第百十七話 竜司と暮葉の御挨拶周り⑬~大宴会

「こんばんは。

 さあ今日も始めていこうかな?」


「パパ、今日は宴会?」


「そうだよ」


「パパ宴会好きだね」


「タハハ……

 僕が好きな訳じゃ無いんだけどね……

 じゃあ始めていくよ」


 ###


「さァて、どうしましょうかァ」


 ぐー


 僕の腹の虫が鳴る。


「オヤァ……

 竜司ィ、お腹が空いたんですかァ?」


 僕はスマホを見る。


 午後二時五十分


 そう言えば朝ご飯食べてから何も食べていない。


「…………うん」


「じゃア……

 ご飯を食べましょウカァ……」


 NYK施設 食堂


 食堂は教室二つくっついたぐらいの広さの部屋。

 人っ子一人居ない。


 そりゃそうか。

 もう昼の三時前だ。


「島崎さァん。

 こんにちはァ……」


「あら滋竜しりゅうさん、今日は休みじゃないんですか?」


「今日はァ……

 ですねェ……

 ちょっと家族の用事でネェ……」


「そうなの。

 えらい遅いお昼だねぇ。

 まあ良いよっ注文は何にする?」


「筋肉丼っ!

 三つゥ……

 えっと……

 竜司ィ……

 竜司の竜……

 名前何て言うんですかぁ?」


 ようやく紹介できる。


「あ、ガレアだよ。

 本名はガ・レルルー・ア」


「ハァイ……

 ガレア君ですねェ……

 わかりましたァ……

 ガレア君はよく食べますかァ……?」


「うん。

 大飯喰らいだよ」


「わかりましたァ……

 筋肉丼並二つゥ……

 バキラ用一つゥ……

 あの暮葉くれはさんと父さんは何食べますカァ?」


 あれ?

 何で僕には聞かないんだろう?


「辛いものッ!」


「儂は焼き魚定食じゃ……」


「俺はマスターと同じものを」


「ハァイ解りましたぁ……

 あと焼き魚定食二つゥ……

 あと激辛四川麻婆豆腐定食」


 あれ?

 僕は……

 もしかして筋肉丼っ!?


 十五分後


「ハイッ!

 お待ちっ!」


 トレイに載せられたメニュー


 トレイ一~二 焼き魚定食


 焼きサンマ

 味噌汁

 お漬物

 キンピラゴボウ

 ご飯

 あんかけのかかった豆腐


 うん。

 見るからに健康的な食事だ。


 トレイ二 激辛四川麻婆豆腐定食


 麻婆豆腐


 グツグツ泡を立てている麻婆豆腐。

 色は目が覚める様な紅。

 器全体が光っている様だ。


 ご飯

 漬物

 春巻き


 トレイ三~六 筋肉丼定食


 筋肉丼


 大きめの丼。

 何か魚の切り身。

 表面が焼いているので種類は判らないがちらりと見える赤からマグロだろうか。


 あと鶏肉を焼いて載せている。

 焼き牛肉ものっている。


 まだあるぞ。

 何か黄色い四角形のものあともう一種類の魚。


 味噌汁

 牛乳


 牛乳?

 定食に牛乳なんて珍しいなあ。

 そして当然ガレアの分はまるでディスプレイで飾ってあるぐらいの巨大な丼に同じ具材がのっている。


「サァ……

 皆さん……

 頂きマショウカ……

 手を合わせてぇ……

 頂きます」


 父さんの音頭に僕と暮葉くれは、祖父が続けて言う。


「頂きます」


 続けてガレア、黒の王。


【イタダキマス】


 食事開始。

 まず一口。


 ぱくり


 ん?

 この丼、タレは甘辛なんだ。

 変わってるなあ。


 あ、あの黄色い四角形は豆腐だ。

 うん美味しい。


 ぱくぱく


 ちらりと暮葉くれはの方を見る。

 レンゲで掬いながら麻婆豆腐を口に入れる。

 長い銀髪をゆっくり右耳に掛ける。

 何かセクシーだ。


 ぱくり


「おいっしーーーっ!」


 暮葉くれはが騒ぎ出す。

 静かに食事をしていた祖父がたしなめる。


「これ。

 竜司の嫁よ。

 食事の時は静かにしなければいかんぞ」


「あぁっ……

 ごめんっ!」


 何故か僕が謝っている。

 と言うか”竜司の嫁”って。

 僕が立って頭を下げたのを見て暮葉くれはも慌てて立ってぺこりと頭を下げる。


「ごっ……

 ごめんなさいっ!」


 口に赤い麻婆豆腐の汁がついている暮葉くれは


「あぁ……

 もう暮葉くれはってば」


 僕は手早くハンカチを取り出し暮葉くれはの口を拭く。


「んーーーっ!」


「はい綺麗になった」


「竜司よ……

 嫁に対して少々が過保護が過ぎんかの……?」


 僕の甲斐甲斐しい世話を見て祖父が驚いて出た発言。


「いや……

 お爺ちゃん、暮葉くれはは竜なんだ……

 だから人間の礼儀や作法なんかもまだ勉強中……

 だから僕はこれぐらいの事は全然過保護と思わないよ……」


 僕は真っすぐ祖父を見て自分の気持ちを告げる。


「ムウ……

 良い眼をするようになったな……

 竜司よ」


「えぇっ……

 そっ……

 そうかな?」


 突然の嗟嘆さたんに驚いた僕は赤面する。


「あれ?

 竜司、何で少しホッペが赤いの?」


「後で説明するよ。

 さっ暮葉くれは……

 食事を続けよう」


「うんっ!」


 食事を再開する僕ら。

 レンゲで麻婆豆腐を掬い口に運ぶ暮葉くれは


 ぱくり


 咄嗟に口を押える暮葉くれは

 しかし足は少しバタつかせている。

 暮葉くれはの隣の祖父を見る。


 祖父は黙って食事を続けている。

 よしよし。


 ちゃんと暮葉くれはは言う事を聞いてくれた様だ。

 その様子を見て頷く僕。


 僕も食事を再開する。


 ん?

