第69話クリスマスイベント勃発④

 あれから八時間の時を経て、再び修練場が揺れた。

 再び戦闘員が集まる。


 だが、もうやれることなんて殆ど無い。

 提案として出たのは真正面に居る事に賭けて一撃離脱を試みるか、大型の攻撃を建物が耐え切ってくれる事を願うか。その二択くらいなものだった。

 非戦闘員は空腹により文句を言う気力もなくなった。全員が横になって動きもしない状況だ。


「この衝撃からして正面って事は無いですよね」


 女性教員が呟いた。

 実は皆わかっていた。

 それに賭けてなんて言い出したのは何も出来ない事を認めたくなかっただけ。

 ガーンと音が響き、時折バキっと音が混ざる。

 割れた様な音が響くたびに、恐怖に身を竦める。


「早くどこか行けっての!」


 オウルの苛立ち上げる声に皆が共感を示す。

 だが、その時は訪れない。

 

 叩かれた側の柱が大きな音を立て、大きな亀裂を走らせた。


 幸い、穴が開いた訳でもない。亀裂が入っただけだ。

 だが、その走った亀裂の大きさから長い事持つとは思えなかった。


「いけません。ど、どうしましょう!?」


 学院長ですら、パニックに陥っている。


「壊されるくらいなら出た方が良いよね。

 大量に入られたら絶対に守れない。自分の身すらね。

 なら、決死の覚悟で出るしかない。よね?」


 最初の案を成功させてから、参謀の様になっていた彼女、ローレライ。

 言い切ったが、不安になり問いかける。


「そう、ね……ええ。そうしましょう。

 どうせ死ぬなら、怯えて泣き叫ぶよりは、誰かを守り誇りを持って居たいわ」


 その言葉に、深く思考しながらもぽつりぽつりと同意が返る。


「レラ、あんたは司令塔よ。魔法は取っておく。魔法の分指示回しで功績をあげて」

「無茶言わないでよぅ。やるけどさぁ……」


 容赦のない言葉にもう、この小さな少女は泣きそうだ。


「学院長もとっておいてください。どうせ使うなら、ひたすらに集めます」

「わかったわ。ローレライさんが司令塔ならユークディアさんは将軍ね」

「ははは、将軍家の嫡子が居るんですけどね」


 と、苦笑いで言ったのはリーンベルトだ。止めてあげてと思ったのだろう。


「いや、俺は騎士だ。姫を守る騎士だ!」

「ポチー、ガンバレー」

「おい、ルジャール! 誰がポチだこの野朗!」


 そんな時間は無いとユークディアは話を先に進める。


「教師陣はオウル教官以外はいつも通りで。

 一回でたどり着くとは思えませんが、学院に乗り込んできている全体量は減っているように思えます。

 様子を見て中に戻り、回復を数回させて貰いたいと思います。

 無理もいい所ですが、進入を上回れるよう死力を尽くす。それで如何でしょうか」


 彼女の提案はすぐに可決された。

 今の状態でBランク程度の魔法使いを引き連れても不利になるだけ。

 ならば、自陣に残し立て直しの必要な時に撤退の援護をさせた方が良い、と本人ですら分かっているだろう。


「では、参りましょうか」



 ◇◆◇◆◇



 心は澄んでいた。

 今までの恐怖が嘘のようだ。

 心を決めるというのはこういう事なのだろう。


 私、ユークディア・オリヴァーは今、死地へと飛び出した。


 何時になく身体が軽い。

 あの言葉が効いたのだろうか。

『死ぬならば、誇りを持って死ね』


 この言葉は家の家訓でもあり、幼い頃から意味を色々考えさせられた。

 自分は誇りなどとうに身にしみている。そう思っていた。

 けど、実際その目にあってみれば、勘違いも甚だしいと言わざるを得ない醜態ばかり晒した。

 あんな宣言をしておいて、恥ずかしい限りね。

 でも、周りを見れば皆そうだった。


 あの学院長ですら、パニックを起こしたほど。


 だけど、その人を良く見れば、パニックを起こすたびに自分を律して見せないように振舞った。

 多分、こういう事が出来る様になれって事が家の家訓なんだ。

 そう、実感させられた。


 ならば、自分もやるしかない。

 そう思って最後まで戦う覚悟を決めてみれば、なんて事はない。

 いつもの魔物との戦いに身を置く、という事をするだけなのだと恐怖が霧散した。


