第8話 合流、そして遭遇

 階段を降りると、深い灰色の石で作られた通路がある。

 地下通路のため広くはない。屈まないと頭が当たりそうなくらいだ。

 しかし、一人分が通るくらいのスペースはあって、進むのに苦労はしなかった。


「やはり薄暗いですね……」

「そうね。それに寒いわ」


 確かに肌寒く感じる。それに湿気でじめじめとしていた。

 飽くまで通行用の空間なので、環境が悪いのは仕方ないだろうけど。

 それでも、肌に纏わりつく空気に嫌悪感はあった。それでも通路を歩いていく。


「あら……?」

「どうかしましたか?」

「この先、分かれ道になっているようね」


 目を凝らして、前をみると確かに二つの道が存在している。

 分かれ道。どちらに行けば良いのだろうか――


「ど・ち・ら・に・し・ま・しょ・う・か・て・ん・の・か・み・さ・ま・の――右ね」

「……運任せでいいんですか?」

「どのみち両方とも行くんだから、同じよ」


 まあ、確かにそうですけど。……どこか腑に落ちない。


「あ、そうそう、目印にこの飴ちゃんを置いておきましょう」


 先輩の飴が分岐点の前に置かれたのを見届けて、僕たちは右の道を進んでいく。

 そして、何歩か歩いた後。こつこつと鼓膜をくすぐるような音が聞こえた。

 これは――足音だろうか? それも僕たち以外の。


「ねぇ。誠也くん。足音がしない?」

「先輩も気づいていたんですか」


 足跡が聞こえてきた。それが意味することは即ち。

 ……他の誰かが、この地下通路を通っているということだ。


「気をつけてね、誠也くん」

「わかりました」


 速度を下げて、警戒して前を見据える先輩。

 僕はその後ろを慎重についていく。何かあったときに助太刀できるように。

 進むに連れて音が大きくなる。おそらく音の主と距離が縮まっているのだろう。

 そして、曲がり角に差し掛かった時に、先輩が覚悟を決めて立ち止まった。


「――誰なの!?」


 その時だった。

 聞き覚えのある声と見覚えのある人物、遠乃が目の前に飛び込む。

 その後ろに目を向けると、雫と千夏が驚いたような顔で僕たちを見ていた。


「……みんな、何でこんなところに?」

「それは! こっちのセリフよ! 誠也!!」

「えっと、誠くんも麻耶先輩も本堂にいたんですよね」

「ええ。その本堂にあった階段を降りてきて、それがこの場所に繋がってたの。……もしかして?」

「は、はい。あたしたちもです!」


 ……なるほど、何か事情があるようだな。

 状況を確認するためにも、彼女たちから詳しい話を聞くことにしよう。




「なるほど。お地蔵さまの下に隠された階段、ねぇ」

「そちらは本堂の仏壇に、ですか」

「仏壇を動かしたーとか、誠也って随分と罰当たりな真似をしたのね」

「お前には言われたくないな。そっちだってお地蔵さまに手をかけたじゃないか」

「あたしはしょうがないのよ。半透明の変なガキが中に入っていったんだから!」

「半透明の……ガキ?」

「そうそう。こんな怪異、見逃せるわけ無いでしょ!」


 どうやらあっちもあっちで、僕と同じような目にあったらしい。

 特に気になったのは、遠乃が言っている子どもに関係する怪奇現象。

 やはりこの空間には何かがあるようだ。人智を超えた何かが。

 そう確信していてると、ぽつりと麻耶先輩が呟いた。


「妙ね」

「え、先輩。何が妙なんですか?」

「遠乃ちゃん。ここはお化け屋敷じゃないのよ」

「……? いや、ちゃんとわかっていますよ?」

「なら、あからさま怪奇現象がたて続けに起こるなんておかしいでしょう」


 ……確かに。

 ここに来てから、怪異と呼べるものが起こりすぎている。

 僕たちは謎の歌によってこの場所へたどり着いた。

 遠乃たちは子どもを追いかけている内にここへたどり着いた。

 それはまるで……この隠された空間に誘導しているかのように。


「そういえば、境内の調査は終わったのかしら?」

「は、はい! だいたい終わってます!」

「そう。なら、あの分かれ道の先以外はほとんど調べ尽くしたのね」

「わ、分かれ道ってそんなのあったんですか!?」

「ええ」


 三人が来たということは、この先は本堂の外ということ。

 従って、あの時に 選ばなかったあの道が調査の最後となる。

 ここまで怪奇現象が続いて、何もなかったという結末で終わるはずはない。


「そうなんですか! んじゃ、レッツゴー!」

「落ち着きなさい、遠乃ちゃん。……もう」


 それを聞いた遠乃は、率先して先頭に立って進んでいく。

 まったく、こんな状況下だと言うのに脳天気な奴だな。


「……なんだか、怖いな。とおのんは先に行っちゃったし」

「しょうがないですね。怖いなら私がついてますよ」

「ありがとうね、ちなっちゃん」


 しかし、二人から五人になったからか気持ちが楽にはなった。

