第36話こんな面子で親睦会が成立する筈なかった。

 今日は皇都魔法学院の入学式。

 何て素晴らしき日だろうか。

 まるで昨日まで暗闇の中に居たかの様だ。世界が色づいて見える。

 俺とユミルは魔法学院に向かって歩いている。


「ランスさ……じゃなかった。えっとケンヤさんって呼べば良いんですよね?」

「ああ。もうそれもどっちでも良くなって来てるけど」


 小首をかしげる彼女に事情説明をした。

 魔法の教えを請うのにその人より魔法の強さが上だと、教える必要無いと思われちゃうだろうと。


「でも実際必要ないですよね? あれだけ魔法使える人って他にいないんじゃないですか?」


 と真剣に問われて返す言葉に迷ったが、知識の方は絶対に必要である。

 何となく使えると理解して使えるは、事が応用になってくると全く別物となる。

 そして、今回の目的は精神魔法の副作用の除去という事であるからして、応用がまず必要になってくるだろうからだ。

 どちらにしても、どうしてこんなに苦しめられたのか、知りたいとも思う。


「あれ? じゃあ、何で呼び方はどうでも良いんですか?」

「うん、それはね。学院長や、そのほかの先生方に魔法をガッツリ見せてしまったからなのだよ」

「えぇぇ……」

「ち、違うよ? ちゃんと事情があってね――――」


 可哀そうな子を見る目で見られ始めて必死に弁解すべく、ファルケルのいちゃもんから、エミリーの凶行まで全て話した。

 学院長メイベルの企みは伏せた。


「な、何でそんな事に……ケンヤさんじゃなかったら、死んでますよね? 私、大丈夫かな……」

「大丈夫、ずっと一緒だよ。離れないで、ユミルは俺が守るから」


 マジで、エミリー辺りが癇癪起こすと本当にそうなる可能性がある。

 常に『シールド』『マジックシールド』を掛けておくとして、押さえつけられたりした時用にユミルも一応レベル上げさせようか。

 少しでも命の危険ってやつを無くさなければ。


「……えっと、すっごく嬉しいんですけど、学院に今日から通うんですよね?」

「うん。一緒に行こう?」

「試験があるんじゃないんですか?」

「とりあえず、学院長の所へ話を聞きに行こう」


 多分、使用人制度があるはず。

 問題は俺がそれを使えるかは分からないという所だが。

 最悪はSランク冒険者だからと言う理由でごり押しできないかと尋ねるつもりだ。


 全て無理だったとしても、チートパワーで乗り越えてやる。

 ここはちょっとかっこつけておくか。


「全て任せておけ。俺が何とかする」

「はいっ、ケンヤさんっ」


 彼女は呼び方が変わったからか、馴染ませようと何度も何度も俺の名前を呟いている。何だよこの可愛い生き物は。

 自分の名前を小声で連呼する美少女の破壊力がこれほどとは思わなかった。

 不健康さが成りを潜めて、急激に魅力的になったな。

 それになんと言っても一番の魅力は全力でイチャついてきてくれる所だ。最高すぎる。


 ここはなんとしてもユミルの入学を勝ち取らなければ。 

 そう思って学院長との話し合いに臨んだのだが。


「無理ですわ。流石にそれは出来ません」


 この返答ははSランク冒険者や金銭的な提示をしてなおのものだった。


「それは、どうしてでしょう?」


 使用人制度などは無かった。使用人を連れてきたいのであれば、魔法を使えるものをつれて来いというやり方らしい。

 授業から何から魔法が使えないと何も出来ない浮いた存在になってしまう為、最低限魔法が一つでも使えないと入学を拒否する。という決まりがあるそうだ。


「よし。ユミル、今すぐ魔法を覚えるぞ」

「「い、今ですか!?」」

「ええ、一応今日は見学という事で許可を下さい。どうせ入学式と学院内のルール説明程度でしょう?」

「ええ、それなら問題はありません。ご家族の方という区分で許可を出しましょう。で、ですが、魔法を覚えさせるというのは、一日では不可能かと……」


 学院長は断言と言っていい程に言い切った。

 先ほどユミルが問いかけられて、自ら一切使えないと答えていたからだ。


「どうでしょう。多分できると思うんだけどなぁ……まあ、数日掛かっても俺も一緒にサボるだけなので問題はないですよ」