 どうして気が付かなかったのだろう。

 どこで魔物と戦ってたって、死ぬ時は死ぬのに。

 一番最初は怖くて怖くて仕方が無かった。

 けど、もうそれも慣れた。

 今は自分からそんな場所に行ってたのに、必要な時に怖気づくなんて。


 それに、まだ絶対に無理などと決まったわけじゃない。

 あの時のガイールの様に、限界を超えればいい。

 この四日、私達は大分成長した。

 それはもうランク一つは確実に上がっただろう。そう思える程に。

 レラに関しては本当にSランクになっていると思う。

 ならば、親友として好敵手としてせめて命が尽きる前に追いついてやろうと思う。



 蛸足を持った魔物。

 その攻撃を避けて切って、避けて切ってと繰り返す。

 まだ、まだ上がる。

 もっと、もっと速く。

 避ける、打つ、無駄を省く。

 まだいける。信じろっ、私はこの先を知っている。

 パパも、カミノさんも、もっともっと上にいる。

 大丈夫、こいつらなら当っても死なない。


「や、やばっ、ディアが愛の力で覚醒した!?」


 うん。そう、それでもいい。

 ううん、それが良いな。カミノさん、私に力を貸して。


「わ、私にも出来るでしょうか……」

「いや、無理だろ。お前ケンヤ愛してないだろ?」


「出来るよ、きっともう出来てる。

 だって、貴方には、民を愛する心で前を見てる」


 なんだろう。まるで自分が喋っている訳じゃない様な感覚。

 何かになりきっている。そんな感じ。

 何故か、攻撃力すらも上がっている気がする。

 まあ、どうでもいいか。良い事は受け入れる。

 今は考える余裕なんてない。いや、あるかな?


「おいおい、お前ホントどうしたんだ?

 目がおかしいぞ。何かもう俺より強いし……」


 うん。オウル先生は無視しよう。多分時間の無駄。

 まだあがらないかな? もっともっと早く……

 流石に無理かな?

 ああ、今のは良かった。

 これはダメだ。

 ああ、いいわ。

 だめ





 気が付けば、一人大きく前に出ていた。

 後ろからレラの声がする。

 けど、もうちょっと時間頂戴。なにかつかめそうなの。

 まるでパパみたいな動きを……

 ううん。パパの駄目な所を修正した動きを。

 そう、それはまるでカミノさんの様な全て最短で一直線に……


 少しずつ方向を変えて、皆の輪に戻れるよう方向修正をした。

 うん。大丈夫。この進行速度ならもう、私は潰されない。

 壁伝いにかに歩きの様に進む輪に戻ってこの感覚に身を任せる。


「ちょっと、どうしちゃったの? ディア! ディア!」

「あっ、うん。ごめんね。ガイールの様に想いで限界を超えようと思って全神経を戦う事に当ててみたら、体が勝手に動いちゃって……」

「物凄い動きでした。まるで兄上の様な……」


 ハハハ、流石にそれはないかな。速度が段違い。

 あの速度があればもっと色々出来るのに……

 あ、話している余裕は無いよ?

 もっと殲滅速度上げなきゃ進めないから。


「あっ、待って! 三人とも、ディアに付いて行って。

 回復はするから無理をして!」


 流石親友、ありがと。任せたわよ。


「まるで、踊っているようね。これが剣鬼の力という事ですか……」


 学院長まで……だから娘だって、まだ継いでないってば。

 けど、少し……ううん。大分追いつけたとおもう。

 これが、私の力と言えるものなら。

 なんか変な感じよね。客観的に自分を見ているような。


 その時、多方向から、攻撃が重なった。

 あっ、駄目。これは避けられない。


 足への攻撃を避け、頭を伏せて回避したが、胴体を狙われた攻撃だけは無理だった。

 もろに受けて後ろに飛ばされる。


「ディ、ディア!」


 あ、あれ? さっきの感覚が消えちゃった。

 それはマズイ。

 急いで立ち上がり、前線を支える。


「あれ? あれれ? さっき私どう動いてた?」

「そんなの説明できないよ! ちょっとぉ真面目にやって!」


 はは、レラにそれを言われる日が来るなんて……

 でも、本当に思い出せない。

 えっと、避けて切って、速度を上げて、集中集中。


 あっ、やばっ!


