第4話 訪れる秋

「やっぱり非科学的事象は見つからなかったようだね、夕闇倶楽部の諸君」


 あれから無駄に時間は過ぎ、薄汚れた住宅が夕焼けの赤に染まる頃。

 黒羽団地内の、人気のないスーパーの手前に僕たちは集合していた。

 もちろん新聞部の2人も一緒。ちょっとした会議のようにも思える。


「成果があげられない、つまり君たちの活動は無駄だと証明されたわけだ」


 歩き疲れでぐったりとする僕たち。

 それを勝ち誇った様子で見下ろしてくる伊能さん。

 どうやら無事に迷子から脱出できたみたいだ。良かった。


「うっさいわね。怪異は1日にしてならずなのよ」

「成果はすぐに出せなければ意味がない。合理性や効率性が皆無のようだ」

「怪異に、効率性も合理性もへったくれもないわよ」

 

 己が効率性の真逆の立ち位置に居たことを忘れているようで。

 この人は自分が有利だと、とことん調子に乗る性格らしい。


「それに! あたしは合理的だからこそ、感情的に生きてんのよ!」

「……意味がわからないね」

「ふっふーん。わからないでしょうねぇ。それが文系脳の限界なのよ!」


 遠乃。悪いがこの場に居る人間で、お前除いて全員文系だぞ。


「はぁ……。しょうがないから君にまともな知識を授けよう」

「いらないんだけど」

「まず質問。一流のビジネスマンが課題に行き詰まった時、どうすると思う?」


 少しだけ考える仕草の後、遠乃と雫が一斉に手を挙げた。


「お酒を飲む!」

「それは忘れようとしてるだけだろう!?」

「……煙草を吸う、とか!?」

「だから、そうじゃない! 飲酒や喫煙なんて無駄な極みだろう!」

「お酒も煙草も、あなたには無駄の極みと言われたくないでしょうね」

「んじゃ、その一流のビジネスマンとやらはどうすんのよ」


 もはや食い気味、といった感じで遠乃が質問する。

 それに伊能さんは手を広げ、やれやれと言いたげな様子で口を開いた。


「……はぁ。PDCAサイクルを回すんだよ」

「ピー、ディー、シー、エー、サイクル?」

「Plan、Do、Check、Actionの略だ。行動を起こす際の計画みたいなものだ」


 僕がすかさず補足の説明をする。

 そうしないとちゃんとした話ができないからだ。

 ビジネスとか言う前に、彼には言葉を伝える努力をしてほしい。


「その通り。これを元に一流のビジネスマンは自己改善をするんだ」

「ふぅん」

「さっそく君たちの活動を照らし合わせていこう。“P”」

「あそこに怪異があるみたいだから行ってみましょ!」

「“D”」

「よし、調査をしていきましょう!」

「“C”」

「見つからなかったわね。残念、残念」

「……“A”」

「明日はもうちょい頑張りましょうか、解散!」

「ダメダメじゃないか!」


 ……確かに、こうしてみると僕たちって無駄が多いよな。


「やはり君たちには千夏はもったいないようだな」

「まーだ言ってますか、このアンポンタンは」


 そして、千夏のことに関してはまだ諦めてないらしい。

 ここまで来ると、流石に面倒臭さを感じるようになっていた。


「あと私たちは諦めてないからね! 明日には暴いてみせるわ!」

「明日もか。インセンティブがないからモチベーション維持に苦労するんだが」

「えっ、また来るの、あんた? 来なくていいのに」

「あっ、ちなみに私は付き合えないわよ。明日は私用があるの~」

「しかも専属の介護士抜きでやるの!? ただの嫌がらせじゃない!」

「……介護士? 何で介護士が出てくるんだい?」

「あー、どうやら自分が要介護認定受けていること気づいてないみたいですね」

「いや、私は至って真面目にビジネスワークを……」

「ボケって自覚症状がないのよねぇ」

「ちょっと待て、佳世子! 何で君まで私を攻撃するんだい!」

「というか疑問なんですけど、何で伊能さんってちなっちゃんに拘るんですか?」

「……えっ! ……いや、その……」


 雫の素朴な質問を受けた伊能さんが、急に言葉を濁らせた。


「そうよね。ビジネス云々抜かすならその時間を他に当てりゃいいのに」

「それは、千夏の力が必要だから……」

「別に私がいなくても変わらないですよね。サークルで任される仕事なんて家でやれば良いんですし。在宅ワークもイノベーションとやらに必要だと思いますけど」

「あ、ああ……でも、ちょっと……」


 言葉をぶつけるごとに、しどろもどろになっていく。

 ちぐはぐな伊能さんの反応を見る限り……これって、もしかして?


