第60話誕生、勇者ハル

 火山での特訓を始めて四日、最終日を迎えた。

 ランドドラゴンもブラックを狩り尽くして、さわり程度属性竜も数匹倒した。

 だが、あれはダメだ。

 何がダメだって生息地が熱すぎた。


 ある程度釣ってきて、耐えられるレベルの場所で数回繰り返したが、釣るのが大変だった。遠くから魔法でおびき寄せるにしても、その場所で既に熱いのだ。

 釣って来るまで時間で肌がちりちりと痛くなってくるレベル。

 皆は釣ってきたその場所ですら辛そうだったので早々にお開きになった。


 今日は帰る時間もあるから計画は立てていない。

 一つあるとすれば、テイムを一応試してみようって事だけだ。

 運を上げる装備は作れたが、魅力装備が一つもない。

 だから正直成功するとは思っていないが、一応試してみようと思っている。

 折角触媒も買ってきたのだから。


「じゃあ、テイム試しに行こうか。元々これが目的だったし」


 そう告げると、皆はすっかり忘れていたのか、そんな事もあったなと囁きあっている。


「やっぱり、ドラゴンといえば、黒か赤でしょ。

 白も捨てがたいがここにはいないし。

 という事で沢山残ってるレッドスカイドラゴンにしようかと思うんだけど、どうかな?」


 一応、飼い主になるハルに問いかける。

 先ほど、ブルーランドドラゴンを即殺して見せた彼は、少し自信気な顔だ。

 だが、一つだけ言って置く。

 数初で即殺出来たのは流石に特攻武器の力だからな?

 お前が一番成長する様にここ選んだんだから当然なんだぞ?

 ん? 少しは浸らせてくれ?