 再び転がされて今度は回復までされてしまった。皆怒ってるかな?

 でもこれが出来ないと歩を進める望みがね?

 チラリとレラを伺えば、ガイールを顎でさし「見てて」と言った。


「ガイールもっとしっかりやってよ!

 そんなんじゃティファさんに勝利のキスをしてあげてなんて言ってあげないからね?」

「ば、馬鹿野朗! そんな事頼んでねぇっての!?」


 いやいや、流石に本人居ないと駄目でしょ。

 危なすぎてもう門開けられないし。


「いいのかなぁ?

 こんな絶好のタイミングなら皇女殿下の方からガイールを選ぶかもしれないのに。

 こういうのはタイミングと押しだよ?

 他の男に抱かれちゃってもいいの?」

「……選んでくれるかな?」


 ほら、何か不安げで熱が無いもの。


「良く面子見て! リーンベルトは弟、私達女! ハイ、ガイールしか居ません!

 でもね。キスくらいはしないと意識しないかも知れないよ?

 ディアくらい頑張れば後押ししてあげるって言ってるの。いらない?」


 あぁ、でもそれは一理あるわね。

 必然的に相手がガイールしかいないなら……私は嫌かな。


「いる!! 欲しい! 俺は何もしなくてもいいなよな?」


 うん。こんな奴だもの。って何か乗せられてる!?


「当然! さっきみたいにしてればあっちからしてくれるはず。

 ただ、頑張り次第だね。僕の採点厳しいよ?」

「うぉぉぉぉ! やってやるぜぇぇぇ!」


 ガイール……あんたオウル先生にも馬鹿にされた目で見られてるよ?

