第65話俺は王女よりも宰相が怖い。

 あー、ちゃっちゃと帰れば良かった。

 あの残念という言葉では収まらない王女を見て感じた最初の感想はそれだった。


「はっ、貴様、こんな所に居て良いのか?

 早く帰ったほうが身の為だぞ。

 まあ、今更命乞いしても、許しはしないがな!」

「アイリス、黙りなさい」


 目を伏せ、そんな姿は見たくないと言い聞かせるお父さん。


「いいえ父上、言わせて下さい! こいつは私に散々無礼を働いたのです!

 絶対に許さない。父上からも何か言ってください!」


 国王は近くに立つ近衛に小声で何かを告げる。

 無表情を貫いていた近衛が初めて驚きの表情を見せつつも、頷く。

 そして、向き直ると王女に向かって口を開いた。


「アイリス、お前を国家反逆罪により拘束する。

 罪状は王権の不正使用。

 上知令など、王女と言えど上申する事すらおこがましいと知れ。

 お前にその様な権限を与えた覚えは無い。

 この罪、相当に重いぞ……」


 悲しそうに告げる国王陛下だが、その思いは一つも届いてなかった。


「問題ありません。

 父上、アルールとルーフェンくらい黙らせる武力は用意してあります。

 こいつもきっと叩きのめして見せますから!」


 彼女が見せる顔は余裕の笑みであった。

 言葉が終わると、場がしんと静まる。


「なんと浅はかな……

 他にもっと許せる思惑があって欲しいと願っていた……

 良く聞きなさい。その様な事、仮に出来たとしてもして良いはずが無い。

 お前は、一から全ての勉強をしなおす必要がある。当然、罰を受けながらな」


 国王は悲しみを隠す為か、再度ポーカーフェイスを携えて少し冷たく言い放った。


「アイリス様、失礼致します」

「なっ!? 離せっ! 無礼者っ!!」


 腕を取る二人の近衛に攻撃を始める王女。

 それを悲しそうに見つめるブレットとライエル。

 俺は、そんな二人から視線を外して、王女へと向き直った。


「ざまぁ」


 出来るだけ汚い笑みを浮かべて言ってやった。

 うん。これは憂さ晴らしではなく我慢の練習なのだよ。

 抵抗が激しくなる王女、迷惑そうにこちらをみる近衛。


 ご、ごめんね? つい。


 と思っていると、彼女は近衛を振り切り、何故か俺ではなく国王に攻撃をしようとした。


 当然、止める。

 『パリィ』も必要ないので、振り抜こうとした拳を押さえつけてそのまま握りつぶした。

 グシャりと潰れた手を見せ付ける様に手首を握り前に出す王女。


「ぎ、ぎぃぃぃやぁぁぁ、手がっ! 早くポーションを! 早くしろぉぉぉぉ」

「お前ちょっと煩い『音消し』」


 そんな空気じゃねぇんだよ。

 お通夜状態だよ? 本当にこいつが居る場所はカオスだな。


「これ、本当に出さないで居られます?」


 取り合えず俺にとって必要なそこを聞いた。

 こいつのやり方は無関係の弱い者を狙う事を厭わないからだ。

 手を抑えてジタバタする王女を見つめ声の出ない国王の変わりにライエル君が口を開いた。


「正直、難しいかも知れないと今更ながらに思います。最初は高位の者をつければと思っていましたが、女性だという事もありますし、罪状が明らかでありながらこれほどの抵抗を示すとは……」

「じゃあさ、元通りに戻すから、痛めつけていい?

 ちょっと悪い事したらどういう事になるか教えるから」


 その言葉に候爵が「まさか、あれをやろうというのか?」と首を横に振りながら言う。

 うむ。悪いがキミたち候爵親子で味をしめたのだよ?

 あれが一番今後突っかかってくる可能性が少ない。


「もうこれ以上こんな姿は見たくない……

 だが、そうとも言ってられぬ状況を見てしまった。

 どうしたら良いのだ……」


『音消し』をしても尚、哀れに口をパクパクと何かを喋っているアイリス。


 むう、この王女はがっつり痛めつけたいが、王様が可哀そうになって来た。


 だってもう泣きそうだよ?