 丼を食べ続けていると中で変化がある。

 箸に何かが当たった気がする。


 持ち上げた具をとりあえず眺めて見る。

 箸の乗っているのは牛焼肉、焼いてあるマグロの赤身。

 それとご飯が乗っている。


 見た目的には問題ない。

 とりあえず頬張ってみる。


 モグモグ


 うん。

 美味しい。

 気のせいだったのかな?


 と思った所に……


 ガリッ


 何か硬いものが歯に当たる。

 何だ?

 何だこの硬いもの。


 ゴクン


 飲み込んじゃった。

 良かったのかな?

 とりあえず箸で中を探ってみる。


「え……?」


 穿ほじくって出てきたのは大量の錠剤。

 びっしり底に敷き詰められている。


 カッカッカッカッカッ


 驚いている僕を尻目に口に丼をつけ、かっこんでいる父さん。

 口をげっ歯類の様に膨らませ咀嚼し始める。


 ボリッボリッボリッ


 咀嚼音がえらく気になる。


 ゴクン


 飲み込んだ。

 同時に父さんが震え出す。


 カラン


 丼を下に落とす父さん。

 中身は入っていない。

 空だ。


「…………ガガガガガガッッッッ!

 アヒヒヒフォォオォォォォ…………

 オホホホホゥゥゥゥ…………」


 ググググッッ……

 ゴキッ!


 奇声を上げる父さん。

 首がおかしな方向へ曲がっている。

 眼がカッと見開く。


「オクレ兄さんッッッ!!」


 だから誰?

 どこの誰か判らない名前を叫んだ後、普段通りに戻る父さん。


「ンゥーーーッッ……

 やはりィ……

 筋肉丼は最高ですネェ……

 おやァ?

 竜司ィ……

 どうかしましたかァ……?」


 いや、どうかしましたかじゃなしに。

 この怪しげな薬について説明してくれ。


「父さん……

 この……

 丼の底の薬は……

 何?」


「あァ……

 これは新型のアナボリックステロイド筋肉増強剤ですヨォ……」


 アナボリックステロイド。

 聞いた事がある。

 スポーツ選手が使うやつだ。


 ドーピング検査で引っかかる人はこれを飲んでいるらしい。

 って言うか違法薬物じゃないのかコレ。


 それにこの量。

 三十錠はあるんじゃないか。


「父さん……

 その薬って……

 副作用があるんじゃなかったっけ……?」


「おやァ……

 竜司ィ……

 物知りですねー。

 でもそれは旧型の話ですよォ。

 この新型のアナボリックステロイド筋肉増強剤は副作用を極限まで薄めていますカラネェ……

 フフフゥ……」


 でも全部食うと父さんの様に誰か判らない人の名前を叫ぶ事になるのではないだろうか。

 僕は綺麗に錠剤を残し食事を終えた。


 食事後僕はスマホで時間確認。


 午後三時三十五分。


「ではァ……

 お腹もいっぱいになった事だしィ……

 ぼちぼち準備に取り掛かりましょうかねェ」


「うむ」


「わかった。

 行くよガレア、暮葉くれは


【ん?

 外に出るのか?】


「わかったわ」


 父さんと祖父、黒の王。

 僕とガレア、暮葉くれはは施設の外に出る。


「では儂らは行くとするかの……

 じん……

 カイザッ」


「はっ」


 宙に浮きだす祖父と黒の王。

 上空から祖父が話しかけてくる。


「では儂は神戸牛を仕入れてくる。

 滋竜しりゅう……

 代金はとりあえず儂が立て替えておく……

 後で請求するからの……

 小一時間ほどで戻るッッ!」


 ビュンッッ!


 そう言い残し北の空へ瞬時に消えていった祖父。

 やっぱり便利だなあお爺ちゃんのスキル。


「さっ僕らも行こうか。

 僕らは……

 えっと……

 牛肉……

 魚介……

 あと野菜だっけ」


「そうデスねぇ……

 じゃあ竜司にはこれを渡して置きマショウ……」


 ドスッ


 父さんが渡したのはズシリと重たい封筒。

 物凄く厚い。


「えと……

 父さん……

 これは……」


「あァ……

 これはお金デスヨォ……

 お使いで使って下さいィ……

 五十万ありますゥ……

 全部使い切ってもらっても構いまセンヨォ……

 シカシィ……

 もしネコババなんてシタラァ…………」


 ギュゥッッ!


 父さんが巨大な右拳を力強く握る。

 なるほど、ネコババしたらそれを叩きこむと。


 ブルッ


 僕の身体の奥から震えが来る。


「そそそっ……

 そんな事しないよっっ!」


「ムフフフゥ……

 それを聞いて安心しましたヨォ……

 では私はァ……

 社員への周知とォ……

 バーベキューの準備をしときますネェ……」


「うん……

 じゃあ行ってくるね」


 僕らはお使いの為に出かけて行った。



 二時間後



「ハァッ……

 ハァッ……

 やっと帰って来れた……」


「あれ?

 竜司どうしたの?」


 右隣の暮葉くれはキョトン顔。

 ちょっと待て。

 こんなに僕がしんどいのは誰のせいだ。


【ケタケタケタ。

 全く人間ってのはひ弱だなあ】


 左隣のガレアは笑っている。

 お前も原因の一端なんだぞ。

 というのもつい二時間弱程前の話だ。



 二時間前



 僕らはとりあえず三宮に向かったんだ。

 神戸一の繁華街だしね。

 でもこの繁華街というチョイスと暮葉くれはがアイドルと言う点。


 この二つが騒動を巻き起こす事を僕はまだ知らなかった。

 三宮までは特に問題なく出る事が出来た。

 阪神電車の場合は改札は地下にある為僕らは階段を上がり外へ出る。


 まず僕の両眼に飛び込んできたのは……


「え……?」



―――あれ?