「そ、そう、ですか……数日で出来る様になるものでもないのですが、できれば申請して休んでくださいね? 修行といった区分でも休みは取れますから」 


 王都でもそうだったけど、休みに対して緩いな。

 いや、義務じゃないのだし当然か。


「ですが、カミノ様が今話題のSランク冒険者様だとは考えもしませんでしたわ。まさか、王国が手放すとは思えませんでしたので」


 彼女には正直に打ち明けた。

 と言うか、ユミルを入学させるためにごり押ししようと明かしたのだが無理だっただけ、とも言えるのだが。


「いや、俺はどこかの国に属しているって意識が余り無いですからね。言うならば、彼女達が居る場所が俺の帰る場所なんです」


 こう言っておけば、用が終わったら王国に帰るという事に気がつくだろう。


「あらぁ、彼女達にはエミリーも入っていると思って良いのよね? ほら、エミリーもお礼を言いなさい」

「帰る……場所……ならうちに住めば良い」


 あれ? おい、何で返答を待たずに話を先に進めるんだよ。

 ユミルさんの眉毛がピクピクいってるじゃねぇか!


「その件に関してはこの前しっかりとお答えしたはずです。

 今は新たに誰かと良い仲になるつもりは無いです。

 マジックアイテムのせいで憎まれてしまった彼女を元に戻すまでは……」

「あら、原因はマジックアイテムでしたのね。精神魔法によるものかと思っておりました。もしかしたら、そのアイテムを破壊する事で解決するかも知れませんわ」


 え? いや、壊れた事で発動したのだけど……と言うか普通に返答が帰って来たけどマジックアイテムが悪さする事は結構あるのかな?

 と、疑問に思った事を早口で並べ立てた。


「……なるほど。壊れて発動ですか。

 それは難しいですね。

 そういった話は聞いた事がありません。

 ただ、図書館にそういった道具が記載された本もあるはずです。

 そこら辺から糸口を探すのが宜しいかと」

「貴重な情報、ありがとうございます。大変参考になりました」


 勿論調べようとは思っていたが、前もって実際にあると知れたのはありがたい。

 これはいろんな人に聞いて回れば、結構直ぐに治療法が見つかるのではないだろうか。


「じゃあ、ユミル、魔法を覚えようか」

「ふぇっ!? そんな藪から棒に……出来ませんよ? ケンヤさんじゃないんですから」


 そんな彼女にミスリルからアクセサリーのリングを作り、無詠唱を付与した指輪を嵌めた。よく考えたら宝石が無かった。後で買って作り直そう。


「い、今、何をなさったの?」

「ああ、学院長にも先ほどの情報のお礼に差し上げましょう」


 と、目の前で違う形のアクセサリーを作り、無詠唱を付与した。

 何個もつくってばら撒こうと思っていたので丁度良い。

 ついでにとエミリーにも作ってやる。


「『無詠唱』を付与しておいたので、後で試して慣らしておくと良いですよ。慣らさないと咄嗟に使う時にタイムラグが出来るので」

「……何を仰っているのか……それが事実だとして、あの情報の対価として貰う訳にも……」

「私は、貰う。どっちにしても私はもう貴方にあげたから、貰っても問題ない」


 そのエミリーの言葉にメイベルが結納品とか意味が分からない事を言い出したので、しっかり違うと否定しておいた。


「さて、ユミル。俺が来る途中に見せた魔法でどれが一番はっきり思い出せそう?」

「一番多く使った、雷のですね」

「いいね。弱い魔法だし、俺に使ってみようか。魔法名は『ライトニングボルト』だ。あれが自分の指から出るイメージで魔法名を言ってみてくれ」

「『ライトニングボルト』!」


 彼女は真剣な表情で言った通りにしたようだが、魔法は発動しなかった。


「よし、良いぞ。次はこれをつけて魔力を動かすイメージも覚えようか」


 と、彼女に渡したのは、俺が常用しているチートアクセのブレスレットだ。これ一つでつけれる付与のほぼ全てがぶっつまって居る。

 飾り気無しの実用100%仕様なので、ワイヤーの様に小さな糸が捩れてわっかを作っている。


「うあっ、これ、すごっ!!」


 そう、これは装着しただけで効果を自覚してしまう程にチートなアイテムなのだ。

 

