第13話 理不尽だからこそ

「どこに行ったのよ、あの2人は……」


 息を荒く吐きながら、日陰の壁にもたれ掛かる。

 額には汗が滲んでいた。それは暑いのもあるけど、焦りからも来ていた。

 誠也と千夏が居なくなったから。あの暗い林の中で、それも突然に。

 1回だけ誠也から電話が来たけど、すぐに途切れたから探す宛もなかった。


「そうだよね……。早く見つけないと」

 シズの掠れた呟きに、あたしは小さく頷いた。そう、早く見つけないと。

 今まで活動で誰かが居なくなるのは、何回かあることだった。でも、それは単純に迷子になってしまったとか、そんな理由がほとんどで。

 こんなに急に、携帯すらも繋がらなくなってしまうのは初めてだった。

 ……さすがのあたしも不安ね。こういう時、誠也ならどう考えるのかしら。

 まあ居ない奴のことをあれこれ考えててもしょうがないわよね。今は動くだけ。

 

「まあ、あたしたちが頑張っていきましょ。それに――」

「それに?」

「もう終わりだ、おしまいだ」

「これは使い物にならないだろうしね」


 そして、こいつはこいつで、あれな様子だった。

 つい1時間前までは喧しいほど鳴き喚いていたというのに、今では死にかけの蝉みたいに暗い表情で、ぶつぶつと何やら変なことを呟き続けている。

 正直、めんどうくさい。誠也じゃなく、こいつが行方不明になれば良いのに。

 と、思ったけど、今度は千夏が被害を受けるのよね。しかも2人っきりで。

 なら、これで良かったのかしら。怪異の人選びは見る目があったかもね。


「つ、使い物にならないだと……!?」

「事実じゃないの。文句あんなら体を動かしなさい、根性なし」


 こういう時になっても扱いには敏感か。どんだけプライド高いのよ。

 

「むしろお前たちがおかしいんだ! 何で平然といられるんだ!」

「多少は慣れてるから。あと別に平然としてないわよ」

「う、うん。私だって怖いけど……やらなくちゃ」

「そういうこと。怖がりのシズが頑張ってんだから、あんたも頑張りなさいよ」

「ふざけるな、もう無理なんだ! ここにはおかしい奴しか居ないのか!?」


 薄々気づいてたけど、典型的なこういう時にパニクる奴なのね、こいつ。

 気持ちは分からなくもないし、あたしたちの方がおかしいのかもしれないけど、その姿はみっともないったらありゃしなかった。


「このままだと全員やられるぞ、自分はその前に帰らせてもらう!!」


 しかも、そう叫んだ途端に、体を翻し逃げようとしてきた。

 ……なんという奴なのかしら。バカじゃないの。

 だから、あたしは逃げようとしたところを――足で引っ掛けて転ばせた。

 強く転ばせる気はなかったけど、とんでもない勢いと慌てっぷりで駆け出してたもんだから、盛大に体制を崩して顔面から地面にダイブした。


「な、ななな何をするんだ! 君には常識というものがないのか!!?」

「それはこっちのセリフよ! 千夏を置いて逃げようとしないでよ!」

「そんなこと言ったって、噂は本当だったんだ! ど、どうしようもないだろ!」

「何がどうしようもないのよ」

「だって理不尽じゃないか! こんな突然に、訳も分からないのに千夏くんが居なくなって! 合理的でも理論的でもなんでもない! こんなもの、立ち向かうだけ無駄なんだよ! 無駄なことをしようとしているんだよ、お前らは!!」


 ああ、もう。めんどうくさい!!!

 口だけは達者で、都合の良いとこだけ合理的で。あたしの嫌いな人間。

 怒りが頂点に達したあたしは、ほとんど反射的にこいつの胸ぐらを掴んでいた。


「い、いきなり何を……!?」

「…………」


 そして、何を言おうか考えず、ただあたしの心のままに言葉を発していた。


「理不尽だから、暴かなきゃいけないんでしょうが!!」


 昔の、あの時のあいつが言ったこの言葉。

 それを聞いた時は何を言ってるのか理解できなかったけど、今のあたしには理解できるし、すべてが色あせて見えていたあたしの支えになった言葉だった。

 確かにこれの言う通り、怪異なんて理不尽。呪いとか恨みとか、本当に。

 だったら、そんなの最初から関わらなければ良い。それで生きていくことはできるし、賢い選択だ。非科学的なものを信じない、信じようとしない合理的な考え。

 だけど、それでは面白くなかったし、あたしには納得できなかった。


「それに、今の社会じゃ怪異に限らず理不尽なことってあるでしょ」

「……そそそ、それはそう、だが」

「だから明らかにするの、あたしたちは。理不尽だから、しょうがないから、あれこれ言い訳をして諦めるなんて、嫌だしつまんないでしょ?」


 だから、あたしは怪異を暴く。明らかにしようとする。

 諦めたくないから。そして、この先にある“色”を見てみたいから。

 それはあいつだって、昔とは変わった誠也だって、同じような思いのはず。

 言いたいことをぶちまけて、落ち着いてきたあたし。すると、こいつの胸ぐらを掴んでいることに気づいた。

 ……ちょっとやりすぎたわね。反省して、その手を優しく離した。

 無能なんとかだっけ、そいつはあたしの方をぼんやりと見つめていた。


「ほら立つ! さっきは悪かったわ」

「あの、これから自分はどうすれば良いのか」

「とりあえず今は動くこと! ビジネスとかでも同じでしょ」

「あ、ああ……」


 あたしがそう言い切ると、すぐに立ち上がった。

 思ったより聞き分けは悪くないみたい。変な方向に純粋な奴なのね。


「んじゃ、探しに行きましょ。誠也と千夏を」

「いや、そ、それは良いんだが……」

「何よ、まだあたしに文句でもあんの?」

「そ、そうじゃなくて……。君のお友達はどこに行ったんだい?」


 あれっ。そういえば、シズはどこにいるのかしら。

 気になって辺りを見渡してみた。だけど、いない。どこにもいない!


