第51話実は仲良しだった人たち。

「お待ち下さい、姫様。なりませんぞ、今は来客中にございます」

「黙れ! 何が来客中だ。ライエルが来ているだけではないか!」

「いえ、来客はライエル様だけでは……」


 王城の一角、第一王子の私室の前で執事長を務める老人と華やかな妙齢の女性が声を張り上げていた。

 その部屋の中では額に手を当てる二人の王子。


「爺、よい。通せ」


 その言葉を待たずして扉は乱暴に開かれた。


「兄上、ライエル、私を締め出してこそこそと会談とは、二人揃って私を殺す算段でもしていたのか?」


 マクレーンから戻った彼女が、いの一番に伝えた言葉は、帰還を告げる言葉でも押しと通った謝罪でもなかった。

 座していた三人は各々違った反応を見せた。


「馬鹿を申すな。

 その件についてはお前が言い出したのだろう。

 お前がその様な発言をするから不穏な噂が流れるのだ」


 咎める視線を向けるが、勝気な彼女は一考する素振りすら見せない。

 ライエルと呼ばれた少年は少し安心した表情を見せつつも静かに首を横に振る。


「姉上、私は止めたではないですか。

 ブラックオーガなど常人が相手にできるものでは無いと……」

「ふん、どうだかな。

 いや、そんな事よりいつ挙兵をするのだ?

 マクレーンの問題は解決したぞ。約束通り、宣戦布告をして貰う」


 兄、ブレットと弟、ライエルは目を見開きお互いを見つめた。

 本当なのか? と言いた気に。

 一人、蚊帳の外で話に入れない男は視界の外に居つつも、当然の様に一礼するとアイリスに席を譲り使用人の様に壁の隅で気配を消した。


「嘘ではない。

 悔しいが、解決したのは私ではないがな。

 着いたはいいが、解決して二日も経っていてとんぼ返りするハメになった。

 とは言え約束は約束。直ちにグラヌス帝国へと宣戦布告を行って貰う」


 アイリスはマクレーンからの救援要請を受け、直ちに出兵を決め出陣した。

 だが到着してみれば街はお祭り騒ぎ、伯爵に現状を確認しすぐさま王都へと帰還した。


「はぁ、我が妹は言葉も正確に覚えていられないほど肩に力が入ってしまっているようだ。ライエルよ、もう一度約束を復唱して貰えないかな?」


 小馬鹿にした物言いにアイリスは強い苛立ちを見せるが、ライエルがそれを手で制した。


「要約しますと、帝国に勝てる兵力を見せて貰えないと間違っても宣戦布告など出来ない。と言う事でしたね」

「そうだ。強さを証明した兵力が何処にある」


 その言葉に覚えがあるのだろう。

 苛立ちは収まらなくとも納得はしている様子。


「なら、討伐したという『千の宴』やランスロットなるSランク冒険者を集めればいいだけの話だろう!」

「それをお前に頼み、お前は討伐を自らの兵で成し証明すると立ち上がったのではないのか?

 どうしたと言うのだ。最近、少しおかしいぞ。

 お前は確かに武官寄りだが、頭もそこまでは悪くはなかった筈だ」


 ブレットとライエルは少し困惑気味にアイリスの様子を伺う。

 本気で心配している顔を見た彼女は力を抜き、嘆くように言葉を発する。


「兄上たちは悔しくないのか、父上をあの様にされ十余年。

 終いには戴冠させるべきなどと囁かれる始末。

 私が幼い頃に見た父の背中は大きく偉大なものだった!」


 その切なさが乗り震える声は彼女の心の内を正確に表していた。


「何を馬鹿な事を!

 悔しいから戦力さえあれば叩きのめすと言っておるだろうがっ!

 本来であれば戦争など起こすべきではないっ!

