第34話弟君とお姉さん。

 コツコツと音を響かせて通路を歩く。

 今、念願だった図書館に足を踏み入れている。

 魔法学院校舎と隣接するように建てられた建造物。

 白く塔といえる形状をした建物の内部、感想を一言で言うのであれば、本の世界。

 ひたすら見せ付けるように陳列した本棚。

 机や椅子、梯子であったり、色々なものがあるが、本のために存在している。


 そこで今、三級禁書区域の棚を物色中だ。

 早くもこんな所に入り込めるとはなぁ。

 これならここに情報があるのかないのか、それを知れる日はもう直ぐそこだ。

 何も手がかりが無かった時を考えると怖いが、さくっとここまで来れたのは大きな成果といえる。

 その根源となった出来事を思い返しつつも、一つの本『ある日突然想いが反転、明日から私どうしたらいいの?』を手にした。

 タイトルが俺の気持ちを代弁してくれて居るようだ。読み進めれば、きっと今俺が居る場所よりも、先を示している事だろう。

 受付に持って行き、貸し出しカードに名前を書いて読書ブースへと移動した。

 腰を落ち着けると、やはり何度考えても納得がいかない昨日の件が自然と頭を過ぎる。


 何度考えてもおかしいよな。

 流石は貴族だよ。殺人未遂かましてきた娘を押し付けてくるとは。

 何とか学校内での専属講師という事ならと言う話で纏めたが……

 被害者である俺が何故要望を受ける立場にいるのだろうか。

 話が終わるまで気がつかなかった俺は馬鹿なのだろうか……

 学院長の話術が凄いのだろうか……


 いや、前者だな。だって普通におかしいもの。

 話を要約すると『私の孫娘は直情型で将来心配なの。でも貴方なら安心だわ、是非貰って頂戴』という事だった。

 これが、普通に家にお呼ばれしてとかなら良いんだ。

 勘違いとはいえ、殺そうとしてきた直後なんだよ。

 彼女は素直だから弄ってて楽しくてからかっちゃった俺も俺だけど。


 ミラたちの事が無かったら素直に喜べたかも知れないが……


 メイベルさんには悪いが、他の子達と殺し合いしそうな奴を入れたり出来ない。

 その前に、皆が元に戻ってくれれば、人数はもう十分なんだよ。

 ラノベやアニメのハーレム定員は基本5人前後だし。

 しかも全員めっちゃ可愛いし。

 今はユミル以外の全員にめっちゃ憎まれてるけど……

 特にミレイちゃんとユーカ……

 ああ、ダメだ思い出すと鬱になる。


 ……そうだ。一刻も早く解決策を探して帰らねば。

 折角、学院長の計らいで入学前から図書館の禁書を読む許可出して貰ってるんだし、鬱になっている場合じゃねぇ。

 仮に今、解決策を見つけられれば学院なんて通わなくても王都に戻れるんだし。


 時間掛かりそうだし、ユミルだけこっちに連れて来てしまおうか。

 正直寂しいし。

 うん、名案かも。

 ユーカがめっちゃ切れそうだけど……

 それで何故かミレイちゃんも一緒になってクズだのカスだの言ってきて……

 ミラには気持ち悪いとか言われて……

 ああ、涙が出てきた……

 勝手に出てきて、読書の邪魔するなよ。

 早く調べないと余計に出てきちゃう……


 俺は『ある日突然想いが反転、明日から私どうしたらいいの?』を読み進めた。

 それはもう凄い勢いでだ。速読はそこまで得意ではないが、それでも今までの自分からしたら凄い速度で読んでいる。

 そして、パタリと本を閉じた。

「ふぅっ」と息をついて目頭を指で摘んだ。


 はっきり言おう。クソだった。

 いや、参考書としてじゃない。そんな役割一つも果たしていない。

 それ以前にクソだった。


『私、皆に恋しちゃったかも知れない』から『魔法のせいだから仕方ないの』と進み『私達の恋は本物よ』で終わった。


 はぁ???

 反転どこ行ったよ!

 何故、禁書扱いなんだよ!

 ふざけんなし!!!


