第7話 調査二日目
今夜も、何故か変な夢を見た。
といっても、昨日の地獄を思わせる燃え盛った火の海の光景ではなく。
半世紀前の時代を思わせるような、レトロな屋台が直線上の道に立ち並び、そこに居る誰も彼もが笑顔を振りまいて、この場を楽しんでいる。
活気溢れる祭り囃子が聞こえ、香ばしい香りが広がるこの空間。
――それは、とてもとても人々にとって幸福な場所であると僕には思えた。
「お兄さん」
そんな光景を眺めていると後ろから少女の声がした。
鈴の音のようなその声に、反射的に振り返ると僕は顔を見る。
「君は……!」
おかっぱ頭の幼い少女。僕を見据えるまん丸の瞳に小さい口。
そうだ、間違いない。彼女は――昨日の夢の、あの少女だったのだ。
甦ってきた記憶に顔を引きつらせてる僕に、少女は近寄って手を握った。
「アヤリと一緒に行こっ。今日はお祭りだよ、しあわせな」
「……あ、ああ」
事態が飲めこめないまま、アヤリという少女に引っ張られていく。
祭りの道を歩かされながら、見えてきた屋台に目を向けてみた。
……のれんには変な文字。何て書かれてるんだ、あれ。“んでお”?
いや、店にある物から察するに“おでん”か。大根に田楽、そうだ。
この表記は、まるで昔、それも戦前の日本にタイムスリップしたようだった。道行く途中ですれ違った人々も、そんな服装をしている。
「おじちゃん。焼き鳥ふたつちょうだい」
「はいよっ」
僕が観察していると、いつの間にかアヤリが屋台で頼んでいた。
お金は大丈夫かと心配している内に買い物を済ませ、僕の元に駆け寄る。
「お待たせ。はい、これ。食べてよ」
手渡された焼き鳥の串。美味しそうな香りがここまで漂っている。
「ごめんね、僕はあまりお腹が空いてないんだ。君が食べると良い」
だけど、それを食べる気にはならなかった。
僕は昨日の鍋パーティで多くの余り物を食べさせられたからだ。来なかった七星さんと烏丸さんの分、すなわち追加の2人分の量を。
だから、夢の中でも満腹なんだろう。手を振って少女の行為を断る。
その瞬間だった。少女の屈託のない笑顔が崩壊して無表情に変わっていく。
「あなたが食べてよ、食べてよ、ねぇ食べてよ」
「いや、だから……」
「何で食べないの。今度は本当にみんなしあわせなのに」
“しあわせ”という単語。この少女……やっぱりあの時の!!
心臓の鼓動が跳ね上がったのもつかの間、血走った眼で僕に迫ってきた!
「ねぇ食べてよ、ねぇねぇ食べてよ。ねぇねぇねぇねぇ食べてよ食べてよ。食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ食べてよ」
壊れたラジオのように「食べてよ」とひたすら繰り返す少女。
逃げようにも、少女とは思えないほどの力で僕の腕を抑えられていて。
得体の知れないあのヤキトリが僕の口の元に、ゆっくりと確実に運ばれて――
「ひっ!?」
そして、そのタイミングで目が覚めた。
……情けない声だな。誰も見てないけど恥ずかしくなった。
自然と眠気はなかった。だけど、良い睡眠だったとはいえないよな、うん。
「今、何時だ?」
やけに鮮明な意識のまま、枕元の時計に視線を移す。
なるほど、9時半か。集合時間は10時だから……あれ。
「もしかして。寝坊した?」
刹那の間に全身の血の気が急激に引いていく、そんな感覚が襲った。
「遅いわ、誠也!!」
「……悪い、寝坊した」
あれから最低限の身だしなみを整え、ご飯も食べずに家を出ていき。
僕が集合場所の炎失峠に着いたのは時刻の10分過ぎだった。もちろん集合場所には、ほとんど集まっている。遠乃には頭を下げることしか出来なかった。
「おはよう。珍しいね。誠くんが寝坊するなんて」
「……おはよう。ちょっとあってな」
「あっ、おはようございますぅ、青原さん!」
「おはよう。青原誠也、だったかしら」
この高校生の二人はというと、今日も来ているみたいだ。
「ああ、七星さん、昨日の件は申し訳なかった」
「……別に構わないわ。神林、呪術師として生きている以上、あれくらいのことなら、慣れてるし覚悟はできているもの――」
「こうして強がってますけどぉ、慰めるの大変でしたぁ」
「あなたは黙ってなさい。というか、慰められた記憶ないんだけど!」
あのことは遅刻で焦っていた僕でも忘れられない出来事だったのだが。
