第百十八話 竜司と暮葉の御挨拶周り⑭~帰還、そして戦場へ

「やあ、こんばんは。

 今日も始めていこう」


「パパ、気絶ばっかしてるね」


「タハハ……

 そりゃ僕が体験したのは今のたつより二歳年上ぐらいの時だからねえ。

 そんな僕にはキツイ出来事だらけだったから」


「ふうん」


 ###



 三十分後



 ザブンザブン


 遠くで水音が聞こえる。


 ザンブザンブ


 ワーキャーワーキャー


 水音と一緒に喧騒も聞こえる。


 僕はゆっくり眼を開ける。

 軽く頭がふらつく。


 何があったんだ。

 思い出せない。


 何か物凄い匂いを嗅がされた……

 それ以外は思い出せない。

 ゆっくり身体を起こす。


「あ、竜司。

 目が覚めた?」


 笑顔で振り向く暮葉くれは


「僕どれぐらい気を失ってた……?」


「えーと三十分ぐらいかな?」


 三十分か。


 何だろ。

 僕も目覚めるのが早くなったもんだ。


 気絶馴れしたのかな?

 この旅では何かと気を失ってたもんなあ。


 ザンブザンブ


 ワーキャーワーキャー


 八割覚醒した段階でまた激しい水音と喧騒が耳に入る。

 音がする方を向くとバキラが水面でうねっている。

 そして背中にはキョトン顔のガレアが揺れている。


 何だろう。

 あの場所気に入ったのかな?


 とりあえずガレアも居る事だし、暮葉くれはと一緒に駆け寄る。

 そこには凛子さん、カンナ、グース。

 そして全裸の父さんも居た。


【くそーーっ!

 人間の女が何だーーっ!

 アタシの方が滋竜しりゅうっちの事が好きだーーっ!】


 ザッパンザッパン


 バキラの身体が大きく揺れる。

 動きに合わせてキョトン顔のガレアも揺れる。

 何かカワイイ。


「ちょっと父さん何があったの?」


「おやァ……?

 竜司ィ……

 目が覚めましたかァ……

 いやですネェ……

 バキラは普段はとてもいいなんですがァ……

 少々ヤキモチ焼きな所がありましてですネェ……

 タハハ」


 さすがの父さんも扱いに困っている様子。

 そこへ暮葉くれはが声をかける。


「ねーバキラーっ!

 貴方何で怒ってるのーっ!?」


 暮葉くれはの呼びかけにバキラの動きが止まる。


「ん?

 暮葉くれはっちー。

 ねーねー聞いてよー。

 せっかく滋竜しりゅうっちとイイカンジになってた所にそこのオンナがやってきてさー……」


「ふんふん」


 頷きながら暮葉くれはが聞いている。


「ねぇバキラ。

 貴方も私みたいに人型になったらどう?」


暮葉くれはっちー。

 バキラはやめてー

 アタシの事はバキラっちって呼んでよー

 ……って暮葉くれはっちっ!

 アナタ竜だったのっ!?」


「ええそうよ」


「エーーーーーッ!」


 驚いているバキラ。

 ってか演歌歌手でデビューしてるくせに何故アイドルの暮葉くれはの事を知らない。


「ねーねー。

 どうやってなるのー?」


 バキラが大きいキョトン顔を暮葉くれはに向ける。

 ってか高位の竜ハイドラゴンのくせにそんな事も知らないのか。

 ホントに竜って色々だなあ。


「ごにょごにょ……」


 暮葉くれはが大きなバキラの耳に耳打ちしてる。


「フンフン……

 魔力を……

 えっ!?

 ……ホントに……

 うんわかったーやってみるー……

 ガレアっちー

 ちょっち降りてー」


【へいよう】


 バサッ


 ガレアは翼をはためかせ僕の側まで降りてくる。


「ガレア。

 バキラの背中気に入ったの?」


【俺も良く判らん。

 でも何かバキラねーちゃんの背中って落ち着くんだよなあ】


 ガレアが妙なワードを言い出した。


 ねーちゃん?


「ガレア……

 何?

 ねーちゃんって……」


【ん?

 何かさっき背中に乗って遊んでたらねーちゃんが言ってきたんだよ。

 “アタシの事はおねーちゃんと呼びなさい”って。

 竜司、お前にも兄ちゃんいるだろ?

 俺、そういうのいないからさ。

 何となく興味があったからそう呼ぶ事にしたんだよ】


「そっか……

 で、どう初めて出来たお姉ちゃんの感想は?」


【よくわかんね。

 でも相変わらずねーちゃんの背中は落ち着くけどな】


 ガレアって落ち着いててもキョトン顔になるんだ。


 そんな話をしている折、海の方から眩しい光。

 光の方を向く。

 バキラの巨体を包み込み大きな光。


 次第に光が止む。

 また元の夜の海に。

 さっきまであったバキラの巨体が完全に消えている。


「あれ……?

 バキラはどこ行ったんだろ……?」


 ザブッ


 水音と共に波止場の縁を掴む手が現れる。

 ん?

 と、思う暇も無く何かが海面から上がってきた。


 ザパァッッ!


 海面から上がってきたソレに僕は目を疑った。



 一言で言うならコギャル。

 海からコギャルが上がって来たのだ。



「フーーーーッ!

 プルプルッ!」


 そのコギャルは左右に首を振って水滴を払っている。

 しばらく無言で見つめてしまう僕。


「どう?

 暮葉くれはっち。

 アタシ可愛くなってる?」


「うんっ

 すっごく可愛いわよっ。

 ねっ?

 竜司っ」


 僕に振るか。


 肌は日焼けしたかのような健康的な黒さ。

 腰まである金髪は少しウェービングがかかったふんわりパーマ。

 眼はツリ眼で瞳の色はマリンブルー。


 背丈はちっさい。

 竜の時の巨体が嘘の様に小さい。


 そして何故か服はセーラー服にミニスカート。

 足には白いルーズソックスまで履いている。

 うんどっからどう見てもコギャルだ。


 好みは別れるかも知れないが充分可愛いの部類に入るかと思う。


「うん。

 僕も可愛いと思うよ」


暮葉くれはっちと竜司っちに言われて勇気出てきたっ!

 この姿を滋竜しりゅうっちに見てもらうんだっ!」


 息巻いて父さんの方に向かうバキラ。

 父さんは凛子さんと談笑している。


 ってか父さんと今のバキラって絵的には完全援助交際だなあ。

 父さんはと言うと笑顔で凛子さんと話している。


滋竜しりゅうっちっっ!!」


 ゆっくり振り向く父さん。


「オヤァ……

 こんな所に女子高生とはァ……

 珍しいデスネェ……

 誰かの娘さんデスカァ……」


滋竜しりゅうさん、どうしたんですか?

 ……あら?

 可愛らしい子」


 凛子さんも話に加わる。

 何かややこしい事になりそうだ。

 と思ったら案の定コギャルバキラの眼が鋭くなり凛子さんに噛みついた。


「何よっ!

 今アタシが滋竜しりゅうっちと話してんだからっ!

 引っ込んでてよっ!

 オバサンッ!」


 あぁ……

 コギャルバキラが言っちゃあいけない事を言った。


「オッ……

 オバッッ……」


 笑顔は崩さないが明らかにひきつった顔の凛子さん。


「ふんっっ!