 こうした怪異に関わる上で重要になのは、心の持ちようだ。

 恐怖が心を支配されていれば、それだけ怪異の影響を受けやすくなる。

 ……みんなと合流できたのは好都合だったな。

 物理的にも精神的にも明るくなった小道を進んでいく。


「いたっ」

「だ、大丈夫か、雫」

「う、うん、大丈夫。壁にぶつかっただけだから」


 しかし、めったやたらに入り組んでいるな、この道は。

 所々にある死角で、前を完全に視認することができないくらいだ。

 あの分岐点から僕たちはどこまで歩いていたのだろうか。


「えっと、ここですか? 先輩が言ってたのって」

「ああ、そうだ」

「おっそーい!」

「お前が早すぎるんだよ」


 やっと辿り着けた場所には、先に来た遠乃が立っていた。

 どこまでも馬鹿なこいつに思わず僕はため息を吐いてしまった。

 しかし、そんな遠乃とは反対に、先輩は神妙な顔つきをしていた。


「どうしたんですか?」

「おかしいわね。目印に置いた飴玉が無くなっているのよ」

「ああ、確かに置いてましたね」

「そんなもの、どっかに転がっていったんですよ!」

「……そうかしら」

「そうですよ! 早く行きましょうよ!」


 先輩は納得していないようだが、遠乃にせかされるまま頷いた。

 気がかりなのは確かだが、僕も飴が消えたくらい気にする必要はないと思う。

 仮に怪異の仕業だとして、そうする理由がまったく不明だったからだ。

 飴玉が呪いに関係することはないし、お化けを祓う力だってないはず。

 ネズミのような動物に齧られているのが妥当な線だろう。

 ……何故か、ここに来てから動物どころか生物を一匹も見ていないが。


「そうね。みんなも揃っているみたいだし、さっそく――」

『――かごめ かごめ』

「……え?」


 本当に、意図せずして、急に。

 僕たちをこの場所に導いた、あの童歌が耳に入り込んできた。


「これが、先輩たちが聞いたという歌ですか?」

「ああ、そうだ。しかも……」

「この先から聞こえてきてるの? なかなか怪異っぽい感じね」

「……行ってみましょうか」


 突然の怪奇現象に慌てつつ、選ばなかった道を行く。

 その道を歩く距離に比例して、陰気で寒々しい空気が僕たちを覆ってくる。

 まるで数歩歩くごとに体の熱が一度ずつ奪われているかのようだった。

 どうやらそれは皆も同じようで、体を震わせながら静かに歩いていた。

 ……とある馬鹿は、何ふり構わず先行しているが。


「あれ、行き止まり?」


 急に遠乃のびっくりしたような声を聞こえてきたので駆け寄る。

 確かにこいつの前には壁がそびえ立って――いや、これは鉄の扉のようだ。

 洞窟内で薄暗い上に鉄が赤黒く錆びているので、見にくくはなってるけど。


「よく見ろ。扉だ」

「え? 本当だ! ……誠也?」

「扉のようね。誠也くん?」

「……はい、わかってますよ」


 本日三度目の大仕事。今日は力仕事ばっかりだな、僕!

 しかし今更文句を言ってても仕方がないので、重々しく佇む扉に触れる。

 軽く調べたところ、どうやら引き戸のようだ。さっそく引っ張ってみる。


「ぐぬぬぅぅぅっっっ……!」


 途中で何かに引っかかって、その度にがたんと小煩い音を立てる。

 しかし扉を開けることはできた。未踏の空間が放たれていった。


「なに、これ」


 扉の先をいち早く見た遠乃が、珍しく声を震わせた。

 僕たちも目を向けてみると――そこには異界が広がっていった。

 この場を支配している、底知れないほどの寒々しい闇色の空気。

 辺り一面の棚に隙間なく並べられている、大量の何者かの骨壷。

 この空間を構成している、ありとあらゆるものが怪異だと思えてしまっている。


「……子ども?」


 そして、何よりも、ここが異常な空間であると僕たちに確信させたのは。


 真正面の、遊んでいる半透明の子どもたちだった。

 ひとりの子どもを中心にして、輪になって『かごめかごめ』を歌っている。

 それはまるで楽しそうで、生きている子どものように笑いあっていた。

 非日常的で、異常しか存在しないその光景に言葉すら出せなくなった僕たち。


『…………』


 ふと、鬼役をしていた子どもが小さな目を向けてきた。

 それを合図にするかのように周りが歌うのを止め、次々に僕たちを見る。

 ……気づいたときには、僕たちとの距離はかなり迫っていた。

 入ってきた情報の量と内容の不明さに脳の処理が追いつかないまま。

 不気味な子どもたちの笑い声と共に、じりじりと追い詰められて――


「みんな、逃げるわよ!!」


 ――先輩の叫びで、僕は現実の思考へと引き戻される。

 その直後、僕の体は身を翻して走った。

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