第101話魔戦武闘会②


 軍部のバークレイ大佐が使う執務室。

 豪華な机が並ぶその場所にて、バークレイ大佐、ホーク中佐、魔導協会長ラクス、その他に一人の少年が対面テーブルにて会談を行っていた。


「ラクス、ここに来たという事は、私が望む人材の手配は出来たのか?」

「ええ。このハルトはSS級に上がったばかりですが、実績が足りないだけでSSS級の実力はあるかと思われます」


 大佐と中佐は少年を訝しげに一目見る。

 外見年齢は十代後半。

 少し長めの黒髪で目つきが鋭く、少し上向き加減で気だるげな空気を醸し出す。

 訝しげな視線を受けても意に介さぬ様は強者のそれと言えた、はずなのだが外見年齢が少しばかり若すぎた。

 だが大佐は信用の欲しいラクスは嘘を吐かないだろうと話を進めた。


「ほう。お前、ハルトと言ったな。私の依頼を受ける気はあるか? 報酬は弾むぞ」

「報酬次第では受けてもいいが、依頼の内容にも寄るな。

 時間が掛かりすぎるのはごめんだ。俺もそこまで暇じゃない」


 ハルトは興味なさげに淡々と告げる。

 ホークが腹立たしげに眉間にしわを寄せた。

 その様にラクスが慌てるが、バークレイは気にした様子を見せず言葉を返す。


「お前が本当の強者ならすぐに片がつく。二人ほど殺って欲しい。

 中々の強者だ。男の方は自称だがな」


 その言葉に彼の眉がピクリと動いた。


「ほぉ、殺しの依頼か。男の方はって事は一人は女か……

 殺せと言うくらいだ。好きにしていいんだよな?」

「ああ、構わない。お前が飼うなら殺さずとも良い。だが、男の方は殺せ」

「いいねぇ。ああ折角だ、依頼の報酬も女がいい。

 その女が肩透かしだったら乗った興の行き場がないからな」

「いいだろう。適当に数人用意してその中から選ばせてやる。

 だが、全ては成功報酬だ。前金は受け付けない。構わんな?」


 彼は口端を吊り上げて笑う事で言外に問い掛けに応えた。


「では、依頼の詳細をお願い出来ますか?

 相手の情報、期限等は必要でしょうから」


 少しはらはらさせられたラクスは一安心だと話を先に進める。

 その言葉を受けた大佐は中佐にチラリと視線を送ると、すぐにホーク中佐が詳細を告げた。


「一人はランスロットという黒髪の若い男だ。魔導協会にも登録してあると聞く。

 もう一人はアリア・ヒューイット少佐、大佐に反意を示した罪人だ。

 彼女の情報は伝えるまでもないだろう?」

「ええ、問題ありません。彼女の詳細はこちらで伝えましょう。

 ですが、ランスロットですか……聞かぬ名ですな」


 ラクスは顎に手を当てて考えるが、それでもその名に心当たりが無い。


「なに、話しは簡単だ。

 二日後に魔戦武闘会が開催される。

 少佐は出ると聞いているからなそこで潰すなりなんなりすればいい。

 ランスロットが出てこなくともそこから情報を引き出せるだろう?