 アタシ知ってんだからっっ!

 人間の女って妙に年齢を気にするってっっ!」


「オッ…………

 オホホホホッ!

 おもしろい事を言う子ねぇっ!」


 何か言動が刺々しい凛子さん。

 新鮮だなあ。


 でも場の空気はピリピリし出す。

 とそこへぶった切る様に父さんが


「んんぅ……

 ん~~~……」


 コギャルバキラを上から下まで眺め始める。

 すると見る見るうちに顔が赤くなっていくバキラ。


「しっ……

 滋竜しりゅうっちっっ……」


 どうしたんだろう。

 瞳もぐらぐら揺れ出して口もワナワナしている。


 …………ん?

 口をワナワナ?

 僕は既視感を覚える。


 あっ!

 暮葉くれはだ!

 暮葉くれはが恥ずかしがってる時だ。


「もしかして貴方ァ……

 バキラですカァ…………?」


【っっっっっキャーーーーーーーーーッッッッ!】


 バキラを認識した父さん。

 認識した事を認識したバキラ。

 今まで話してた日本語から竜語に変わる。


 ぴょん


 コギャルバキラが海に飛び込んだ。


 ザップン


 海に潜って行った。

 と同時に海面が光り出す。


 ザパァァァァァン


 光ったかと思うと現れた元の巨大な海竜のバキラ。


【ムリーーーーッ!

 人間の姿恥ずかし過ぎーーーっっ!

 暮葉くれはっち、よく人間のままで居られるねーっっ!】


 ザップンザップン


 バキラが揺れている。

 海面が荒々しく波が立つ。


「私別に恥ずかしくないわよ?」


 あっけらかんとした暮葉くれは


「さっきの女子高生が滋竜しりゅうさんの竜だったんですか……?」


「エェ……

 そうみたいデスネェ……

 私も初めて見たので面食らってますガァ……」


【ムキーーーッッッ!

 また滋竜しりゅうっちったらーーっ!

 そんなに人間の女が良いのかーーっっ!

 女医が良いのかーーっっ!】


 ザップンザッパンザップン


 更に波が大きく立つ。


「ねーママー?

 何でこのデッカイ竜、怒ってるのー?」


 カンナが純真な眼で凛子さんを見上げる。


「えぇっ!?

 …………あの……

 その……

 どうしようかしら……?」


「ん?

 ママどうしたの?」


 さすがの凛子さんも説明し辛そうだ。


「フム。

 おそらく海嘯帝かいしょうていは竜司様の父君とマスターが不倫関係になる事を危惧して怒っておられるのでしょう」


 グースが冷静に且つ端的に今の状況を説明した。

 それを聞いた凛子さんの顔が瞬時に赤くなる。


「グースーーーーッッッ!

 何言ってるのーーっ!」


 常に冷静沈着な凛子さんが酷く焦っている。

 何かこんな凛子さんは新鮮だ。


 …………ん?

 待てよ……


 焦る…………

 って事はもしかして凛子さんもまんざらじゃあ…………

 ハハハ……

 いやまさかね。


「ねーねーママー。

 “ふりん”ってなーに?」


「ねーねー竜司ー。

 “ふりん”ってなーに?」


 カンナは凛子さんに。

 暮葉くれはは僕に。

 全く同じ質問を投げかけてくる。


 投げかけられた側、両名とも絶句する。


「カ……

 カンナ……

 まだ貴方には早いわよ…………」


 なるほど。

 こう言ってみよう。


「く……

 暮葉くれは……

 君にはまだ早いよ……」


「ウソッ!

 だって私カンナちゃんより大人だもんっ!」


 精神年齢は似たようなもんなのにな。


「うっ……

 えーと……」


「教えなさいっ!

 竜司っ!

 さーもーなーいーとーーっ…………」


 暮葉くれはがゆっくり手を伸ばしてくる。

 やばい。

 これは教えてガックンだ。


 ■教えてガックン


 これは教えて欲しい事を言わなかった時に暮葉くれはが僕の胸座を掴んでガンクンガックン揺らす所作。

 竜の怪力で素早く前後に大きく振る為、極度の気持ち悪さが身体を襲う。


「わ……

 わかったっ!

 言うっ!

 言うからそれは止めて……」


 そう聞いた暮葉くれははヒュッと手を引っ込めてニコニコ顔。


「でっ!

 でっ!

 “ふりん”ってどういう意味っ!?」


 ニコニコ笑顔を僕に向ける暮葉くれは

 さてどうしたものか……


 正直僕も不倫って言うのがどういう事かイマイチよくわかんない。

 やっちゃ駄目な事って言うのは判るけど。


「えーと……

 ね?

 例えばさ……

 僕と暮葉くれはが結婚して生活をしてるとするよね……?」


「うんうん」


 頷きながら暮葉くれはが聞いている。

 興味津々と言った様子。


「そんな生活を続けながら……

 裏で僕が蓮とも恋人の様に振る舞ってたとしたら……

 どう思う……?」


 これを聞いた途端にニコニコ顔が苦虫を噛み潰したような表情になる。


「…………………………すっごく嫌……」


「これでわかったでしょ?

 例え話の僕がした事が不倫っていう奴さ」


「でもどうして一人としか結婚しちゃダメなの?」


「それはどうしてかは僕も知らない。

 他の国ではたくさん結婚する所もあるしね。

 でも何でそんな疑問が沸くかなあ?

 もし仮にだよ?

 僕が暮葉くれはとも蓮とも結婚したらどうだよ?」


「やだーーーーっ!

 何かそれイヤーーーーッ!」


 ガバッ


 大声で叫びながら暮葉くれはが抱きついてきた。


 ぷよん


 暮葉くれはの大きな胸が僕の胸に接触。

 僕は少し赤くなりながら暮葉くれはの頭を優しく撫でる。


「フフ……

 暮葉くれは……

 安心して……

 そんな事は絶対に無いよ……

 僕だって生半可な気持ちでプロポーズした訳じゃ無いんだから……」


「ホントッ!?

 ホントッ!?

 このゾワゾワした気持ち消してくれるっ!?」


「あぁ……

 暮葉くれは……

 大好きだよ……」


 それを聞いた暮葉くれはの顔は華が咲いた様に笑顔になる。


「竜司っ!

 好きーーっ!」


 ギュッ!


 暮葉くれはの僕を一層強く抱きしめる。


【じ~~~~~~っ】


 何か視線を感じる。


【じ~~~~~~っ】


 視線の方を向く


【じ~~~~~~っ】


 僕の方をじっと見つめている大きな蒼い瞳。

 僕らを見ていたのはバキラだった。

 軽自動車程もある大きな顔が僕らを見ている。


「どっ……

 どうしたの……?

 バキラ……っち」


【フゥ……】


 軽い溜息をつくバキラ。


「バキラ……っち?」


 僕は恐る恐る聞いてみる。


暮葉くれはっちはいいなー

 竜司っちとすっごいラブラブなんだモン……

 そんな感じだとデートとかもいっぱいしてるんだろーなー】


「デイト?

 ねーねー竜司っ!