「もしかして、あの子まで神隠しに……」


 違うと言いたいけど、シズならこっそりやられてても有り得る。

 どうしよう。状況を確認しようと、携帯を取ろうとした時だった。


「とおのん、ちょっと来て~」


 あたしたちの居る通りの向こうから、シズの声が聞こえてくる。

 ……良かった。ホッと胸を撫で下ろしつつ、そこに小走りで向かった。


「急に居なくなるから心配したわよ~。って、誰、その人?」

「近所のおばあちゃん。重い荷物を持ちすぎて倒れちゃったみたい。」


 そこにはシズと、腰を抑えながら横たわっているおばあちゃん。

 顔はしわくちゃで白髪だらけだったけど、上品さのある顔立ちの人だった。

 きっと、若い頃はさぞかし素敵でとびっきりの美人だったんでしょうね!


「ここに住んでる人なんだけど、帰る途中で足を挫いたみたいで」

「そうなの」

「付き添って帰るだけなら私だけで良いんだけど……荷物があるから」


 シズってば、良い娘なの! 将来、悪い人に騙されそうで心配だけど。

 影を落とした表情のシズとおばあちゃんを見捨てる訳にはいかないわね。


「あたしも手伝うわ!」

「い、良いの、とおのん?」

「困った人が目の前にいるのに断るにも断れないでしょ! それに、黒羽団地の住民の人に接触できるチャンスでもあるわ」

「あっ、そうか。今まで会ったことなかったもんね」


 おばあちゃんを助ける理由は色々あるけど、やっぱり一番の理由は今まで団地の人に話を聞けてなかったから。

 ここの人ってやたら部外者のあたしたちを睨んでくるから、フレンドリーに声を掛けに行くこともできなかったし。

 ここで住んでる人間。噂の神隠しだって知ってるかもしれない。

 つまり、おばあちゃんには悪いけど、絶好の機会。逃す理由は無いわよね。


「手伝うわ、おばあちゃん! 男手があるからドンドン任せて――」

「お、おいおい。何を考えているんだ」


 荷物の入った袋を持つと、引きつった顔であたしを止めたのはあれ。

 何よ、の気持ちを込めたあたしの睨みに怯んだけど、すぐに食いかかってきた。


「君たちは偽善者か? それとも底なしの能無しなのか?」

「別に良いでしょ、人を助けることくらい。減るもんじゃないし」

「千夏くんが行方不明なんだぞ! 早く探すのが当たり前の判断じゃ」

「無能さんの言ってることは分かるけど……おばあちゃんも見捨てられないよ」

「そうよね。あと、ここでおばあちゃんを見捨てたとして問題が解決すると思う?まるで情報がなくて途方に暮れてるのに? それとも何か見つかったの?」

「うぐっ」

「ないなら今はやるべきことをやりなさい。手を変え品を変え、よ」

「でも、僕たちは四号棟のことをどうにかしないといけないんだよ!」


 ああ、なんでこいつは融通がきかないのよ、まったく!

 それに大声を出されたらおばあちゃんに驚かれちゃうじゃない。

 そうムカつくと同時に、フォローに入ろうと笑顔を作って後ろを向いた。

 おばあちゃんの表情はぽかんとしていた。どこか思い当たるという感じで。


「そこの方、“四号棟”とおっしゃいました?」

「あっ、はい、そうですけど……」

「何かの縁かしらねぇ。私、昔はここの四号棟に住んでたのよ」

「……えっ?」


 こ、このおばあちゃん。住んでいたの、消えたというあの場所に?


「ま、間違いはないんですか?」

「ええ、確かよ。年老いていても、昔の記憶は今でも思い出せるの」


 もし、このおばあちゃんの言ってることが真実なら。

 あの四号棟は本当に存在して、2人が迷い込んでる可能性があるかも!?

 それなら、きっとこのおばあちゃんが解決の鍵を持ってるかもしれないわ!


「おばあちゃん。荷物を持ってくついでにその辺のお話、聞いても良い?」

「もちろん構わないわ。こんなに若い方々が手伝ってくれたんだもの、むしろこちらこそ歓迎しないと失礼になっちゃうわ」

「ありがとう!」


 こうして偶然にも手がかりを得た3人ははおばあちゃんの家へと向かう。

 おばあちゃんの話し相手になってるシズはいつもの優しい笑みを浮かべているし、このあたしも今はワクワクとした表情になってることだろう。

 ここからよ。ここから夕闇倶楽部(2名不在)の調査が始めるんだから!






 ちなみに後ろの方では、あれが必死な形相で呻いてた。

男でなおかつ邪魔でうるさかったから、米袋3つにその他諸々持たせて黙らせたのは流石に可哀想だったかも。まあ自業自得ってことで良いかしらね。

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