 あっ、泣いちゃった……

 やばい、釣られて涙が出てきた。

 けどさ、これは見過ごせないんだよ。

 俺の知り合いには弱い子も一杯いるんだから。


「すみません。それでもやらせて頂きます」

「……そなたは、ここまでされて尚、泣いてくれるのか」


 いや、違うから。でもこんな空気の中、否定しづらい。


「わかった。だがすまない、見ていられぬ……」

「ええ、それほど時間も掛けませんから、こちらが終わってから家族で話し合ってください」


 そう告げると、ブレットに手を引かれて退室する国王。

 部屋にはまだ、それ以外の面子は残っている。


「さーて、どうしてやろうかなぁ!」

「え? まさかの嘘無きですか!?」

「いや、これは共感覚って言ってな、釣られて勝手に出てきちゃうんだよ。

 否定し辛くて言えなかったけど」


 一番気にしそうな二人は退室したし。

 ライエル君なら気軽に言える。

 宰相も王女が痛がっても余り気にした様子ないしね。


「ライエル君もやる?」

「いえ、流石にそれは……」

「正当な報復だよ? ほら、ほらほら」

「…………悪魔の囁きとはこの様なものなのですね。

 やりたい! だけど、遠慮します」


 なんて素直で優しい子なんだ。


「えっと、じゃあ皆さんは退室して貰えます?

 宰相さんは耐性がありそうだから見ていてもいいですけど」


 多分グロいよ?

 血とか噴き出すし。

 そう伝えると、オロオロとした候爵とライエル君がお外に出た。

 この部屋に居るのは兵士一人と宰相だけだ。


「お主は良く人を見とるな。私が気にしない事をよく見抜けたものだ」

「まあ、感ですけどね」


 うん。顔が悪いからとは言えないし。

 いや、悪いのは目かな?

 まあ、そんなことより始めるか。


「じゃあ、やりますか」


 そう告げて『音消し』を解除する。


「ひっぐ、ひぐっ、痛い、痛いよぉ」

「『ヒーリング』おい、お前、何で国王殴ろうとしたの?」

「い、痛みが……」


 丸っきりの無視か。

 よし、取り合えず、もう一度元通りにしてやろう。

 えいっ!


「ぎゃぁぁぁぁ」


 おっと、『音消し』してと。追加でえいっ!

 ああ、これは手加減の練習になるな。うん。こいつはBランクか覚えておこう。

 再び『音消し』を解除しつつも問いかける。


「『ヒーリング』っと。無視したらどんどん痛い所増えるからな。んでさっきの質問に答えろ。十秒待ってやる。いーち、にーい、さーん」

「や、やめっ、目を覚まさせる為だ!」


 いや、お前が目を覚ませよ。多分、皆思ってるよ?


「……お前さ、あの場の全員がお前が間違っているって認めてたよ?

 俺が言ったからとか関係無しに」

「当然の事。許されぬ第一級の犯罪行為をしたのですぞ。王女殿下」


 さしたる様子も見せずに、普段通りに告げる宰相。

 その顔はまるで失望したぞと言わんばかりだ。いや、素の表情かな?