   今日のキミはいつもと違う。


   カネブウ リキッドルージュ

   秋の新色全十色RELEASE



 ビルの上に備え付けられた看板にデカデカと暮葉くれはの顔。


暮葉くれは……

 あれ……」


 その看板を指差す僕。


「ん?

 あぁ、あれこの前に撮った化粧品のお仕事ね」


 あっけらかんとしている暮葉くれは


 しかし……

 何と言うか……

 カメラマンの腕もあるのかも知れないけど正直……


 めちゃくちゃ可愛い。


 というか美しい。

 陳腐だがまるで女神の様だ。

 段々頬が熱くなるのを感じる。


「あれ?

 竜司どうしたの?

 ホッペ赤いよ」


「えぇっ!?

 いいっ……

 いやっ……

 あの暮葉くれは……

 物凄く綺麗だなって思って……」


 僕の正直な感想を聞いた暮葉くれはは黙っている。

 チラッと暮葉くれはの顔を見る。


 何かワナワナしている。

 両頬も真っ赤。

 あからさまに驚いた眼をしている。


「…………暮葉くれは?」


「見ないでッ!」


 眼をギュッと瞑りソッポを向きながら両手を僕に向ける。

 おそらく恥ずかしくてたまらないのだろう。


 何か物凄く可愛い。

 僕は少し突っついてみたくなった。


「ねぇねぇ。

 どうしたの?

 暮葉くれは

 フフフ」


「見ないでってばーーーっ!」


 恥ずかしさがまだまだ消えない様だ。

 ポーズを変えない暮葉くれは

 何だこの可愛いのは。


「フフフ。

 仲が良くて宜しいわねぇ。

 貴方達」


「え?」


 声のした方を振り向くとそこには老夫婦が微笑を携えて立っていた。


「貴方達、“あべっく”かしら?」


「コラ。

 婆さん、今の若者は“かっぷる”っちゅうんやぞ」


「あら?

 そうなのお爺さん。

 ウフフ」


 上品に笑うお婆さん。

 この二人の空気で物凄く和やかになる。

 暮葉くれはも恥ずかしポーズを解き、話しかけてきた老夫婦に注目し出した。


「はい……

 僕の……

 婚約者です」


「あらぁ。

 そうなの?

 今時珍しいわねぇお爺さん」


「そうじゃのう、儂が若い頃は結構居たもんじゃがのう」


「うんっ!

 私、竜司がスキっ!」


 堂々と自信満々に言ってのける暮葉くれは

 少し頬が熱くなる。


「あらあら。

 可愛らしい事ウフフ」


 あ、そうだ。


「すいません。

 この辺りでお肉屋さんって知りませんか?」


「お食事かしら?」


「いえ。

 晩御飯の買い出しです」


「ならここから左に少し歩いて国際会館前って交差点を右に真っすぐしばらく歩くと太井肉店ってお店があるわ」


「わかりました。

 それでは失礼します」


「いってらっしゃい。

 彼女さんも」


「うんっ!

 いってきますっ!

 おばーちゃんっ!」


 そんな感じでお肉は問題無く買えたんだ。

 三十万円分。


 予算で買ったから一体どれぐらいあったのかは判らないけど物凄い量だったよ。

 げんのすき焼き以上だった。


 騒動はその後起きたんだ。

 肉を買い終わり亜空間へ閉まった僕。

 続いて向かった先は魚屋。


 ここで失敗した。


 何がって店選びだ。

 僕がスマホで見つけた魚屋はセンター街を抜けてすぐの所にあった。

 距離の近さで選ばなきゃ良かった。


 仄かな異変はセンター街を横切った辺りから漂っていた。

 最初は気が付かなかった。

 魚屋の目と鼻の先に来た段階で薄く周りがざわつき始めたのに気づく。


(え?

 あれクレハ……?)


 ザワ


(あれクレハじゃね?)


 ザワ


 その段階では確信が持てなかったのか遠巻きで見ているだけの群衆。


 ザワザワ


 魚屋に辿り着いた段階で僕らの周りはすっかり人だかりが出来ていた。

 僕らの周りだけぽっかりと空いたドーナツ型の変な人だかり。

 その時僕は気づかなかった。


「すいませーーん」


(へいっ!

 らっしゃ…………

 うわっ!

 何だこりゃあ)


 辿り着いた頃には魚屋の主人が一目でビックリする程の人だかりが出来ていた。

 主人の驚嘆で僕は周りを見て今の状況を確認した。


 まずい

 早く切り上げないと。


 僕の頭の中に浮かんだ言葉はこれだ。


(な……

 何にしやしょう?

 お客さん)


「とりあえず何でもいいっ!

 焼いて美味しい魚介っ!

 活きの良いの十万円分見繕ってっ!」


(げげっ!

 十万円っ!?

 わかりやしたぁっ!

 ええと……

 タイに……

 ヒラメに……

 ホタテに……

 エビ……)


 店主が色々見繕い始めた。

 代金を棚に置き、右からどんどん亜空間に格納していく僕。


 早く。

 早くしてくれ。


 だが僕の願いは敵わなかった。

 人だかりの一部が行動を起こしたのだ。


(あっ……

 あのっ……

 もしかして……

 クレハですか……?)


「ん?

 そうよ」


 あっけらかんと肯定した暮葉くれは


 ここで失敗。


 暮葉くれはの変装セットは今、実家だった。

 今、暮葉くれははまんま暮葉くれはで外界に晒している。

 そのYESを聞いた群衆は……


(キャーーーーーッッッ!

 ホンモノのクレハよーーーーっっ!)


 何故叫ぶ。


 ザワザワザワァァァァッッ!


 僕は格納スピードアップ。

 早くっ!

 早くしないとっ!


(へいっ!

 このヒラマサ三尾でラストですっ!)


 格納完了。


「ありがとうっ!

 代金は棚に置いておくからっ!

 ガレアッ!

 暮葉くれはっ!

 行くよっ!」


 踵を返したが時すでに遅し。

 眼前迄半ば暴徒と化した群衆が迫っていた。


(何だこの野郎っ!