 ユミル専用の可愛いやつをあとで作ってやるからな。今はそれで我慢してくれと伝えつつ、付与で覚える魔力消費のあるスキルを使わせる。

 俺が最初に魔法やスキルを使った時も、バッシブスキルのオンオフで感覚を確かめた。

 自分で使えるし、多分これが一番分かりやすい筈だ。


「『音消し』~~~?~~~!?~~~!!」


 口をパクパクさせたユミルがどんどん涙目になっていく。

 止め方が分からず、パニックを起こしている。

 大丈夫、大丈夫だから。


「『ディスペル』ほれ、大丈夫だって。もう一度使って今度は『音消し』を切ると意識するんだ。ちゃんと魔力が減ったり減りが止まったりを意識するようにな?」


 何度か首をかしげて使ったり切ったりを繰り返すユミル。

 まだ少し首をかしげながらも、多分そうだと思える感じを掴んだ様だ。


「じゃあ、それを同じように消費するつもりでさっきのイメージで魔法を俺に向かって使ってごらん」

「『ライトニングボルト』うわっ!?」


 バチバチっと小さな電撃が胸に突き刺さる。

 唖然とした学院長が「そんな馬鹿な」と先ほどあげた無詠唱アクセに目を向けながら呟く。


 そんな最中、俺は違う事に意識が取られていた。

 『マジックシールド』はつけてない。装備もアクセ外したから何一つつけていない。だが、音はしたのに当った感触が無かった。

 ノーダメージだった。魔法なのに……

 ゲームであれば魔法ダメージがゼロと言うのはあり得ないのだが……

 これもゲームとの差異という事か?

 少し唖然としてしまったが、気を取り直してユミルに声を掛けた。


「おめでとう。これでユミルも魔法使いだ」

「……これって、魔法使いになった事になるんでしょうか?」

「え、ええ。装備でのブーストは高位になればなるほど、誰もがすることです……

 それ込みでも使えることになるのですが……こんな事は始めてです。

 本当に初心者なのですか?

 ものの数分など、創作物の英雄譚ですら見た事ありませんよ」

「あ、あはは……まあ、うちの子は天才という事にして置いてください」

「そうですか……無理に聞くのは止めましょう。

 いずれ押し教えてくれると嬉しいわ。

 何にせよ、魔法の確認は出来たのですから、入学を許可します……

 ちなみに、どの程度の知識がありますか?

 いえ、無詠唱で扱えれば問答無用で合格ですので、興味本位になりますが……」


 と、学院長がユミルに質問を投げかけている間、俺は何故かエミリーに絡まれていた。


「んっ~~!! ん~んっ!?」


 何故か彼女、エミリー・グランは俺の前だと幼児退行してしまう。

 十代半ばだというのに、何も分かっていない風にされると、エッチな事しても分からないんじゃないかと勘違いしてしまうから止めて欲しい。

 俺が行動に移してしまう前に。


 駄々を捏ねていた彼女の目的は、どうやらあのアクセらしい。

 流石にあれはあげられないな。

 と断るが、試しに着けるだけでも良いと食い下がった。 

 話を聞いていくと、『音消し』を使いたいのだそうだ。

 『隠密』は使えるらしい。その複合効果は確かに凄い。

 一度使って感覚を知りたいのだと言う。


 別にたいした物でもないしな。悪用さえしなければ作ってやってもいいか。


 ちゃんと言う事を聞くなら作ってやると約束を交わしてから作ってあげた。

 『音消し』三つと『隠密』三つ付与したワイヤー仕様ブレスレット。

 メイベル学院長は必死に人に言ってはダメだと彼女に言い聞かせていた。

 俺もそれを忘れていたので、ユミルにしっかりと言いつけておく。

 まあ、プラス三レベル程度の代物だから、凄いけどそれがあるだけでマスターした言うほどでもない。


「そうだ。図書館の禁書区域も『隠密』使えば一緒に居られるな」

「いけません! 管理者の前で何を言っているのですか。それに、三級区域ならまだしも、二級からはスキル対策もなされてますからね。危険な行為はしないで下さい」


 おおう、怒られてしまった。

 だが、聞いておいて良かった。

 流石に即死トラップは無いだろうけど。

 書物を取りに行く間も一緒に居たいからと無理してユミルに怪我させたんじゃ阿呆過ぎる。

 っと、そろそろ入学式行かないと間に合わないな。

 学院長も挨拶とかあるんじゃないのか?