 その様子を見た王女は裏切られたといった表情を見せて睨んだ。


「そんな訳が無いだろう! 今までは許されていた!」

「そんな訳が無いだろう! お前が勝手してただけだ。はいどーん」


 潰れた手を上から更に踏み潰した。庇ったもう片方の手も動かせなくなり、犬が前足を揃えたみたいなポーズで固まっている。


「ぎゃぁぁぁ、む、無視してないのに! い、いだいぃぃ」

「無視したらやるけど、調子に乗ってもやるよ。『エクスヒーリング』それで……俺をどうするって?」


 王女にそう尋ねたのだが「ほう、ハイではなくエクスか」と宰相が呟く。

 王女の事は本当に一つも気にしてなさそうだ。


「ぐっ……こんな痛みで屈するとでも思っているのか! いつかぶっ殺してやる!」

「じゃあ、殺されたくないし、死ね」


 と、お得意の両足落としをする。いや、得意なわけじゃない。決して。

 心で涙を流している。きっと。

 割と深く落としてから『ヒーリング』を掛ける。今や、『ヒーリング』でも割と再生してしまうのだ。

 そして宰相は「ほう、これが無詠唱か」と呟く。


「は、はぎゃぁぁぁぁ、ア……アア……私の足がぁぁぁぁ」

「うるせぇっての! お前はそれ以上の殺すって事をやろうとしてんだろうが!

 もう一度言うぞ。黙れ! 騒いだら今度は手を落とす。ポーションも与えない」

「は、はは、わかったぞ。お前は私を殺せない。父上は絶対に治してくれる」

「私が止めましょう。元より、王宮から出さない事に決定したのです。暴れないなら都合が良い。僅かながら、費用も浮きますしな」 


 思わぬ援護に思わず二度見しそうになってしまった。

 今は痛みが無いからか、王女はちょっと元気だ。宰相に「クルード、貴様助けてやった恩を忘れて! この不忠者がぁぁぁ」と騒ぎ立てる。

 宰相は宰相で「王女は金を無駄遣いしただけで、対策の輪に加わってすらいなかったと聞きますが?」と、飄々と返す。

 目つきの悪さと良い、どこかのマフィアのドンみたいだ。


 いや、それは良いんだけど、問題が発生した。

 余り効いてない。


「あれほどの金を使ってBランクからAランクを数十人とは、どれほど着服して無駄遣いしたのですかな?」

「ふざけるな! 全て装備に当てたに決まっているだろうが!」

「なんと! 金貨三万枚も使いそれだけしか育成できないほどの無能でしたか」


 さ、三万っ!?


「うわぁ、うちなんて金貨300枚程度で十人全員がSランクになったってのに……」

「な、なんですと!?」

「あっ、これ……内緒で……」


 って、宰相に内緒でってなんだよぉぉぉぉ!

 俺の馬鹿!


「なるほど、その中で特別なのが彼という事ですな?」


 お、少し軌道修正された。ありがとう。

 うん。彼は特別。特別に馬鹿だよ。こんな失敗してる俺も人のことは言えんが。


「ま、まあ、そういう事かな。口が滑った」

「ほほほ、そんな者を国のお抱えにしてくれるとは本当にありがたいのう」

「まあ、本人次第ですけどね。だから、こいつの教育が必要なん……

 あれ? 何でそれを俺がやってるの?」

「何を言う。自分で言い出したのだろう?」

「う、うん。俺って馬鹿だね」


 なにやらこの宰相、空気の作り方が上手い。

 と言うか、共に悪乗りしつつも不安感と安心感を同時にくれる感じ。

 俺、空気に引っ張られやすいからこの人を近くに置くのは危険かも。


「はっ、どうせ張ったりだ。出来る訳がない!」

「ハイ、次は腕だったねぇ」

「ぎゃぁぁぁぁ」


 いや、一回直そう。出血多量でとかになられたら困る。

 いや、手が生えるくらいだし、血も戻るのかな?

 まあ、いいや。良く分からんし取り合えず。


「『エクスヒーリング』」

「な、なんと!? 一度の回復魔法で全てが直るなど……」

「Sランク……ですからね?」


 うむ。Sランクより上が無いって素晴らしい。だって嘘にならないもの。

 あ、やばっ、この爺さん、なんかわかってるっぽい。

 ……とは言え、どうしようもないしスルーして今は王女に集中しよう。

 次は出血をしない程度の手加減を覚えるのだ。

 『音消し』あちょー、えいえいえいっ! 解除!