 それでも俺は……俺は……」


 思いつめた表情で己の世界に入って行くブレット。

 それは傍から見てとても不安に駆られるものに見えた。


「二人とも、落ち着いてください。

 事を成すには冷静さは不可欠です。

 帝国には相応の罰を与えねばならないと思っているのは皆同じなのですから」

 

 取り成すライエルの言葉に二人とも気まずそうに視線を落としたが、気持ちは落ち着いた様だ。


「うむ。ライエルの言う通りだな。

 王位を継ぐ私がこの様に心を揺らしてはならぬ」

「すまない。

 私も二人が私を殺そうとしていると方々から囁かれ続けて少しおかしくなっていた様だ」


 ライエルはそんな二人の様子を見て話を続ける。


「そもそも、罰は武力から入る必要はありません。まずは徹底的に搾取しましょう」

「そ、その程度で許せる訳が無いだろう!」


 即座に反論をしたのはアイリスではなくブレットの方だった。

 アイリスもそれに深く頷く。


「ええ。当然です。ですが、搾取され続ければどうなりますか?」

「なるほど。まずは、と言っておったな。

 弱らせて叩くという事か。

 だが、搾取するにはこの一件の償いとせねばならぬ。

 償っている間の相手を叩くというのは……」

「そんな事を言ってられる程生易しい状況ではないだろう。

 ライエルの話、私は是非とも乗りたい。

 兄上、よく考えてくれ」


 ライエルの話の続きを待たずして、二人は熱く言葉を交わす。

 その二人を制止して再び諭すように言葉を続ける。


「二人とも、忘れてはいけない事を忘れてやしませんか?

 一番しなくてはいけない事を」


 ライエルは「漸くここに来た本題に入れます」と小さく溜息を吐いた。


「国の正常化か?」

「確かに、いつ内乱に発展してもおかしくはない程に民と国の心が割れているな」


 ライエルは「確かにそれも急務ですし言い方が悪かったですね、この件の話です」と言いなおして話を続ける。


「一番の目標は父上を元に戻す事です」

「「そんな事はわかっているっ!!」」


 激高する二人を手で制す。ライエルも知っている。

 二人のみならず、秘密を知っている公爵も手を尽くしていることを。

 ブレットなど、自らも書庫に籠もり、手がかりを探し続けている。

 アイリスは、それを知り自分ができる事をと帝国に対抗できる戦力を作ろうと私兵を育て続けた。

 子供の遊びの様な所からのスタートだったが、今では形になっている。


 それが出来れば苦労は無いと二人から怒鳴り声が出る。

 中々の剣幕であったが、それでもライエルは余裕の表情を浮かべた。


「分かっています。

 それでも、第一目標はそこです。諦めて良い話ではありません。

 ですが、誰かさんが金遣いが荒いので国庫も心許無い状況です。

 まずは搾取し、それを資金として父上を正常な状態に戻すことが先決でしょう。

 もっと湯水の様に資金が使えるのであれば出来る事はまだまだあります。

 私は仕返しをするよりも、本当の父上を見てみたいのです。

 それと、一つとても有力な情報を手にしました」


 目を見開き、ライエルを食い入る様に見つめるアイリス。

 ブレットは堪らずライエルの胸倉を掴みあげた。


「そ、それは何だ! 今すぐ言え!」


 それでは喋れないだろう、とアイリスが力づくで引き剥がす。

 ライエルは咳き込み、冷静さを失った兄を見て腰が引けた様子。

 これ以上引き伸ばしては、と話を続ける。


「帝国に送っていた草からの情報なのですが、とあるSランク冒険者がマジックアイテムに狂わされた者を元に戻す為に学院に通い、とうとうその方法を探し当てたと言うのです」


「「な、なんだとっ!?」」


 それは、国王陛下である父を元に戻せる可能性を過分に秘めていた。

 二人が詰め寄る事を理解していたライエルは言葉を発しながらも移動し、椅子の陰に隠れながら告げた。


「言いますから、暴力はダメですよ」

「良いからその者の名を早く言うのだ!」


「はい。その者は、ケンヤと言う名のSランク冒険者だそうです」

「……聞かぬ名だ。本当にSランクなのか?