 どけっ!)


 僕は力任せに突き飛ばされる。


(クッ……

 クレハさんっ!!

 FullAheadフルアヘッドからずっとファンですっ!!

 一番好きな曲はMorningGloryモーニンググローリーですっ!!)


「あっ……

 ありがとうっ……」


 半ばもみくちゃになりかけているにも関わらず笑顔で対応する暮葉くれは


「ちょっとっ!

 皆さんっ!

 落ち着てい下さいっ!」


 僕の声などまるで届かず。

 人だかりに塗れて、もう暮葉くれはの姿が見えない。


 プチン


 僕はキレた。


「落ち着けって言ってるだろぉぉぉぉぉっっっ!!

 魔力注入インジェクトォォォォォッ!!」


 ドクン


 心臓が高鳴る。

 ガレアの魔力吸入。


「ガレアァァァァァァッッ!

 暮葉くれはァァァァァァァ!

 手を伸ばせぇぇぇぇぇ!」


【ん?

 こうか】


 右手にガレアの手。


「竜司っ!」


 左手に暮葉くれはの手。

 両手をガッチリ掴んだ僕は魔力を両脚に集中。

 掴んだ僕は高く跳躍。

 屋根がある場所だったから頭を打たないように注意しながら。

 なるべく遠くまで。

 大きめのアーチを描きながら人だかりを跨ぐ僕ら。


 スタッ


 無事着地。


「二人とも走ってっ!」


「どしたのどしたの?

 竜司っ!」


【何だよもー】


 僕ら三人は一目散に走り出した。


(クレハッどこ行ったっ!?)


(あっ!

 いたっ!

 こっちだっ!)


 見つかった。

 押し寄せる群衆。


「くそっ!

 こっちだっ!」


【あっ!

 クルコロだっ!

 喰いたいっ!】


 ガクン


「うおっとうっっ!」


 ガレアの身体が途端に重くなる。

 ガレアが焼いているタコ焼きを凝視し始める。


「あーもーっ!

 ガレアーーーッッ!」


 ガレアが焼けるタコ焼きを凝視して動かない。

 引っ張っても引っ張っても引っ張っても………………



 現在時間に戻る



「ハァッ……

 ハァッ……」


 肩で息している僕。

 その後はと言うとどうしてもガレアが動かないから適当にタコ焼きを買ってあげたんだ。

 そしたら暮葉くれはのファンに見つかってね。


 もう三宮なんて数えるほどしか行った事無いからもう迷いに迷って……

 ファンも凄くしつこくて……

 改めて暮葉くれはがトップアイドルって言うのを思い知ったよ。


 どうにか駅に辿り着いて。

 ヤレヤレと思っていた時に改札通ってホームまでファンが乗り込んで来たんだ。


 ホントあの時は驚いたよ。

 運良く電車が来たから逃げ込むように乗り込んでね。

 ギリギリでドアが閉まって戻って来たって訳さ。


 電車の中でガレアったら……


【あいつら何で追っかけて来てんだ?

 腹減ってるのか?】


 なんてのんきな事を言ってたよ。

 まあそんなこんなで僕は父さんの職場に帰って来れたんだ。


 野菜?

 あぁ……

 野菜はね……


 最寄り駅まで帰って来た後に適当に買ったんだ。

 ホント適当だからおざなり程度の野菜だったけどね。


 NYK 施設


 とりあえず波止場を目指す僕ら。


 ガヤガヤ


 さっきとはうって変わって波止場は賑わっていた。

 コンテナもいくつか撤去され波止場は軽い広場と化している。

 日本郵船の社員の人達だろうか二十名ぐらいがバーベキューコンロをいくつも設置して火起こしを始めている。


「えっと……

 父さん……

 父さん……」


 僕はキョロキョロしながら父さんを探す。

 いた。

 何かお爺ちゃんと話している。


 もしやとは思ったが良かった。

 まだ父さんは作業着は来ている。


「父さん、ただいま」


「おやァ……

 竜司ィ……

 おかえりなさァいィ……」


 何だろう。

 マッスルモードの父さんは普通の挨拶ですら何か威圧感がある。


「ん……

 竜司……

 帰ったか」


「う……

 うん……

 お爺ちゃん……

 ただいま……」


 何か昨日まで蔑んだ発言しか投げかけて来なかった家族とこうして普通に挨拶を交わしているのがまだ慣れなくて少しキョドってしまった。


「竜司、どうしたの?」


 暮葉くれはがキョトン顔で聞いてくる。


「あっいやっ……

 別に」


 僕の胸中の複雑な想いは一言では言い表せないので誤魔化す僕。

 すると暮葉くれはが……


「あーーーっ!

 この人でしょっ!

 竜司にイジワルしてたお爺ちゃんってっ!」


 急に暮葉くれはが騒ぎ出す。

 って言うかさっきの食事の時、祖父に謝ってたじゃないか。

 ホント竜ってのは良く判らない。


「イ……

 イジワルじゃと……」


 急に沸いた言葉に戸惑っている祖父。

 僕はきちんと今現在の祖父との関係を説明する事にした。


暮葉くれは、いい?

 確かに暮葉くれはと出会う前は本当にお爺ちゃんはキツかった。

 僕を見る目なんてまるで生ゴミを見る様な目だったもん。

 家に僕が居ても空気と同じ扱いだ。

 本当にあの時は自殺も考えたくらいさ」


「りゅ……

 竜司……

 儂はそんな……」


 僕はきちんと説明するついでに残っていたトラウマの欠片を解消するために全部吐き出してやった。


「でもね……

 もう仲直りしたんだ……

 お爺ちゃんと戦って……

 一発入れる事が出来て……

 だから今のお爺ちゃんは厳しいけど優しくて強い僕の自慢のお爺ちゃんだよ………………

 で、良いんだよね?