「も、もう……やめ……」

「やめる訳ねぇだろ? お前何しようとしたか言ってみろよ。

 ほら、早くっ!」

「わかった、謝罪する! もう、やらないからっ」

「ハイ、俺の質問無視したので残念賞」


 そして、それからも宰相と俺の教育が続いた。

 漸く、少しは従順さを見せるようになってきた。


「それで、お前は今後何をするべきなの?」

「ち、父上に謝罪します……」

「それからは?」

「もう、国のお金は使いません」

「まだあるよな?」

「えっ? わかんないぃ。やだ、痛いのもうやだぁぁ」


 やっと可哀そうだと思えてきた。

 そろそろ止めてやるか。

 と言うか、もう治療して怪我など全て治してあるのだが。


「お前は常識を学べ。国と、貴族と、国民全部のだ。

 そうすれば、自然と暮らしを学んで自分がどれだけずれてたか思い知るだろうよ」

「うむ。わしの見解と同じじゃな。どうじゃ? 共にこの国を支えてみんか?」

「いや、クルードさん止めてよ。

 なんかあんたにはすぐ乗せられちゃうからホント止めて!」


 ククク、と悪い笑みを見せる宰相。絶対サディストだよ。俺なんかメじゃないよ。

 怖い怖い。


「よし、じゃあ、取り合えず国王を安心させてやれ。

 折角治したのに、あれじゃ心労で死ぬぞ?」

「全くじゃな、あの方は心根が真っ直ぐ過ぎる。

 まあ、だからこそ仕え甲斐はあるがの」


 ほっ、その言葉を聞けて安心したよ。宰相が正真正銘のサディストって何それ怖いとか思っちゃったけど、大丈夫そう。多分……


「よし、これにてお仕置き完了! じゃあ、俺は帰ります!」

「何!? 陛下に報告していかぬのか? 喜ばれるぞ?」


 いやいや、喜ばねぇから!

 なんで娘甚振られて喜ばれるんだよ!


「ふぉっふぉっふぉ、お主は面白いのう。なにやら十余年ぶりに冗談を言った気がするわ」

「いや、十余年てそれ、気がするじゃなくてガチだから! ボケてなければ……」


 まさか二段仕込のボケをいれてくるとは……あ、ボケって言った事気にしてる。

 ギロリ鋭い視線が向く。

 うん。帰ろう。

 そして、そのまま俺は逃げ去るように王宮を出た。





 そして、いつもの皆に報告タイムだ。

 とは言え、まずは二人を抱きしめてっと。このまま説明しよう。


「取り合えず、もう大丈夫だ。あの紙に書かれた事は全部撤回して貰った。

 元々王女が単体で出したものだから、王様もご立腹で誤報だと伝える伝令もすぐに出させた。

 だから二人はもう何の心配もいらないぞ。

 割と穏便に事が済んだし本当にもう大丈夫だ」

「「ラ、ランス様ぁぁぁ」」


 おー、よしよし。


「穏便にってどうやって進入したの? 『隠密』?」

「いや、歩いて真っ直ぐ入った。攻撃してくる奴全部無視して。

 だから一人も殺してないぞ。

 俺も『隠密』使うか迷ったんだけど、頭来てたしその方が居る場所がすぐわかるかなって思ってさ

 ライエル君辺りが来てくれると信じてたのもあるし」


 驚かれるかなと思ったが、もう皆も慣れたらしい。

 強くなるとそんな事も出来きちゃうんだ、くらいに言っている。

 しちゃいけません! これは命を奪われるかも知れない時限定です!

 そう注意すると、ラーサが首を傾げた。


「いや、ランスさん、今回はそれほどの危険は無かったんじゃないかい?

 この二人も、もうそこらの兵士なんて束で来ても一捻りだろう?」

「いやいや、ラーサも知っているだろ? 危険なマジックアイテムがある事を。

 完全の無抵抗ならどうとでも出来ちゃうじゃん?

 相手が弱くても、絶対の安心はできないよ。出来るなら仲良くが一番」


「なるほど」と納得しつつも「にしたってあれとは仲良くできないね」とラーサも苦い顔をしていた。


「それに、今回はアルールとルーフェンにも迷惑掛かる話しだったからね。

 かなり頭来てたし、結構がっつりやってきちゃったよ」

「……城、消し飛んだ?」 


 いやいや、だから穏便に済ませたって。


「許可貰って王女を物理的にしばいてきた。

 詳しくは言わないけど、候爵の時以上にやった」


 うん。人格疑われそうだし、言わないよ?