「いえ、もう始まっていますよ? ほら……」


 え? 時間的にまだじゃないの、と驚いて指を向けた方に視線を向けた。

 すると、校門周辺に人が集まり、その輪を学生服を着たものたちが通り抜けている光景が見えた。


「あの様に、合格した者が、父兄が見守る中、学院の敷居を跨ぐ事が当学院の入学式になります」


 聞いて居た時間はその後に教室で今後の説明を始める時間だそうだ。

 学院長が生徒一同に言葉を投げかけるのは、もう少し先になるらしい。


「へぇ、じゃあ俺には必要ないな。このままエミリーに今後の説明して貰って今日は終りで良いのかな?」

「うん。構わない。このまま一緒にうちに帰る」


 ちょっとどうなってるのとメイベルさんに視線を向ける。


「それは貴方が甘やかした結果でしょうね。

 責任は自分でお取りになって下さいな。

 でも祖母として、傷つく様は見たくないですわね。

 まあ、約束ですので、そうなっても責めるつもりはございませんが」


 ……要するに受けれろと。

 断るっつってんだろうが!

 と言うか、甘やかしてきたのはあんただろうがっ!


「今日は用事があるんだ。リーンベルトたちと約束してる。だから別々の方が良いと思うんだ」

「あら、殿下とですか……エミリーも久々に殿下と会いたがっていたわよね。丁度良い機会じゃないかしら?」

「うん。挨拶行くつもりだった。付いてく。殿下とは幼馴染で仲良し」


 エミリー近づけない方が良いよと言外に告げたつもりが、全く意に介される事はなかった。

 仕方が無い。別に困る事は無いし連れて行くか。


「そう言う事なら一緒に行こうか。俺はメインじゃないから途中で抜けてもいいしな」

「抜けたらうちに帰れば良い」


 そう。彼らにとってのメインはユークディアと爆発娘だ。

 エミリーの押しの強さに少し所在無さ気にしているユミル。


「だから、今はその気は無いと言っているだろ」

「んっ~~!!」

「駄々こねんな。ほれ、行くぞ」


 頭を撫でて落ち着けつつ、二人を連れて教室の方へと移動する。

 エミリーに俺たちのクラスの場所に案内して貰って教室の戸を開けた。

 