 私が知らぬなど、飛び級したとかでなければありえないぞ。

 いや、ランスロットなる者がBランクからいきなりSランクになったそうだからありえぬ話ではないが……」


 アイリスは兵力を高める為に全力で動いていた。

 当然その中に冒険者も入る。

 いや、急ぎならば急ぎな程、兵力増強するには冒険者の手がいる。

 帝国を含め全てAランクからSランクまで事細かに調べていた彼女は訝しげにライエルを睨んだ。


「名を偽っているのでしょう。

 彼の報告に寄れば、彼は王国にそうですから。

 その人物は自国の民と言う事になります。

 となれば益々知らぬ名だという事に説明がつきませんからね。

 ただ、一つ悔いることは草に情報を与えなかった事ですね。

 しっかりとこの件を全て明かしていれば、もっと事細かに報告してくれたのでしょうが……」


 流石に、密偵に国の機密を教えて他国に潜ませる訳にはいかない。

 それをする方が問題だが、彼は今回ばかりはとそれを悔やむ。


「よい、この進展は素晴らしき事だ。絶対に探し出さねばならん。

 いや待て、それはもしや……ランスロットという者ではないか?」

「いえ、その人物はブラックオーガの討伐をしていたのでしょう?

 どう考えても時間が合いません」


 アイリスもその言葉に頷く。


「その手紙を受けて今すぐ帰れと折り返しの手紙を出しました。

 顔を知っている者が必要ですからね。

 数日中には到着するでしょうが、今以上の有用な情報があるかもわかりません。

 僕らは今出来る事をしましょう」

「出来る事か……では、明日の謁見でランスロットに訊ねてみるとしよう。

 強者同士は割りと繋がりを持っているものだからな」

「何!? 明日ここに来るのか!? ならば私も同席したいのだが」

「それは良いお話を聞けました。兄上、私も良いですよね?」


 そもそも私が許可を出すことではないのだが、と濁しながらも承諾する。


「出席しても当然問題は無いだろうが、変な事は申すなよ?

 献上品も一級品、しいてはマクレーンを救ったSランクなのだからな。

 これ以上試すような真似をしては、諸侯に要らぬ噂を立てられるかもしれん。

 特にアイリス! 本当に頼むぞ?」

「何故名指しなのだ……

 私とてそのくらい分かっている。兄上は無駄に心配性なのだ。

 この分だとライエルの方が王に向いているのではないか?」

「姉上……その様な物言いをしてしまうから……」

「わ、分かってるわよ! 良いじゃない! 家族の前くらい!」


 言葉遣いも忘れ、最近はめっきり見せなくなった素の顔を久々に見せた彼女に二人は咎めながらも頬を緩めた。

 そして、ふと視線が先ほどまで同席していた男へと向かう。

 彼らは、もう一人同席者が居たままに機密である事柄を相談してしまっていた事を今更ながらに理解した。


「「「あっ……」」」

「他言は致しません。

 ですが、陛下に何があったのでしょうか……」


 そこに居たのは、謁見を申し出た男に関して、事前に報告を入れようと訪れていた、ディケンズ侯爵だった。 

 彼は、ブレットかアイリスのどちらかが常に激昂しながら流れていく会話に入るには入れず、青い顔をして立っている事しか出来なかった。


「まあ、侯爵ならばよいか。最近のそなたの行いは忠臣と言えるものであるからな。だが、触れ回ったならば……判っておるな?」

「はい、勿論でございます。

 それと、お耳に入れておきたい話がございまして。

 丁度ランスロットなる人物の話なのですが……」


 ディケンズ侯爵は話し辛そうに言葉を窄ませる。


「随分と他人行儀名物言いだな、卿の推薦だったはずだが?」

「ちょっと待て兄上。

 そこまで関わりがあった上で侯爵の存在を忘れていたのか!?

