の話ばかりでしたから」

「まあ、存在自体は否定してないわ。広大な宇宙、進化する生命体、観測者のあたしたち人間が、そう認識するなら宇宙人だって観測できるはずよ!」

「だ、だけど、もしかして。誠くんソックリな……あの人も宇宙人だったり?」


 雫に言われて、咄嗟に思い出してしまった。僕のドッペルゲンガー。

 あれだけ似ている偽物を作りだせるのは人知を超えた存在とは――要するに宇宙人とか、そういう類になるんだろうか。

 だけど、彼は。僕と正反対なほど怪異の存在を否定していた。気になるな。


 そして、当の遠乃は一瞬だけ嫌な顔をしつつも、すぐに首を横に振った。


「ないでしょ。宇宙人だって相手を選ぶ権利や尊厳があるわよ」


 そして、この言われようである。僕に対してヒドすぎないか。

 いや、反論はしないけどさ。僕が宇宙人でも少しはマシな人に擬態する。


「そろそろ話を元に戻して良いでしょうか」

「ああ、ごめん。他のことも聞かせてもらえないか」

「わかりました。被害者の素性に関して、調べられた部分のみですけど。最初に襲われた女性は都内の会社員、次が元々研究職をしていた専業主婦の方、最後の死亡した男性が……職業が水商売、だったみたいですね」

「男性の、水商売?」

「要するにホスト、みたいです。具体的なことは知りませんけど。まあ、結論としては被害者の素性とには共通点が見られない、ということです」


 なるほど。ということは、無差別に人を襲っているということか?


「情報は以上です。また何か分かれば伝えますよ」

「ふーん、まだまだ謎が多い怪異なわけね。ますます燃えてきたわ!」


 つまり、そういうことだ。わかりやすい答えだ。

 とりあえず情報がないなら、今から探し出すことを考えなくては。


「んで、あれが現場なわけね」

「自殺と判断されたみたいで、もうじき捜査も打ち切りでしょう」

「んじゃ、暗くなるまで、この辺りにいましょうか」


 すると目的地に到着していたのか、あの河原が視界に入った。

 広大に広がる地、乱雑に捨てられた枯葉、枯れ木が隅に寄せられていた。

 川は遠くから見てもわかるほど、水が淀んでいる。東京の川、こんなもんだよな。


 そして、向こうにはブルーシートが。事件が起きた場所だろうか。

 何人か警察官の人が徘徊していたけど、それだけ。大したことはなさそうだ。


「さぁ、未知なる怪異を求めて。夕闇倶楽部――調査開始よ!!」

「「「お~!」」」

 

 これから夜になるだろう。夜は非日常、怪異の時間だ。

 果たして怪異は見つかるのか。そして、何が待ち受けているのか。


 どこか変な期待と緊張感の中、僕たちは河原の調査を始めたのだった。






 だけど、僕たちの調査は想像以上に過酷を極めるものだった。


「あ、ああ、寒い、寒いぃぃぃ……」

「無能先輩のクソみたいな思い付きで同じようなことしてましたけど……やはり苦行ですよね、これ。カイロなかったら即死でした」

「こ、こんなの怪異を見つける前に、あたしたちが怪異になっちゃうわよ!」


 とにかく……眠かった。寒かった。時刻はちょうど日付が変わった頃か。

 川に近いからか、一段と冷たい風が僕たちの体を打ち付ける。三枚重ねにコートという重装備でも凌げない、この寒さ。

 聞こえる音も静かだ。唯一聞こえる音と言えば、電車が川を横断する鉄橋の上を走る音くらい。それも、もうじき消え失せることだろう。


「ほ、本当に怪異とか、キャトルなんとか、起きるんでしょうね!?」

「僕に聞かないでほしいな……! 調査を始めようとしたのはキミなんだから」

「ち、ちちち、ちなっちゃん。事件が起きた時刻、何時なのかな!?」

「深夜の……時間帯はまちまちですね。この時間とはないです」


 くそっ。冬の深夜という状況を完全に見くびっていたな。

 そして、更に追い打ちをかける千夏の発言。つまり夜明け前まで待ち続けなければならない。具体的な時間は分からないけど、最低でも4時間ほどか。

 ……それだけの時間を。この寒空と真夜中を耐え抜かないといけないって。


「だ、誰か、暖かいコーヒーを買いに行かないか」

「あたしは嫌よ。行ってる最中に怪異が現れたらどうするのよ! あっ、そうそう。コンビニ行くなら、おでんね。この際フタがない場所でも我慢するわ」

「わ、わわわ、私はじっとしてたいかな……私もあったかいのが欲しいな」

「コーヒーは結構です。水筒に入れてきたんで。肉まんお願いできますか?」


 この場を離れる気はないけど温かいものは欲しい、彼女たちの総意か。

 抗議する気が起きない僕は「わかったよ」と一言だけ返して、立ち上がった。

 向かう途中でコンビニが一軒あったはずだ。そこなら何か売っているだろう。



 しかし、こうして考えてみると。僕たちは何でこんな馬鹿なことをしてるのか。

 だって僕たち、大学生だぞ? サークルだぞ? 普通ならカラオケとかボウリングとか遊んで、居酒屋でコール打ちつつ酒を飲み散らかす。

 ましてや僕以外は美人だ。雫は言うまでもないし、千夏も身長を覗いたら整っている方だ。遠乃は……個人的に認めたくないけど、事実はそうだ。


 なのに。今の僕たちは凍える寒さと、何故か比例する眠気と闘っている。

 怪異という存在するかどうかわからない存在に対して、必死になりながら。


 ……まあ、なんだかんだで。楽しいから勝手にやってるだけなんだけどさ。

 諦めたような溜息を吐いて、暖かいモノを買いに行こうとした、その時だった。




「きゃあああああぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!???」




 真夜中の、冷たい空気を裂いた絶叫が、この場に響いた。

 女性の、悲鳴。状況が理解できない僕たちは、一瞬だけ顔を見合わせた。


「い、行ってみましょう!! あの橋の上よね!!!」

「あ、ああ!!」


 そして、遠乃が行動したことを皮切りに。僕たちは駆けだしたのだった。

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