即座に意識がされた。からの返事が脳内に届く。

〈シィーラ〉の特殊能力の一つ、【意識接続リンク】。自らと対象者の意識を接続し共有することで、脳内での会話を可能とする力。当然、ラーナの持つ能力だ。


『今日はいつもより遅かったけど……何かあった?』

『ううん、少し眠っていただけ』


 ナンバー7、ガシュア・ゲイダム。ラーナの昔からの幼なじみ。

 最後に会ったのは数年前、二人がアスプロスに収容される前のことになる。あれからどれだけ成長したのか……ラーナもガシュアも互いに知る由はない。それくらい、二人は相手の姿を見ていない。

 また会いたい、とは思うのだけれど。


『そっか。それじゃ、今日はどうする?』

『昨日の続き……また、外の世界の話を』


 外の世界……つまり、このアスプロスの外。

 今、世界は戦争状態にある。無人機同士がただひたすらに敵国を破壊し合うまでに発展した時代、昔のように一般市民が戦場に駆り出されるということはなくなったが、かと言って彼らに安全が保障されているわけではない。そして当然のことながら、国外に出ることは命の危険を伴う行為だった。ラーナもガシュアも国から出たことはないし、アスプロスに収容されてからはこの施設から出たことすらもない。

 だから、「外」への憧れは強かった。二人が元々住んでいたのは都内だったから、特に自然への憧れが。

 海、森、山、平原。昔、本で見た程度の知識しかないけれど。一度も外に出たことのない少年少女の心を浮き立たせるには、それは充分なものだった。

 毎日のように、二人は意識を通して語り合ってきた。それでも、見たことのない世界の景色への憧れが止むことはない。

 だから、今日も二人は語り合う。外の世界への憧れを。



    β



 その翌日。実験の途中、ラーナはある違和感を感じた。

 普段なら、実験が始まった直後に脳へ過度な負担がかかり、いつもすぐに気を失ってしまう。

 だが、その日の実験は違った。意識は朦朧もうろうとしていて何も思考することはできなかったが、気絶まではしていない。頭に響く激痛の中、ラーナは幻を見たような気がした。

 形の違う二種の巨大な機械。複雑な回路で動く両者は、それを意にも介さず強力な弾丸を射出、核となる内部機構を破壊する。それが何度も何度も繰り返されるだだっ広い荒野。

 つまり、戦場。

 もはや人間が介入することのなくなった、人工知能で動く戦車同士が破壊し合う戦場。血が流れることのない、先進国同士の戦争。

 核を破壊された戦車は、それ以上動けずに力無くくずおれる。その亡骸なきがらを踏み越え、また新たな戦車が躍り出る。


 ツライ。クルシイ。

 イタイ。イタイ。イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ。


 ラーナの頭をガンガンと揺らす、鋭く冷たい声。一切の感情もないはずなのに……ラーナにはどこか寂しさを纏っているように聞こえた。

 幻がゆらりと揺らめく。荒野と戦車が白いもやとなって消えていく。


 ねぇ。何で君たちは、辛くて苦しくて……痛いのに戦っているの?

 何で私たちは……君たちと同じ道を辿ろうとしているのに、今もこうして生きているの?


 私はなぜ、この世に生まれてきたの?


 これまでにない激痛。思わず目を見開く。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 意識が飛んだ。



    γ



 ラーナが目を覚ましたのは、それから数日後のことだった。

 とはいえ、〈シィーラ〉たちは空が見えるわけでも時計が与えられているわけでもないから、詳しい時間については全くと言っていいほど分からない。あくまで感覚の上で数日、ということだ。

 原因は分からない。おそらくはあの幻を見たせいだとは思うのだけれど、そもそもあれもこれまで見たことのなかったものだ。なぜ突然現れたのか……謎は深まるばかり。

意識接続リンク】でガシュアに繋ぐと、ここ数日間全く繋がらなかったことを大いに心配されてしまった。これ以上心配をかけるのは不本意だったが、誤魔化そうにもアスプロスには物がなさすぎて無理だし、それに彼はラーナが頼れる唯一の人間だ。ここで頼らないのは、互いに信頼関係にある幼なじみに対してはむしろ不誠実。だから、ラーナは遠慮なく話すことにした。


『実は、前の実験でね――』


 そうしてラーナは語り始める。実験中にも意識を保っていたこと。そこで見た幻のこと。聞こえた冷たい声のこと……。

 ガシュアは相槌を打ちながら話を聞いていた。当然何のことかは分からなかっただろうけれど、それでも話を聞いてくれただけでラーナは嬉しかった。


『……ふふっ』


 思わず微笑みがこぼれる。昔から彼はそうだ。自分には分からないことでも、一度は必ず考えて答えを導き出そうとする。結局出ないものは出ないのだけれど、それでもその姿には救われて。


『な、何っ? 俺、何か言った?』


 笑ったのが気に障ったのか、ガシュアは少しむっとした様子でそう言った。


『ううん、やっぱりガシュアはガシュアだなって』

『はぁ……? 俺は俺……? どういうこと……?』


 ガシュアは本気で困惑している様だった。だが、ラーナもわざわざ最後まで言ってやるつもりはない。恥ずかしいから。


『こっちの話っ。ほら、私一応寝起きなんだから、そろそろ切るよっ?』

『えっ? いや、ちょっと待っ、』


 ラーナはそこまで一気に捲し立て、有無を言わさず一方的にガシュアとの【意識接続リンク】を切った。

 ふぅ、と一つ息をく。

 ふと、幻の中で聞こえた声のことを思い出した。寂しさを纏った、感情のない冷たい声。

 ツライ。クルシイ。イタイ。

 あの声はおそらく、壊れゆく戦車たちの声だろう。だから感情もなく、冷たい。

 それが聞こえた、ということは。


 ラーナは……として、完成されつつあるのではないだろうか?


 戦争に利用される戦車は声を発さない。だが、人工知能AIとして確立された自我、意識はおそらくある。

 もし、無意識のうちにそれと【意識接続リンク】していたとしたら? たとえ「人間」では聞き取ることのできない声でも、同じ「兵器」としては聞き取れるかもしれない。

〈シィーラ〉は人間ではない。生物としての尊厳を奪われ、最後にはただひたすらに敵を破壊する兵器となる。ラーナも、ガシュアも。

 抵抗したい。生きたい。死にたくない。自由が欲しい。

 いつか、この檻の向こうの景色を見たい。

 その全てが、夢物語だとでもいうのだろうか。


 ガシュア。

 君は、どう思う?



    δ



 ラーナに【意識接続リンク】を切られた後、ガシュアは彼女が語ったことについて考えていた。

 実験中に意識を保つ。戦争の幻を見る。それは、ラーナが兵器として覚醒しつつある証拠だ。それは間違いない。

 だが、声が聞こえた、というのは? 兵器である戦車と【意識接続リンク】したと考えることはできなくもないけれど……。

 よりももっと、今のラーナに近い存在があの戦場には存在している。

 例えば彼……ガシュアのような。

 背中には黒い大きな翼。深い蒼に染まった双眸と、右側のみ残っている赤く鋭い隻腕。

 そう。


 既に、ガシュアは兵器として覚醒していた。

 ナンバー7、識別名コードネーム隻腕せきわんの悪魔〉として。

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