 やだ。そういう優しさは嫁限定。


「……確かに、速さ的にブラックは厳しいっすけど、支援さえあればレッドならなんとか」

「いや、そこじゃねぇよ。どの子が欲しいの? って事」


 そこは俺がやるって。時間が掛かるだろ。

 HP極限まで減らすダメージ調整とかあるんだから。

 って流石にそれはわからんか。


「え? あー、ウーン……自分より遥かに強いのも悲しいんでやっぱりレッドがいいっすかね。ってブラックもう居なくないっすか?」


 いや、実は終わりって言っただけでスカイドラゴンの方は数匹残してるんだよね。

 まあ、レッドで良いなら丁度良いや。一杯残ってるし。


「んじゃ。試しに行くか。ハイ移動ー!」



 生息地にたどり着き、ハルにクリエイトで作れる運装備を渡していく。

 元々これを切っ掛けにここに着たので街で出来る最低限の準備だけはしてきてある。


「はい、この数珠と、あとこのご利益有りそうな札をおでこに張って。最後にこの短剣フォーチューンソードを装備してっと」

「うわぁ、カッコ悪……ハル、その装備は今回だけにしようね」

「俺が求めたんじゃないっす……」


 装備を渡してすぐさまレッドスカイドラゴンを連れて来た。

 HPが全開の状態で隷属魔法『戒めの鎖』を見せる。

 ハルにもチャレンジして貰うと、問題なくすぐに発動した。


 後は瀕死にして掛けるのみ。


 当然、HPを減らすのは俺の役目だ。

 理由は簡単、HPを割合で減らす魔法が使えるのは俺だけだから。

 ギリギリの瀕死にすればするほど成功率があがる。

 だから、何度も何度も掛け捲った。


「よっし、もう良いだろ。ハル『戒めの鎖』使ってみ」

「わかったっす。えっと、重ねた方がいいっすか?」

「あー、そうだな。そうしてみるか俺じゃねぇし」

「ちょ! なんすかその最後の!」


 遊んでないで早くしろとのお達しを貰い、重ねる方向で決まりハルは魔法を放つ。


「『戒めの鎖』……これは、どっちっすか?」


 しっかりと発動はした。眩しいほどの光を放ったから間違いない。

 だが、首に印といわれても、あんな細く小さい鎖の輪を探す方が大変だ。

 俺は、すぐ近くまでより首を上から下まで見渡していく。


「背が高くて見づらいっすね。もうちょっと伏せてくれれば……」


 同じく近寄ってきたハルだが、彼の言葉でドラゴンが身を伏せた。


「って、これ間違いなく掛かってるよね。

 だって襲ってこないし、言う事聞いてるし」

「そっすね。どうしたら……」

「取り合えず『エクスヒーリング』これでよし。んじゃ、試しに乗せて貰えば?」

「え? いいっすか?」


 ハルは少し間抜けな面でドラゴンに問いかける。

 それに呼応する様に身を伏せて乗りやすい状態を取った。


「うっわぁ、俺、夢が叶ったっす! 乗るっすね。あ、飛んでもらっていいっす?」


 ハルのちょっと不思議な喋り方でもしっかり理解してレッドスカイドラゴンは空へと飛び立った。

 人を乗せても重さなど感じさせない程、優雅に旋回している。

 あれなら数人で乗っても問題なさそうだ。

 対価が魔力だけでいいのなら、俺も欲しいな。


「ランス様、因みにあれをどこに置かれますの?」

「え? あっ……まあ、俺じゃねぇし」

「いや、流石にそれは……」


 冗談だよ。ほんとに。でもちょっと順番間違えたくらいには思ってる。

 あっ! そうだよ。呼び出しの日に合わせて来させちゃおう。

 俺がそれを伝えれば良いだけの話じゃん。多分……


「と、そんな感じでどうかな?」

「元々竜騎士は居たのですから、承認を得れば問題は……いえ、問題は起きますわ。まず、民が恐れおののき大騒ぎするでしょうね」

「ああ、そうだろうね。そんなもん町に連れて行った日には相当気を使わないとパニックを起こすだろうよ」


 気を使えば大丈夫なの?


「気を使うってどうやって?」

「そりゃ、あれだ。

 首に大丈夫だって垂れ幕でもつけてパレードすれば良いんじゃないかい?