 ただのラブコメだった。それも自己中女の妄想を垂れ流し続ける作品だった。

 ああ、女が男向けハーレムものを見るとこんな気持ちになるのだろうか……

 いや、それ以前に酷かったな。 


「あの、大丈夫ですか?」

「うん、だって涙は心の汗だもの……っ!? だ、誰っ!?」


 うはっ、自分の世界入りすぎてて気がつかなかった。

 直ぐ目の前には、ハンカチを差し出した女性が目に涙を溜めて笑っていた。


「えっと、変な事を言ってすみません。貴方こそ大丈夫ですか?」

「うふっ、うふふふふ、す、すみません。返答が予想外過ぎてツボに入りました……」


 深呼吸をして落ち着くのに失敗をしてまた笑い出す。

 名も知らぬ儚げな少女はコロコロと表情を変える。

 異性に声を掛けられて、心がふわふわしてくるが、ピョンピョンしてる場合じゃない。

 折角ここまで来たんだ。全力で調べなくては……


「図書室はお静かに」

「って、貴方がそれを言いますか……もうっ」


 そう言って彼女は目の端の涙をハンカチで拭う。

 ああ、泣いている理由そっちか。


「ああ、笑い過ぎて出た涙でしたか」

「え? あ、最初は共感覚って奴だったんですけどね。私、人の感情に引き釣られ易くて……」


 同士を発見。

 ホントは話を切って次の本に行く予定だったが、興味が湧いて言葉を返していた。


「おお、実はそれ自分もなんです。結構厄介ですよね。無駄に良い人だと勘違いされるし、無駄に感情を揺さぶられて疲れるし」

「そ、そう! それです!」

「図書室はお静かに」

「えっ!? 乗せておいて!?」


 人は見かけによらないな。外見は病弱で高貴な銀髪縦ロールのお姫様だってのに、何か普通の女の子っぽい。

 病弱お姫様とか大好物ですけど。

 いや、だからこそ設定通り病弱っぽくやれよと言いたい。

 たとえ理不尽でも全力で言いたい。

 折角、そんな外見なんだから普通の女の子っぽくしちゃったら勿体無いだろ?

