第6話 ハピネスナイトメア

「……ここか」


 東京の街並みとはかけ離れた、曲がりくねった薄暗い路地の一角。

 道は細く、うっかりしていると自分が何処にいるのかわからなくなるくらい。

 そんな場所に『ハピネス・ナイトメア』という奇抜な看板のお店があった。

 幸せな悪夢。お店の人はどういった意味でこの名前をつけたのだろうか。


「本当に、大丈夫だよな……」


 ちなみに、ここに来るまでに30分くらいは彷徨っていた。

 そうなった理由は遠乃から貰った地図が雑すぎて使い物にならなかったから。

 最初に見た時も随分大雑把だと思っていたが、まさかここまでとは。

 ネットで調べようにも、このお店をネットで検索しても出てこなかった。

 このご時世なのに珍しい。大抵はツイートやブログで引っかかるんだが。


「疲れた」


 感情が不安定な状態で長時間歩いたことで疲労が溜まっていた。

 先程から見える景色の輪郭がぼんやりとして吐き気がする。

 それを誤魔化すように深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。

 呼吸が整ったのを確認して、僕は古い扉に手をかけ、店の中に入った。


「……すみませーん」


 中は隠れ家のような、こぢんまりとした空間が広がっていた。

 例えるなら昔ながらの個人商店だろうか。こういう雰囲気は好きな部類だ。

 そんなことを思いながら、僕は店の奥にいる人に声をかけようとした。


「――ウェェェルゥカァムゥゥゥッッ!!!」


 その時だった。突如その人は振り返り、腹から響かせた大声が飛んでくる。

 驚いて声の主を見ると、中年と老年の境界線に立つような歳の男性だった。

 食事をとっているのかと心配になる程の痩せこけた体型と、店に広がる暗い空気を、たった一人でぶっ壊しているような明るい顔立ちが特徴的だ。


「あっはっは! ソーリー、ソーリー。ジョークさ。こんなタイムにレアだったからね。からかいたくなったのさ!」


 男性が口を開くと、古臭さのある高笑いと、奇妙な言葉遣いが放たれる。

 あれは英語? いや文法は日本語だ。発音も日本人のそれだ。

 ……オカルトショップの店主ということで、多少変人なのは予想していたけど。

 だが、まさか、ここまでだったとは。


「あ、あなたは?」

「私はルックしての通り、コモンチックなおじさんだよ」

「……はい、よろしくお願いします」

「フランクに店長、とでもコールしてくれ。ユーは青原誠也くんかな。遠乃くんらは、ヒアーしてるよ」

「あ、はい。……青原です」


 ……ああ、何という調子が狂う。

 もし個人で訪れたのであれば、愛想笑いを浮かべながら、回れ右したのだが。

 今の僕にはやるべきことがあるため、できないのが辛い。


「それで、そんな君が、どんな要件かね?」


 戸惑う僕を見かねてか、店長さんが話を勧めてくれた。本題を切り出すか。


「この箱を見てもらいたいんです。……呪いがあるみたいで」

「ボックス? 呪い?」

「……はい、箱です。呪いです」

「オーケー。アンダスタンドした。呪いの応急処置と引き取りだね? あの娘がこんなことを依頼してくるなんて、ベリーレアだね。早速、ショウしてほしい」

「はい。お願いします。……あ、でも」


 鞄から布に包まれた箱を取り出そうとして――躊躇う。

 場所が場所とはいえ、これは呪いの箱だ。何があるか分からない。


「あっはっは! ノープロブレムだ! 周りをルックしたまえ」


 そんな僕の懸念を察したのか、店主さんはまたもや高笑いをする。

 とりあえず、店主さんに促されるまま、あたりを見渡す。

 怪しい魔道具。埃被る魔導書のようなもの。何の効果があるかわからない御札。

 天井を見上げれば、ぶら下がった骸骨が僕を俯瞰するように佇んでいた。


「呪いの1つや2つでやられてたら、店長なんてしてないさ」


 でしょうね。……無駄にだが、説得力はある言葉だ。

 納得した僕は箱を店主さんにお渡しする。一応、布はそのままだけど。


「おおう、布越しにも呪いのスメルがするね。久々の本物だ」

「だ、大丈夫でしょうか?」

「オーケー。こう見えても、私には『スペシャルな能力』があるんだ」

「スペシャルな能力?」

「応急処置はできるし、知り合いに呪いのスペシャリストがいる。安心してくれ」

「ス、スペシャリスト?」


 ……は、話の内容が理解できない。


「これなら5分でフィニッシュだ。それまでリラックスしてくれたまえ!」


 僕の言葉を耳に入れず、店長差は奥の部屋に入っていく。

 ……リラックス、か。

 心霊、魔術、占星術、更には宇宙やUMA、その他もろもろ。

 それに纏わる幾多の商品が、そこら中にごった返している店内。

 こんなお店の中で心を落ち着かせられる人間なんて、そうそういないでしょう。

 暢気に鼻歌を歌いながら箱を調べている店主さんを傍目にそう思った。




「こちらはコンプリートだ」


 落ち着かない気持ちを店内の商品で紛らわせていた僕に、店主さんが告げる。

 本当に、5分ぴったりだった。入り口側の怪しげな柱時計で確認した。


「このボックスの正体も、パーフェクトにソルブしたよ」

「あ、ありがとうございます!! それは一体!?」

