第5話 夜は焼き肉


 戻ってきた千夏がいきなり声を張り上げる。

 毒舌で真面目で好奇心に満ち溢れる、いつもの彼女はいなかった。


「なっ、姉貴には関係ないだろ!」

「また危ない場所に来て……この前だって同じような真似して、大変な状態になった挙げ句、私の大切なカメラをぶっ壊したじゃないの!」

「それとこれとは別だろ! それに俺はもう高校生なんだから……」

「良くないわよ! 楓ちゃんも連れて……。何かあったらどうするつもりなの!」

「どうするも何も、ここに来たのはこいつが――」

「千夏さん、彼は悪くないんです。全て私が、うっうっ」

「その物言いは誤解を招くからやめろ!」

「あのさ。何なの、これ」

「ちなっちゃん、お姉ちゃんみたいだね~」


 おそらく、あの少年は千夏の弟だろう。

 顔つきが似ているのは当然だし、すぐに顔が一致しなかったのも一秋くんが平均的な身長をしていたからだと推測できる。

 それよりも、千夏にもこういう一面があったんだな。

 後輩としての彼女しか知らなかったから、今がどこか新鮮に感じた。


「とにかく! 私と一緒に帰るわよ」

「あー、わかったよ。そうすればいいんだろ!」


 とりあえず彼らの中で一応、結論は出たみたいだ。

 あと時刻を確認してみると6時ちょうどを示していた。

 暗くなってきているし、確かにそろそろ帰るべき時間かもしれない。


「そうしなさい、今日はバーベキューなんだし」

「「バーベキュー!!?」」

「ああ、お母さんがそう言ってたっけ――」

「千夏、本当なの! あたしたちも連れてきなさいよ!」

「も・ち・ろ・ん、アキは連れていってくれるんだよね~?」

「え、ええっ、みなさん来るんですか?」

「おいおい遠乃。それは駄目だろ」

「何よ、バーベキューなんでしょ!? 4人くらい増えたって!」

「……大変っすね。青原さんでしたっけ」

「……ああ、君もな」


 同情が混じったような視線を送られてきた。

 一秋くんだった。彼も雨宮さんの強引っぷりに苦労しているようで。

 僕と彼の中に、妙な絆が芽生えたような気がする。

 

「と、とりあえず連絡してみましょうか」


 千夏が電話を取り出すと、道の影へと小走りで向かった。


「今日は焼き肉よ! お腹空かせて調査したかいがあったわ!」

「まだ、そう決まったわけではないだろう」


 高校生を前にしていると言うのに、恥ずかしい奴だ。


「お肉♪ お肉♪ おにく、にっく~♪」

「元気だよな、楓も。そういえば葵はどこにいったんだ?」

「本当だ、いないね。って、葵ちゃんから連絡。帰っちゃったみたいだよ!?」

「はぁ……!? あいつが無断でするなんて珍しいよな。そういうところはしっかりしている奴なのに」


 彼らは彼らで、何やら気になることを話していた。

 ……葵? 意図せず耳に入ってきてしまったが、友人だろうか。


「買いすぎた!? 自分たちが食べ切れそうもないくらい!? 何で……特売日だからってやりすぎでしょうが! 食べられなかったら全てが損失なのよ!!」


 そして突然、道の端から聞こえてきた大きな千夏の声。

 話し相手はお父さんだろうか、これまた彼女の新たな一面を見た気がする。


「ふっふーん! 何だか上手くいきそうね!」


 腹が立つほどに笑顔な遠乃を横に、疲れた様子の千夏が帰ってきた。


「ただいま戻りました……」

「んで、どうなのよ!」

「どうやら私の父親が食材を買いすぎたみたいでして……」

「お父さん、またやらかしたのかよ!」

「そうみたい。それで皆さん、あれを消費するためにも来てOKです」

「「やったー!!」」

 

 遠乃と雨宮さんに引っ張られるかたちで僕たちは歩き出した。

 ……やれやれ。千夏のご家族に迷惑にならないか、心配でしょうがないな。




 帰りのサラリーマンらしき人々が行き交う住宅街。

 瀟洒なデザインの街灯が照らすのは、立ち並ぶ一軒家の数々。

 それのどれもが大きく真新しいもので、ニュータウンを思わせるもの。

 先ほどの黒羽団地とは違ったその光景に、思わず眩しさすら覚えてしまった。

 そんなきらびやかな住宅街の一角にある、千夏の家に僕たちは来ていた。


「でっかい家だよね、ちなっちゃんの家」

「こんなに立派な豪邸に住んでるのねー」

「まあ、それだけ家族の人数が多いですから。7人家族ですし」


 バーベキューを行なう庭も、それなりに大きいもの。

 千夏の弟や妹らしき双子がその辺りを走り回っていた。

 それをにこやかに見守っている男性が材料を買いすぎた父親の方だろうか。


「みなさん、いらっしゃい。たくさん食べてね」


 千夏の母親さんが、遠慮するほど具材を持ってきてくれた。

 どうやらお肉や野菜を焼くのは家の中で、それを外で食べるらしい。

 確かに外で焼いたら煙が上がって大騒ぎになるだろうから、当然か。


「うまぁ~。やっぱお肉は最高よね!」

「できれば脂身が少ないものを食べよっと」

「雫先輩、レモン必要ですか?」

「いるっ!! 焼肉のタレのカロリーなんて……がくがくぶるぶる」

「気にする必要、無いと思うんだけどな」

 