 それに、これをどう参考にしろと……


「どう?」

「いや、系統が違いすぎて……」

「そっか……」


 けど、余裕と元気が出たわね。


「ディアさん、さっきの貴方は落ち着いて、一歩一歩速度を上げていっていました。

 その力は必要です。幸い、魔力消費をせずに今の所僅かですが進めていますわ。

 致命傷を避ければ続けてみても良いと思いますよ?」


 うん。そうよね。大型の所に着いたら、壁の守りを捨て前に出なきゃいけない訳だし。

 そこで消費解禁はするけど、今回は産み落とされる追加を倒す余力は無い。

 私達もスキル解禁にして突っ切る他無いのだ。

 その為にはあれくらいの動きは出来ないと駄目。


 落ち着いて、一歩一歩。

 速く、避けて、打つ、見る。

 繰り返す。何度も、何度も、これを繋げる。

 滑らかに、次に居れば都合のいい場所を予測する。

 神経を、感覚を深める。

 そう、流れに逆らわず、相手の動きを利用して。


 あ、何かきた。あの感じ。


「ディア? 意識は大丈夫?」

「うん。問題ない。今度はちゃんと連携する」


 そんなホッとした顔しないで。

 さっきだって大丈夫だって感じたからそう動いただけで……

 って、感覚だけで動いてるのにそれは無いか。


「オウル教員、子供達がここまでしているのに、この働きではお給金下げますよ?」

「ひぇっ!? 待ってくださいよ。中に居る奴らより全然頑張ってるじゃないですか」

「わかりました。頑張り次第で昇給しましょう。今回の作戦を成功させられればね?」

「お、じゃあ、ギア上げます。けど、これ以上が無い動きすると、ふいの手助けはできないから、お前達は無茶しすぎるなよ?」


 彼は彼なりに、考えて戦ってたのね。ってそれはそうよね。

 Aランクなんだから、戦闘経験は多いはずだもの。

 あー、でもこの感じ凄い楽だわ。勝手に頭が考えて次はどっちだと教えてくれる。

 これはスキルだったりするのかしら? だったら是非とも熟練度上げたい所ね。


 そう考えている間に、半分を過ぎた。丁度角を越えた所だ。

 同じくらいの距離に大型が見える。


「消費なしでここまで来れるなんて快挙だよ!」

「私もパワーアップしたいです。何かいくら頑張っても皆さんと違う」

「殿下は仕方ないよ。だって、私達、小さい頃から訓練受けてきたんだから。

 それを無しで付いて来ているだけ才能あるんじゃない?」


 あー、うん。それは思う。切実に。

 こっちは十年頑張ってきたのよ?

 ユミルさんの成長速度みて泣きそうだったわよ。


「なるほど。私も少しでも自由があれば鍛えたのですが……兄上に今度頼もう……」


 えっと、誰も責めてないからね?

 逆に褒めてるんだけど……ってこれが貴方の性格よね。言っても無駄か。


「ディア、そろそろだけど、さっきみたく前に出れる?」

「え? 多分。でも攻撃を喰らうとこの感じが解けちゃうかもしれない」


 何かそんな感じだった。ダメージで意識を戻されたみたいな。


「じゃあ、宜しく。危険だけど、それ言ってられないからさ。

 勝手だけど無事戻ってきてね」

「そんなのわかってるわよ。勝手なのはいつも通りでしょ。

 それに、辛い役目受けてくれてありがとう」


 出来る限りのスマイルを送った。だけど、何かこの状態だと上手く笑えない。


「それで笑おうとするのやめて。怖い」


 ああ、やっぱり。もう止める。

 さて、気合入れるわよ! って、この状態じゃ、気合って言うより集中を更に高める方向しか出来ないけど。


 もっと、鋭く切れないかしら、当てる角度と引きと速さと抜きともっともっと。


「おいおい、スキル解禁していいのか? あれ『スラッシュ』だろ?」

「いえ、魔力残滓は出ていませんから、あれはスキルでは無い。と思いますが……」

「ハハハ、学院長、今はエフェクトって言うんですよ? 年ですね?」

「減俸です」


 雑音が煩い。カット。

 考えるは戦い。その一つ。

 この攻撃力なら、スキルを使わず弾ける。

 打ち上げろ。抜く様に降ろす。

 回れ、勢いを攻撃と回避両方に利用して。

 もっと、もっと、そう、回る。

 勢いを移動に、速度に乗せて抜く。


「あれを真似すれば、強くなれそうですね……」

「うん。真似できればね? 何あれずるい」


 雑音! カット! ずるくない!!


 あっ、待って。ここに居ちゃ駄目。バック。


「あ、初めて下がりましたね」

「俺も行く! 行けば得点アップだよな?」

「うん。だけど、攻撃喰らうのは減点だよ?」

「おいおい、ここ二人で守るのか?」

「……オウル、それくらいはやって見せなさい!」


 下がると同時に回避不可能な攻撃のラッシュがその場を襲う。

 何これ凄い! こんなのもうダメージ食らわないじゃない!

 愉しい。まるで、カミノさんと初めてダンジョンに行ったあの日みたい。


「あははは、駄目、愉しすぎる」

「……ちょっと、ディアが壊れちゃったよ!」

「壊れてないっての! これ、スキルなのかしら、すっごいのよ」


 あれ? 何か可哀そうな目で見られてる気がする。

 なんで?


「えっと、ディアさん。その表情で笑うのは止めた方が……

 って、それより、すみません。私はもうそろそろ厳しくなって……」


 え? ああ、そっか。でも仕方ないじゃない。愉しいのだもの。


「ガイール、後退しながら、リーンベルトの方向に進んで!」


 うん。私に任せて。これなら突出して前に出ても数時間くらい戦えそう。


「道が出来てきましたね。そろそろスキル解禁して大型を倒すべきだと思うのですが、如何でしょう?」

「うーん。もうさ、大型止めるだけ止めて逃げよっか」


 え? 初めからその予定じゃない?