「どうやら、これは一種の呪術道具だね」


 なるほど。そういった類の物だったか。

 雫と千夏の状況を考えれば、有り得る話だけに納得はできた。


「どうやら君と遠乃くんはハッピーだ。下手すれば、正気ではなかった」

「えっ?」

「何せこれには、無残に殺されたチャイルドのボディの一部がユーズされている。未だに怨霊が残存することから、これは相当ストロングなものだとシンクできる」


 ……想像以上にとんでもない代物だった。

 こんな物が一週間も僕たちの部室にあったというのか。

 しかし、赤子の霊。それは忌児たちの廃寺を思い出させると同時に。

 どこかのネットの噂で、聞いたことがある。そういった類のものを。

 ――それの名は。


「君たちがノウするもので、例えるなら……『コトリバコ』。これが近いかな?」


 それを聞いて、僕の心臓の鼓動が早くなった。

 ――コトリバコ。別名、子取り箱。

 触れた者、開けた者、更には周りにいる者を、見境なく殺し尽くす箱。

 怪異の中でもとびきり危険な物が、僕たちに容赦なく降り注いでいる。

 背筋が凍るような感覚を覚えて……思わず体が震えた。


「ほ、本当なんですかっ!!?」


 溜め込んでいた焦りと緊張が漏れ出し、店主さんに詰め寄る。

 呼吸が重くなる錯覚に囚われ、息が荒くなる。気がかりなのは二人のこと。

 ……二人はどうなってしまうんだ? もしも最悪の事態になったら?

 負の思考回路が、僕の頭で嫌な音を立てて回り始めていく。


「あ、ちょっと、ちょっとウェイト!! ワード不足だった!」


 そんな僕の態度に対し、落ち着かせるように店主さんが言った。


「ただの例えストーリーだって! 似てるだけで実際は違うんだ!」

「例え話? どういうことですか?」

「チャイルドの死体を使ったアイテムなのはファクトだが……それだけだ。パーフェクトにオープンでもしない限り、呪いで殺されることはないはずだ。少なくとも、君たちはね」

「……つまり、この箱に自体には噂で語られているような力は無いと?」

「イエス!! ま、ヤバイのはトゥルースなんだけどネ!」


 あっはっはっ! と、またもや時代遅れな高笑いをする。


「あと君たちは開けてから間もない状態で持ってきたじゃないか」

「それは、そうですけど」

「呪いは早期発見・早期治療がインポータント! だから何とかなるよ……というかなったさ! 私を信頼してくれって! ほら、これ!!」


 ……呪いは、癌治療か何かなのだろうか?

 疑問を浮かべる僕に、あの箱が押し付けられるように渡される。

 確かに来る前に感じていた嫌な何かはしなかった。


「とりあえず、君たちはセーフだ! 後で知り合いにも協力を仰ぐよ」

「あ、ありがとうございます」

「オーライ、オーライ! まぁ今後もご贔屓に。君たちの怪異ライフに祝福を!」

「では、この辺で――」


 店主さんのサービス精神の旺盛さに感謝をして、お店を出ようする。


「……あれ?」


 その時に見えた濃い茶色のブックシェルフが気になった。

 本を飾っているようで、魔術書のような表紙の本が幾つかある。

 そして、セフィロトの樹が表紙の本の横、不自然に一冊分の隙間が空いている。

 よく見ると、その正面には宣伝文句のようなものが独特な文字で書かれていた。


『願いを書いて、呪い続ければ、必ず叶う禁呪の魔導書! お買い得!!』


 ――願いが叶う? 呪い? 本?


「……何度もすみません」

「どうしたんだい? うちの商品でもバイでもしたくなったかい?」

「そういうわけでは。ただ、あの場所に何があったか気になりまして」

「そりゃライトしてあるワード通りさ。願いを叶えるブック! 買われたけどね」


 願いが叶う呪いの本。昨日、遠乃が話していた怪異の事だ。

 ただの偶然に片付けるには……あまりにも一致しているところがある。

 もしかしたら、何かを調べるきっかけになるかも知れない。


「ちなみに、どんな女性が買っていかれましたか?」

「うーん、少しユーモアでビザールな人だね。怪物みたいに太ってて……」

「か、怪物!?」


 その言葉に引き寄せられるように、僕の脳がある記憶を持ってきた。

 ――雫が見た夢。その夢に出てきた怪物。


「おっと、ソーリー。スリップした! このことを口外したらドントだ!」

「……は、はぁ」

「そのカスタマーさんは近所のペィトロンだからさぁ。インポータントなんだよ。あっはっはっ!」


 ごまかすような店主さんの高笑い。

 しかし、僕は『怪物』という単語に頭が支配されていた。

 この本を買った怪物と、今日の雫が見た夢に出てきた怪物。

 根拠はないけど、何故か僕には重なって見えていた。偶然のはずなのに。


「…………」


 しかし、今のまま考えていても堂々巡りだ。

 あまり長居するのもあれなので、今は大学に戻ることにする。

 この後には講義があるし、何よりも二人の安否も確かめに行きたかった。


「……今度こそ、失礼します」

「またのご来店を、ウェイトしているよ。遠乃くんにもよろしく伝えてくれ」


 店主さんの言葉を背に、僕は店を後にした。

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