なぁ、ラーナ。

 君は、この世界の景色を見たいって言ったよな?

 確かに、海や山や森や平原……。そういった自然の光景は、さぞや美しいものなんだろうと思う。

 でも。

 俺が、ここで見た景色は。

 想像もしていなかった、最低なものだったよ。



    ε



 そろそろ時間だ。

 ビリ、と強い痛み。頭の中に何かが入ってくる感覚と共に、ガシュアの脳内が侵食されていく。


「う、あ……っ」


 片方しかない腕で頭を抑える。そんなことをしても、侵食が止まることはないが。

 息が荒らぐ。耐えられない。

 頭を抑えていた腕がだらりとぶら下がる。ガシュアの意思が塗り潰される。


「ぐっ、あ、ああああああああっ」


 ――コワス。


 本人のものではない「意思」が、ガシュアの全てを支配した。

 目的地は戦場。敵国との境に存在する、あのだだっ広い荒野。

 悪魔の翼を広げる。自らのものではない「破壊」という目的のため、〈隻腕の悪魔〉は進攻を開始した。



    ζ



 ガシュアとの【意識接続リンク】を切ってすぐ、ラーナは実験に連れて行かれた。目覚めたばかりだというのに、だ。

 戦争が激化しつつある、ということは容易に想像がつく。というより、ラーナは既に幻の中でそれを目の当たりにしている。

 だから早く、兵器としての〈シィーラ〉の投入を。そういうことだろう。

 いつもの実験室へ着き、ラーナだけが中へと入る。中もいつもと同じ、純白のベッドと機械。

 こうした日々ももうすぐ終わりか、とラーナは思った。

 兵器として覚醒すれば、ラーナはすぐさま戦争へ投入されるだろう。そうすればもう、ガシュアとの【意識接続リンク】はできなくなるかもしれない。彼女の居場所は、アスプロスではなく戦場になるかもしれない。

 抵抗はできない。このまま生き続ければ、戦争が終わった頃に解放されるかもしれないから。また、ガシュアと会うことができるかもしれないから。だから、まだ……死ぬわけにはいかない。

 ベッドに横たわり、機械を頭に接続する。ラーナの頭に激痛が走るが、意識が途切れることはなかった。

 また幻が見えた。荒野で行われる戦場の幻。

 だが、以前とは何かが違う。無人機同士が破壊を繰り返すその戦場に、何か別の……がいた。

 あれは……何?



    η



 敵国の戦車の砲口がこちらを向く。

 即座に砲撃。放たれた高速の砲弾は、寸分の狂いなく空中のガシュアを捉え、迫る。

 だが。ガシュアは少し身を逸らすのみで、それをかわしてみせた。砲弾は後方へ飛び去り、爆散する。兵器として覚醒した彼の動体視力は、最新の技術によって用いられたそれを遥かに凌駕していた。

 次いで、別の機体からの二撃目。これもガシュアは身を逸らして躱した。三撃目、四撃目、五撃目……止め処なくガシュアを狙う砲撃の、その全てを難なく躱す。

 フン、と〈隻腕の悪魔〉は鼻を鳴らした。赤い右手を空に掲げ、彼の持つ能力を発動する。


「【行動停止ビヘイビア・ストップ】……」


 その瞬間、場にある全ての敵機の動きが停止した。ガシュアの能力、対象の動きを数秒間のみ止める【行動停止ビヘイビア・ストップ】。

 能力の発動と同時にガシュアは背中の翼を折り畳み、急降下。地面スレスレで翼を広げて激突を避けた後、地面と平行に滑るように飛行する。

 動かない先頭の敵機を、右手の爪で擦れ違いざまに斬り裂いた。全壊とは行かずとも、内部機構に大きなダメージ。続けて二機目、三機目も同じように、立て続けに破壊する。

 そして、ガシュアは敵軍のど真ん中で片足を地につけ、急停止をかけた。そのままそれを軸足として回転しながら爪を振るい、辺り一帯をその斬撃によって薙ぎ払う。

 それを諸に受けた機体は、ほとんどが半壊もしくは全壊のダメージだ。無事な機体はほとんどない。

行動停止ビヘイビア・ストップ】が解除され、半壊で済んだ敵機の砲口が一斉にガシュアへ向く。集中砲火。だがガシュアは空中へ飛び上がってそれらを避け、偏差撃ちで放たれた砲弾もその全てを見切って躱した。

 眼下の戦場を冷たい瞳で見下ろす。破壊された機体がそこここに転がる、ただ広いだけの何もない荒野。


 ――これが、俺たちの見たかった〝世界の景色〟か。


 これまでラーナと語り合い、ずっと夢見てきた世界の景色。けれど〈シィーラ〉として生まれてきた彼らには、檻から出ようとそれを見ることすら叶わなくて。

 ツライ。クルシイ。イタイ。

 閉じ込められた彼の意識が、嘆く。

 それらの思考は、ガシュアに一瞬の隙を与えた。二撃目の準備が整った機体がガシュアに照準を合わせ、砲撃する。


「…………っ!」


 気づいた時には一瞬遅い。高速の砲弾がガシュアに着弾、と同時に爆発。その質量と衝撃によって、ガシュアの小さな身体はあっけなく吹き飛ばされる。そして当然、他の敵機がそれを狙わないはずもなく。

 二度目の集中砲火。今度は避けられない。全ての砲弾がガシュアに着弾し、爆発する。


「ガフッ……ゲホッ……」


 墜落し、地面と強く激突する。鮮血を吐き、痛みに耐えながらそれでも身体を起こし、もう一度大きく翼を広げる。

 既に敵の砲口はこちらを向いていた。放たれる砲弾を、ガシュアはすんでのところで躱す。

 地を蹴り、ガシュアは飛び上がった。目標地点はアスプロス、退却だ。

 次々と放たれる追い打ちの砲撃は、しかし翼にもダメージを受け不安定に飛ぶガシュアには狙いが外れて当たらない。半壊して移動のできない戦車を置いて、ガシュアは彼方へと飛び去っていった。

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