 などと、バレたらかなりキモがられそうな妄想をしていると、彼女が本の方に視線を向けた。


「その、お読みになっている本って、禁書指定ですよね?」


 禁書指定とはR18指定の様なものだ。

 いや、エロは関係ないんだけど。

 危険だから資格が無い人は見てはいけませんという指定が掛かった本である。

 当然、メイベルさんに権限を貰って閲覧しているので何の問題も無い。


「そうですね。ですので、お見せする事は出来ません」

「あら、私も権限持っていますよ?」


 そう言って彼女が差し出したのは、一級禁書庫閲覧権限だった。

 俺が貰ったのは三級。メイベルさんの閲覧権限ですら二級だ。

 脳内アラートが警報を鳴らす。

 この子は権力者の娘だと。


 面倒事の種をぎっしりと敷き詰めた存在、言うなればタンポポちゃんだ。

 自ら動き風に当たりにいく自立軌道型タンポポちゃんだ。

 種を飛ばしたいのは俺の方だってのに……

 おっと、思考が少し逸れたな。

 と言っても、もう答えは出ている。


 俺に出来る事なんて一つだけだ。


「……見るなら、手続きを踏んでください。私はそろそろ帰る時間なので」

「これを見せたらそんな態度に出るなんて、まさか貴方……」


 彼女は少しワクワクした顔で疑いの目を向ける。

 そんな目を向けられても、この国の人間ではない。

 次に続く言葉は絶対に間違ったものになるだろう。

 だから俺は余裕な表情で先回りをし、告げる。


「ふっ、何を言うつもりかは分かりませんが、それだけはありえませんよ。とだけ行っておきましょう」

「権力者が怖い小悪党ね?」

「ぶっ!? 完全に見抜かれただとぉっ!!」

「図書室ですよ。お静かに。ふっ、ふふ……あは、あははは」


 見抜かれて、先ほどの仕返しをされて、最後に笑いものにされた。

 もう俺には顔を両手で隠して机に突っ伏すくらいしか出切る事がなかった。

 だって、ここで帰ったら、怪しさ限界突破だし。何か悔しいし。

 と思っていたのだが……


「それで? 帰るんじゃなかったんですか?」


 と、彼女の方から俺に帰るチャンスをくれた。

 これなら怪しくないし、してやったりだし、何の問題も無い。


「あっ、帰りマース! おつかれっしたぁ~」

「えっ? ちょっ、まっ!!」


 俺はそれ以降の言葉は取り合わず、図書館を後にした。 

 だって、あの年でこの場所でメイベルさんより権限上って言ったらさ、如何考えても新生帝国派のお偉いさんの娘じゃんね。

 新生帝国派に追われた立場にいるメイベルさんと仲良くなってしまったし、ユークディアや爆発娘は独立派の中枢だし。


 ってあれれ?

 何で来て早々完全に巻き込まれてんの俺。

 いや、そのうち巻き込まれるだろうなぁとは思ってたけど、早すぎね?

 ま、まだ大丈夫。

 うん。慌てるような時間じゃない。


 そうだよ!

 王都の時みたくレベルに不安がある訳じゃないんだ。

 何も気にする事はないよ、うん。

 そう、気にするべきはハーレムの復活のみだ。

 はぁ、思い出すと切なくなる……


 早々に調べて王国に帰ろう。

 まだお昼過ぎだし、もう一度図書館に……いや、きっとまだ居るよな。

 流石の俺でも、さっきの流れで出て行ったのに戻ってきて知らん振りは出来んしな。


 隣接している学校の校舎を眺めながら歩いていると、学校の方から人が歩いてきた。恐らく顔の向きや進行方向からして目標地点は俺だろう。

 出来れば回避したかったが、今から回避しようとすると相当あからさまに方向転換しないと無理だ。

 溜息を吐きつつも、仕方がない。そう思って逆に声を掛けた。


「何だ? まだ文句をつけたりないのか? ちゃんと魔法を見せて合格を貰ったぞ」


 そう、こちらに向かってきたのはファルケルだ。二人の取り巻きをつれている。


「そ、それならば良いんだ。何か勘違いをしている様だが、出し渋りをして魔法を見せなかったキミが悪い。見せる場で隠す方がおかしいんだ」

「そ、そう……キミに見せる場じゃないけどね?」


 何か旗向きが変わった?

 なんかモジモジして話を切り出そうとしたり頭を掻き毟ったりしている。

 何にせよ、喧嘩をしに来たわけでもなさそうだ。


「おい、ファルケル、先に紹介してくれよ。話に入れないじゃないか」


 長身の厳つい顔をした男が快活な笑顔を浮かべて言う。

「そんなの自分から勝手にすれば良いだろう。女の子じゃないんだから」とファルケルが言い返す。


 何だこいつら面倒くせぇ。

 よし、手本を見せてやろうか。

 と、もう一人の片割れである小さな少年の様な彼に声を掛けた。


「ケンヤ・カミノだ。寮には入ってないが、今期から通うことになる。宜しくな」

「ええ。リーンベルト・ルー・グラヌスと申します。宜しくおねがいします」


 …………ハッ!?

 グラヌスってミラの弟!?

 何それっ、不意打ちやめて!


 思わず目を見開き、少年の外見をまじまじと観察してしまう。

 真っ白な学ランに白い手袋、中は黒いシャツ。とてもパリッとした格好なのだが、外見の可愛さで微笑ましさも感じさせる。

 うん、ミラよりも少し垂れ目でおっとりした感じだな。


「ハッハッハ、驚いたか? 俺はハルードラ家の嫡子ガイールだ。気軽にガイって呼んでくれ」


 なるほど、こいつが黒幕の息子ね。

 ミラを死の淵まで追いやった奴の息子ね。

 ……ふーん。

 って何だよ、このさわやかオーラは……体格も良く身長も高い。

 ムキムキでむさ苦しさ感じさせるべきなのにも関わらす、さわやかだ。

 もっと気持ち悪いの想像してたから、めっちゃ腹立つわ……

 何このスポーツも出来ちゃいます、勉強も得意です、みたいな顔は!