「ランス、女には攻撃できないと思ってた……少し安心」


 いやいや、しないよ? 相当な事がないと……


「王女にやったのは、俺を悔しがらせる為なら卑怯な手を使ってもその周りを殺そうとしてたからだよ。文字通り泣いて謝るまで許さないスタイルで頑張った」

「流石ランスさまなのだぁ! 私の忠告が生きたのだ!」


 あー、うん。そう言えば動かなくなるまで殴れば良いとか言ってたね。

 お母さん、後でよろしく頼むよ?


「もう、こんな時ばかり私にふってぇ。たまには貴方がやってくださいな」


 と、夫婦ごっこをしていると、皆の視線がユミルに向かった。


「え? あっ! これは、ごっこです! そう、遊びなんです!」


 何故か、恐縮しながらいいわけを述べる。

 ふふん、どやぁってなるかと思ったのだが。

 取り合えず、内緒話をし始めたので、気を利かせてアンジェを膝に乗せた。


 そこで、衝撃的事実を知った。


「本当はずっとわかって居たのだ……子供扱いされてるって……」


 彼女は目の光を失ったまま悲しそうに呟いた。

 なんとこの子、ずっとわかっていたのである。

 とても気まずい思いを感じる。気がつかないだろうと何度もやってきたのだから。


「大丈夫だ。すぐに大きくなるさ。

 ならなくても約束は約束。それまでの辛抱だからな」

「一年後でいいのだよな?」

「数年後と言ったが……まあ、それは可哀そうか。じゃあ今から一年後な?」

「約束なのだ! 一日後なのだ!」

「ほう、尻を叩かれたいのかな?」

「ご、ごめんなさいなのだ! ちょっと嬉しくて言ってみただけなのだ!」


 そんな話をしている間にユミルの説明は終わりを告げ、何故か彼女は周りから羨望のまなざしで見られていた。

 いや、やりたいならやるよ? 夫婦ごっこなんて楽しい事だらけじゃない。

 延長線上にエロい事があるんだし。


「あっ、ルイズちゃんとハルは?」


 そう言えば、見当たらないんだけど。


「あー、別室で話してるみたいよ……

 ハル君がどうしてもって引っ張っていってたからまだ多分続いてるんじゃない」


 ミレイちゃんが元気がない。当然か。さっきまであんな状態だったのだから。

 何かして元気付けてあげたいなぁ。


「よし、あの二人には大分迷惑を掛けられた。

 ちょっと野次馬根性で覗きに行こうと思う。ついてくる人ー」

「「「「はーい」」」」


 エリーゼやラーサ、それとユミルは残る様だ。

 あ、アンジェも興味無いみたい。

 ミレイちゃんとエリーゼは返事こそしなかったが、付いてくる様子。

 よし、面白おかしく覗いてやる!


 俺達は『隠密』『音消し』『匂い消し』をフルで駆使して彼らの話し合いの場に突入した。

 と言っても、入ったらバレるので隙間から覗き、耳を当てているのだが。


「――本当はわかってたっす。あの王女様が娶れって行ってた事とか」

「っ!? な、何よ。別れたいって言うの?」


 いやいや、お前達別れたじゃん。


「違うっすよ! 最後まで聞くっす」


 え? 何? もうより戻したの?