 お爺ちゃん」


 僕は確認の為にお爺ちゃんを見る。

 すると少し頬を赤らめながら


「まっ……

 まぁ概ね合っとるわい……

 そうか……

 儂が自慢の祖父か……

 フム……

 悪い気はせんわい……

 …………ハッ!?

 りゅっ……!

 竜司っ!

 勘違いするでないぞっ!

 あんなヘナチョコな拳ではまだまだじゃっ!!」


 ニヤついたり思い出したようにツンデレたり何か忙しい祖父。

 って言うかこんなに表情が変わる人だったんだお爺ちゃんって。


「うんわかってるよお爺ちゃん。

 僕はまだまだ強くならないといけない。

 暮葉くれはを護れるぐらいにまで強くなりたい。

 だからこれからも色々教えてねお爺ちゃん」


 僕の眼は真っすぐ祖父を見ている。


「あっ……

 当り前じゃっ!」


 そう言い残し気恥ずかしくなったのか黒の王を連れてその場から離れる祖父。


「竜司ィ……

 お使いはどうでしたかァ……?」


「あ、うん色々買ってきたよ。

 ガレア」


【ん?

 何だ竜司】


 僕はガレアを呼ぶ。


「亜空間出して」


【ホイヨ】


 ガレアの右側に黒い大きな渦が現れる。

 僕は中に手を突っ込み買ってきたものを取り出す。

 そして次々と地面に置いて行く。


「ええと……

 肉……

 肉……

 肉……

 肉……

 肉……

 肉……」


 次々と現れる肉、肉、肉。

 父さんの前にうず高く積まれる牛肉の山。


「オォオォ……

 これは沢山買いましたネェ……」


「まだあるよ……

 魚……

 魚……

 魚……

 じゃない貝だコレ……

 貝……

 貝……

 貝……

 じゃない魚だコレ」


 僕は料理はしないから肉の種類や魚の種類なんてわからない。


「オォオォ……

 魚介も沢山……

 これは喰いでがアリマスネェ…………」


「あと最後野菜ー。

 ……野菜……

 野菜……

 野菜……

 野菜……

 野菜……

 ばかうけ……

 あれ?

 あ、これはガレアのだ」


【それは俺のだぞ竜司】


「ごめんごめん」


 僕はばかうけを亜空間にしまう。


「はいっ!

 これで買ってきたものは全部だよっ!

 それと……

 これお釣り」


 僕は物凄く薄くなった封筒を渡す。


 ギュゥゥゥッッッ!


 僕の顔程もある巨大な父さんの右拳が封筒を握りつぶす。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 いや実際に鳴っている訳では無いが何となく父さんが怒っている様な気がした。

 身体全体から立ち昇る巨大な威圧感。


「竜司ィィィィ……

 僕はァ……

 全部使っても良いと言いマシタヨネェ…………」


 え!?

 そこ!?


 全部使わなかったから怒っているのか?

 理不尽にも程がある。


「と……

 父さん………………?」



 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ



「素晴らしいですねぇー。

 ちゃんと頼まれたものを買ってくるだけで無しに予算を余らして帰って来るなんてぇー。

 竜司ィ……

 貴方、買い物の才能があるかも知れませんネェー……」


 コロッと満面の笑みの父さん。

 紛らわしいなあ全くもう。


「島崎さァん!」


(ハァーイッ!)


 食堂に居たおばちゃんと何人かがこちらにやってくる。


「ではァ……

 島崎さん達ィ……

 この食材をバーベキュー用に処理をお願いシマスゥ……」


(あー……

 相変わらず喰うネェ……

 あんた達……)


 ピシャッ!


 島崎さんは自分の両頬を引っ叩き気合を入れる。


(よしっ!

 アンタ達っ!

 食材を一旦中に運ぶよっ!

 グズグズしてると荒くれ共が暴れ出すからねっ!

 制限時間は三十分っ!

 開始ーーっ!)


 島崎さんの号令と共に次々に食材を運んでいく。


「あっ……

 僕も手伝いますっ」


 僕も食材を持てるだけ抱える。


「あっ竜司。

 私も手伝うっ!」


 暮葉くれはも一緒に食材を抱える。


(あらぁ。

 ボクちゃん達ィ

 ありがとうねぇ

 食堂まで運んでくれるかしらぁ)


 何か良く言えば色っぽい。

 悪く言えばケバいおばさんの指示が来る。

 

 この人も職員なのだろうか。

 って言うか“ボクちゃん”て。


「あ、はい。

 暮葉くれは行こう」


「うん」


 僕らも手伝ったせいかあれよあれよと言う間に父さんの前に積まれていた食材は中に運び込まれる。

 運搬の後半で効率を考えてか島崎さんと数名は既に処理に取りかかっていた。


 と、言うか何だあの包丁のスピードは。


 ガガガガガガガガガガ


 勢いよく包丁の刃がまな板に叩き付けられる音はマシンガンの発射音の様。


「全部食材運び終わりましたっ!

 宜しくお願いしますっ!」


 思わず僕は声を張り上げる。


(任せときっ!

 アンタ達は外で待ってなっ!)


 ガガガガガガガガガ


 包丁の音が響く中、島崎さんの威勢の良い声が飛ぶ。

 その様子に何かヒビキを想い出す。


 あっちは食堂のおばちゃん風だがこっちはまんま食堂のおばちゃんだ。

 僕らは食材の処理を島崎さんに任せ父さんの元へ戻る。


「フフフゥ……

 ご苦労様でしたネェ……

 おぉ……?」


 僕の返事を聞く前に何か僕の後ろを見ている父さん。

 と同時に巨大な人影が僕を覆う。

 事態の急変に僕は振り向く。


 一言で言うなら壁。


 そこに居た……

 いや存在したと言うべきか僕の眼前には壁の様な男が立っていた。


 何故壁と表現したか。

 それはこの男の異様な肩幅にある。

 肩幅が広いのだ。


 父さんの倍。

 いやそれ以上ある。

 そして異様に発達した筋肉。


 しかし先のケイシーさんの様に黒く焼けてはいない。

 奇形を思わせるその様相。

 壁の様な肉ダルマが僕を見下ろしている。


 目線が合った。


 髪型は坊主とまではいかないが結構短いツンツンと立った金髪。

 サイドは狩り上がっている。

 肩幅に倣ってか鼻も横に大きく平べったい。

 下唇が腫れぼったく膨らんでいる。


 しばし沈黙の後、ニカッと笑う壁。

 自分の奇形を意にも介さない晴れやかな笑顔に言葉も出ない。


「フフフフゥ…………」


 僕が黙っていると背後から異様な気配。

 恐る恐る振り向くとそこには目を赤く光らせている父さんが居た。


「ハァッッッ!!」


 バリィッッッ!