 私を阿呆呼ばわりしておいて?」


「阿呆はどっちだ」とアイリスは先刻の言葉に憤りブレットを糾弾した。


「うるさい、黙れ!」

「一度は同じ席に着いた手前、耳が痛いですね……

 そもそも侯爵ともあろう者が、まるで使用人の様な行動を取るからいけないのです」


 不自然に叱責が自分に向いた事に驚愕しつつも、頭を下げて許しを請う侯爵。

 

「して、耳に入れたい事とは何なのだ?」

「はい。それは――――」


 彼、ランスロットが行った様々な行動を事細かに伝えていく。

 当然、帝国に居る間の事や、最新情報であるマクレーンの事は抜け落ちているが。


 彼の伝える言葉に保身の言葉はなく、己が知る全ての真実を語った。

 腕を潰され、足を切断されたと伝えた時、彼らは時間が止まったかの様に動きを止めた。


「では、卿はその様な危険な者を推薦したと申すか……」


 ブレットは何故その様な事をと少し咎める様な視線を送る。

 それを制する様にライエルが口を開く。


「……兄上、全体的に見ればその行いは善と言えます。

 自ら報酬もなく村を救い、オーガの討伐をしたのはもうこの短期間で二度目。

 道を整え流通をしやすくするなど、余程民の事を考えていると言えましょう。

 住処を燃やされて命まで狙われては平民とて牙を剥く事もありますよ。

 話を聞く以上、彼に過失があった様にも思えませんしね。

 まあ、それでも過激な者であるのは確かでしょうが……

 父上の為にも会わないという選択肢は取らない方が良いと思いますが?」

「ああ、面白そうな男だ。

 マクレーンで話を聞いた時から思っていたが、俄然、会いたくなった」


 ブレットを宥めるライエル。彼に興味を示すアイリス。

 弟の言葉に「そう言われればそうなのだがな……」と少し不安を見せるブレット。

 

「全て承知でございます。

 ですが能力を見るに、味方に付ければ国の利に成るのは必至。

 ですので事前にご承諾を預かりに参りました。

 一応、まだ本人には申請の段階だと伝えてあります」


 深く頭を下げた侯爵に「なるほど」とブレットは納得の意を示す。


「あっ、じゃあマクレーン行きの街道が整備されていたのも、その者の行いだったの?」

「ほう、侯爵の話ではアルールへの道を整えたのはその者という話だったな。

 なるほど、兵を挙げてマクレーンまで行ったにしては速すぎると思ったのだ。

 最初アイリスを見た時は引き返してきたとばかり思っていた」

「そうよ! その事を聞きたかったの!

 休憩を取って、戻ってみたら道が整備されていたのよ」

「いやいや、姉上、何を言っているのかわかりません。

 もう少し考えて喋っていただけないでしょうか?

 ふぅ、これだから姉上は……」


 掌を天に向け、溜息を吐いたライエル。

 額に青筋を立てたアイリスは透かさずボディーに一発入れた。


 その一撃は彼の腹を通して椅子の背にまで衝撃を伝え「かはっ」っと息を無理やり吐き出される声が響く。


 文官肌でランクの上げてないライエルは悶絶し、そのままテーブルの上に倒れた。

 驚愕し、心配そうに声を掛ける侯爵。それを気にも留めない二人が話を続ける。


「嘘じゃないのよ?

 目を離したら、見える範囲すべての舗装が終わっていたの。

 食事をしたとは言え携帯食料だし、一時間程度よ?」

「それほどに魔法を使える手勢を持っていると言う事か。

 だが、魔法を使ったとしてもその程度の時間で見える範囲全てなど、可能なのか?」


 彼は見える範囲と言うのはどの程度なのだ?