 中を覗き込むと、早くもいくつかのグループが出来ていた。

 殿下グループ、ディアグループ、他にもぽつぽつと数人で固まっている。

 席は自由らしいので、ユミルを連れて殿下の近くに腰を落ち着けた。


「おっす。昨日、話はつけておいたからな。最初は断るって言ってたけど、何故か最後に顔合わせ程度ならいいと了承貰った」

「ほ、本当ですか!?」

「やるじゃねぇか。じゃあ、取りあえず約束をしっかり取り付けに行こうぜ」


 と、二人が立ち上がると案内してくれと頼まれる。

 いやいや、話つけてあって同じ教室に居るんだから、行けばいいじゃん。

 と言うか、ユミルの前で変態扱いされたくないんだけど……

 と、思っていたら、彼女達がこちらに気がついて歩いてきた。


「お初にお目にかかります殿下。私、オリヴァー辺境伯爵家、嫡子ユークディアと申します。このたびはお誘いをして頂きまして、真に有難うございます」

「はい。方々から女性の身でありながら嫡子とされるほどの才女と伺っております。今日はゆっくりとお話をさせて頂ければ私も嬉しく思います」


 リーンベルトが隣の爆発娘に視線を向ける。

 だが、そのまま言葉が始まらないままに時間が流れる。リーンベルトがどうして良いか分からずに困惑した表情となった。 

 エミリーがムッとした表情で前に出る。


「おい、どこの誰だかは知らないが、殿下に挨拶も無しとは無礼にも程があるぞ」

「ハッ……殿下って、ただの操り人形でしょ? って言うかあんた誰?」

「私はこの教室の講師を担当する事になった、エミリー・グランだ。ああ、『エクスプロージョン』を使った小娘か。試験で少し目立った程度で調子に乗ってしまったか」


 おっと、子供同士の喧嘩が始まってしまった。


「おい、ディア、止めてくれないのか?」

「あ、うん。止めるけど、近づかないで」

「あ、そう……」


 ……帰って良いかな。

 この一言でこの面倒な奴らを諌める気概が全部消失した。

 もう好きにすれば良いさ。


「講師? 私より弱そうなのに?」

「ほら、止めなさいってば」


 短い杖を腰から抜いた爆発娘は、ディアに脇のしたから抱えられて人形の様に抱っこされた。


「殿下を愚弄した罪、償ってもらおう」

「エミリーさん、ダメですよ」


 リーンベルトは突剣を抜けない様に手を押さえ、エミリーに圧力のある笑みを向けた。


「ですが、この者は殿下への挨拶をしなかったばかりか、操り人形などと愚弄したのですよ。これはお優しい殿下でもご理解して頂ける筈です。規律の為にも許してはならない事だと」

「今、私はそう思われて当然な立ち位置に居るのです。もう一度言います。彼女達は敵ではありません。収めてくださいますね?」


 昨日の可愛い小動物というイメージから打って変わってちょっとアクティブな幼いイケメン王子様に見える。

 そんな王子の活躍を嬉しそうに見ていたガイールが前に出た。

 いや、遅いよ?


「まあ、今日は初顔合わせだ。

 上手くいかない事もあるだろうが、それでもこれからはクラスメイト。

 家のしがらみはあるだろうが、せめて学院内では仲良くやって行こうぜ」


 と、イケメンスマイルを決めてニカッと笑った。


「そうね。家のしがらみから外れる事に関してなら、仲良くするのはやぶさかではないわね」

「ディアちゃん、離してよ。このままじゃ威厳がなくなっちゃうでしょ!」


 爆発娘の抵抗虚しく、当然の様に抱っこしたままの状態が続いた。

 抗議の言葉を無視したディアは良い仕事をしたと思う。


 それから、エミリーが教卓の前に立ち、今後の事を生徒達に説明した。


「私がこの教室の講師を担当する、エミリー・グランよ。

 年は若いけれど、学院はもう三年前に卒業して講師も三年目になるわ。

 だから安心して頂戴。

 それじゃ、今後の説明に移らせてもらうのだけど――――」


 思いの他、立ち振る舞いが様になっていた。

 思わず『誰だよ』と呟きたくなるほどだった。

 彼女との出会いがここだったら信頼出来そうな人だと勘違いした事だろう。

 手短に終わらせたようで、話は十分程度で終わった。


「んじゃ、面倒な事も終わったところで、親睦会に移ろうじゃないか」

 上手く話を纏めたガイールが寮の部屋に案内して、昨日の様に飲み会がスタートした。


 だが、とても冷え切った空気が流れていた。


 エミリーと爆発娘がにらみ合い、ディア、ユミル、ファルケル、俺は居辛い空気を放っている。

 リーンベルトは、必死に無理して笑顔を振りまいています、と言う顔をしている。

 ガイールも先ほどまで同じ顔をしていたようだが、もう限界らしい。


「お、おい、ケンヤ、場を盛り上げてくれよ」

「悪いが、俺は今、求心力を失っているから、逆効果になる事だろうな……

 と言うかそろそろ抜けていい?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。この状態で抜けるんですか?」