 デイトってなあにっ?」


 暮葉くれはキョトン顔。

 ってか読んでる漫画にデートぐらい出てくるだろうに。

 ホント竜の興味ってのは良くわからん。


「デートって言うのは恋人が二人きりでお出かけする事だよ。

 この前のショッピングモールみたいにね」


 正確にはガレアも居たが。


「ふうん。

 あれがデイトなんだ……

 ふうん……

 ふうん……

 ウフフフ」


 暮葉くれはがキョトン顔で考え込んだと思ったらニヤニヤ含み笑いをし出した。


「ど……

 どうしたの……?」


「わかんないっ!」


 笑顔でこんな事を言う暮葉くれは


「え……

 どういう事?」


「だからよくわかんないっ!

 あれがデイトなんだぁって考えたら何だか嬉しくなっちゃったのっ!」


「なあにそれ。

 フフフ」


 何か可愛かったので僕も笑ってしまった。


【いいなぁ……

 二人とも】


 僕らの様子を見て羨ましがっているバキラ。

 そのまま僕らは楽しく談笑した。



 六十分後



 宴もたけなわ。

 食材もほぼほぼ平らげた状態になり場は大人の飲み会へとシフトしていた。


 僕と暮葉くれは、カンナちゃんは隅で大人しくその様子を眺めていた。

 グース、凛子さん、ガレアは輪の中に入りビールをグビグビ飲んでいる。


「うふふふぅ……

 何だか私……

 酔ってきちゃったぁん……」


【みょっとっ!

 きょれよきょせっ!】


「ZZZZZZZZ」


 妙に色っぽくなってきた凛子さんにベロンベロンになっているガレア。

 そして何だろ……


 あれ……

 グース立ったまま寝てないか?


「な……

 何か凄い事になって来たね……

 暮葉くれは


「ぶーーーっ!

 私もあれ飲みたいーーーっ!

 何でダメなのよーーっ!」


 何か暮葉くれはがブーたれている。

 というのも今回は酒は飲んじゃダメって厳命していたのだ。


 何故かって?

 あの全裸でムキムキ三人+その他の屈強な船員と社員。

 そんな中に暮葉くれはを放り込んだらどうなるか解ったもんじゃないからね。


「絶対ダメッ!

 大体暮葉くれは、酔っちゃうじゃん。

 そんな姿、大ファンのカンナちゃんに見せて良いの?」


「ふーーんだっ。

 私そんなおかしくなんないもーーんっ!

 ねーっカンナちゃんっ!?」


「うんっ!

 クレハの言う通りっ!

 竜司にーちゃんが悪いっ!」


「ほらーーーっ!」


「タハハ……」


 僕らはソフトドリンク片手にしばらく様子を見ていた。

 しばらくすると場に変化がある。



 ガシャーーーーンッ!



 ガラスが勢い良く割れる音がする。


「な……

 何だ?」


(ギャーーーーーッ!)


 ガラスが割れた音と同時に悲鳴が聞こえる。


 ザワザワ


 辺りもざわつき始める。

 音の方を見るとうつ伏せで倒れている男性と刺々しく割れたビール瓶を持っている男性が見える。


(お前ェェェェッッッ!

 俺のオンナ口説いてんじゃネェェェェェェェッッッ!!)


 ビール瓶を持った男が大声で叫んでいる。


「どうしたの?

 竜司」


「わかんない……

 ちょっと見てくる……」


 僕は父さんの所に駆け寄る。

 全裸の父さんのキュッと引き締まった尻がどんどん近づいてくる。


 気持ち悪い。

 もうこの際全裸なのは置いておこう。


「父さんっ!

 何があったのっ!?」


「オヤァ……

 竜司ィ……

 こんな事は船員クルーの間じゃあ日常茶飯事デスよぉ……

 今残ってるのはほとんど僕の船の船員クルーですシネェ……」


 そう言えば島崎さんらももう居なくなっている。

 帰ったのかな?


(てんめぇぇぇぇぇっっっ!

 やってくれんじゃねぇかぁぁぁぁぁっっっ!)


 ググググッ!


 うつ伏せで倒れていた男性がゆっくり起き上がる。

 顔の上半分が赤い。

 流血している。


「ちょっ!

 父さんッ!

 あの人手当てした方がいいんじゃないのっ!?」


 思わず父さんに進言。


「大丈夫デスヨォ……

 みんな血の気の多い子達ばかりデスカラネェ……

 適度に血を抜いた方が良いんデスヨォ」


 対峙する割れビール瓶を持った男と頭が流血している男。


(どーーーーーーんっ!)


 頭が流血男が動いた。

 角材で男の頭を一撃。


 ベキッッ!


「うわっ!」


 カランカラン


 折れた角材が僕の足元まで飛んでくる。


(ギャーーーーーッ!)


 角材で頭をカチ割られた男性の悲鳴が波止場に響き渡る。


 バターーン


 そのまま豪快に突っ伏して倒れてしまった。


 ピクッピクッ


 軽く痙攣している。

 オイ本当に大丈夫か。

 と、更にここから事態は急変。


(ゥゥオォォイッッ!?

 モーリィィィ……

 ヒック……

 テメーッッ何見てやがんだぁっ!)


 角材男の溜飲はまだ収まってないらしく周りの人にも飛び火し始めた。


(ばーーーーーんっ!)


 角材を下から勢いよく振り回す。

 斬撃の軌跡は右斬り上げ。


(ぶほっ)


 抑えの効かない声と共に横に吹っ飛ぶモーリという男。


 ガンガラガッシャーーーンッ!


 バーベキューコンロに激突。


(ウワチャーーーーーーッッ!)


 さっきまでバーベキューをしていたのだ。

 まだアツアツだったのだろう。


 ゴロゴロゴロゴロ


 転がり周るモーリ。

 立ってた人にぶつかる。


(いっっってぇぇなぁっっ!

 モーリッッッ!)


 瞬く間に飛び火して辺りは大乱闘。

 社員同士殴り合い始めた。


(オラァッ!)


(ぶべらっ!)


(てめぇっ!

 息臭せぇんだよっっ!)


(はべらっ!)


 ガシャンッ!

 ガランッ!

 ドンガラガッシャーンッ!


(姉ちゃんっ!

 酌しろよぉぉぉぉっっっ!)


 暴徒と化した酔った船員クルー達はとうとう凛子さんにも絡み出した。

 その肩を強く掴む酔った船員クルー

 が、更にその手を強く掴む一つの真っ白い手。


「下郎……

 我がマスターに触れるな……」


 ギュオッッ!


 グースの眼が緑色に光る。

 凛子さんの肩に置いた船員クルーの手が瞬時に干からびる。


(イテェァァァァァァァァッッッッッ!!

 俺の手ェェェェェェェェェッッッッ!!)


「フン……

 大丈夫ですか?

 マスター


「あらぁん……

 わたちぃお酌ぐらいしてあげても良かったのにぃー。

 お姉さんだなんてぇ……

 ンフフフゥ」


 凛子さんは頬を赤く染めながらニコニコ顔。


マスター……

 少々アルコール摂取が過ぎるかと……」


 良かった。

 考えて見たら凛子さんの側にはグースが居るんだ。

 なら大丈夫だろう。


「オヤオヤァ……

 何だか騒ぎになってきまシタネェ……

 周りの迷惑もありマスシィ……

 そろそろ止め時デショウカネェ…………

 ケイシーッ!

 ジャックッ!