 こんな顔に生まれてれば、人生イージーモードだろうなぁ。

 いや、待てよ。こいつの家は潰れるからイージーじゃねぇな。

 うん。俺が絶対に潰すし。

 後で覚えてやがれ……


 あ、そう言えば、ディアの読み通りにファルケルは新生帝国派だったのかな。

 こんなの入れててもプラスにならんだろうと思うけども。


「ああ、宜しく。って何で態々俺に声を掛けたんだ? お前らなら友人なんて引く手数多だろ?」

「ハハハ、逆に誰も近寄らなかったりするんですけどね。お察しの通り打算もあります。不審がられる前にご説明させて頂きますと、ユークディアさんたちと友好の橋渡しをお願いしたいのです」


 ミラの腹違いの弟であろう可愛らしい美少年。

 こちらはほんの少し赤みが掛かった銀髪だ。

 背格好は殆ど同じで雰囲気も少し似ている。

 だけど、ハルードラの嫡子と居るという事は傀儡を受け入れた次代の皇帝という事だろうな。

 まさか、罠に嵌めろ何て言い出したりするなよ?


「どういうつもりだか、聞かせてくれないか? 正直、今の情勢を知る限り橋渡しなんてするほうが馬鹿を見る気がするんだが……」

「少し、長くなってしまいますが、お付き合い頂けますか?」

「本当は聞く義理も無いんだが、弟君の頼みだしな」


 彼は『弟君』と呼ばれた事に、小鳥の様な動きで少し首をかしげた。

 目がクリクリとして輝いて見える。

 何だろう……凄い保護欲を掻き立ててくるなこいつ。


「んじゃ、ファルケルの部屋で酒でも飲むか。少なくともこれから学友にはなる訳だしよ」

「昨日めちゃくちゃにされたからお断りだ。別に僕の部屋じゃなくても良いだろ?」

「あれは、ファルケルさんの自爆だと思うのですが……まあ、私の部屋にしましょうか」


 などと、すっかり彼らは友好をはぐくんだ様子を見せつつ男子寮へと案内した。

 彼の部屋は場違いなほどに高級感溢れる部屋だった。

 ユークディアたちが泊まっていた高級宿よりも豪華な装いだ。

 ファルケルが「おい、何だこの格差は……学院にまでそういうの持ち込むのかよ!?」と突っ込みを入れたほどだ。


 リーンベルトは少し寂しそうな表情で「普通の部屋の方が僕は楽しく過ごせますけどね」と呟く。

 

「細かい事はどうだって良いだろ。そんな事より料理と酒だ」


 ガイールが棚に置かれた呼び鈴を取りリンリンと鳴らす。

 すると執事がさっと現れ「畏まりました」一言発するとすっと居なくなる。

 面白いな。この世界の執事は『隠密』必須だったりするのだろうか?


「よっし、これで待ってりゃ勝手に飯は並ぶ。じゃあ、何から説明すっかねぇ」


 あれ? 弟君が説明するんじゃないの?

