第18話 木の葉の如き、月下の光芒
「おー、生きてたんだね。半都会人」
昨日と同じ場所、遅い時間帯に向かうと前から声が聞こえた。
彼女……村部さんは大きな庭園の橋、それを支える柱に寄りかかっていた。
「生きてるよ。昨日今日で呪われる僕たちじゃないさ」
「だよねー。あっ、花火は楽しかった? 私も参加したかったんだけど、おばあちゃんに止められてさぁ。別に良いじゃんって、セーヤも良かったでしょ?」
「まあ、構わなかったけど。おばあさんが言うならそれに従わないと」
「むぅぅ……。つまんないのー」
僕の咎める言葉に、思いっきりふくれっ面をする村部さん。
ちなみに花火は楽しかったけど、それ以上に大変だった。遠乃と雨宮さん、大胆不敵コンビが存在するから予想はしてたけど、あれほどとは。
最も酷かったのは10本のロケット花火を同時に打った時かな。女将さんの孫娘である彼女がいなくて良かったかも。色々と危なさそうだし。
「それで、土螺村はどうだった? 楽しかった? 撮影は順調なの?」
「楽しかった、ことはなかったけど……」
「ふぅん。じゃあ、話してみてよ。私ならわかることもあると思うよ?」
嫌な出来事を思い出しつつ、僕は今日の土螺村で起きたことを彼女に話した。
「ほへぇ~。そんなことがあったんだ」
「そうだよ。ちなみに本当の話だ。流石に信じてもらえないけど――」
「うんにゃ、信じるよ。そういうの初めてじゃないし」
「……そうなのか」
初めてじゃない。それはそれで聞き捨てならない発言だけど。
「大抵は突如現れた湖に何か浮かんでるとか、森の中に死体を見たとか。
「そんな話が。ここのことは調べてたけど、そんな噂は聞かなかったが」
「まー、本当に稀な話だし、土螺村に行かない限りはそうならないからじゃない? ……それか、そんな評判を流せるような普通の状態じゃなくなったか」
……笑えない冗談だ。この状況だと妙な現実味があるし。
「ちなみに怪奇現象の心当たりはないかな。湖や死体がこの地に関係があるとか」
「死体は知らないね、知り合いに死人も死体もいないし。でも、湖の方ならあるかな。この地域ってね、元々湖だらけだったんだ。んで、誰かが自然が豊かなんだから観光地にできるはずだ……とか誰かが言い出して。埋め立てたの」
「その話は僕も聞いたな」
「ちょうど55年前にあたるのかな。まー、ばぁばに聞いた話だけどさぁ」
1965年前後か。村が土砂災害に巻き込まれる年と重なるな。
もしかすると、あの湖やそれを埋め立てていたことは土螺村と何か関係があるかもしれない。この地域の歴史、調べてみる価値はあるな。
「とりあえず、私が知ってるのはこれくらいまで。ばぁばならもっと知ってるだろうけど……下手すりゃ私だけじゃなく君たちまで怒られるし」
苦虫を嚙み潰した表情の村部さん。よほど女将さんが怖いらしい。
でも、これ以上村部さんに手間をかけさせるわけにもいかないし潮時かな。
「いいや、これで大丈夫だよ。ありがとう、君のおかげで理解が深まった」
「良いって、私も面白かったし。あっ、お礼は都会のお土産でお願いねー!」
それだけ言って、村部さんは手を振りながら旅館に戻っていった。
都会の奴……か。崎〇軒のシュウマイでも送ろうかな、美味しいし。
気分が晴れて、呑気なことを考えながら僕もこの場を後にしたのだった。
帰る途中で、旅館から離れた場所の方に人影を見つけた。
気になった僕は、その陰の元に駆け寄ってみることに。……葉月だった。
「おーい、葉月」
「……誠也くん」
僕が声をかけると、ゆっくりと顔をこちらに向ける葉月。
ほのかな月の光に照らされた、その儚げな表情は……とても美しかった。
「心配したんだ。花火に誘っても来なかったし、夕食時も静かだったし」
「私は大丈夫だよ。ちょっと気が乗らなかっただけ」
「そうか。それで、ここで絵を描いていたのか?」