「おい、凄い空気が悪いんだが、何で俺呼ばれたんだ?」


 そろそろ抜けてユミルと図書館デートでもしたいんだが……

 ファルケルも災難だな。無理やり参加させられてこの空気だもんな。

 こんな所いつまでも居たくはないと、帰る為に策を弄する事にした。


「分かったよ。じゃあ、エミリーを帰らせるよ」

「だ、大丈夫か? そんな事言ったら怒り出すんじゃないか? ここはほら、もっと違う方向で」

「大丈夫だ。そこは俺に任せておけ」


 ガイールがそれは宜しくないと柔らかく否定しようとするが、その前に俺は口を開いていた。こんな場所に居たくないのだ。


「おい、エミリー、ここを出るぞ」

「うん、帰る」


 何の抵抗もなかった。


 俺たち三人は立ち上がりそそくさと寮を出た。

 そのとき、全員の視線を独り占めにしていたのは言うまでもない。


 きっと、この後もあそこは空気が悪いままだろう。

「なぁ、何でケンヤはエミリー先生を呼び捨てなんだ?」

 と、場の空気を完全に無視したファルケルがディアや爆発娘に向かってそう問いかけている声が部屋を出た瞬間に聞こえてきていた。


「後でファルケル君に教えてあげないといけませんね。

 何故私が呼び捨てで、呼ばれているのかを」

「止めろ……恥を振りまくな」

「そうですよ。捕まってしまいますよ?」

「……っ! 何故お前が知っている。弟子」


 ユミルの事をギラリと睨みつけるエミリー。

 お前の中で弟子って位置づけで落ち着いたのね……これは訂正しておかなきゃな。


「知ってて当然だろ。ユミルは俺の彼女なんだから」

「~~っ!! 私はっ!?」

「犯罪者?」

「ん~~っ!! 私も彼女にしてっ!!」

「いや、そう言うのって脅してなるようなもんじゃないから……」

「そうです。私のほうが先なんですから、せめて順番は守ってください」

「え? 順番とかそう言う問題!?」

「分かった、順番守る。だから彼女にしてっ!!」


 何故かユミルまでがおかしな事を言い出した。

 だが、ユミルがこう言ってしまうのはハーレムを強要した俺が原因かも知れない。

 全く、今はユミルだけが彼女で十分だというのに。

 うん? そういえば……

 よく考えたら、何故他の女を除外しようとしてるんだ?

 確かにミラたちを元に戻す事を優先したい。

 だが、元々ハーレムなんだし、縛られる必要は無いんじゃないか?

 エミリーも自制が出来る様になればありかもしれん。

 ちょっと、どのくらい本気なんか聞いてみるか。


「どうして、彼女にして欲しいんだ? こうやって一緒に行動してるだけじゃダメなのか?」

「お婆様、泣かせちゃったから……安心させたい。

 迷惑かけてばかりだから……

 それに、我慢出来る様になる方法教えてくれるって言った。

 それ私に一番必要なもの。

 血が上ると抑えが効かなくなるの、どうにも出来ない

 あと、私の事……分か……くれ……ら……」


 ああ、そっちか。

 そりゃそうだ。好きになる要素なんて無かったもんな。


「分かったよ。安心させる為にで良いんだな?」

「うん。だから一緒に帰る」

「いや、住む場所は別々な。メイベルさんを安心させる為に、俺の彼女になるってだけだろ?」

「でも、それだと我慢する方法が教えてもらえない」

「いや、そんな明確なもんは無いよ。ある程度の自由を許す事で自分も相手も無理なく許せって事くらいだ」

「私の様に、何年か過ごせば直ると思いますよ」


 様子を伺っていたユミルがエミリーへと再び話しかけた。

 きっと、溶け込もうと努力しているのだろう。

 ユミルにとって知らない土地で知らない人たちの輪にいきなり入ったのだ。

「どんな風に?」そう問いかけるエミリーにユミルは今まで見せた事のなかった、暗い笑みを浮かべた。


「まずは、ゆるーく首を布で絞めて微妙に苦しくなる所で止めます。

 それから、体を地面に縛り付けます。

 麻痺毒で動けなくさせても良いでしょう。

 人に頼まない限り、食事も、着替えも、トイレも行けない状態です。

 当然排泄物もそのまま出すしかありません。

 我慢してても体を壊しては余計迷惑をかけてしまいますからね。

 羞恥心も匂いもどうにも出来ません。

 永遠と我慢です。ずっとです。

 するしかないんです。無理やりに慣らされます。

 そうすれば、我慢を覚えます。嫌でも……

 私はそんな生活を10年近く送って、ケンヤさんのお陰で元気になりました。

 漸く幸せを謳歌できるのです。

 もし過去の私に少しでも同情してくれるなら、お願いします。

 もう少し、もう少し、私が独占したいんですぅっ!」


 あれ? 最後の最後で風向きが変わった。

 いや、俺にとっては最高に可愛いから良いんだけど。


「……そのやり方だとお婆様に迷惑かける。ケンヤ、やってくれる?」

「嫌だよ。そんな事するくらいなら、ずっと一緒に居て暴走しないように見てる方がまだ楽だ」

「ならそれで良い」


 どうやら、堂々巡りのようだ。

 そろそろ禁書区域に入るが、お目当ての本はあるだろうか。

 俺は二人にやる事を与えてから、マジックアイテムが記された本を探した。

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