 と、思いつつも、しっかりと話に耳を傾けた。


 彼の話はこうだ。


 皇宮は手遅れなほどに腐敗してしまっていた。

 皇帝が自分を本気で神だと思うほどに。

 皇帝の中の神と言う存在は、善なるものではなかった。 

 やらなければいけないものをやらないだけでなく、絶対にやってはいけない事までも、嬉々として命令を下す様になってしまった。

 国を一新させなければいけない程に酷いものだったと言う話だった。


「とまあ、腐敗はもうカビの様に根付いてて、誰が何言った所でどうにもならない所まで来てたわけだ。まあ、今まで放置した責任はうちにも当然あるんだけどよ」


 酒や食事に手をつけながら話を聞いていくうちに、異常者たちの凶行では無い事は分かった。

 まあ、全て事実と仮定すればだが。


「何故、そこまで急ぐ必要があったんだ?」


「理由は二つある。

 一つは手を出しちゃいけねぇもんに手を出しちまったんだよ。先代皇帝様は……

 これについては俺の一存で話すわけにはいかねぇ。

 と言われても意味わかんねえだろうから、人類が滅びる可能性があった。とだけ言って置く。

 それ以上を知りたければ、親父に聞いてくれ。

 なわけで、それを止めるだけでも今回の騒動は必要だったと思っている。


 もう一つはまあ、これは俺もどうかと思うんだけど、予言でそろそろ世界規模の凶行が起こるらしいんだ。

 要するに、馬鹿やってる場合じゃないって事だ。

 王国もやる気ないし、帝国もこんな有様。

 有事が来る前に必死に供えないと人類滅ぶんだと。

 だから、無理やり軍備させているんだ。

 戦争を匂わせるのが一番早いからな」


「なるほど。じゃあ何故、皇族や公爵家を皆殺しにする必要があったんだ?」

「あん? ふははっ、よし、明日皇宮に連れて行ってやるよ」

「いや、それはいいが……なるほど、生きてるんだな?」

「ああ、内緒だぜ? 死んだ事にしたのは独立派に本気で戦争の準備をさせる為らしい。予言に寄ればもう時間がねぇんだと」


 だから、ユークディアたちと繋がって置きたいのか。

 まあ、それは良いとして、そろそろ本題に入るか。


「そうか。じゃあ最後にもう一つ、何でミラはゴブリンの巣に捨てられたんだ?」


 そう、問いかけた瞬間、リーンベルトは驚愕に目を見開き、ガイールは『ぶはっ』っと口に入れたものをぶちまけた。

 空気が変わったことを感じたファルケルも箸を止め、二人の様子を見ている。


「おい、ケンヤ。悪いがお前に根掘り葉掘り話を聞かなければいけなくなった。まず、どこでそんな話を聞いた」

「質問を質問で返すんじゃねぇよ。事と次第に寄っちゃぶっ殺すぞ?」 


 ガイールは少し面食らった顔をしたが、溜息を吐いて座りなおした。


「分かった、先に答える。だが交換条件だ。そっちも答えろ」


 その問いに頷く。すると、ガイールが答えるのかと思いきや、弟君が口を開いた。


「きっとケンヤさんが言っているのは姉様、ミラ・ルー・グラヌスの事ですよね」


「そうだ」と、睨みつけ答えを返した。


「彼女が今回の騒動の根元なんです」

「だから、彼女一人殺したと?」

「……はい。そうする必要がありました。詳細はお話できませんが」


 おいおいおいおい、必要があったってなんだよ! 

 素直に認めりゃ良いってもんじゃねぇぞ、おい! 