 父さんの上着が弾け飛んだ。

 だから何で何かにつけて脱衣なんだこの人は。


 更に後ろから異様な気配を感じる。

 僕は異様な気配に挟まれる事になる。

 視線をさっきの壁の男に戻す。


「ンフフフフゥ…………

 ヘァッッッッッッ!!」


 バツンッッッッ!


 弾け飛ぶ壁の男の上着。

 中から物凄い筋肉が現れる。


 何やらこの人の筋肉は照かりが凄い。

 油でも塗っているのか。

 ヌタヌタしている。


 上半身裸の筋骨隆々の男同士が対峙。

 あれ?


 どこかで見た事ある。

 もしやこれは……


 お互い無言でフロント・ラット・スプレッド。

 ポーズを決めた段階で僕は悟った。


 ピクピクピックピックピクピク


 父さんの胸筋。


 ピックピックピクピクピクピックピク


 壁の男の胸筋。


 こんなやり取りが数回交わされた後……


 バンバンッ!


 壁の男が強烈に僕の肩を叩く。

 正直痛い。


「ハッハーーーッ!

 君が竜司君かーーッ!

 船長にまだ子供が居たなんてなーーッ!

 お爺さんとの決戦はお疲れさんだったなっ!

 身体はもう大丈夫なのかいっっ!?」


 さっきの数回の筋肉会話でどれだけ話したんだ。

 どれだけ凄いんだマヤドー会海洋交渉術。


「えっ……

 えぇ……

 何とか……

 あの……

 貴方は……?」


「あぁ自己紹介がまだだったなっ!

 俺は米村崑雀よねむらこんじゃくっ!

 竜司君のお父さんの船で通信長をやっているっ!

 皆からはジャックって呼ばれているよっ!

 よろしくなっ!」


 父さんに負けずと劣らない大きくゴツい右手を差し出す。

 握手が交わされる。

 僕の小さな拳なんか握り潰されそうだ。


「よ……

 宜しくお願いします……

 あのジャックさん……

 凄い肩幅ですね……」


 僕はジャックさんを見て真っ先に感じた事を投げかけて見る。

 それを聞いたジャックさんは白い歯を見せてニカッと笑いながら


「ハッハーーーーッッ!

 そうだろうそうだろうっ!

 いやな竜司君っ!

 通信士と言う仕事は情報を伝達するのが仕事だっ!

 時には一分一秒を争う時もあるっ!

 そして前には無線機材が山のように並んでいるっ!

 そんな時っ!

 この肩幅があるとっ!

 通常の通信士の場合二~三アクションかかる所をっ!

 一アクションで済むっ!」


 確かに。

 この肩幅があればリーチは常人の倍以上はあるだろう。

 って言うかホントかよオイ。


 父さんが船長。

 ケイシーさんが機関長。

 ジャックさんが通信長。


 僕の頭の中で三つの肉ダルマがグルグル回り出す。

 父さんの船って一体。

 そんな事をしている内にどんどん食材が施設から運ばれてくる。


「オォ……

 ようやく食材が運ばれてきましたネェ……」


 僕はスマホを見る。


 午後六時半


 もうこんなに時間が経ってたんだ。

 とそこへ亜空間が現れる。


 ガレアには指示していない。

 と言う事は……


「ねーねー。

 今日は何しに行くのー?」


 カンナちゃんの声だ。


「フフフ。

 今日は夕食にお呼ばれしたのよ」


「ふーん。

 ママの友達?」


「ええそうよ。

 それでカンナも友達よ」


「えー誰だろ?」


「それは着いてのお楽しみフフフ」


マスター、カンナ様。

 そろそろ着きますよ」


 亜空間を潜って現れたのは蘭堂家御一行様。


「あれ?

 竜司にーちゃん?」


「やあカンナちゃんようこ……」


 ビュッ!


 僕の挨拶もそこそこに一目散に駆け出すカンナ。

 目的は暮葉くれはだ。

 ってか走ると……


「にゃーーーっ!」


 ホラこけた。

 しかし何で何もない平地でコケるんだろ?

 この子は。


 その様子を見ていた暮葉くれはがカンナの元へと駆け出す。


「大丈夫?」


 腰を屈め右手を差し出す暮葉くれは


「ぬぬぬぬ……

 はわぁっ!

 クッ!

 クレハッ……」


 カンナはまだ目の前にアイドルが居る事に慣れていないらしい。

 おずおずとその小さな手を伸ばす。


 繋がれる両方の手。

 ゆっくりと身体を起こす。


「あらあら。

 こんなに汚れちゃって……」


 パンパン


 暮葉くれはがカンナの服の汚れを払っている。


「クッ……

 クレハッ!

 …………あっ!

 ……アンジガタイマスッッ!」


“アンジガタイマス”?

 もしかしてありがとうございますって言いたかったのか。

 どう言う噛み方だ。


「なぁにそれ。

 フフフ」


 カンナの変な噛み方に暮葉くれはも笑っている。


「オヤァ……

 どなたですかァ……

 この少女はァ……」


「あ、父さん」


「へ…………?」


 すっぽりと覆う異様な人影に気付きがカンナが振り向く。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 いや実際に音がした訳じゃ無いんだけど。

 いや本当にマッスルモードの父さんは大きいんだ。


 カンナがちっさいから余計に大きく感じる。

 その身体から出る巨大な威圧感はカンナを食べるかと言った勢いだ。


「ヒィッ!