「ディアにそれやって貰ってさ。私達は道を作るために魔法を使う。

 そっちの方がいい気がしてきた」

「ディアさん、出来そうですか?」


 そんなのわかんないってば。


「攻撃、して来ないんですよね? スキルも解禁?」

「ええ、今まではそうでした。スキルもここが使い所でしょう?

 身体を叩きつけるくらいで、それもとても遅いので問題なく避けられます」


 なるほど。やってみよう。


「行ってみます」

「ディア、接近しないで『飛翔閃』連打でいいからね?

 中から魔物が出てきた瞬間、後退してね?」


 もう、それくらいわかってるってば。

 けど『飛翔閃』より『パワースラッシュ』決めたいなぁ。

 まあ、今回は仕方ないか。


「『飛翔閃』」


 十数発連続で飛ばして一点集中攻撃してみれば、すんなりと腹に穴が開いた。

 なんだ。余裕じゃない。

 おっと、慢心はダメね。即座に戻って合流しなきゃ。


「ディア! 後ろ!」

「えっ?」


 振り向けば、蛸の魔物が縮尺を間違えた様な大きさになっていた。


「なっ、なにっ!?」


 一本でも巨大な足が、こちらに高速で飛んでくる。

 今までの速度なんて目じゃない。

 これはダメだ。スキル使わないと死ぬ。


「『パリィ』『パワースラッシュ』って、あれ?」


 切り裂いたはずが、殆ど痛がりも仰け反りもしない。

 振りぬいた硬直時間には既に他の足が飛んで来ていた。

 やめてよ、死ぬってば!

 こんな態勢じゃ……


「『パリィ』」


 何とか攻撃を弾きながらも、態勢が悪い所為で大きく吹き飛ばされた。


 ……やれば出るものね。

 って、逃げなきゃ!?


「『エクスプロージョン』」

「『ファイアーアロー』」

「「「『飛翔閃』」」」


 後ろを振り返れば、しっかり全弾命中していた。

 だが、それでも生きている。大きなダメージを食らった様子も無い。

 だけど、これを無視するわけにはいかない。

 小型と違い、攻撃力が強すぎた。

 帰りの道を作る為にこの場の殲滅をかなり進めたから、小型は少なくなっている。

 ってことは、あの大型に入ってたのはあれ一匹って事?


 けど、あれは、ヤバイ……


「皆! 全弾撃ちつくして! 帰りの道くらいは作ってみせる!」

「わかった!」

「では、私もやりましょう」


 六人全員のスキルフル攻撃。

 流石にこれで倒したでしょ。


「……駄目、まだ生きてる。けどもう魔力切れ!」


 なんてタフなの……けど、割と身体が削られてるか。

 ダメージは通ってる。


「なら、守りを固めてて、私が行く!」


 やるしかない。もう少しで倒せるはず。


「駄目だよ! これで死なない強さなら無理だってば!」


 わかってるわよ。けど、逃げても一緒なの。

 言葉は返さなくてもわかってるでしょ?


 待ってくれない魔物を見据え、軽い笑みだけ返して前に進んだ。


 大きい。これはずるいわ。

 もう魔力も殆ど無いし、こんなに速いんじゃ予測も余り効かないし。

 なら、肉を切らせて骨を絶つしかない。


「ユークディア・オリヴァー、参る!」


 さあ、どこから来る!?

 左? 右? って正面か、助かる。これは避けれる。

 最小限の動作で突きを交わしながら突っ走る。

 ここからなら、胴体に一撃入る。

 もうこの近さじゃ喰らうんだから。渾身の一撃をくれてあげるわ!


「やぁぁぁぁぁあああ!!」


 その、渾身の袈裟切りは先に出したにも関わらず、再び行われた突きと同着だった。


 下腹部に太い足が突き刺さった。


 お腹に大穴を空けられ、後方に飛ばされた。

 後ろに飛びながら、思う。

 やっぱり、駄目だったか。

 理不尽よね。この世界って……


 ああ、皆、ごめん先に逝くね。


 …………

 ……




「ディア、飲んで!」

「流し込みなさい! 私が無理やり飲ませます!」


 身を起こされ身体が痙攣する。

 激痛に頭が焼ききれそう。

 突かれた時よりやばいっ。動かさないでっ!