 目立つつもりなんだろう?」


 何それ面白そう! 俺なら絶対嫌だが。

 取り合えずハルに聞いてみるか。

 って、まだ飛んでる。相当嬉しいんだろうな。

 俺も平気そうなら本気で欲しいな。

 もっと凄い奴が良いな。聖竜か、固有名称持ちの翼竜が良い。

 そうすれば、俺が走る必要なくなるし。


「ルイズ、すげぇ気持ちいいっす。一緒に乗るっすよ」

「その前に話があるから降りてきて。皆待ってるよ」


 ゆったりと大きな羽を羽ばたかせ着陸する。

 ハルがひょいっと背から飛び降りる様は本当に勇者の様に見えてきた。

 ドラゴン装備に身を包み少し頼りない様も、それもまた勇者っぽいと思わせた。


「なんすか?」


 あ、台無しになった。

 これじゃ、ヤンキーの後輩キャラだよ……

 まあ、矯正はしなくても良いか。これがハルだし。


「なんすか、その目は!」

「いいから聞けって。かくかくしかじかでな?」


 俺は、出来るだけリアルに民衆がパニックを起こし、ハルが人類の敵になる様を語った。


「なっ、ふざけるなっす! どうするっすか!?」

「だから、まず皆に安心して貰う必要がある。ラーサ説明してくれるか?」

「まったく、ランスさんは悪ふざけも手が込んでるね。

 まあ、半分くらいは私の予想と一緒だけどさ。

 ハル、あんたはちょっと馬鹿馬鹿しい見世物になる必要があるんだよ。

 そのドラゴンがテイムされてるってわかって貰える様にね。

 最難関の国王にはランスさんから話してくれるみたいだよ。

 だから、あんたはその時に合わせて背に乗ってパレードでもしなって話だよ」


 なるほど。と言っている事を理解したハル。


「俺が、ドラゴンに乗って町を練り歩くって事っすか?」

「ああ、そうだね」


 その時、ふとハルの表情がだらしなく緩んだ。

 なるほど。乗り気なんだな。これは都合がいい。

 別に馬鹿っぽくしなくてもいいのだ。パニックさえ防げれば。


「じゃあ、取り合えず俺たちは帰るか。ハルとルイズちゃんに残りの食料渡してどこかで野営でもして貰えば丁度いいでしょ」

「ちょ、どうやって帰るんすか! 歩きっすか!?」


 流石に俺だけじゃなく皆が可哀そうなやつを見る目でハルを見た。


「ハル……今、飛んでたじゃない。言う方向に飛んでくれなかったの?」

「あっ、飛んでくれたっす! いや、違うっすよ? ありえない事が起きたからそれとこれが繋がらなかっただけで……」

「落ち着け。大丈夫、元々そんなもんだ」


 優しく肩を叩くと「むきぃー! なんすかなんすか!」と珍しく怒るハルをスルーし、ルイズちゃんと話を進める。


「これなら一週間は持ちますね。でも、どのタイミングで帰ればいいんですか?」

「あー、どうしよう。俺が、呼びにくるしかないかな?」

「妖精の国と王国の国境辺りにドラゴンを待機させたらどうでしょうか?

 魔力をしっかり譲渡していれば離れても問題ありませんし」

「なら、一緒にホールディまで移動しようか。二人は空からでもカートでもどっちでもいいからさ。

 流石に大きさ的に全員は乗れそうにないし」


 野営じゃなく、町に戻れると聞いて安心した二人。

 ハルに試しで魔力譲渡をして貰い、ドラゴンがもういらないと首を振るまで送れたので問題はなさそうだ。

 カーチェが「ダンジョンでも一回補充すれば一週間は持つぞ。と言うかこいつくらい濃ければ多分だけど、数ヶ月はいけるな」と言っていた。

 実際に魔物から話を聞けるってのは便利だな。


 首にある鎖の輪を見れば減り具合とか確認できるが、最初からある程度わかるのはありがたい。


 これで一応は問題の解決が出来た。

 話が通るかがかなり心配だが。


 最悪は帝国に……ああ、問題ないわ。

「無理なら帝国薦めるしかありませんね」とでも言ってやれば頷くしかない。

 言わずともそれはわかるか。きっと断られる事はないだろう。





 そこから、ホールディまでの移動は割りと早かった。

 あのドラゴン、全速力出すと中々早いのだ。俺も負けてられないと、全速力で応じてぶっちぎってやったりしてたら、思いの他早く着いた。

 仕方ないよね。アンジェがあんなドラゴンに負けるなぁって叫ぶのだもの。


 そして、俺たちは国境の森にドラゴンを隠し、ホールディにハルたちを置いて王都へと帰還した。

 取り合えず、冒険者ギルドに行きたいと言い出したが、頭を下げて遠慮してもらった。

 全員でSランクになると大騒ぎそうだし、もう一つ理由がある。

 とは言え後回しにしてもどうせ大騒ぎはされるだろうが。


 だからもう一つの方の理由が本題だ。


 それはハルのインパクトが薄くなってしまうと言う事。

 ドラゴンがいるから問題ないとは思うが、全員俺の嫁なのだ。

 そしてハルも俺の紹介。

 となると、注目がこっちにも来そうだという事が一番の理由。


 それを話すとすぐに理解を示してくれた。

 数人はハルの事が大体形になったらいいよね、くらいに聞いてきたのでそこはオーケーしておいた。

 努力した結果なのだ。ダメとも言えないだろう。


 その話が終わり、宿に腰を落ち着け終わるとすぐにディケンズ候爵家へと向かった。

 そして、当然の様に中に通されて、エリーゼと供に腰を落ち着けて話を始める。


「そう言えば、ホールディにも道を通しましたよ。リード伯の依頼でしたが」

「ほう。であれば、リードからホールディはあの道になったと言う事か。

 ならば男爵もよろこんでいるだろうな」


 良かった。不都合はなさそうだ。


「そう言えば、まだ討伐依頼は無いですかね?