 ワーーーーーーーッッ!」


 悲鳴を上げたカンナは暮葉くれはの後ろに逃げ込む。

 暮葉くれはのスカートの裾をギュッと握り右太腿脇から顔を覗かせている。


「フフフ。

 ねえ竜司、カンナちゃんどうしたの?」


「あぁ。

 これは父さんにビックリして怖がってるんだよ」


「あっ!

 前に言ってたキョーフを抱くってやつねっ!」


「えぇえっ!?

 僕、割と子供には好かれるんですケドネェ……」


 少なくともショックを受けている。

 少し父さんが縮んだように思えた。


滋竜しりゅうさん、こんばんは。

 今日はお招き頂きましてありがとうございます」


「いえいえェ……

 今日は楽しんで行って下さいネェ……

 所でそちらの少女はどなたですかァ……?」


 父さんはちらりとカンナの方を見る。


「あ、私の娘です。

 ホラ……

 カンナ……

 いらっしゃい……」


「う……

 うん……」


 おずおずと暮葉くれはの後ろから出て次は凛子さんの後ろへ。


「あらあら。

 どうしたの?

 カンナ。

 そんなに怯えなくても怖い人じゃないわよ滋竜しりゅうさんって」


 何となく凛子さんが父さんの事を“滋竜しりゅうさん”って呼ぶのに若干違和感。

 ゆっくりと片膝を付く父さん。

 目線がようやく頭一つ二つ分ぐらい上まで降りてくる。


「こんばんはァ……

 可愛らしいレディ……

 良かったらお名前を教えてくれませんカァ……」


 父さんはにっこり微笑む。


「ら……

 蘭堂カンナ……」


 やはりまだ父さんが怖いらしく言動もたどたどしい。


「カンナちゃんですカァ……

 可愛らしい名前デスネェ……

 竜司がお世話になったみたいで……」


 父さんがぺこりと頭を下げる。


「お…………

 おじちゃんは…………?」


「私は竜司の父……

 皇滋竜すめらぎしりゅうと言いますゥ……

 宜しければ仲良くしてくださいねェ……」


「う……

 うん……」


 やはりまだ怖さは完全に抜けないみたいだ。


「さぁ……

 食材の準備も整ったようですしィ……

 そろそろ始めマショウカァ……」


 各々ドリンクが配られる。

 僕と暮葉くれは、カンナちゃんはソフトドリンク。

 父さん、お爺ちゃん、NYKの職員さん、黒の王、グース、ガレアは缶ビール。


 音頭は父さんが取るみたいだ。

 けど何に乾杯するのだろう。


「では皆さん飲み物は持ちましたネェ…………

 何か色々な事に乾杯ィィィィッッッ!!」


 ざっくりとしてる。


「カンパーーーイッッッ!」


 それで良いのかNYK。


 ジュウジュウ


 早速肉を焼く僕ら。

 最初は僕の買ってきた肉だ。


 とりあえず質とかは考えずに量だけで買ってきたけど味はどうだろ。

 タレに付けてと……


 ハフハフ


「ん~~

 美味いっ」


 神戸牛じゃないにしても全然美味しいじゃないか。


【竜司っ!

 俺も俺もっ!

 早くっ!

 肉っ!

 肉ッ!】


 ガレアは何で自分で取らずに僕に取らすんだろ?

 僕に気を使ってるのかな?


 まあいいや。

 僕は焼けている肉を数枚ガレアの器に取ってやった。


【サンキュー竜司ッ!】


 ガツガツ


 荒々しくガレアが喰い出した。


【美味っ!

 肉美味っ!】


 うんガレアは今日も通常営業。


「モグモグ……

 美味しいけど辛さが足りないわね……」


 出た。

 暮葉くれはお決まりの台詞。


「ねぇりゅう……」


「わかってるよ。

 何か香辛料が無いか聞いてくる」


 僕は箸を置く。


「えっ!?

 凄い竜司ッ!

 何で判ったのっ!?」


 いや、だって何回も聞いてる台詞だし。

 解るだろ。

 でも僕は少しからかってやる事にした。


「フフフ。

 そりゃあ僕は未来のお婿さんだからねっ!

 暮葉くれはの考えている事ぐらいお見通しさっ!」


 僕は得意気にそう言ってみた。

 すると暮葉くれはは……


「えぇっっ!?

 そうなのっっ!?

 凄いっっ!

 竜司っっ!」


 目をパチクリさせて驚いている暮葉くれは

 これで僕を少し見直してくれたらな。


「えっと…………

 島崎……

 さん」


(モグモグ……

 ホタテ美味っ……

 んっんっ……

 プハァ~~

 あら?

 皇船長の息子さん?

 どうしました?)


 豪快にビールを飲む様に既視感を覚えつつ僕は用件を告げる。


「あっ……

 あのっ……

 香辛料ってあります?」


(香辛料?)


「ホラ……

 七味とか……

 ワサビとか……

 カラシとか……」


(あぁ、それなら食堂の調理場にあるよ。

 別に良いから取ってきな)


「ありがとうございます」


 僕は施設内に向かう。

 中はもう照明を落としており外光ぐらいしか入らない。


 ブルッ


 僕は身震いする。

 やっぱり怖い。

 人気のない暗い建物は何か不気味だ。


 こればっかりはいくら魔力注入インジェクトが使える様になっても変わらない。

 早く用事を済ませよう。


 食堂


「スイッチ……

 スイッチ……」


 あった。


 パチッ……

 ブン……

 ブゥン……


 天井で電灯が灯る音がする。

 当然だが人っ子一人居ない。

 明かりが点いても何か怖さが付きまとう。


 ブルッ


 再び震える僕の身体。

 早くここから立ち去ろう。


「えっと……

 調理場調理場……」


 調理場に向かい調味料を探し出す。

 あった。

 七味、ワサビ、カラシ、ん?