 会話に花を咲かせつつ僕も食べる。

 美味いな。庭で食べる焼き肉というのも中々良いものだ。

 そう思っていると、向こうからじっと見つめてくる二匹の犬がいた。

 それぞれ茶色で小柄な犬と黒くて大きな犬。名称は不明だ。


「あっ、わんちゃん!」

「うちで飼ってるホシとクロです。可愛いですよ」

「いいな~。もふもふしても良いかな!?」

「構いませんけど。戻ってくる時に手は洗ってくださいね」


 そう言って、二人はお肉の皿そっちのけで犬小屋に向かった。


「…………」


 そして、黙々と嬉しそうに肉を頬張る遠乃。どんだけ肉が好きなんだ。

 というわけで、暇になった僕は別の場所に行くこと。


「ちょっといいかな、一秋くん」

「どうも。青原さん」


 雨宮さんと一緒にいた一秋くんに話しかける。

 理由は明確。黒羽団地の情報を何か知っていそうだったからだ。


「聞きたいんだが、君たちは何であの団地に来ていたんだ?」

「楓が見つけてきたんですよ。新聞部の取材で、団地に纏わる変な噂を」

「なるほど。どんな噂か教えてもらえるかい?」

「良いっすよ。といっても、俺たちも大したの掴めてないんすけど」


 きまりの悪そうな顔をしながら、一秋くんは言葉を続けた。


「神隠しです。うちの高校で1人、行方不明になった人がいるんです」

「行方不明……?」


 神隠しか。伊能さんも言っていたな。

 黒羽団地には昔からそういった現象があると。


「被害者は烏丸茜さんです。写真は……これですね」


 見せられた写真には、何人かの少女が写っている。

 一秋くんが指で示したのは右側の少女。

 今時で珍しい三つ編みで、縁の太い眼鏡をかけていた。


「高校1年、写真部所属。参加する予定のコンクールのお題が“哀愁漂う町並み”だったみたいで、高校の近くにある団地に行くと友だちに言ってたようです」

「つまり彼女は黒羽団地に向かい、そこで神隠しにあったと?」

「そう、俺と楓は考えています。誰も相手にしてくれませんでしたけど」


 警察もただの行方不明事件では念入りには捜査してくれないだろうな。

 ……とりあえず、彼から聞き出せそうな話題はこれで終わりかな。


「そうか。すまなかった、質問ばかりで」

「構いませんよ。こちらもホッとしたんで」

「ホッとした?」

「姉貴って、とある男の先輩で愚痴ることが多かったんですよ」


 脳裏に、あのビジネスマン気取りの男性が浮かび上がった。


「もしかしたら青原さんがその先輩だと疑ってたんですけど」

「……それは僕ではないな」

「そうですよね。まったく違う感じですし」

「おーい、誠くん、カルビが焼けたんだって!」

「ほらアキ! その人だけじゃなく私のことも構いなさい!」

「へー、へー。では青原さん、これで」


 雨宮さんに半ば強引に連れられる一秋くんを見ながら、僕も戻る。

 再びの4人で山盛りになったお肉を囲む。

 しかし、ものすごい量の具材だな。どれだけ買ったんだろうか?


「ちなっちゃんのところってさ、家もそうだけど車も大きいよね」

「七人家族ですから。お出かけするならこれくらい必須です」

「シズが車に興味を持つって不思議な感じがするわね」

「ふふっ、私ってこれでも運転免許持ってるんだよ」

「へぇ。それは意外ですね」

「地方だと、これがないと厳しいからね……」

「ふっふーん! それならあたしも免許は持ってるわよ!!」

「「……えっ?」」


 時と呼吸が、僕の中で一瞬止まった。

 それは千夏も同じだったようで、お互いに顔を見合わせていた。


「千夏、こいつに免許を取らせた教習所って“テロ等準備罪”にならないのか?」

「難しいですね。テロとは政治的な目的のために過激な行為に走る集団のことですから。当てはまるとしたら……せいぜい危険物取扱法ですかね」

「何で私がテロとか危険物とか、そんな扱いされてんの!」


 日頃の行いだろう。


「というか、誠也と千夏は免許取らないの?」

「今のところ取る気はないな。電車で用が済む」

「私も同意見です」

「都会っ子はやっぱ違うのよね~。でも便利よ? 身分証明で使えるし」

「それはありますね」

「物を売る時とか、学割効かせる時とか、それと怪異の調査とかね1」

「怪異の調査って……いつ使うんだよ、免許証」

「例えば10代を狙った怪異とかあるでしょ。身分証明証があったら、もしかすると見逃してくれるかもしれないわよ!」


 随分と年齢確認の意識のある怪異だな、それは。

 人間の、コンビニバイトはお酒や煙草を買う時の年齢確認をしないのに。


「ま、冗談はさておき食べましょ。ビール欲しくなってきたわ」

「お前は中年オヤジか何かか。あとご飯を頂いている先で非常識すぎるぞ」

「別に構いませんよ。私が持ってきます」

「い、いいのか……」

「よし、家主の娘の許可も得たし、今日は目一杯飲むわよ~!」

「い、いえ~い」

「……君たちはお酒にそれほど強くないんだから、程々にな」


 こうして漠然とした不安に包まれた夜は過ぎていく。

 ――謎の雑木林に、行方不明事件。

 果たして明日の調査では、あの黒羽団地には何が潜んでいるのだろうか。

 良い焼き加減の肉を口に運んだ。心なしか味気ないように感じていた。




 ちなみにその後の話。

 酔った遠乃と雫を介抱することになったとさ。

 お後がよろしいようで。はぁ。

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