 行きマスヨォォォォォォォッッ!」


「へェい……

 船長キャプテン……」


 ジャックさんの眼が赤く光る。

 不穏な空気が漂う。


「一人頭八~九人って所デスカァ……

 船長キャプテン…………

 俺はもう勃起が止まりませんぜ…………」


 ケイシーさんの眼が赤く光り、含み笑い。

 オイ勃起って何の話だ。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 いや何度も言うが実際に音が鳴っている訳では無い。

 だが全裸のムキムキ三人のその眼の赤い光が不穏な空気を醸し出し、漂う威圧感がそんな音を立てている様な気がするんだ。


「行きマスヨォォォッッッ!!

 マヤドー会海洋交渉術ッッッ!」


 父さんが号令


「奥義ッッッ!」


 三人同時。

 不覚にもカッコいいと思ってしまった。

 でも奥義と言う事は……


海人あまづくしぃぃっっっ!」


 ゴッッ!


 一陣の剛風が船員クルーに襲い掛かる。

 まずは全裸のケイシーさんとジャックさん。

 赤い眼の光が蛇行の軌跡を描いている。


(ウワァァァァァァッッッ!

 機関長ッッ!

 機関長ッッ!

 右手にチクチクしたものがッッ!

 チクチクしたものがぁぁぁぁッッ!

 それで何でもうヌメヌメしてんすかぁぁぁっっ!!)


「オイオイ……

 ワタナベェ……

 そう暴れるなよ……

 興奮しちまうじゃねぇか……」


 僕の眼に映ったのはワタナベと呼ばれたその人に抱きついて腰をカクカク揺らすケイシーさんの気持ち悪い尻。


 僕は何も見ていない。

 何も。


 そういえば凛子さん達はどうしたんだろう。

 僕はさっき凛子さんが居た場所を向く。


 グースは右肩に眠っているカンナ。

 左肩に酔った凛子さんを担いで亜空間を開いている姿が見える。


 僕はたまらず声をかける。


「ちょっ!

 ちょっとちょっとっっ!

 グースっ!

 一体どこへ行くのっっ!?」


「ん?

 あぁ竜司様。

 マスターも酔い潰れ、カンナ様もご就寝の様子なのでそろそろ御暇おいとましようかと」


 グースは冷静に言う。


(ヒヤァァッァァァァッッッ!

 機関長ッッ!

 冗長な熱さが右手にィィッッ!

 右手にぃぃぃっっ!)


(通信長ッッ!

 痛い痛い痛い痛い痛いッッッ!

 背骨が折れるゥゥゥゥッッッ!

 アンタの“海人あまづくし”は荒いんだよぉぉぉぉッッッ!)


 ギャーギャー


 ドッタンバッタン


 よくこの阿鼻叫喚の中で帰宅を決断出来たな。

 いや、阿鼻叫喚だからこそ主を護る為、面倒事からとっとと退散しようとしたのか。


「では竜司様。

 御武運を。

 さようなら」


「ちょっと御武運ってどういう意味ーーーッッッ!」


 シュンッ


 僕の叫びも意に介さず無慈悲に閉じる亜空間。

 味方が減ってしまった。

 トホホ。


「何じゃ……

 騒々しい」


 あっそうだっ!

 僕にはまだお爺ちゃんが居たっ!


 天の助け。

 お爺ちゃんの側に居よう。

 そうしよう。


 ドンッッッ!


 僕は天から吊るされた蜘蛛の糸に縋るが如くお爺ちゃんの元へ行こうとした矢先。

 突風が僕の横を駆ける。


 目端に映った赤い光の軌跡。

 今ケイシーさんとジャックさんは絶賛お楽しみ中だ。

 と、言う事は……


「キョォォォォワァァァッァァァァァッッッッ!!」


 状況を整理する間も無く響く祖父の叫び声。


「オヤァ……

 僕とした事が目測を誤りまシタカァ……

 まぁいいや……

 父さん……

 一日ぶりの海人あまづくしはドォデスカァ…………」


「わっっ!

 儂が何をしたと言うんじゃぁぁぁぁっっ!

 竜司とはもう仲直りしたじゃろぉぉぉっっっっ!

 しっっ!

 滋竜しりゅうっっっ!

 何故アソコがもうヌルヌルしとるっっっ!

 ギィヤァァァァァッッッ!」


「オヤァ……

 父さん……

 今日はなかなかに暴れまスネェ……

 そんなに暴れられるとォ……

 興奮しちゃうじゃないデスカァ……

 僕は禁じられた関係に足を踏み出しソオデスヨォ……」


「ヌオォォォォォッッッ!

 滋竜しりゅうッッッ!

 硬くッッッ!

 硬くするなぁぁぁぁぁっっっ!」


「あ…………

 あ…………」


 目の前に繰り広げられている惨劇に僕は声も出ない。


「カッッッ…………!!

 Steady……

 As……

 She……

 Goes…………

 ガクッ」


 あ、お爺ちゃんがオチた。

 最後の一言は確か操舵号令だ。


 “SteadyAsSheGoes”。

 現在の進路を維持するって意味だったっけ。

 以前読んだ船の漫画で載ってた。


 って言うか今の進路を維持しちゃ駄目だろお爺ちゃん。


 パタッ


 力無く枯れ木の様に倒れる祖父。


 ちーーーーん


 完全に白眼を向いている。

 駄目だこりゃ。


 本当に海人づくしって気持ち悪いんだなあ。

 僕はこの段階で半ば他人事のように考えていた。



 この後自分にも降りかかるとも知らずに。



「…………んぅ……?

 オヤァ……

 竜司ィ……

 どうかしましタカァ……?」


 全く動かない祖父の前に立つ全裸の父さん。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ


 強烈な威圧感を出しながらゆっくりとこちらを見る全裸のマッスルモード父さん。

 まだ目が赤く光っている。


「いっ……

 いやっ……

 別にっ……」


 威圧感に圧され後退りする僕。


「ハハ~~ン……

 わかりましタヨォ……

 竜司ィ……

 貴方お爺ちゃんばっかり喰らって寂しいんデショウ…………」


 え!?

 一体何の話だ!?


「え……

 何っ!?

 何の話っ!?」


 ジリ


 巨大な全裸の父さんがにじり寄って来る。


 もしかして!

 僕に!


 海人あまづくしを喰らわせる気か!?

 実の息子の僕に!?


「喰らいたいんでしょ?

 海人づくし」


 しれっと恐ろしい事を口にする全裸の父さん。

 予感的中。

 絶対嫌だ。


「嫌…………

 嫌だ…………

 嫌だ…………」


 余りの嫌悪感に声も出ない。

 後退りするぐらいが精一杯。


「ソーですかソーですかァ。

 そんなに父さんの愛を受けたいデスカァ……」


 うん。

 僕の拒否を全く聞いていない。

 ちらりと祖父の方を見る。


 ちーーーーん


 白眼を向いて気絶している祖父。


 ブルブルッ!