「なるほど、ちなっちゃんが……」

「へー、意外ね。こいつってロリコンなのね」

「だ・れ・が!! ロリですか!!?」


 彼が小さい女児に異常な恋心を持っているかは別として。

 とりあえず伊能さんが千夏を特別に思っているのは間違いなさそうだ。

 現に、何をして良いのか分からず不気味に震えている彼が何よりの証拠である。


「と、とにかく! 明日もやるなら成果を出せ! 千夏は渡さないからな!」

「はいはい、わかったからさっさと帰りなさいよ」

「あと佳世子に千夏! 次の新聞記事の話があるから来てくれるか!」

「めんど……いえ、わかりました。すぐ行きますよ」

「それじゃ夕闇倶楽部の皆さん。また会える日まで~」


 三人が立ち去ったおかげで、静かになった空間。

 数秒の沈黙、そして、うんざりとした表情で遠乃が呟き始めた。


「……明日もいるの? あんなのが」

「そりゃ変なところで頑固そうな人っぽかったからな」

「うへぇ。ちょっと嫌だなぁ……」


 これから降りかかる災難に、僕たち三人は力なく項垂れた。

 というか、雫がここまで誰かに対して拒否反応を起こすなんて珍しい。


「あれを黙らせるとなると、成果を出す必要があるのよね」

「そうだな」

「じゃあ、情報整理をしましょう。この場所で何か変なこと感じなかった?」


 感じたこと、か。思考を巡らせてみる。

……そうやって思いついたのは、1つだけ。


「……うーん」

「僕はあの雑木林が気になったな」

「雑木林って、道祖神があった場所だよね」

「そういや、あそこって……3号棟と5号棟の間に位置してるのよね」

「そ、そうなのか?」

「気づいてなかったの? ほら地図を見て、ちょうどここでしょ」


 遠乃が示した地図の場所を見てみると、確かにその場所にあった。

 3号棟と5号棟の間に位置する、巨大な雑木林。……まさか、いや?


「でも確かにおかしいわよね。明日はその辺を見て回る?」

「そうだね~。って、あれ?」

「どしたのよ、シズ」

「あそこの方、よく見て。誰か居ない?」

「えっ? あ、ほんとね」

「こっちに向かってきてるみたいだよ!」


 雫に言われたままに目を向ける。

 遠くから、どこかの学校の制服を来た少女の姿が確認できた。


「どうせ近所の子どもでしょ。テキトーにあしらっておけば――」

「お、そこの綺麗なお姉さんたち! ちょっとお話があるんですが!」

「何かしら!」


 ………現金な奴だな、お前。

 そう思いながら、僕たちに声を掛けてきた人物に目を向ける。

 肩にかからない程度の髪が揺れながら、僕たちの前に立っていた。

 勝ち気が混じった顔つきに、好奇心に満ち溢れている人特有の輝く瞳。

 中学生にしては色々と発育が良すぎることから、おそらく高校生だろう。

 そして、失礼な発想だが――何となく遠乃と同じ人種の雰囲気を感じた。

 

「実は私、近所の高校で新聞部をやってる者なんですが!」

「へぇ、そうなんだ~」

「だから取材を……ってアキ! 恥ずかしがらないで!」

「別に、恥ずかしがってるわけじゃないんだけどな」


 呼ばれるまで、他人のふりをしていた男子高校生がこちらに来た。

 彼女の隣に来た彼は目つきが少しだけ鋭いが、何の変哲もない普通の人。

 ……だけど、どこかで見たことがあるような顔つきだった。

 誰だろう? かなり見慣れている人物だろうけど、何故か合点がいかない。


「どうも、すみません。うちの馬鹿が」

「ひどいよ馬鹿って! 馬鹿って言った方が馬鹿なの――」

「はいはい、無駄話は止め。それで、あんたたちは何なの?」

「あ、すみません」


 遠乃の言葉で喧嘩を終わらせた彼らは、僕たちに向き直った。


「俺は小山一秋こやまかずあきっていいます。こいつの付き添いで新聞部やってます」

「私は雨宮楓うみやかえでです! アキと楓でオータムコンビです! 名前だけでも覚えて帰ってくださいな!」

「……恥ずかしいから辞めてくれよ、その名前は」


 溜め息を吐いて、首を振った彼。

 彼の表情は、強引な誰かに振り回される人特有の達観したもので。

 何だろう。これまた勝手に思って失礼だが、彼には僕と同じ何かを感じた。


「はぁ……。何であの無能はタスク管理がド下手くそなのか……」


 そして、間が良いことに。

 今まで新聞部のところにいた千夏が、疲れたような表情で帰ってきた。


「ただいま戻りました。あれ、見ない顔が――って」


 そして、僕たちの前にいる二人を見た瞬間。

 千夏の足と言葉と表情、その全てが、時が止まったように停止した。


「千夏さん、ご無沙汰です!」

「げっ、姉貴。何でこんなところにいんだよ」


 そして、後退りした彼から溢れた言葉。……姉貴?

 彼が名乗った小山という名字、どこかで見たと感じさせる顔つき。

 これらの事実から、導き出される真実はたった1つ。


「一秋、こんな場所で何をやってるの!」


 突然、団地に響いた大声。

 今まで見たことのないような千夏が、そこにはあった。

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