 と問うが、障害物は無い状態だという。

 益々話が合わない、と謎を深める。


「いえ、あの男なら可能でしょう。

 一人でやったと言われても不思議ではありません。

 先ほどお話したアルールまでの道の件も、商人の話だと二日以内には終わったはずだと言うことでした。

 先にお話して置くべきでした。

 申し訳ございません、ライエル様……」


 今はそっとしておいてとテーブルに身を伏せたまま少し手をパタリと降ろす。


「益々持って脅威的な相手であるな……

 卿はその者をどの様な男と見る」

「はっ、敵対しなければ割りと御しやすいと思われます。

 あの様に私を下して置きながら、今回の謁見の依頼で私に大きな対価を用意した事から見て、まったく話の通じない相手では無いかと。

 他には、平民の婚約者が数人居るらしいので色に溺れるタイプと言えるでしょうな。

 女性をあてがって置けば使い勝手が良くなるだろうと踏んでおります。

 ですが、己が不当だと思えば身分に構わず牙を剥く男でもあるので正当な対応をして置くべきでしょう。

 何があっても敵対だけは選んではなりませんぞ」


 侯爵のその姿は懇願そのもの。

 彼の悲壮感溢れる顔にブレットは少し顔を顰める。


「なるほどな。

 しかし何があっても、か。

 ……それほどに強いのか?」

「二日で王都が落ちるでしょうな。

 逆に味方に付ければ一日で皇都を落とせるでしょう」


「それほどか!」と声を上げるアイリス。

 ブレットとライエルは言葉半分に取っているのか「ほう」と息づく程度。

 それを見た侯爵は更に言葉を続ける。


「比喩でなく本当の事ですぞ。

 Aランクを手玉にとった事など序の口、現に王都の半分はあろう広さの草原が消失したのですから。

 実際に息子が目にしております。一瞬で数百の大魔法が降り注いだそうです。

 私は事後ですが、その現場も直に確認致しました。

 それから息子は引き篭もってしまうほどに未だに怯えている次第でして」


 必死に訴える侯爵の言葉に漸く信じるに値したと表情を変える二人。


「本当に気をつけて接しなければなりませんね」

「待て、そんな相手を私が対応せねばならんのか」

「次期国王なのだから仕方がないだろう。それとも私が篭絡を試みようか?」

「「止めろっ!(てください)」」


 ぐぬぬと睨みつけるが反論する気はないらしい。彼女はそっぽを向いていじけた。

 鏡を手に取り「ダメなのか?」と呟いている。

 金髪ストレートの長髪を手でさらさらと流しながら決め顔をして発言を待つ彼女。


「いや、アイリスは容姿には優れているぞ?」

「ええ、美しい女性と言えるでしょう」

「そうですな。これほどの女性は早々おりません」


 真剣な表情でアイリスに言葉をかける男三人。

 だが、彼女は自らアピールして置きながらもツンと不貞腐れた。


「どうしたいと言うのだ……もうはっきり言うぞ?

 お前がダメなのは外見じゃない。中身だ!」


 ドーンと指を差して言葉を突き刺したブレット。

 そそくさと壁際に移動するライエル。

「人それぞれ好みが違いますからな。アイリス様は大変魅力的な女性ですぞ」と訴えかける侯爵。


「もういい。こうなりゃ自棄だ。

 国の命運をかけてそいつとの恋愛ゲームってのをやってやろうじゃないか!

 はっはっは、勝てば総取り。

 負けても……まあ敵対しなければいいのだ。余裕余裕」


 口調を外向きに戻して、腹立たしげに彼女は立ち上がる。


「「や、やめろー(やめてください)」」


 驚愕して必至に制止するも、ドスドスと音を立てながら彼女は退室していった。


「こ、侯爵、これは問題ないと思うか!?

 卿だけなのだ。この中でその者を知っているのは」

「いえ、問題でしょう。勿論、上手く行く可能性も過分にありますが……

 それ以前に冒険者に姫を嫁がせるなど……いや、あれほどの強者なら……」

「何を仰っているのですか、二人とも。

 大問題です! 上手く行くはずがないでしょう! 

 姉上が嫁いでない理由を知らないのですか!

 アイリスを貰えば領地が滅びるなんて囁かれているのですよ!?

 現に国庫が心許無い理由の大半が姉上です!