 そこで情報が出てこなければ期間は延ばしてもいいが、取り合えず一週間としよう」

「であれば、問題は無さそうですな」

「待て、強さの指標は無いのか? どの程度の魔物を倒せる」


 ラクスのもう話しは終わったかのような物言いにハルトが待ったを掛けた。

 慌てた様子は無いが、使えないと言わんばかりにラクスを睨みつけた。


「そうだな。それは必要だ。女の方はA級程度だ。

 なっていてもA+と言った所だろう。

 男の方は自称だが、北の魔物を一人で倒せると豪語していた。

 到底信じられんがな。

 やれるか?」

「当然だ。女をうっかり殺さない為に必要な情報だっただけだ。

 情報に間違いが無ければ何の問題も無い。報酬の準備をしておけ」


 その言葉を最後に立ち上がる。

 余りに不敬な物言いにホーク中佐が立ち上がり無礼だと声を荒げるが、その言葉に取り合わず部屋を出て行った。

 一言謝罪を入れてラクスもそれに続く。


「全く、成り上がりは品が無いな。

 だが仕事を果たせるのならば使える人材だ。

 この程度の言葉遣いなら目を瞑ってもいい。こんな依頼をするなど早々無いからな」

「大佐がそう仰るのなら私は構いませんが、あれほど品の無い男では首輪と鎖が必要かもしれませんね」


 中佐はティーポットを傾け、カップに大佐と自分の分を注ぐ。


「ふっ、確かにな。

 ならば、宛がう女に仕込みでもしておくか……?」

「なるほど、流石大佐。とても面白そうです。

 その仕込み際は私も混ぜてくださいね」


 ティーに口をつけ、喉を潤した二人は満足そうに笑みを浮かべた。 



 ◇◆◇◆◇



「んもぅ、困っちゃうよね。僕を蔑ろにしすぎだよ!」


 一人の少女が魔人国に入国し、町並みを見渡しながら憤る。


「えっと、この国は冒険者ギルドの変わりに魔導協会って組織があるんだっけ。

 もうちょっとカッコいい名前に出来なかったのかな……」


 一人文句をつけながらも綺麗な町並みに少し圧倒されながら歩く。

 目に付く店に寄り道を重ねながらも、魔導協会の場所を調べてたどり着いた。

 

「えっと、お穣ちゃん、本当に登録するのかな。

 ここは魔物と戦う人たちが集まる場所なんだよ?」


 小さく愛らしい少女の来訪に、受付の女性は親切心から問い掛ける。


「知ってるよ! 僕は他の国から来たんだよ!?

 そのくらいの強さを持ってるって事っ!」

「うーん、一人旅できたのは偉いと思うけど……」


 少女は指を一つ立てて言う。

 だが彼女達の間には誤解があった。

 少女は本当に国の外、帝国から来た事を主張した。

 だが、受付の女性は国の中にある町を移動したと取ったのだ。

 もとより交流は無いに等しいのだ。それも当然だろう。本来単独ではA級以上でなければ外に出れないという制限もある。

 こんなに小さな少女では町を出ただけで国を出た気になっても致し方ないと。

 そんな誤解の元に言葉の応酬が続き漸くの登録を勝ち取ったが、そこで騒ぎが起きた。


「えっ!? A+!?」

「ふふん。僕はSランクだからね。A+が一番強いんだよね?

 あ、あと僕はレラ・ルジャールだからね?

 それで登録するから間違えちゃダメだよ」

「あ、はい。

 いえ、この上にSからSSSまであと三段階あります。

 ですが、『アビリティギフト』で調べられる中では最大ですね。

 この光の強さならS級はいけそうですが……」


 その会話を周りのものが聞いていて騒ぎ始めた。

 騒ぎが協会内に響き渡る頃、一人のおっさんが少女の前に立ち塞がった。


「おいおい、穣ちゃん。

 どんな小細工したかは知らねぇが魔物を狩るってのはよ……

 命がいくつあっても足りねぇんだぜ?」


 強面のおっさんはその顔面凶器を近づけて、少女にガンを飛ばす。


「小細工って面白いこと言うね。いいよ。力、見せようか?」

「「おお! いいぞ、やれやれぇ!」」

「お前の二つ名は幼女キラーだぁ! ぎゃははは」


 少女がそれを受けて立ったことで更に場が沸いた。

 レラは幼女と言われた事に顔を険しくし、戦いへの心の準備が整ったように見えた。

 のだが……

 そこに新たに割って入った者がいた。


「まったく。異世界テンプレってのは普通俺にくるもんなんじゃないの?

 まあ、取り合えずイチャもん付けるのは止めようか。

 ってあれ? 何でお前が此処に……」


 その者は少女よりは大きいがまだ少年の出で立ちをしていた。

 男にしては長めの黒髪で目を隠した平凡そうな見た目の少年だ。


「はぁ……誰だか知らんがお前の連れか?

 悪い事は言わねぇから考え直せよ。じゃねぇと怖い思いするぜ」


 と、男は表情を険しくする。


「だから力見せてあげるってば!」

「待てよ、おっさん。こんな事して恥ずかしくないの?」

「いや、待て。俺は親切心でだな……実際弱かったら死んじゃうだろう?」

「だから力見せるってばぁ!」


 三人は割りと和気藹々としていた。



 ◇◆◇◆◇



 ……どういうこと?


 アリアちゃん達が自分達で回せそうになったから暇つぶしで魔導協会にきて見たはいいけど。

 なんで爆発娘が居るの?


