第24話

「うわあああああああああああん!」

「師匠……、なんであんなことを言ったんですか……」


 リリスはガード家の客室でベッドに顔をうずめて泣いている……。セカンドライフを満喫するつもりが……、気付けば、全ての魔王を討伐しなければならなくなってしまっているからだ……。


 アルカはリリスが国のために魔王討伐するなんて柄じゃないことを知っていた。だから、イルドに手を握られ、その場の勢いで魔王討伐するとリリスが口にしてしまったのだろうと容易に想像できたのである……。そのため、アルカは、ガード家邸にいた人々が希望の歓声を上げる中、一人苦笑いしていたのである……。


「だって、だってだって。あんなイケメンの……イルドさんに手を握られてお願いされてるのよ? 断れるわけないじゃない……!」

「いや、断れるでしょ……」

「アルカちゃん……。女は好きになったヒトの言うことならなんでも聞いてあげたいと思ってしまうのよ?」

「師匠……、それは駄目男に貢いでしまう駄目女の発想ですよ……」

「……アルカちゃんは恋をしたことがある?」

「い、いえ……、ありませんけど……」

「そうよね……。恋をしたことがないアルカちゃんにはわからないと思うわ……。恋を知らないなんて……アルカちゃんは不憫ね……」

「し、師匠……。いくら師弟の関係とはいえ……、それは失礼だと思うのですが……」


 折角の忠告を人生経験がないからという理由で無下にされたことにアルカは若干の呆れと苛立ちを覚えるが、苦笑いで済ませた……。アルカとリリスの話が終わったことを確認し、客室を訪れていたシェルドが口を開く……。


「せ、先生、すいません……。僕が早とちりしなければこんなことには……。い、今からでも兄や国の皆さんに言ってきます。先生に魔王討伐の意志がないことを……」

「ダメよ! シェルドくん!」


 リリスはシェルドを止める……。


「魔王討伐をやめるなんて言ったら……、イルドさんが悲しむじゃない……! 私、嫌われちゃうじゃない……!」


 リリスはシェルドの双肩に手を置き、力説する。その姿をアルカは少し引いた目で見つめる。リリスはシェルドの肩に触れたまま話し続ける……。


「シェルドくん、アルカちゃん、早速明日、南の魔王国に向けて出発するわよ。……その前にやっておかないといけないことがあるわね……。シェ、シェルドくん……。明日の朝、イルドさんはお屋敷にいらっしゃるかしら……?」


 シェルドはもじもじするリリスを見て、酷く眉間にしわを寄せる。アルカはシェルドの異変に気付き、質問した。


「シェルドくん、どうしたんですか? そんな苦虫を潰したような顔をして……」

「……先生は兄に好意を寄せているんですよね……?」

「え? シェルドくん……、なんでわかったの?」

「師匠……。逆に何でわからないと思ってるんですか? あんだけ好きになったヒトがなんちゃら言ってれば誰だってわかりますよ!」


 アルカの突っ込みが終わると、シェルドが本筋に話を戻す……。


「本当に失礼を承知で申し上げるのですが……、兄に思いを告げても……成就することはないと思います……。やめておいた方が……」


 リリスは口を開いて呆気に取られる……。リリスの代わりにアルカがシェルドに対して怒鳴る。


「シェルドくん!? なんでそんなこと言うんですか!? 師匠が折角勇気を出そうとしているのに! それにシェルドくん言ってたじゃないですか! お兄さんに付き合ってる女性はいないって! 嘘を吐いていたんですか!?」

「いえ、その……、嘘を吐いていたわけでは……」

「どうしたんですか? 言いたいことがあったらはっきり言いなさい!」


  アルカがお母さんのような口調でシェルドを問いただす。


「その、兄は薔薇なんです……。今、付き合っているひとがいないのは本当です。ですが……そういうことなので……先生の恋は叶わないかと……」

「バ、バラ……」


 アルカは絶句して固まる……。


「なに、なに? なんなの? 確かにイルドさんは薔薇のようなイケメンだけど……、何が問題なのアルカちゃん!」


 リリスはシェルドが放った薔薇という言葉の意味が分からず、戸惑っている……。アルカは言いにくそうな表情で、リリスに事情を告げる……。


「師匠……、薔薇っていうのはですね……。要は男色ということです……」

「だんしょく? ダンショク? 男……色……?」


 アルカの言った言葉が理解できたリリスは石のように固まってしまう……。ピシっとヒビでも入りそうなくらいにショックを受ける……。ショックを受け過ぎたリリスは満面の笑みをアルカとシェルドに向ける。……現実逃避である……。


「さっ! シェルドくん、アルカちゃん、明日の朝イチにここを出発するわよ。準備しておきなさい……!」


 リリスはそういうと、自分のベッドに戻り、うつ伏せになった。落ち着いて現実がみえてきたのだろう。『うっ、うっ』というベッドに押しつけて殺した泣き声がアルカとシェルドの耳に入る……。二人はリリスを不憫に思いながら……、出発の準備を始めるのであった……。

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