烏丸さんとの様子を見る限り、引きずることはなさそうだ。良かった。
そして、そんな彼女から僕は今まで記憶の片隅だった、あることを思い出す。
「それと七星さん。このノートを君に返そう」
「ああ、あれね」
「えっ、もしかして交換日記ですかぁ。葵ちゃんも隅に置けませんねぇ」
「いつの時代のカップルよ!」
茶々を入れてくる烏丸さんに突っ込みつつ、彼女はページを流し読みし、それから納得したように頷いてくれた。
「確かに受け取ったわ。ありがとう」
「ねぇ。さっき神林に渡したの、何?」
「遠乃には伝えてなかったな。あれはな、異界団地で見つけた七星顯宗が保持していたと思われるノートだ」
「はぁ!? そんなに重要そうなもの何で渡しちゃうのよ!?」
「重要も何も、あれは彼女の祖父のものだからな。それにコピーは取ってある」
「う、ううん。なら良いのかしら?」
「それよりも、そういえば。千夏と宏が来ていないな」
「千夏は一人で図書館に行かせたわ。ちょっと調べものを任せたの」
ここの社も地域も知りたいし、と遠乃が付け加えた。
なるほど。それは調べる必要があるし、盲点だったな。
情報社会になった現代でも、こうした地域特有の情報は、地域の大きな図書館に行かないと手に入れることが出来ない。
だから、歴史が絡んだ怪異の調査ではこういった施設の利用も必要だ。
というより、むしろ僕がすれば良かったんじゃ。家から向かえたわけだし。
「でも、あんたの友達は知らないわね。どうしたのかしら」
「その件だけど、話があるわ」
宏にまつわる僕たちの会話を遮ってきたのは、七星さんだった。
「昨日の夜から佐藤とは連絡が取れてないのよ、私も」
「佐藤って、あいつか。何でアンタが」
「彼にはちょーっと大事な用事があって連絡を取り合ってたの」
「あー、来週トレカの大会あるんでしたよね。どうせボロ負けするのに」
「……だから、あんたは黙ってなさい。話を戻すけど、その日の午前まで直ぐに連絡が来ていたのに、調査の後からまったく来なくなったの」
「そうなのか?」
彼女からも連絡が来てないことを聞き、少し心配になる。
……そういえば、昨日の別れ際の宏は様子がおかしかったような。
「面倒臭くなってすっぽかしたんじゃないの」
「友人として言うが、奴はどうしようもないクズだがそういうことはしない」
「ふーん、意外。まぁ、そうじゃなきゃ誠也と付き合いはできないわよね」
……まるで僕が気難しい奴のような扱いで心外だ。
ひとまず僕もLI○Eを立ち上げてみる。確認すると既読が付いてない。
もう1つ確かめるために宏に勧められたソシャゲを起動する。最終ログインは20時間前。つまり半日以上もログインしていないらしい。
寝ても覚めてもゲーム、講義中にもスマホを弄ってるような宏が?
「電話してみたら?」
「そうするよ」
遠乃に言われて連絡を取ろうとしたが、出てこない。不安になってくる。
「まさか、ここが本当に心霊スポットで。呪われたってことはないよね?」
「可能性はなくはないわね」
「ううっ。葵ちゃんが言うと説得力あって怖いよぉ」
「……でも、なくはないだけよ。極めて根拠は薄い状態にあるわ」
「何だかんだで戻ってくるでしょ。早く初めましょうよー」
遠乃が急かしてくることに僕も七星さんも、ひとまず頷いた。
確かに情報の足りないこの状況で色々と考えていてもしょうがないか。
宏のことだし、そのうち何事もなく帰ってきそうな気もしないでもない。
気を取り直して、僕は調査をするために炎失峠に向き直った。
――そして、僕が見ていた……この峠の道が瞬きの間に炎で包まれている。
その光景はまるで一昨日見た夢、人々に繰り広げられていた地獄のようで。
「つっ!!?」
次の瞬きで元の光景に戻ったものの、脳裏に焼き付いたあの光景。
さっきのあれは幻覚なのだろうか。……それとも、もしかして?
「どうしたの、誠也」
「……なんでもない。なんでもないさ」
「心配なのは分かるけど、気にしてもしょうがないわよ。元気出して」
「分かっているよ」
炎失峠の調査、2日目。もしかすると、この日――とんでもないものを見つけてしまうのかもしれない。そんな予感がしてならなかった。
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