第9話 最も簡単で難しい攻略方法

 初めに、明らかになっている事実を整理していこう。

 ゲームを最初にプレイしたのは僕だ。

 しかし、呪いの始まりは雫からだった。その次に呪われたのは千夏。

 最終的には遠乃も呪われて、僕にも呪いが発現してしまった。

 その結果、僕たちは最悪の状態の手前まで来ている。

 現に雫や千夏は影響が出ていたし、僕たちもこれからどうなるか不明だ。


 次に、呪いの解決方法について考える。

 噂では、この呪いを解くにはゲームをクリアすることだと書かれていた。

 しかし肝心のゲームはクリア不可能。できるかどうかの検証まで時間はない。

 ここからどうすればいいかを素早く、じっくりと考えていく必要があるだろう。


 その次、ここからが重要な点だ。

 僕たちの経験からわかったもの。

 ――ゲームをしていない時は、呪いが進行しなかった。

 二人に異常を感じる言動はあったが、悪化したのはゲームをプレイした時のみ。

 つまり、ゲーム内での行動が鍵となっていることが分かる。


 ゲームをしている時に呪いが出現する。

 そう考えるなら、呪いの指標は、プレイ時間という推測が初めに立った。

 しかし、それなら真っ先に僕が呪われるのが妥当になってくる。

 でも実際は、僕の次にプレイした雫、千夏、遠乃、そして僕という順番。

 従って、呪いを解明するには、条件にこのことを加えなければならない。

『プレイするだけでなく、ゲーム内で引き金となる行動をしなくてはならない』


 疑問に思ったのは、呪いが発症するまでの時間。

 初めの雫があのようになるまでは、1時間を過ぎてからだった。

 もちろん千夏が見逃していた可能性もあるが、大幅な誤差はないはずだ。

 しかし、次にプレイした千夏は、30分のプレイで雫より強く呪われている。

 そして僕たちは目を離した瞬間、ほんの僅かの時間で異様な姿となっていた。

 ――まるで千夏は雫から、僕たちは千夏から、呪いを引き継がれているように。

 この怪異で何回か違和感を覚えている部分で、おそらく何らかの規則性がある。

 ただの偶然と一蹴すればそれまでだが、怪異を明らかにするならここしかない。


 ここまでの情報から考える。この謎を解くにはどうすればいいのか?

 そもそも呪いを達成するには、対象に苦痛を与える必要がある。

 呪いは、持ち主の恨みや怨念、他者を破滅させたいという負の感情から生じる。

 それが特定の誰かか、不特定多数の人々かはともかく、この事実は変わらない。

 ならば、呪いを執行するためには……どうする? 

 最初の僕がしていない、後の皆がやった、呪いの引き金となる行動とは何だ?


「…………」


 わからない。そもそもゲームの知識が僕に無かった。

 それがある奴とは。そう考えたとき、ある人物の姿を思い出してしまう。

 なんで、こんな時に宏のことを考えなければならないんだ。

 それこそ呪われたように、何かに取り憑かれたようにゲームに執着するあの男。

 そんな馬鹿野郎に、今の状況を打破する方法があるはずが……。

 ――いや、待てよ。

 あいつが言っていた『あるもの』が呪いの正体だとしたら?