 何故か俺より異世界テンプレしていた。

 しかもあの少年が異世界テンプレ言ったよ。

 絶対女神が生き返らせたやつだよな。

 どうしよ……


 などと思いつつも、裏手の訓練場の様な所に場所を移す一行に隠れながら付いていった。

 王国や帝国とは比べ物にならないほどに豪華な訓練場だ。

 野外だが、コロシアムの様に戦いの場を囲む様に観客席があり、千人くらい詰められるくらいのスペースがある。

 そこに何故か続々と人が集まって来た。

 魔導協会に居た全員を足しても追いつかない人数だ。

 それもそうだろう。

 移動のために一度外に出てみれば『面白い見世物が始まるぞ』と警報の様に騒ぎ立てる馬鹿が居たのだ。

 俺は心の中で止めて差し上げろと思うことしかできなかった。


 何より可哀そうなのはあの強面のおっさんだろう。

 あの人本気で親切心から言っていた様に見えたのだ。


 人が集まりきったその頃、騒ぎ立てた男が拡声魔道具を携えて前に出てきた。


『只今より、幼女に本気で戦いを申し込んだおっさん事バーンズがどういう風に幼女を痛めつけるかが見物の公開バトルを開催します!』

「「「おおぉぉぉ!」」」

「バーンズ、最低だぜぇ!」


 おっさん、もう既に泣きそうじゃねぇか……止めてやれよぉ。


「まっ、待て待て! おい少年! 男なんだからお前が出るんだよな!?」


 バーンズと呼ばれたおっさんは叫んだ。心の限り。


『幼女に恐れをなしたバーンズ。さあ、少年はどう応えるのか!?』


 その大きな声が響いた時、騒ぎ立てる男の近くで爆発音が鳴った。

 彼女お得意のあの魔法だ。


「僕は幼女じゃないよ? キミとやろうか?」

「なぁ、良かったら俺とパーティー組まないか?

 俺もそこそこやるからさ」


 少年は少し寂しげな表情で、レラに言い寄る。

 ふむ。あいつもロリコンか。話せる奴かも知れん。


「うーん……僕の前衛を勤められるならいいけど、どのくらいやれるの?」


 ほう、あいつがああ言うって事は望みはありそうだな。

 少しでも気に入らなければ構わず即却下するからな、レラは……


 二人はおっさんそっちのけで言葉を交わしている。


『お、おーっと、バーンズは少年少女の恋愛の出しに使われてしまうのだろうか!?』

「頑張れバーンズ!」

「うるせぇ! お前らは帰れっ!! てか俺もう帰りてぇんだがぁっ?」

「「「「ふざけんな!」」」」

「言った事の責任持て! それでもSS級かぁ!」


 ……あいつ、レラに攻撃されそうになったのにめげないんだな。

 面白そうだし、一応『マジックシールド』掛けておいてやろう。

 それにしてもSS級ね、それほどの大物だとは思わなかった。これは見ものだな。是非とも少年の方が戦って欲しい所と思っていたら……


「じゃあバーンズさん、俺が受けるんでお手合わせ頼むよ」


 と、少年の方が気負いも無く受けて立った。


 SS級ってのを聞いても一向に気にした様子も無いし、女神はレベルリセットはしなかったっぽいな。

 チート無しじゃ祭壇の間でも使わなきゃ移動でかなり時間取られるはずだし。

 まあ、そうだよな。死の淵で救い出して回復して凍結したって言ってたんだし。

 厄介すぎる……


『話は決まった! 前哨戦の開始だぁ!

 あぁー、A+の美少女とSSのバーンズの試合を見に来た事もお忘れなく!』


 あ、美少女と言いなおされたレラが満足そうな顔に変わった。

 あの司会っぽい男もこれで安全だろう。


「やらねぇってのぉ! 俺は無茶じゃない強さが見れればそれでいいんだよ!