 どうして止めなかったのですか!」

「ばかものー、何でも私にたよるなぁぁ」


 テーブルをバンバンと叩いたり、ビシッと指を差したり忙しい二人に困惑の視線を向けた侯爵は恐る恐る問いかけた。


「陛下にも私からお伝えしたいと思うのですが……」

「ああ、そうだな。ディケンズ侯爵にはもう全て打ち明けておくか。

 これは第一級の機密である。それを胸に置き、聞いて欲しい」


 侯爵はゴクリと息を呑む。


「今の父上は抜け殻なのだ……」

「はぁっ?」


 緊張していたからか、思わず礼を失する言葉が出た。

「失礼致しました」と謝罪を入れつつも言葉を続けた。


「流石に王太子殿下と言えど、それは不敬でありますぞ」

「違うのだ……そう言う次元の話では無くてだな……」


 自らの父を悪く言わねば成らぬ事に気落ちしたブレットを見たライエルが言葉を発した。


「まず一つに、今、王座に座っているのは兄上です。

 数年前から父上は後宮にて静養しております」

「そんな馬鹿な話がっ! ……っ!? 重ね重ね失礼を……」

「構いません。その気持ちは重々承知。

 先ほど聞いて居たとは思いますが、今から二十年前、帝国からマジックアイテムが贈られて来ました。

 友好の証としてここに飾られたマジックアイテムでしたが、それから6年の歳月が経ち、移動させる事になったのです。

 その時、父上と前宰相であるクルードが自信喪失常態になりました。

 いえ、そんな言葉では生ぬるいですね。自我の大半が消失しました。

 続いて宰相に着くはずだった、クルードの息子リゲルも自ら原因究明に動き被害にあってしまっています。

 そこからも原因究明に当らせた知に長けた者達が数人被害にあいました。

 複数人で調査に当らせたそこで、漸く原因が判明したのです。

 ですが、国王、宰相、次期宰相、それを補佐する者達すらも数名が職務を果せない状況となりました。

 ですが、そんな事は外には漏らせませんね?」


 ライエルは、侯爵と向かい合い真剣に問う。


「勿論です。

 そんなことが漏れた日には国の内外問わず、何が起こるか分かりません。

 ただでさえ、平民が貴族に発起する時代です」


 その答えに深く頷き、彼は言葉を続ける。


「そこで取った手段が失敗続きに寄る自閉症の様な症状と言う嘘です。

 その発表すらも恐る恐るでしたが、今の所、大きな反乱が起こる様な事には幸いなってません。

 その時から、顔を隠し王座に座り続けているのは兄上なのです。

 幸い、兄上は声真似が得意でしたから、気がついたものは居ないでしょうね……」


 ライエルは「もうめちゃくちゃですよ」と悲しげに目を伏せ言葉を続ける。

 侯爵は唖然としながらも「確かに、陛下はお顔を隠されるようになりましたが……」と事の大きさに理解が追いついておらず、呆然としている。


「宰相は事情の話せる公爵家から無理やり選び、当初はできる限り全ての謁見を拒否してきました。

 本来ならば、クルードやリゲルから学ぶはずだった兄上の授業も途中で途切れた為殆どが手探りで、比較的ハードルの低い経験の多い者の謁見しか受けないようにしていたのです。

 今回も侯爵が付添い人でなければ断っていたことでしょうね。

 それらにしたって、今まで通りに事を進めて貰うとしか言えない事ばかりでした。

 いえ、そうして時間を稼ぎその間に父上の事を、と動いていたら時間が経ってしまっていたというのが実情でしょうか……」


 口をぱっかり空けて視線をブレットへとずらした侯爵。


「……卿はどう思った。嘘に塗り固められた我らに失望したか?」


 悲しそうに目を伏せたブレットが問う。


「とんでも御座いません!

 その様な時に自らの復讐に心を燃やしていた自分が恥ずかしい……」

「そう言えば、卿は民衆の発起で家族を失っていたのだったな……

 それもこれも我らが不甲斐ないせいだ。

 許せ……」

「許すなどと……我ら貴族はあなた方を支え、守る為に在るのです。

 元凶は守ることが出来ていなかった我らの責任です」


 涙で頬を濡らす侯爵の言葉はブレットのみならず、ライエルの心にも衝撃を与えた。


「……もっと、周りを頼っても良かったのかもしれませんね」

「ああ。だが、まだ遅くはない。

 卿にまた立ち上がる気力を貰ったのだからな」

「ええ、遅いなどと言う事はありませんぞ。

 これからは私も全力でお力添えをさせて頂きます」


 男三人がホロリと涙を流す異様な光景だが、その表情は晴れやかなものだ。

 だが、その一人であるライエルの表情が僅かに陰る。


「姉上の事、どうしましょう……」


 その後、彼らの対策会議は深夜まで続いた。

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