「うん」
スケッチブックを覗いてみる。うっすらと真ん丸の月が描かれている。
希薄な色で描かれた、鮮やかな絵。高校時代を思い出させるものだった。
「辛い時は、何かを忘れたい時は、絵を描くんだ。真っすぐ、何も考えず、思うがまま。絵は嘘を言わないから、思い通りになるから。私が望む世界を実現するから」
ゆっくりと、葉月にしては珍しい凛とした声。
葉月の気持ち、わかる気がした。僕が読書するのも、どこか退屈で大変なことは多い現実世界から距離を置きたいから。もちろんそれがすべてじゃないけれど。
それに秋音やサークルの活動の影響で小説を書くようになってから理解できた。自分が望む世界と物語を形作る、楽しさを。
……だけど、一緒に。どこか遠くを見つめる葉月のことが心配にも思えた。
「あのさ、やっぱり怖かったよな」
「えっ?」
「湖のアレ。あんなものを見てしまったんだから」
「……うん、そうだね。だけど、気になるの。浮かんでたの、誰なのかなって」
「あれは元々土螺村に住んでいた村人じゃないかって遠乃と話を――」
「ううん、そうじゃないの」
唐突に飛んできた、葉月の言葉が僕の話を止めた。
真っ直ぐに僕を見据える彼女の瞳には、何気ない感覚で息を飲む。
「元々あの人たちは何だったんだろうって。どんな人で、どんなことをしていて、どんな人が家族で、友人で、恋人で、なんで死んじゃったんだろうって」
「…………」
「――そして、これはきっと。忌々しいあの映画だって同じなの」
普段の彼女とは、一線を画した物言いに……思わず思考が止まった。
「製作した人たちは行方不明、見た者はすべて狂気に陥る呪いの映画。こうして噂にしちゃえば、一言、一文で終わってしまう。その裏で何が起こったとしても」
「…………」
「みんな殺されて、未だに誰かは狂気の内に囚われ続けているのに、噂話はそれだけでおしまい。その裏で悲しみや辛いことが隠れていても誰も見つけられない」
「…………」
「人が死ぬ、いなくなるってそういうことだけど。どこか虚しくて、悲しくて――とっても、理不尽なことだと思うんだ、私は」
ふわふわとした、どこか現実味がある、そして不自然な様子の葉月。
語り継がれる噂話や怪談。時として話の中で人は死ぬ。人が殺されていた方が話のリアリティが増すし、聞いた人の恐怖心を煽るからだろう。
もちろん噂や怪談のほとんどは作り話。だけど、それが事実だとして。
それに巻き込まれてしまった人たちは単なる情報としてしか人々に処理されなくなってしまう。本来、人が死ぬことは悲しいことで、周りの人にとっては噂や怪談などではない、いつまでも続く物語のはずなのに。
きっと葉月が言いたいことはこういうことなんだろうか。そんなこと僕は考えたこともなかったし、未だに飲み込めないけど……わかる気はした。
こうして話が一段落して時だろうか。一度強い風が吹き終わった後、我に返った葉月が普段は見られないほどの様子で慌て始める。
「ご、ごめんねっ! へ、変なこと、話しちゃって」
「い、いいや、構わないよ。むしろいろいろと考えさせられた」
それに引っ張られた僕、同じように自分を取り乱してしまった。
な、なんだか先ほどの空気が妙に神秘的だっただけに、現実に戻ってきただけで気持ちが落ち着かないな。むず痒い感覚に襲われる。
2人の間に、少しだけ想い空気が流れた。耐え切れなくなった葉月が口を開けた。
「……もう部屋に戻ろうかな。誠也くんも一緒に来てくれる、よね」
「良いよ。みんな部屋でお酒を飲みあかしながら、待ってるんだろうし」
「そう、かもね。ふふっ」
怪異の恐怖と不思議な感覚、そして言葉に出来ない切なさ。
叢雲の隙間から照らす月と一緒に、様々な感情が入り組んだ2日目が終わった。
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