第39話 手紙

 ――裏切者。ハーバード様に愛されている癖に!


 脳裏に、前に出会った時によみがえった記憶がよぎる。

 あれは一体、なんだったのだろう。ロベリタは、彼女とどんな約束を――。


 ――違う、違うのクリス。ハーバードが許してくれないの。ハーバードが離してくれないのよ……!


 直観めいたものが頭の中で瞬く。クリスは、ハーバードのことが好きなのだろう、恐らく。しかし婚約者はロベリタだった。そのロベリタは、ハーバードから離れようとしていた。そこから導き出されるのは――。


「……難しい子よね、クリスも」


 女同士のどろどろ、と言ったところだろうか。ハーバードを譲るだの譲らないだの、そんな話が出ていたのだろう。なぜかは分からない。何故ロベリタがハーバードから離れたがっていたのかも。しかし、彼の強引さを思い出すと、なんとなく推察は出来るような、そんな気がした。


(というよりも、ハーバードと言いアランと言い、この世界の男性って強引すぎる気がするわ)


 セシルを除いて。武具の国、という、死と直結している国だと、どうしても行動がワイルドになるのかもしれない。考えても無駄なことは分かっていたので、私はひとまず、一連の出来事をその一言でごまかすことにした。


「女性の趣味も、社交界でも暗黙のルールも、男の僕らにはわからないしねえ。僕も自分が恥をかかないように力を入れなきゃいけないし」

「女性と男性で違うものなの?」

「当たり前だよ、お姉ちゃん。護衛役でさえ、服を考えなきゃいけないんだから」

「そ、そうなの?」


 じゃあ無理に参加しなくても良いんじゃないかしら、とは言えなかった。

 私にも怖いものというものはある。面倒くさいと思うこともある。今話をそこへ戻したら、どうややこしくなるかぐらいは見当がついていた。

 ひとまず、私はドレスと髪型の見立てを、クリスにお願いすることにした。使いとして、アランが手紙を出してくれるらしい。王都に住んでいるとのことで、明日には出会えるだろうという話だった。


「本物のお嬢様に見てもらえるなら安心ね。持つべきものは友、と言ったところかしら」

「良い言葉だね。お姉ちゃんの世界の言葉?」

「そうよ」

「持つべきものは護衛役、も付け加えといてね」


 セシルの指導の下に手紙を書き終えると、アランに渡す。手紙を受け取った彼は、誇らしげに笑ってみせる。

 仲が良いねえ、とはセシルの声。前のロベリタは見せなかった表情なのだろうか。セシルの気持ちを思うと少し寂しくなって、私はまた、お茶をすする。ほとんど安定剤のようになっている。中毒性に注意、と言ったところか。


「じゃ、護衛役君がいない間に、もう少しレッスンを進めておこうか」


 手紙を盛ったアランを見送ると、セシルはにこやかにそう告げたのだった。

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