 さっきの魔法だけで十分強いだろうがよぉ!」

「ふざけんなぁ! 時間返せぇ!」


 バーンズが何を言っても野次が飛ぶ。

 ……余りに可哀そうだし、バーンズにも『マジックシールド』と『シールド』付けておいてやろう。

 あの少年は限度を知っているとは思うが念の為。

 あっ今レラに捕まると面倒だし『隠密』使っとこ。


 そう思っていたら、少年の方が「行きます」と声を掛けて試合がスタートした。

 お互いにではあるが装備をつけていない状態だ。魔法と物理どっちで戦うのだろうかと思っていたら、両方とも近接戦闘をする模様。


 少年はゆっくりと距離を詰めてから急激に速度を上げて側面に回り、身を屈めて回し蹴りで足を払う。

 ギリギリの所で反応したバーンズは小さく飛び上がり少年の顔面に前蹴りを放つが、彼もそれを即座に交わして距離を取る。


『おおっと! この少年も出来るぞ! これは噛ませ犬バーンズの誕生かぁ!?』

「いいぞぉ! やれやれぇ!」


 すっかり司会と成り果てた騒ぎ立てる男。観客もノリノリだ。

 俺としてももう少し頑張って欲しい。

 流石に本気は出さないだろうが、これだけじゃ何の判断にもならない。


「お前ぇ、結構やるじゃねぇか。確かにこれじゃいちゃもんだったな」

「いえ、それはいいんだけどさ、これどうしよ。

 ここで止めて貰ってもいいんだけどさ……大丈夫?」

「まあ、折角だ。もう少しやろうぜ。あっちの子とはやりたくねぇが……」

「わかった。そういう事なもう少しだけ……」


『流石バーンズ、わかってるぅ!』

「黙れぇ! このカス野朗!」


 罵られた司会の男はやれやれと両手を横に広げ「ふぅ」と息を吐いた。


 そこから再び試合は再開されたが、見せる為だけの訓練の様な試合になった。

 それでも二人の戦いは観客には十分なものだった様で終始騒ぎ立てる声があがった。

 俺としても大変面白くはあったのだが、そろそろ決着かと思われた所で観客席から試合の場に女性の集団がぞろぞろと入って来た。


「煩いぞ貴様ら! これは何の騒ぎだ!」


 ここは魔導協会の修練場。煩くしても問題ない場所のはずだが……

「てかあいつら誰?」

 と、首を傾げていれば隣から声がした。


「あれは、仕官候補生組みですね。学校が終わって魔導協会に顔を出したのでしょう。折角面白い所だったのに……」


 その声に顔を向ければ、戦う彼と年頃の変わらない少年が居た。

 黒髪の逆毛君だ。と言ってもインテリ風味な草食系のイケメンだ。少し腹立つが友好的な対応だし、いいだろう。悔しいが許してやる。

 しかし、そう言われて見れば思い当たる節があったのでそのままに言葉を返した。


「ああ、聞いた事があるな。魔導協会では学校あがりが幅を利かせてるって……」

「ええ、そうなんです。自分も前回はあいつらに面倒な思いをさせられましたよ」

「なるほど。じゃあ、俺たちも解散した方がいいかな?」

「いえ、この人数ですし流石に僕たちは大丈夫だと思いますよ。

 それにしてもいい『隠密』ですね。びっくりしました」


 ……あっ、そうだった。レラにばれない様にって使ってたんだった。 


「あはは、そりゃどうも。それにしても詳しいんだな。学生さんだったり?」

「あぁ、通っていた事がありますが今は……」

「いや、別に言いたくなければいいよ。

 それよりあいつら大丈夫かな……」


 などと会話を続けながら試合場での成り行きを見守る。


「前衛風情が調子に乗ってこんな騒ぎを起こすなど、魔導師の面汚しの癖に身の程を弁えろ!」


 その罵る様を見て思わず呟いてしまった。


「え? SSってかなり強い方だよね……

 Sランクになってからも結構戦闘を重ねた強者って意味じゃないの?」

「へぇ、Sランクで例えるという事は人族の国から来たんですね。

 まあ、あの人たちは魔法が全てだと考える集団ですから。

 何を言っても効かないんですよ……」

「なるほどねぇ。てか、それを知ってるキミも他国の人だったり?」

「あー、いえ……行った事はありますけどね」


 うーん。黒髪で十代半ばで物知りで訳ありっぽく話を濁す感じ。

 やっぱり、このこの少年も召還勇者の一人なのかな?