「夢だったんすよ。ドラゴンに乗るのも、お姫様に惚れられるのも、Sランクになって注目されて勇者さまなんて言われてってのをずっとガキの頃から夢見てたっす」

「……だから許せって言うの!?」

「いや、そうじゃないっすよ。

 現実は違ったっす。

 どう考えても勇者はランスじゃないっすか。俺の強さは全部与えて貰ったもの。

 その夢の中で一つくらい自分の力で、なんて魔がさしたっす。

 ルイズが俺の所為で本気で泣いているって知るまで、勘違いしてたんすよ。

 俺のお姫様はルイズだけでルイズだけは素の俺を見て俺を選んでくれたんだって。

 もう、とっくに俺は夢を自力で叶えてたって事今更ながらに理解したっす」


 なんか、痒い。

 来るんじゃなかった。

 友人のこういうの聞くべきじゃないわ。

 戻ろうか? え? 嫌だ? 今良い所だから?

 ならば仕方あるまい。


「だから、俺、俺絶対また惚れさせてみせるっす。それまで傍に居てほしいっす」


 はぁ? より戻したんじゃないの?


「し、仕方ないから、チャンスをあげるわ! けど、次はないわよ?」

「ルイズー大好きっすぅ!」

「わっ、もう、ダメだってばっ……あん……いやっ、あっいやっ……」


 はぁぁぁぁ?


 全く持って意味が分からん! なんでそのタイミングで押し倒せるの?

 何でより戻してないのに受け入れてんの?

 ダメだ。もうこいつらは放って置こう。

 振り回されるだけ無駄だ! ああ、これが夫婦喧嘩は犬も食わないってやつか。


 さて、ここから先は……え? まだ見るの? それは流石に……

 うん。ダメ! だって見たら俺言っちゃうもん。

 俺のが大きいとか。そうなったもう戦争だぜ?

 ぜ、絶対に無いと思うが、逆もまた然りなのだ。


 ちっさ? ちっちゃくないよぅ!


 その後、俺は張り付く彼女達を引き剥がして部屋へと戻った。

 そしてその日、とうとう我慢が効かなくなったカーチェが参戦した。

 枕を持っての深夜の参戦であった。


「いや、帝国で言っちゃっただろ? 股開くって……だ、だから……やだぁ、やっぱり言えないようぅ」


 と、スケスケキャミソールという攻撃的な格好でありならも、挙動不審になりながら床に丸まってしまった事から始まった。


 良いだろう。

 今回の一件、全て許そう。

 この為だと最初からわかっていれば、この程度、何の苦でもなかったのだ。

 いや、二人の心労があるからそこだけはダメだな。うん。


 それにしても……ふむ。これが魔物か。

 素晴らしい。


 そして、彼女は弄れば弄る程に羞恥心を捨てていった。


 感無量だった。


 うむ、ノリノリ過ぎて引いてしまいそうと言う懸念があったが、自分もプレイヤーサイドに立っていれば逆に燃え上がるのだと理解した。

 限度はあるので俺がノリノリになるまではちょっと厳しい時もあったが。



 こうして、王女が起こした問題は解決され、ハルとルイズちゃんも元通り。

 俺達にまた、平和なひと時が訪れたのであった。





「はい、じゃあ面倒な二人はここに置いて俺達は帝国に行こうと思います!」

「ちょ、悪かったっすよ。もう疑ったりしないっすから……」


 俺達はいつも通り皆で輪を作り、今後の話し合いを始めた。

 少し意地悪な言い方をしつつ、今後の方針を語る。


「……もう、見捨てられたって事ですか?」


 いや、その聞き方卑怯でしょ。

 違うから……


「ハルたちにはここで勇者やって貰うってのは元々の計画でしょ?

 ちゃんと王女の事は始末をつけて、王様たちも無理は言えない状況になったんだから、安心して勇者パーティーでも作ってよ」

「もう、他の女はダメです!」

「いや、男入れてもいいじゃん。好きにしなよ」

「それは俺が嫌っすよ!」

「だったら二人でパーティー組めば良いじゃん!