 って、まだ生きてるの!?


「うぐっ、かはっ……」


 って、痛みが引いた……た、助かっちゃった。

 ホントカミノさんのポーションって反則ね。


「ディア! ディア!」

「あー、うん。もう大丈夫。助かったわ。

 ああ、助かったって言葉が本当にしっくり来るわね」

「三人とも、時間稼ぎ頼みます。間合いに入ってはいけませんよ」


 あっ、そうだ。戦闘中。


「もう一度行きます」

「何言ってるの! 死んじゃったばかりだよ!?」

「いや、生きてるから。何とか……それに行かないと……」


 うん。表現的にはわかるよ。

 けど、今生きてるんだからそういう言い方しないでよ。


「駄目だってば! お腹丸出しでエッチだよ?」


 あっ……わ、私のミスリルアーマーが……。

 ふつふつと怒りが沸いてきた。

 カミノさんが初めてくれた素敵なプレゼントを……


「もう、きっと弱ってるから大丈夫だよ。戻ろ?」


 ごめん、ちょっとどいて。

 レラの静止を無理やりに押し通り再び前進する。


「もう……わかったよ。皆戻って来て! 作戦説明するから!」

「うん。置いて行っていいから」

「馬鹿! もう知らない!」


 ごめんね。けど、理由が一杯あり過ぎて引けなくなっちゃったの。

 皆を守りたい。誇りを持っていたい。そして、大切な物を壊された恨み……

 絶対に許さない!


 化け物を見据えて、再び集中する。

 この足の曲げ方は上からの叩き降ろし。大丈夫、そっちに動く事だけに集中。


 ドンっと土煙を上げ、地が揺れるほどの音を立てた。


 その煙に紛れて接近を試みる。

 もう一度、あの場所に喰らわしてやるんだから!


 あ、これは無理。どっち、突きか。行ける!

 って、連続? やばい、上からだ。これも避けっ……られた。

 ギリギリ過ぎだわ。


 でも、足は止めない。回りながらでも進む。絶対に勝つんだから。


「読めた! そこっ!」


 どうせだからと足を切り裂きつつ回避した。

 ちょっとした冒険心だったけど、回避しつつの攻撃は問題なく入った。

 あれ、そこまで危険じゃないかも。これ、続けられればいける?


 懐近くでなければ、ギリギリ避ける対応は可能。

 いや、百パーセントは無理でも多分九割以上は避けられる。


 あはは、相当運が良く無ければ無理ね。

 一撃食らったら終わりなんだもの。

 けど、懐に入るよりは確率高そう。


「やってみますか。はいっ! はっ! やっ!」







 これ、いける。絶対やれる。

 長い事避けての一撃を入れてみた。

 それは賭けだった。だが、途中から賭けに勝ったことを理解した。


 運よくレラの『エクスプロージョン』で大きく削れた場所に攻撃を入れたら足が一本落ちたのだ。

 その時はまだ予断を許さなかったが、削り落とす事に集中して続けていたら、結局三本の足を落とす事が出来た。あいつは身体を支えるのに三本以上必要のようだ。


 もう、連続攻撃の脅威は無い。


 でも油断せず、全ての足を落とすつもりで行かないとね。

 って、そう言えば、雑魚が居ないわね。


 そう思ってちょっと距離を取り、周囲の確認をした。


「ちょ、ちょっと学院長まで、何やってるのよ!?」


 何故か、後衛の彼女達が近接戦闘していた。

 広範囲でばらけて雑魚を近づかせないようにしてくれていたのだ。

 でも、大丈夫なの? 危険なんじゃ?


「ディアさん、貴方が一番危険ですよ。

 後衛といえど、ランクが二つもしたならば無理をすれば二匹程度なら相手に出来るんです。

 だから、今は前に集中しなさい」


 あれ? レラが何も言わない。怒っちゃってる。

 はぁ、それも仕方ないよね。勝って謝らないとなぁ。


「わかりました」


 少し、警戒し始めたのか、勢い良く近づいてこない。

 逆にありがたい。そのまま中距離からの攻撃を続けて欲しい。


「……ぁーぃ……」


 遠くから声が聞こえた。

 その声にレラが声を上げる。


「お、お父さん!?」


 あ、救援が来たの!?