 顔を左右に勢い良く振る。

 絶対にあんな事にはなりたくない。


 間合いは約十五メートル。

 多分マッスルモードの父さんが本気を出せば一瞬だろう。


魔力注入インジェクトッッ!」


 ガレアから中型の魔力球射出。

 僕の身体に入る。


 ドクン


 心臓が高鳴る。


「ここで……

 保持レテンションッッ!」


 三則の一つ。

 保持レテンションを使ってみる。

 イメージは箱の中に魔力球を入れるイメージ。


「ホゥ……

 魔力注入インジェクトデスカァ……

 フフフフゥ……

 僕も父親としてェ……

 息子の成長をォ……

 確認しませんトォ……」


 そして集中フォーカス

 魔力を両脚に集中。


「身体全体……

 で…………

 ネッッ!!!」


 ドンッッッ!


 父さんが勢い良く踏み込む。

 一瞬で間合いを詰められる。

 目の前に聳える巨大な肉の壁。


 眼の赤光が不気味さを匂わせる。

 太い丸太の様な両腕が僕に迫る。


 緊迫する一瞬。

 だがタイミングを取るのは得意なんだ。


 発動アクティベートッッ!


 ドルルルンッッ!


 高馬力のエンジン音の様な音がする。

 僕の描いた発動アクティベートのイメージはエンジン。

 エンジンを点火するイメージだ。


 ビュンッッ!


 僕の身体は父さんの両腕から逃れ、一瞬で遥か上空へ。


 フム。

 確かに前の魔力注入インジェクトに比べると飛躍的に上昇距離が伸びている。

 この三則を極めないと。


 そう感じた矢先……


「ホォォ……

 なかなかの跳躍力…………

 ヤリマスネェ……

 竜司ィ……」


 ゾワワッ!


 身体全体が悪寒で総毛立つ。

 後ろから父さんの囁きが聞こえたのだ。

 ここ少なく見積もっても二十メートルは上空だぞ。


「ウワァァァァッァァッッ!」


 ドゴォォォッッッッ!


 素早く反転。

 父さんの左脇腹に烈火の如く右回し蹴りを叩きこむ。


 僕の頭の中は蹴った相手が実父と言うのは頭に無かった。

 僕を襲った悪寒による恐怖はその事実を忘れさせるのに充分。


 ギューーーンッッ!


 ドッカァァァン!


 肌色の流星と化した巨大な肉ダルマは真っすぐ落下。

 コンテナ群に着弾。

 大きな破壊音が響く。


 同時に僕の身体も自由落下。


 スタッ


 モクモク


 無事着地。

 着弾地は粉塵が立ち昇っている。


 どうしよう。

 さぁこれからどうしよう。

 僕は間合いを広げる為その場から離れようとした。



 が……



 ガシィッ!


 僕の両肩を巨大な手が掴む。

 驚いた僕は後ろを振り向く。


 右に全裸のケイシーさん。

 左に全裸のジャックさん。


「おおっとぉ……

 竜司君……

 どこへ行くんだいィィ?」


 と、ケイシーさん。


「竜司君……

 とりあえず間合いを広げようなんて事は言いっこ無しだぜ……

 実のお父さんを蹴り飛ばしたんだからなぁ……」


 と、ジャックさん。

 ってちょっと待て。

 何で僕の考えが判ったんだ。


 驚いてジャックさんを見ると……


「フフフゥ……

 竜司君……

 何で判ったんだって顔だネェ……

 これぞマヤドー会海洋交渉術観察眼“大海の一滴”だヨォ……」


 そう言えば昨日そんな技名を父さんが言ってたな。

 ってかその技、読心術だったのか。


 ギュゥッ!


 僕の両肩を強く掴む全裸の二人。

 何て力だ。


 僕は下に押さえ付けられ、正直動く事が出来ない。

 やがて粉塵が収まって来る。


 晴れて視界がクリアーになると、そこは鋼鉄のコンテナが変形して乱雑になり、荒れに荒れている。

 僕の放った蹴りが産み出した景色とはいえ物凄い威力だ。


 今までの僕じゃあこんな威力は出せなかった。

 改めて三則の効果を反芻する。


「ンフフフフゥゥゥゥ…………」


 声が聞こえる。

 着弾点の方だ。

 凝視していると……


「オイオイィ……

 竜司君……

 まさか我らが船長キャプテンがこれしきで終わるとか思って無いだろうナァ……」


 僕は右を振り向く。

 依然として右肩を押さえ付ける全裸のケイシーさん。


 眼が紅く光っている。

 って言うかこの人に言わせると“これしき”なのか。


「最近の中東は荒れててナァ……

 時には海賊と二連戦、三連戦とかもありえるんダゼェ……?

 そんな中……

 ウチの船長キャプテンは常勝無敗……

 これの意味する事が判るかイィ……?」


 左肩を強く掴むジャックさんは眼を赤く光らせながらそう言う。


 ゴクリ


 僕は生唾を飲み込む。


「ハァッッ!!」


 バンッッッ!


「うわっ!」


 ガランッガラランッ!


 コンテナが弾け飛んだ。

 僕の足元までコンテナの破片が飛んでくる。


 中心から出てきたのは全裸の父さん。

 ゆっくりと腕を組む全裸の父さん。


 駄目だ。

 この人に勝てる気がしない。


「さァ……

 竜司君……

 キミには出来立てホヤホヤのマヤドー会海洋交渉術最終奥義をご馳走しよう…………」


 白い歯を見せてニヤリと笑う全裸のケイシーさん。

 未だ眼は赤光を放っている。


 何!?


 最終奥義!?

 嫌な予感しかしない。


「あの~~……

 僕は十四歳なので~~…………

 そろそろ帰ろうかな~~……」


 僕はこの場から離れようとする。


 ガシィィッ!


 が、僕を解放させてくれない両肩の大きな手。

 まるで溶接されたかように僕から離れない。


「おおっトォ……

 どこへ行くんだい……

 竜司君……

 確かに夜も更けている……

 若き青少年は予習でもして眠る時間かも知れない……

 ただ最終奥義を味わう時間ぐらいはあるだロウ……?

 なァに……

 時間は取らせないさ…………

 一瞬で極楽へ連れて行ってあげるからネェェェェェェェッッッ!」


 一際眼の赤い光が強くなる。

 嫌だ嫌だ。


「実を言うとナァ……

 この最終奥義を実戦投入するのは今日が初めてなんだゼィ……」


 ジャックさんの眼も赤い光を強く放つ。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。


「はーなーしーてーっっっ!

 僕はーーっっ!

 帰るんだーーっっ!

 やめてーーーっっ!」


 僕は力いっぱい身をよじる。

 この最終奥義。


 父さん達の事だから絶対に真っ当な技じゃない。

 絶対に。


 僕はどうなるんだ。

 襲い来る極大な不安と崖っぷちに立たされた今の状況に僕は魔力注入インジェクトを使う事を忘れていた。

 三則なんて以ての外だ。


 ジリ


 腕組みしながらゆっくりとにじり寄って来る全裸の父さん。

 もはや僕の頭の中は恐怖しかない。


「嫌……

 いやだ……

 僕は男なんだ……

 やめて……」


 ふるふる


 僕の出来る抵抗は力無く首を左右に振るぐらい。

 頬に液体が伝うのを感じる。

 僕は泣いていた。


「オイオイィ……

 竜司君……

 泣くほど嬉しいのかイィ……

 そんなに喜ばれるとオジサン……

 興奮しちまうじゃネェカ……」


 もはやこの二人に何を言っても無駄だ。


 ピタリ


 父さんの動きが間合い七メートル付近で止まる。

 もしかして解放されるのでは?