「ゴブリンの巣に捨てられた女がどうなるか知ってて言ってるのか?」

「そうですね。とても残酷な事をしました。人で無し、というやつですね」

「おい、リーンベルト。お前は最初から何一つ命じてねぇだろ。悪いのは親父達だ」


 ああ、そうだな。

 恐らく、こいつの立場じゃ立案どころか提案すら出来ないだろ。

 だが、責任はあると思い込んでいるんだな。

 また、あのクソの教えって奴か。


「お前の姉さんの死に目に会ったんだ。

 ゴブリンに嬲られて、孕まされて、全部治したってのに、ひたすらに願われたのは死だったよ。

 もう、自分の生に幸せはないからってさ。

 簡単に自分の胸に剣を突き立てやがって……

 胸糞悪くって涙が出たよ」


 こいつらには死んだって事にしておくのが良いだろう。

 ミラももう関わりたくないって言ってたし。

 それに……あの言い方だと、生きてると分かったら殺しに来そうだ。

 腹立たしさを隠さず、視線を向けていると、彼は泣き出してしまった。


「そうでしたか……見取って頂きありがとう、ございました……」


「そういう事……か。

 お前が怒るのは当然だな。

 だけどよ、こいつには怒らないでくれよな。

 俺たちにはよ、決定権なんて一つもねぇんだよ。

 だから何を言われたって言えないものは言えないからな」


 話を聞いていけば、何が起こっているのかが、後追いで情報が入ってきて、それがどれもこれもきな臭い事ばかりだったという。

 ミラの事も、リーンベルトですら一度も会った事が無いそうだ。

 いつか会いたいと願っていた姉が、死んだという報告を後から聞いたらしい。

 そして、調べさせて出てきた内容が人に話せるようなものでは無いものだった。

 ここから先は言えない様だ。


「将軍家の嫡男って言っても、所詮は子供扱いで大事な決断には関わらせてすらもらえないのさ。

 納得いかない話を横でただ聞いているだけ。

 しかも裏の話のときは当然ハブられるんだ……だから俺は独自で動く事にした。

 魔法学院がそれをやるに格好の舞台だから、今お前に頼みに来ているんだ」


 ハルードラ家嫡子のお前にも無いのか。

 まあ、そうか。

 まだ子供だもんな。

 気持ち切り替えよう。

 この話が事実なら、こいつらは敵じゃない。

 助けなかったからって攻撃するのは筋違いだろうからな。


「分かった。だが、そうなるとユークディアの紹介の件が信憑性に欠けてしまうな」

「あー、確かにそうだよな。伝言役にしかなれないって言ったようなもんだな。彼女達からすれば、スパイと仲良くしてくれと頼まれるようなものか」


 やはり何も考えていないのか、ファルケルが無駄に同意してくれた。

 ガイールが「こっちの見方してくれないのかよ」と笑いながら頭を掻く。

 流石のリーンベルト君も「でも、まあ、そうですよね」と、苦笑している。


「聞いた事情をこのまま全部伝えた上で、会うかどうか決めさせてくれるってんなら伝えておくが?」

「マジか? 助かるぜ。そう仕向けたとは言え、完全に敵視されてて正面から話しに行くのは愚策としか思えなかったからよ。せめて伝えるだけ伝えてくれ。信じなかったらそれはそれで良いからさ」


 ガイールは、俺達に出来る事をやって置きたいんだとやるせなそうに笑った。

 ん? そう言えば、図書館で合ったのは誰なんだろ?

 きっとハルードラ将軍の娘とかだ、と勝手に思ってたけど。

 聞いてみるか。


「なあ、病弱な感じで銀髪縦ロールの姫様っぽい雰囲気の子なんだけど、誰だかわかるか? 図書館に居て一級の禁書権限持ってたんだけど……」

「ああ、それ多分、僕の姉さんです……」


 まだ、申し訳なさそうに答える彼に『そうか、名前とかも聞いて大丈夫か?』と優しくたずねた。


「ええ、ティファです。ティファ・ルー・グラヌス」


 どう見ても俺がやっていた事は八つ当たりだったから、申し訳なさを感じてリーンベルトの気を和らげようと話しを続けた。


 彼の学院での目標はカッコいい攻撃魔法の習得、だった。

 随分と発言に可愛さが見え隠れしていて自然と聞いているこっちが和まされた。

 何故かガイールがお兄ちゃんしちゃっていたのが理解できた気がする。


「確かに、そうやって楽しそうに笑うとあの病弱姫様に少し似てるな」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。ティファ様とまで知り合いなのか!?」

「ケンヤは凄いな。女が寄って来る魔法でも持っているのか?」

「ファルケルさん、それは禁術ですよ。口にするのも良くありません」

「あのな……声掛けられて、少し言葉を交わしただけだ」


 あれ? ガイールの様子が可笑しい。


「ガイール、お前ひょっとして……惚れてんのか?」

「ばっ、んな訳ねぇだろぉが。そう言うんじゃねぇんだよ。見てるだけで良いって言うか……穢しちゃいけねぇっていうか……」

「じゃあさ、図書館にいるっぽいから明日暇なら見に行こうぜ? 俺、魔法の調べものしたいからさ」


 なら丁度良いや。エンカウントしたら相手を頼もう。

 召還魔法『ガイール』を覚えた。


「え? いや、けど、いいのかな? きっとジロジロみちゃうけど、嫌われないかな?」


 モジモジと乙女モードに入ってしまったガイールに俺とファルケルがドン引きしつつ、飲み会は続いていった。


 彼らとの友好を深めつつも、一つ忘れてはいけない事項を頭に刻んだ。

 ミラが根元と言われる理由を暴き、その理由次第ではそいつらを殲滅する。

 そう、心に深く誓った。

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