 別に取っておいても構いませんけど」

「今の所は無いな。出来れば、大事が起きた時に頼みたい。それでも良いか?」

「ええ、約束は約束です。嫁の危機でもない限り、優先的に無料で引き受けますよ」

「うむ。それはありがたい。

 それで、陛下から御呼びの話なのだが」


 お、その話を待っていた。

 さて、どうなったかなと相槌を返して話を促す。


「帰還し次第いつでも良いから来いとのお達しだ。

 当然、前持った報告はいるので勝手に行けば良いという話ではないぞ?」

「心得ました。こちらは早い方がありがたいと言うだけで特に指定はありませんが」


 そちらが決めていいと言外に告げると候爵が少し安心した表情で「そうか」と呟いた。


「では、明日にするとしよう。

 数日間の陛下の予定も伺って居るし、早い方が良さそうな口ぶりだったのでな」


 なるほど。それに応えられるからのその表情か。

 こちらも問題無いので了承し、前回と同じように朝にここに来ることで話が決まった。


「実はもう一つ、お話があるんですよね。

 俺、実は勇者を発掘したかもしれません」

「ガハッ、ゴホッゴホッ、すまぬ。もう一度正確に言って貰っても良いか?」

「失礼しました。私の弟子でとても優秀なものがおりまして。

 彼が、先日ワイバーンよりも上位のドラゴンのテイムを成功させました」


 候爵は「なるほど。そう言う事か」と呟きながらも「いや待て」と強い視線を送る。


「……ワイバーンよりも上位種だと?」

「ええ、スカイドラゴンと言う種です。それのレッド。

 ブラックオーガなどより遥かに強い魔物ですよ」


 いいんじゃない。中々にインパクト与えてるよ。

 うんうん。これで俺が勇者とか言い出した事が可笑しくなくなった。


「その話、詳しく伺わねばならぬな。

 明日もう一度聞かれるだろうが、前もって報告を入れねばならぬ案件だ。

 話して貰えるな?」

「ええ、勿論です」


 こうして、俺は候爵にいい事実だけピックアップして伝えていく。

 鍛えだしたらとてつもなく早い速度で成長した事。

 魔法から、剣スキルまでどんどん覚えていった事。

 自分の知る、上位の狩場へと連れて行ったら容易くドラゴンを葬り去り、挙句はテイムしてしまった事。

 語尾に「っす」とつける喋り方をする事。


 候爵は最後の話にも真剣に「なるほど」と頷いた。

 あれぇ、最後のネタだったのだが……


 それから、すぐに王宮に向かうと言われて、俺は宿へと戻った。


「と言う感じに伝えたんだけどさ。全然ネタに反応してくれなかったよ」

「もうっ、ランス様ったら本当に言うんですもの……心臓に悪いですわ」


 エリーゼには不評だったが、他の皆はいつもの事だと笑っている。


「だけど良かった。これなら明後日にはハルに戻って来いって伝えられるよ」

「うーん。別に困ってないんじゃないかしら。きっと二人きりで喜んでるわよ」

「間違いねぇな。だってあいつらこの前の宿でも……あっ、何でもないっ」


 いや、カーチェそんなに焦らなくても皆知ってるから。

 普通にルイズちゃんが居ない所では会話に出てたし。


「さて、上手く行くといいけど……」


 明日の事を憂いつつも今日は誰かなどと話し合い、ラーサをお部屋にお迎えして平和で素晴らしい日々の一ページが今めくり終わる。





 朝、遅刻する事なく俺はディケンズ候爵家の前に到着した。

 今回はしっかりと服装も正装へと変えている。

 意外な事に、今回も彼は表で馬車を用意して待っていた。


「すみません。遅かったですか?」

「いいや、丁度良い頃だ。昨日の話が事の他重要過ぎてな。

 気が逸っているのだ。気にする事はない」


 ふむ、盛りすぎたか?

 インパクトがあり過ぎて可笑しな話になりません様に……


 そのまま、候爵の馬車に乗せられてお城までやってきた。

 当然の事、前回見た時と変わらず立派なお城となっている。


 今回は人とすれ違う事もなく応接間に通された。

 聞いてみれば、俺の謁見で貴族が集まってきていたからだとか。

 人は大勢居るが、ここの通路は客用だから居ないのが普通らしい。

 待っていると謁見の時と違い普通のさっぱりした正装で、国王やその息子たちと宰相が現れた。


 一度立ち上がり、片膝をついて頭を下げる。


「構わぬ。公開された場ではないでな。そなたは恩人だ。

 こうした場でこれから頭を下げる必要は無い」

「ありがとうございます。ではその様に」


 立ち上がり、礼を告げると貫禄のある顔でゆっくりと「うむ」と頷く。

 俺が冗談で『うむ』とか言うのとは訳が違った。

 なるほど、これが『うむ』か。そういわせる程の力強さを持っている。流石国王。


 ここからが、本番だと俺は、ゆっくりと息を吐いて前を見据えた。


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