 それが雪の様に淡い期待だったことを思い知る。


 地獄の始まりは強烈な朱で輝く父さんの眼光からだった。


「行キマスヨォォォッッッ!!

 ケイシーッッ!

 ジャックッッ!」


「ハイ!

 船長キャプテン!」


「ヘイ!

 船長キャプテン!」


 父さんの号令に応じる二人。


「開祖ッッ!

 兀突骨剛治ごつとつこつごうじに捧ぐッッ!

 マヤドー会海洋交渉術ッッ!

 最終奥義ッッ!」


 誰?


 と思う暇も無く。

 二人に担ぎ上げられる僕。


「うわぁぁっ!」


 急激な視界の変化に戸惑う僕。


「ワッショイ!

 ワッショイ!」


 全裸の筋肉男が二人。

 僕を胴上げしながら運んでいく。


「ワッショイ!

 ワッショイ!」


「よく来ましたネェ……

 ではァ……」


「デヤッッッ!!」


 ギャンッ


 僕の視界が更に激変。

 物凄い勢いで地面が下がる。

 僕は今空に居る。

 二人が僕を上空へ投げ飛ばしたのだ。

 ぐんぐん昇る。


「デヤッッ!!」


「ヘヤッッ!!」


「トウッッッ!!」


 重心が狂いグルグル回転しながら飛んで行く中で確かに見た。

 僕に向かって勢いよく飛んでくる肉ダルマ三人を。


 オイ……

 まさか……。


 脳裏に過る絶望的な予想。


 ガシィッッ!


 僕の右手を強く掴む父さん


 ガッッッッ!


 続いて左手を掴むケイシーさん。


 グッッッッ!


 右足首を掴むジャックさん。


「やっ……

 やめっ……」


 高高度。

 それから来る風圧により声が上手く出ない。


「いきますヨォォォォッッッ!!

 海人あまづくしィィィィィィ…………」


 高高度でも確かに聞こえた父さんの声。


「散華ッッッッッ!!」


 父さんの太い腕が僕の首をガッチリ捕縛ホールド


「グッ……」


 少しの呻き声。

 その後僕は絶叫を上げる事になる。


 父さんが僕の腕に跨り、局部を擦り付け始めた。

 腰を振る速さが尋常じゃない。


 僕の身体は最高点まで到達。

 自由落下。


「うわぁぁっぁぁぁぁぁっぁっっっ!

 とっっ!

 父さんっっっ!

 かっ!

 過剰な温もりがっっ!

 僕の腕をっっ!

 行ったり来たりぃぃぃぃっっっ!

 何で濡れてるんだよぉぉぉぉッッッ!!」


 次はケイシーさん。

 僕の下腹部を片手でロック。


 局部が僕の左手に接触。

 円を描くように腰を動かし始める。


「ギィヤァァァァァッァァァッッッッッ!!

 何かチクチクッッッ!

 チクチクするぅぅぅぅっっっ!

 それで二人とも何で濡れてるのぉぉぉッッッ!」


 僕の絶叫は虚空に消える。

 かなり高高度まで飛ばされた為まだ地獄の自由落下は続く。


 最後はジャックさん。

 右足首を持ったままひらりと僕の右脚に跨る。


 そして腰を僕の右太腿付近に打ち付け始めたのだ。

 これまた打ち付けるスピードが尋常じゃない。


 しかも僕の両眼前にジャックさんのデカい尻があり、肛門が丸見えだ。

 上下に忙しなく動く肛門が嫌でも目に焼き付く。

 何で僕がこんな気持ち悪い画を見なくちゃいけないんだ。


「イヤァァッァァァァァッッッッッッ!!

 ジャッ!

 ジャックさんッッッ!

 尻をこっちに向けるなぁぁぁぁぁぁッッッ!!」


 視覚。


 忙しなく上下する肛門。


 触覚。


 右腕。

 左腕。

 右足に絶えず伝わって来る徒爾とじな感触と温もり。


 嗅覚。


 鼻の穴が二倍に広がったかと錯覚する程の激臭。

 鼻腔の奥の奥まで突き刺さるその匂いはもはやトラウマレベル。


 聴覚


 パンパンパンパン


 ヌルヌルゥーッッ


 ヌメッヌメヌメェーッッ


 卑猥な音が鼓膜を揺らす。

 耳を塞ぎたいが自由を奪われた僕にはそれは敵わず。


 僕の五感のほとんどが嫌悪感に包まれた状態で僕は落下を続ける。

 そろそろ着地。


 スタッ


 僕に纏わり付いている三人が衝撃を殺し、僕は傷一つ付かず優しく地面に降ろされる。

 いっそ着弾の衝撃で気絶したかった。


 地面に降りても三人の所作は収まらなかったから。

 一体いつまで続くんだ。

 この地獄は。


 五感のほとんどを圧迫する極大な嫌悪感、抵抗感がどんどん僕の意識の紐を削ぎ落していく。


「あ…………

 あ…………」


 意識が混濁してくる。

 声もまともに出ない。


「取舵…………

 いっぱい…………

 よー……………………

 そろー…………

 ガクッ」


 意識の紐が完全に切れ、僕は気絶した。

 今回二度目。



 翌朝



 チュンチュン


 小鳥の囀りが聞こえる。

 僕はゆっくり眼を開ける。


 知ってる天井。

 知って間もない天井。


 まだ僕は父さんの職場に居る様だ。

 僕はゆっくりと身体を起こす。


「ん……?」


 袖に重みを感じる。


「スウスウ……」


 右を見ると暮葉くれはが袖を掴んで可愛い寝息を立てている。


「フフ……」


 暮葉くれはの無邪気な可愛らしい寝顔で癒された所で昨夜に何があったか思い出してみる。



 思い出せない。



 あれ?

 何か凄く嫌な事があったような……

 確か昨日は……

 暮葉くれはとガレアと買い出しに行って……


 その後バーベキューをして……

 そうそう神戸牛が凄く美味しかったなあ……


 それで……

 お爺ちゃんから魔力注入インジェクトの三則について聞いたんだ…………

 それで…………


 ここからが思い出せない。

 何かどえらい事をされた様な……

 どうしても思い出せない……


 何でだろ?

 僕にもよく判らない。


 とりあえず僕は起きる事にした。

 暮葉くれはを優しく揺り動かす。


暮葉くれは……

 起きて……

 朝だよ」


 ぱちり


 暮葉くれはの大きな瞳がゆっくり開く。


「ん……

 ムニャ……

 竜司……

 おはよ……」


 目を擦りながらゆっくりと起き上がる。


「ふぁぁ~~……

 ムニャムニュ……」


 暮葉くれはが大きな欠伸。

 何だか眠そうだ。


暮葉くれは、眠そうだね。

 どうしたの?」


「ん~~?

 よくわかんない……」


「なあにそれ。

 フフフ」


 ガレアは窓際で丸まって寝ている。

 さあ起こさないと。


「ガレアー。

 朝だよー」


【竜司、うす】


 相変わらずガレアの寝起きはいい。

 呼びかけるとすぐに起きる。

 僕は身なりを整え、下に降りる。


 ガヤガヤ


 一階が少し騒がしい。

 何かあるのかな?