 っと、その前にこいつを何とかしないと。

 中途半端に対応変えれる程緩い敵じゃない。


「ラーイちゃーん」


 もう、相変わらす緩いわね、レラには……って今はダメ集中。


「ディアぁぁぁ、お父さんが助けに来たぞぉぉぉ!」


 ちょっ! 集中途切れるからっ!

 って、うわっ、『フレアバースト』飛んできてるんですけどぉぉぉ!!


 一心不乱に後方に走り、何とかその一撃を回避した。


「てめぇ、ルジャール。俺のディアを殺すきか! ぶっ殺すぞ!」

「何を馬鹿なことを、あれは間違いなくSクラス、大至急で確実に助けるならあれが一番だったんだ。感謝してくれないかな」

「……確かに概ね合ってはいる。

 だが、声くらいかけろ。対人戦じゃねぇんだぞ!?」

「キミの娘はキミより優秀だよ?

 避けれるに決まってる。私のライちゃんが一番優秀だけどね?」


 そんな会話を交わしながらも、通常攻撃や、『飛翔閃』で全て一撃で確殺していくユライト。


「はっ、ディアはまだまだだっての。

 お前の娘は優秀だからもう親元離れて行くだろうな?」

「……優秀だから、父親の期待に応えて傍に居てくれるはずだ」


 そんな会話を唖然と眺めていれば、周囲の魔物は全て殲滅し終わっていた。


「お父さん、食料。全然足りないの。皆死にそう。三千人分よろしく」

「うん。ライちゃん? まずは再会のハグからじゃないかな?」

「その呼び方やめてって言ったでしょ! 良いから、早く、食料とマジックポーション! あと範囲魔法も教えて!」


 何故か要求が増えている。

 だが、父親の賢人ルジャールは指して気にした様子も無く嬉しそうに頭を撫でた。


「ディア、これ、ここまでお前がやったのか?」

「そうよ! 最後までやろうとしてたのに。でも、来てくれてありがと。パパ」

「お、おう! 当然だ。にしても、こりゃ何があった」

「不明なの。

 突如現れて、あれよあれよと後退させられてね。

 ここに逃げ込むしかなかったのよ。

 正直ここ以外の状況は何も知らないわ。来る途中はどうだった?」

「あー、正直まだわらわらいるな。それも道が埋め尽くされるほどにだ。

 お前を見つける事を最優先にしたから討伐してねぇんだ。

 一応兵は外壁周辺で数減らす為に戦ってる」


 む、嬉しいけど、顔に出さないようにしなきゃ。

 パパは人目を気にしないから、テンション上げさせると危険だわ。

 絶対恥をかく。


「そっか。

 私もここに来て数千は個人で倒してるけど、一向に減らないのよね」

「ほう、ディア、お前ランクは?

 ついこの間までCだったと思うが、あれをあそこまで痛めつけられたんだ。

 上がってんだろ?」


 ふっふっふ、聞いて驚くがいい!


「ここに来る前はBよ。多分今はAになったのと思うわ。

 もしかしたらSに近いかも?」

「いいねぇいいねぇ、さくっとSランクになっちまえ。そっからが本番だからよ」


 少し、自慢げに言った直後、レラたちの会話が響いた。


「なにぃぃ、ライちゃんもうSランクになったの!? 天才過ぎでしょぉぉ!」

「ふっふーん。まだ、計ったわけじゃないけどね。

 皆が僕の魔法の威力は既にSランクだっていってるんだ!」


 ほらパパ、みっともないから張り合おうとしない。

 あっち見ないの! 


「そうだ、良かったらさ、パパ」

「どうした?」

「今すぐ私と戦ってくれない?」

「ど、どうした? そんなはしたない格好でか?」


 は? 何言ってるの……ってそうだったぁぁぁ!!

 これじゃ際どい下着同然じゃない!!


「いやぁぁぁぁぁ!!」


 やだぁ、恥ずかしくて死にそう。

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