 急に頭が動いていく。僕たちの状況や行動と照らし合わせて考えてみた。


「でもこういうの可哀想だからあまり倒さないようにしよっと……」

「私はさくさく進みたいので、そういうのは先にやっとくタイプですね」

「進めるの難しくなってたから敵を片っ端から倒していたんだけど……」


 ――それは人によって個人差があるもので。

 ――どんなに逃げても関係なく、ゲームをプレイすれば呪いは進み。


「ゲーム、そして――上げはゲーマーの命だぁっ!!」


 ――ゲームをプレイする人間が当たり前に持つ、行動原理の根本を為すもの。


 ああ、気づいてしまえば簡単だった。それは即ち。


『呪いは、ゲーム内で敵を殺すごとに、レベルが上がるごとに進んでいた』


 なるほど、そういうことか。これが今までの違和感、その正体。

 そして、この方法ならばプレイするものへ呪いを確実に達成できるだろう。

 プレイヤーの手で首を絞めさせるという、滑稽かつ残酷なやり方で。

 まったく趣味が悪い。元々呪いなんて、そんな類ばかりなのだろうけど。

 だが、怪異の謎を明らかにできた。そのことに安堵感を感じていた時だった。

 ――頭が締め付けられる痛みで、視界が眩んだ。


「……う、そ」


 あの遠乃でさえも微かな声しか出せない、軋む音が聞こえてきそうな頭痛。

 頭の中の不快感は増して、僕が僕でない感覚に陥ってしまう。

 体だってまともに動かない。まるで金縛りにあっているかのように。

 ……どうやら限界が来てしまったらしい。

 瞬時に、無意識に浮かんだ感情に恐怖心を感じて、振り払うように首を振る。


「………っ!!」


 駄目だ。理性を持て、僕。ここまで来たんだ。

 絶対にこのことを伝える。そんな強い決意とともに叫んだ。


「遠乃!!!」

「……な、なに!?」

「初期化だ! ゲームを、始めからにしろ!」

「はぁ!!? ここまで来たのに!?」


 遠乃が言っていることはもっともだろう。

 こんな状況下で、最初からやり直すという選択肢を取れるわけがない。

 万が一失敗した場合、取り返しがつかないことになってしまうからだ。

 今まで積み上げてきたものを壊したくない、という真っ当な人間の心理だって働く。


「……全て元に、戻すためだ!」


 しかし、呪いを解くにはレベルを何とかする必要がある。

 そう考えた時、単純なのはゲームをクリアすること。

 エンディングにたどり着いてしまえば、ゲームは終わりになる。

 しかし、このゲームは攻略不可能になっていた。

 だからこそ、二つ目の手段、即ちゲームを初期化することを選んだ。

 最初からになれば、レベルは元に戻り、僕たちの記録も――呪いも消えるはず。


「遠乃……頼む!!」


 ここまで断言するような物言いをしてきたが、これは僕の憶測だ。

 間違っている可能性だってあるし、その場合の責任は取れそうにない。

 でも僕自身には体が動かせない。だから最後の頼みの綱は遠乃だ。

 遠乃は、僕の言うことを信じてくれるのか。……刹那の間、不安に感じた。


「……りょーかいっ!!」


 そのような不安は、こいつの言葉で綺麗に打ち消された。

 ああ、お前はそういう奴だった。謝りたい気分ですらあった。

 遠乃は足を震わせながらも、一気に駆け寄ってパソコンへと向かった。

 震えで定まっていない指の動きを、何とか落ち着かせて入力していく。


「……これしきの呪い、あたしの、敵じゃないわよ!」


 ――そして、『さいしょからはじめる』を選択する。

 遠乃の体が椅子にもたれかかると同時に、僕の不快感は消え失せた。




 あれから僕たちは、呆然と座り込んでいた。

 今まで現実と遊離された空間にいたせいか、生きている実感が湧かない。

 ふわふわとした雲の上に居るかのような、夢を見ている感覚だった。


「ねぇ、あんたは大丈夫?」


 先に口を開いたのは遠乃だった。

 それを聞いて、僕は少しずつだが現実世界に戻り始めた。


「ああ、問題ない。お前は?」

「ふっふーん。あたしを誰だと思っているのよ」

「無鉄砲で無神経な馬鹿」

「……あんたねぇ」

「冗談だ。いざというときには頼りになる立派な奴だ」


 苦笑している僕の姿を見て、返すように遠乃が疲れを帯びた笑みを浮かべる。

 色々あったが、僕たちはまた日常へ返ってくることができたのだ。

 今はその幸せを噛みしめることにしよう。


「うわー、きれーい」


 ふと外を見ると、空が茜色に染まり、夕日が輝いていた。

 どうやら調査を始めてから、かなりの時間が立っていたらしい。


「よし、これからご飯食べに行きましょ!」

「……今からか?」

「そうよ! あんたがなんで初期化しろーなんて言ったか気になるしー!」


 そういや、あの時は説明していなかったな。

 しなかったよりはできなかった、というのが正しいけど。

 確かに、遠乃には伝える必要があるな。今回の功労者なわけだし。

 あの二人には――あとで安全を確認するついでに言っておこうかな。


「ま、いいぞ。時間には余裕があるしな」

「じゃ、決まりね! それならいつもの場所にしましょうよ! あそこなら長時間くっちゃべっても何も言われないし!」


 遠乃はそう言って、浮かれた様子で荷物を片付け初める。

 それを見た僕も協力しようとして、あのゲームが目に入ってしまった。

 ……これ、どうしようか。データを消した方がいいのか?

 だが、そうすると遠乃に怒られそうだ。今のところは残しておくか。

 ゲームをプレイしない限りは、実害が出ることはないだろうし。


「こっちは終わったわ! 早くしなさいよー!!」

「……落ち着きが無いな。お前は」


 待ち切れないのか、鞄を片手に飛び出していく遠乃。

 そんな姿に呆れつつも、いつもの遠乃に思わず笑みがこぼれていた。

 僕はどうやって説明をしようかと考えつつ、その後を追いかけたのだった。

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