 受付カウンターの上の時計を見る。


 午前七時十八分


 何人かの男性が食堂の方に歩いていく。

 作業着からして何かの船の船員クルーだろうか。

 と、そこへリストをめくりながらケイシーさんが歩いてくる。


「ん?

 竜司君っ!

 おはようっ!」


 白い歯を見せてニカッと笑うケイシーさん。


「おはようございますケイシーさん。

 あの……

 今日何かあるんですか?」


「ん?

 朝はこんな感じだよ。

 毎日色んな船が出航するからなあ」


「ケイシーさんも行くんですか」


「そうだよ」


「じゃあそのリストは積荷の帳簿か何かですか?」


 ケイシーさんキョトン顔。

 だがすぐに晴れやかな笑顔になる。


「ハッハー。

 なかなか目敏いなあ。

 が、残念。

 これは“高島”海技者リストだよ」


「高島って?」


「あぁ、お父さんの船だよ。

 機関長ってのは機械弄りだけ出来たら良いものじゃないんだよ。

 陸にも仕事があってねエ。

 これは次期の海陸異動の候補者選出を考えているんだよ」


「へえそうなんですか」


 僕は素直に驚いた。

 アニメとかで出てくる機関長って言うのはずっとエンジンルームとかに籠っているイメージだったから。


「……って事は今日父さん出航なんですか?」


「そりゃもちろん」


 一昨日帰って来たばかりなのにもう出航か。

 本当に海で生きてるんだなあ。


「いつ出航なんですか?」


「少し遅めだから八時十五分。

 竜司君、朝飯を食べたらお父さんに激励を送ってやってくれよ」


「はいわかりました」


 僕らは食堂に行き適当に朝食を済ませた。


 午後七時五十五分


 僕らは父さんを探しに外へ出る。

 昨日バーベキューをやった波止場へ。

 そこには巨大な輸送タンカーが停泊していた。


 高島 TAKASHIMA


 船首に名前が書いてある。

 物凄く大きい。

 海に浮かんでいる事を忘れるぐらいの大きさ。


【あっ竜司っちー、暮葉くれはっちー、ガレアっちー。

 おはよー】


 タンカーの隣にバキラがプカプカ浮いている。

 バキラも大きいと思ったけどこのタンカーにはさすがに負ける。


「バキラっちー

 おはようー」


 僕もこの呼び方に慣れたもんだ。


【ねーちゃん、おはよう】


 このガレアの挨拶に違和感。

 そうだ。

 ガレアが“おはよう”というのが珍しいんだ。


【相変わらず二人はいつも一緒ねフフフ】


 バキラが優しい笑顔を僕らに向ける。


「うんっ!

 だって私、竜司が好きだもんっ!」


【フフフ。

 竜司っちー。

 暮葉くれはっち、泣かしたらアタシが許さないかんねっ!】


 バキラがおどけてそんな事を言う。


「わかってるよバキラっち。

 あ、そうそう。

 そう言えば父さんはどこ?」


【ん?

 滋竜しりゅうっちは今船内で準備してるよ。

 あと一回ぐらい降りてくると思うけど】


「わかったありがとう。

 バキラっち。

 父さんの事、宜しくお願いね」


【うんわかったー。

 任せといてー】


 しばらくバキラと談笑しているとタラップを降りてくる父さん。

 その姿に僕は絶句した。


 父さんは純白の真新しい船長服に身を包み、右手に船長帽を持って颯爽としている。


「オヤァ……

 竜司ィ……

 おはようございます」


「と……

 父さん……

 凄く素敵だね……」


 インナーも糊の効いたパリッとしたカッターにピシッと紺のネクタイを絞めている。

 正直凄く誇らしい姿。

 僕は感じたままを父さんに告げた。


「そう素直に言われますとォ……

 照れますねェ……」


「父さん、もう出航なんだってね」


「ハァイ。

 今回は一ヶ月~二か月と言った所デスネェ……」


「また中東の方?」


「そうですヨォ……

 中東ってのは物資の往来が激しいんデスヨォ。

 金持ちが多いですカラァ。

 物騒なんですけどネ……」


「気を付けて行って来てね」


「ハァイ。

 ありがとうございますゥ」


船長キャプテンっ!

 チェック完了だっ!

 いつでも出航できるぜっ!」


 既に乗船していたケイシーさんから声がかかる。


「はァい……

 では竜司ィ……

 行ってきますゥ……」


 船長帽を被り立派な船長姿となった父さん。

 普段からこうしてくれてたら良いのに。

 ゆっくりとタラップを昇る父さん。


 乗船。

 勢いよく振り向く父さん。


 ビシッ


 キビキビとした動きで敬礼する父さん。

 素直にカッコいいと思ってしまった。


「父ーーーさーーーんっっっ!

 行ってらっしゃーーーいっっ!

 気を付けてねーーーッッッ!」


 ニヤリ


 敬礼の姿勢を崩さず無言の微笑で返す父さん。


【それじゃー、アタシもそろそろ行こっかな?】


「バキラっちも気を付けてね」


【やーだー竜司っちー。

 アタシこれでも“王の衆”よ。

 そんじょそこらの竜に負ける訳ないじゃん】


 笑顔のバキラ。

 そう言えばバキラって海嘯帝かいしょうていだったっけ?

 王の衆がコギャルって。


「ハハハ。

 そういえばそうだね」


【じゃー行ってきまーす】


 ザッッッパァァァァァァァァァン


 バキラが勢い良く潜る。

 出会って一番高い波が僕らを襲う。


「ぷわぁっ」


 僕ら三人はビショビショになる。


「だ……

 大丈夫?

 暮葉くれは……!!?」


 無事を確認しようと暮葉くれはの方を見たがすぐにそっぽを向く僕。


「ふぇえぇ~。

 ベタベタするぅ~……

 ん?

 竜司どうしたの?」


 暮葉くれはは多分キョトン顔。


「くっ……

 暮葉くれはっ……

 しっ……

 下着が透けてるっ!」


 見たい。

 いや見ちゃ駄目だ。


 でも見たい。

 いやいや見ちゃ駄目だ。


 頭の中で葛藤する僕。

 さっきチラッと見えたがブラの色は水色だった。


 水色好きだなあ。

 って何言ってんだ僕は。


「ちょっと僕タオル借りてくるよ」


 僕は再び施設に戻り、食堂に居た島崎さんにタオルを借りた。

 手早く拭きとりタオルを返す。


「さっ僕らも行こうか?」


「うん」


 僕らは六甲ライナーの駅を目指す。

 降って湧いた様な暮葉くれはとの旅行だったが何とか無事終える事が出来そうだ。


 後は加古川の家に帰り、荷物を取って静岡に行くだけだ。

 そんな事を考えている内に加古川駅到着。


「竜司、どこ行くの?」


「一旦家に帰って荷物を取りに行くんだよ」


 お爺ちゃんとのわだかまりが解けたせいか周りの風景が全然違って見える。

 人間の感覚って不思議だなあ。


 家到着。

 門を潜り玄関を開ける。


 ガラガラガラガラーーッ


「ただいまーっ」


「おうー。

 竜司帰ったか」


 奥から祖父の声がする。

 僕はまず茶の間に向かう。


 皇家 茶の間


 祖父はテーブルの前に座り、お茶を啜っていた。


「おかえり竜司」


「たっ……

 ただいまっ…………」


 僕は感極まって少し泣いてしまった。

 この普通の挨拶。


 これを得るためにかかった時間は二年以上。

 本当に僕は帰って来たんだ。


「りゅっ……

 竜司ッ!?