 って、俺と一緒なら少年じゃないのか。

 どうしよ。かまかけて探るかこちらから問い掛けてみるか……

 面倒だし正直に言っちゃうか。その方が後からバレるより印象もいいし。


「そう言えば、名前も聞いてなかったな。俺はカミノ・ケンヤだ」

「あっ、やっぱり。僕はイガラシ・ダイチです」

「なるほど。てことは見た目通りの年齢じゃない訳か。タメ口は失礼かな」

「いえ、構いませんよ」


 思いの他すんなり相手も明かしてくれた。

 お互いに歳も近いようで、三つ下だった。一人称僕はやっぱり若返って精神的に引っ張られたのかと問い掛けてみたが、日本でもそうだったらしい。

 こんな世界だしお互いにタメ口で行こうとほのぼのと言葉を返したのだが、その時、レラたちの方がキナ臭い感じになってきていた。 


「僕は魔法、使えるけど? ほら、キミ達より上手だよ?」


 と、レラがムキになって爆発娘全開でぶっ放しまくっていた。

 爆発音が何度も響く。


「なっ!? 無詠唱装備まで持っているだと!!」

「貴様、士官候補生の我らに楯突こうと言うのか!」

「これだけの人数差を覆せるとは思わぬことだな!」


 学校の制服であろうパリッとした服装にマントを付けた女学生たちの集団。

 その数二十ほど。彼女らは一斉に杖をレラに向けた。


「キミ達、馬鹿なの? 魔法も使えないって言うから見せてあげたのに。

 頭悪いんだね。いいよ、やろうか」


 同じくご立腹感を表情に出したレラがそれを受けて立った。

 隣の少年も学生の方に意識を向けてすぐに動けるようにしている。


「はぁ。あれくらい我慢すればいいのに。あいつは……

 一応『マジックシールド』掛けておいてやるか」

「あの少年と知り合いなんですか?」

「いや、あの少女の方だよ。

 あれで居て成人しているらしい。この世界基準でだけど……」


 そう応えたら彼は「助けてあげないんですか?」と首をかしげた。

 いやいや、ここはあの少年が俺つえぇする所じゃん?

 それより敬語でいくんだな。俺の方が年上みたいだし別にいいけど。などと考えながら袋から干し肉を取り出して齧りながら観戦を続ける。


「ほら、詠唱始めなよ。それまで待っててあげる」

 とレラが煽るとすぐに学生勢が詠唱を始めた。


 その瞬間少年の姿がぶれるほどの速度で動く。


『瞬動』を使ったのだろう。

 学生達の集団を一瞬ですり抜け、拳を振りぬいた状態で止まった。

 それと同時に女の子達がばたばたと倒れた。

「「「おおぉぉ!」」」と観戦者たちの興奮した声が響く。


「す、すげぇ。あれ、絶対計算だよな? 振りぬいたポーズ無意味に作ったぞ!? 

 何の臆面もなくやってのけるなんてつわものすぎる」


 そう、彼は彼女達のボディにジャブをして回ったのだ。

 通り抜けても拳を振りぬいた状態になるはずがないのである。


「ええ。思い返したら恥ずかしいポージングもですが、何という絶妙な手加減!」

「ああ、わかる! 俺も手加減覚えるまで苦労したよ……

 幸い不用意に人を殺したりする前に習得出来たから良かったけど」


 と、言葉を返せば彼はズーンと暗い表情をした。

 恐らくやっちまったんだろう。でも、それも仕方ないと思うんだ。

 この世界のやつらはすぐ殺すって攻撃してくるし……

 俺だって運が良かったからそうなってないだけだし。


「幸い、俺だけじゃなく死んだ人たちも生き返っているみたいですし、罪悪感はぬけましたけどね」

「まあこんな世界だし正当性があれば別にいいんじゃね、とも思うけどね。

 何度理不尽に殺意を持った攻撃をされた事か……」

「短気やつ多いですよねぇ」


 他の奴らとは一風変わった楽しみ方をしながら雑談する俺たちを傍目に、喝采を浴びていた少年がレラに責められていた。


「ちょっと! 僕の戦いだよ!? なんで取っちゃうのさ!!」


 腹を抱えこんで唸る女学生達をシュビっと指差して口を尖らせるレラ。

 その様に困惑する少年。


「え、えぇ? いや、俺はキミの前衛だろ?」

「なら、残してよ! 魔物でもこれやったら怒るからね? 僕に経験値ってやつが入らないじゃん!」

「お、おう。すまん……」


 たじたじになる少年を見て俺は思わずニヤニヤしてしまう。

 心の中で頑張れよ。と彼を応援した。


「さて、終わったみたいだしそろそろ行こうかな。ダイチ君はどうするの?」

「あー、取り合えず明後日の大会には出ようと思っていますが、それ以外は何も決めてませんね。ケンヤさんは予定あるんですか?」

「ああ、面倒なのがある。暇なら手伝ってくんない?」

「気楽に出来る事ならいいですよ」


 立ち上がり「これ、どうするの!?」とレラがブーブー言っているのを傍目に訓練場を二人で後にした。

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