 知らないってば。好きにやれって言ってんの!」


 全く……


「兎に角、俺は当初の予定通り、ゆっくりさせて貰う。ただ、注目を浴びてしまっただろうから帝国に行ってほとぼりが冷めるまでゆっくりしようかなと思ってる」


 その言葉でなるほどとハルたちだけでなく、嫁達も理解を示してくれた。


「そ、それはわかったっすけど、何したら良いか全然わからないっすよ……」

「ビビらなくて良いって。ライエル君とかブレット王子とか普通に良い奴だから。

 頼まれた依頼をこなす以外は自由に冒険者してればいいじゃん。

 そろそろお前は、俺の手を離れても自分で何でも出来るだろ?」


 ハルは、口を空けて「免許皆伝っすか?」と意味が分からない事を言い出した。

 んな訳あるか! でも、面倒だからこのまま無視しておこう。


「帝国に行って何する気?」


 ミラの問いかけに一つ頷く。やっと本題に戻れる。


「取り合えず、新居でも構えないか?

 こっちでも貴族街にお屋敷貰ったけどさ。別に一個じゃなくても良いわけだし」

「素敵! でも、お屋敷なんて大丈夫なの? 相当高いわよ?」


 喜び勇みつつも、心配そうな言葉を発するミレイちゃん。

 俺は、荷物袋の一つを出して口を開くと皆に見せるように置いた。


「金貨、1700枚くらいはある。帝国で溜めてきた800枚とレーベン商会でアクセサリー売った300枚、オーガ討伐報酬でマクレーンから500枚、国から200枚だな。結構気にせず使ってるから正確な所はわからんが、それでも屋敷を買うには十分だ」


 うん。100枚も消費してないだろ。多分1700枚以上はあるよ。

 おおぉ、と拍手が舞い上がる。


「だから、皆で新居選んで好きに改装して楽しもうぜ」

「わーい! お兄さん素敵ぃ!」


 ふっふっふ、そうであろう、そうであろう?


「私としちゃぁ、住処よりも今は強さが欲しいんだけど、その予定は無いのかい?」

「え? 今の所は無いけど……ラーサの為なら作るよ?」

「……ああ、うん。お願いできるかい?」


 おう、任せろ! ラーサのモジモジするギャップ萌えも大好物だぜ!


 うん。皆、帝国に行く事に問題はなさそうだな。

 ミラが少し不安そうだが、連れて行って皆の紹介が終わればそれもなくなるだろう。


「それと、ハルとルイズちゃんにはこれあげる」


 取り出したのはマジックポーションと普通のポーションの25個セットだ。

 二人は回復魔法を使えない。

 だから、本当は回復要員を補充した上でこれを持ち歩いて欲しい所だが、仲違いさせてまでは強要できない。


「という事で、これが無くなったら帝国に取りに来て。

 ドラゴンで移動すれば割とすぐでしょ?」

「本当に見捨てられた訳じゃなかったんですね。有難うございます」


 おいおい、そんな目で見てたの? 止めて?

 確かにキミたちは酷かったけど……


「これだけあれば問題ないっすよ。ランスのくれたのはもしもの時用にするっす」

「ああ、うん。是非そうしてくれ。

 当たり前の様にくれって言われる様になっても困る」


 と、彼らに選別を渡しつつ、俺達は帝国への移動を決めた。

 念のため、自分達用のポーションも補充して旅支度を整える。


「全員分の装備と持ち物入れると割と結構な荷物だな」

「いや、これでも少ないほうよ。長期の移動だとこれに食事も増えるし」

「そうだね。とは言え、普通の旅なら置いてく荷物もあるし、こんなもんじゃないかい?」


 ミレイちゃんとラーサの言葉になるほどと思いつつも準備が整えられていく。

 ハルたちには悪いが、ドラゴンの所までは自力で行って貰うのでこのまま出発だ。


「じゃあ、早めに話着けてドラゴンの所戻れよ。

 魔力がなくなると主人に反意を示すらしいから」

「わ、わかったっす。誰も来なかったら取り合えず、ホールディに行くっすよ」


 いやいや、それは無いから。偉い人が怖いからってこのまま逃げるなよ?

 などと思いながらも二人と別れた。


 向かう先はグラヌス帝国。

 これは新居の為もあるが、ミラの為でもある。

 少しでも不安が抜ければ良いんだけど。

 そう思いながら、帝国へと走り出した。

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