 どうしたんじゃっ!?」


 急に僕が泣き出したので祖父が慌てている。

 僕は頬を拭いながら説明する。


「いや……

 お爺ちゃんとこうして……

 普通に挨拶出来るのが嬉しくてさ……

 嬉し泣きだよ……」


「そうか……」


 祖父の顔がゆっくりと笑顔になる。


「本当は久々の家でゆっくりしたいんだけど、兄さんの手伝いもあるからすぐに出るよ」


「そうか。

 気をつけてな。

 あと豪輝によろしくの」


「うん。

 あ、あとお爺ちゃん。

 僕、三則使ったよ」


「いつの話じゃ?

 儂が竜司に三則を教えたのは昨日の今日じゃぞ」


「う~ん……

 でもヘンなんだ。

 使った事は覚えてるんだけど……

 何で使ったかは思い出せないんだ……」


「何じゃそれは?

 まあいいわい。

 それでどうじゃった?

 使ってみた所感を聞かせい」


「うん……

 凄かった……

 一跳びで二十五メートルぐらい跳んだもん」


「フム……

 見たところ後遺症も無さそうじゃ」


「うん。

 身体は元気だよ」


「竜司よ……

 どういうイメージでいく事にしたんじゃ?」


「えっと保持レテンションは箱に魔力球を入れて閉じ込めるイメージ。

 発動アクティベートはエンジンを点火するイメージかな?」


「フム……

 弱いな……

 発動アクティベートは良しとしても保持レテンションのイメージは考え直した方が良いの」


「どういう事?

 お爺ちゃん」


保持レテンションは文字通り体内に魔力を保持すると言うのが一番の役割じゃが、それと同時に魔力に抑圧をかけるという意味合いもある。

 竜司、貴様の箱のイメージでは閉じ込めるだけで抑圧負荷をかけているイメージが無い。

 それでもその跳躍力が出せたの言うのは大したもんじゃ……

 フフンさすが儂の孫」


 祖父が誇らしげに含み笑いをする。


「それじゃあもし保持レテンションのイメージを抑圧をかけるものに変えたら…………」


「うむ…………

 より高く跳べるじゃろて……」


「本当に魔力ってイメージで変わるんだねえ」


「そうじゃのう……

 鍛練や修練を必要としないからブヨブヨの緩みきった身体の者でも物凄い威力を発揮しおる…………」


 祖父が苦虫を噛み潰した様な顔をする。

 もしかして経験があるのかな?


「お爺ちゃん……

 もしかしてそういう竜河岸が居たの……?」


「昔の事じゃ……

 もう良い。

 忘れろ」


「うん…………

 じゃあ、お爺ちゃん僕もうそろそろ行くよ。

 保持レテンションについてはもう少し考えて見る。

 ありがとう」


 僕は笑顔でお礼を言う。

 少し頬が赤くなる祖父。


「うっ……

 浮かれるでないっ!

 まだまだ使いこなすには経験が足らんのじゃからなっ!」


 どちらかと言うと浮かれているのは祖父の気がする。


「そう言えば黒の王は?」


 いつも隣に侍っている黒の王が居ない。


「カイザなら隣の部屋で日課をし始めた所じゃ」


「日課?」


 僕は少し興味が出て隣の部屋の襖を開ける。


 ガラッ


「キェエエエエッッッ!!」


 ビシュッビシュッ


 入ると同時に絶叫が響く。

 墨汁の線が横に奔る。


 奔る。

 奔る。


 半紙を思い切りはみ出し、テーブル、畳へと五本の黒線が一瞬で刻み込まれる。

 筆を高く上げた状態で動かない黒の王。

 やがて


 カタッ


 ゆっくりと筆を置く黒の王。

 僕はただただその風景に黙って見ている事しか出来なかった。


 そして書き終えた半紙の上を摘まみ、ゆっくりと目線まで上げる。

 そこに描かれる白黒の縞模様。


【フム……

 上々】


 何?

 何を書いたんだこの人は。


 何を見て上々なんだ?

 僕にはドアップで撮ったシマウマの皮膚にしか見えない。


「ハァ……」


 後ろから祖父の溜息が聞こえる。


「お爺ちゃん」


「カイザはの……

 毎朝一の文字を百文字書くのを日課にしとるんじゃ……

 儂が最初に教えた事をずっと実践しとるのは殊勝な心掛けなのじゃが……」


 一!?

 あーこれいちか!

 縞模様だと思っていたコレははみ出したいちだったのか。


 僕は祖父の情報も手伝い、ようやく黒の線を文字として認識できた。

 にしても……

 何だろ……


 よし半紙の中に書く所からやってみようと言った所だ。


「でも……

 お爺ちゃん……

 よくこれで初段取れたね……」


「それがじゃ……

 何か良くわからんが割と見れる楷書を書きよってな……

 それを試しに出して見たら初段を認定されたんじゃ」


 祖父が言うには習字には永字八法と言う言葉があって、それは漢字の“永”の字には習字で必要な技法がすべて含まれてるって意味なんだけど、それを黒の王に話したら偉く感動。

 それからずっと“永”の文字を書き続けてるんだそうな。


 お爺ちゃんが言ってた初段認定に出したのも“永”の字だったんだって。

 まさに奇跡の一枚だったって祖父は言う。


「あ……

 そう……」


 僕はそう呟き、黒の王に声をかけずに部屋を後にした。

 そのまま部屋に行き、荷物を取って来る。

 手早く身支度を終える。


「じゃあ僕は行くよ。

 お爺ちゃん」


「そうか。

 気をつけての」


「うん!

 じゃあ行ってきます!」


「うむ」


 僕は玄関を出る。

 旅立つために。


 以前の逃避の旅立ち、当てのない旅立ちでは無い。

 家族に見送られている。


 僕にはもう帰る場所がある。

 帰って来るんだ。

 きちんと供養を終えて帰って来るんだ。


 そう決意した僕の顔は長い冬を終え、麗らかな春の快晴の様だった。


 さあ戻ろう。

 兄さんの元へ。


 ###


「はい。

 今日はここまで」


「ねえパパ。

 だから海人あまづくしって何なの?」


 たつはジトッとした眼をこちらに向ける。

 正直僕も良く判らない。


「えっと……

 それは……」


「何でお爺ちゃん、空中でパパにくっついてきたの?」


 今日は少し具体的だ。

 どうしよう。


「さぁっ!

 たつっ!

 次はいよいよあの呼炎灼こえんしゃくとの闘いだよっ!

 本当に物凄く強かったんだからっ!

 富士山麓で大決戦だっ!」


 僕は海人あまづくしの問いをかき消すように煽りに煽ってやった。

 するとたつは色めき立つ。


「パパッ!

 ついに戦うんだねっ!

 フンッ!」


 鼻息も荒い。

 どうやら海人あまづくしの問いは何処かへ行ったようだ。

 願わくばこのままいい意味で単純なたつで居て欲しいものだ。


「フフフ……

 今日も遅い…………

 じゃあおやすみ…………」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る