 何だろこれ。

 赤い缶だ。

 豆板醬?


 何だろ?

 漢字が難しくてよく判らない。

 説明書きも中国語だろうか。


 漢字だらけで良く判らない。

 とりあえず持っていこう。

 気が付いたら僕の手は調味料でいっぱいになっていた。


「さぁ早く戻ろう…………

 おっと、電気電気……」


 パチッ


 消灯。

 周りは闇に包まれる。

 早く戻ろう。



 食堂の外に出て受付エントランスに続く角を曲がった瞬間。



 黒い巨大な何かが僕に覆いかぶさってきた。


「ゥゥゥゥゥ盗人ォォォォォハァァァァァァァ

 誰だァァァァァァァァァッッッッッッ!!」


「うわぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!

 ごめんなさぁぁぁぁぁっぁぁぁぁいっっっっっ!!」


 僕は絶叫を上げて謝罪しながらへたり込む。


 すると


「ハッハッハッハッハッハッハッ!」


 聞き慣れた声。

 父さんだ。


 ドッ!


 父さんの笑い声を皮切りに僕の周りは笑い声で満たされる。

 僕は何が何だか判らなかった。


 場に暮葉くれはも居る。

 満面の笑み。


「アッハッハッハッハッ。

 なぁに竜司その声っ。

 アッハッハッハ」


 少し悲しくなった。

 だって暮葉くれはの為に調味料取りに行ったのにな。


(んーーーっ!

 船長の息子さん可愛いーーーっ!)


 ギュッ!


「モガーーーッ!」


 僕はNYKの女性職員に抱きしめられる。

 豊満な胸に顔を押し付けられる。


「プハッ」


 ようやく僕は胸から解放される。

 何か鼻の周りが香水臭い。


「フン……

 竜司よ……

 情けない……

 胆力が足りんわい……」


 祖父も一緒に来ていた。


「そんな事言われても……」


「まーまー良いじゃないかッ!

 ちょっとした肝試しみたいなもんだよっ!

 竜司君のお蔭でみんな笑顔だっ!

 ありがとなっ!

 竜司君っ!」


 ケイシーさんが僕の肩に手を置き慰めてくれる。


「竜司君っ!

 まだまだ肉は沢山あるぞっ!

 メインの神戸牛もまだ手つかずだっ!

 戻って一緒に食べようじゃないかっ!」


「うん……

 わかりました」


 僕はゆっくり立ち上がる。


 ガヤガヤガヤガヤ


 肝試しに加担したNYK社員+暮葉くれはは外へ移動する。

 自動ドアを潜る。



 外光に晒され、僕の両眼に飛び込んできた三つの尻。



「ちょぉぉぉっっっとっっっ!

 待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇ!」


 たまらず制止。


「オヤァ……?

 何ですカァ……?

 竜司ィ?」


「何ですかじゃないでしょぉぉぉっっっ!

 何で全裸なのぉぉぉぉっっ!

 父さぁぁぁぁぁんっっっ!

 ケイシーさんもっっ!

 ジャックさんもぉぉっっ!」


「ん?

 いや宴会なら脱ぐだろ普通。

 なあジャック」


「おう。

 何言ってるんだ竜司君は」


 さも自分の格好が当然のような物言いの両名。

 何か場的に僕が間違っている感じになっている。

 とりあえず局部は見えないわけなので僕はスルーする事にした。



 バーベキュー会場



 三人のキュッと引き締まった気持ち悪い尻を見ながら全裸のムキムキ三人御一行はそれぞれバーベキューコンロの前に散って行く。

 変わらず全裸で肉を喰らう三人。


 脂とか撥ねてるけど熱くないのだろうか。

 僕は食欲が無くなりそうなので視界に三人の姿は入れないようにした。

 間違って局部なんか見てしまおうものなら僕の晩御飯はもう終わってしまう。


 まだ神戸牛食べて無いのに。

 あっ、何か光ってる。

 何だあれ。


 僕の眼に飛び込んできたのは桐箱に仰々しく入っていた肉。

 あれが神戸牛か。


 ジワ


 自然と涎が湧いてくる。

 良い肉って光るんだ。


 食べたい。

 僕は桐箱に手を伸ばす。


「おぉ……」


 箸で持ち上げた綺麗な肉。

 網目の様に細く走るサシは一体熱を入れるとどれ程の旨味を放つのか。


 ジワジワ


 更に涎が湧いてくる。

 僕は手早く神戸牛を金網に並べた。


 ジュオゥッ!


 赤く熱した炭の高温でどんどん焼けていく神戸牛。

 桐箱の中身全部並べてしまった。


 ジュウ


 肉が焼ける。

 僕三枚。

 ガレア五枚。

 暮葉くれは三枚。

 それぞれ器に取り分ける。


【サンキュー竜司っ!】


「ありがとう竜司」


 サッサッサッサッサ


 ニコニコしながら七味を振りかけている暮葉くれは

 あぁ神戸牛が……。


 まぁいいや食べよう。

 僕はタレに満遍なく浸した肉をゆっくり口に入れる。


「んっ……!?」


 咀嚼し始めた口が止まる。

 何だコレ?

 口の中の肉はどこへ行ったっ!?


 先程まで存在していた口内の神戸牛が見当たらなくなっている。

 聞いた事がある。

 最高級の肉は口に入れると溶けると言う。


 これがそうなのか。

 消えた肉の代わりに口の中から溢れ出る程の肉の旨味。


 もはや美味しいと言う言葉が陳腐に思える程だ。

 僕は三大欲求の一角が突き動かす衝動のまま肉を貪り食った。


【何だコレ?

 味はするけど口ん中から消えるぞ。

 ヘンな肉だなあ】


 ガレアからしたら最高級の神戸牛もヘンな肉か。


「美味しいねっ!

 竜司ッ!」 


 ニコニコの暮葉くれは

 可愛い唇の端に七味の赤い粒が見える。


 肉の味が美味しいと言っているか。

 それとも辛くて美味しいと言っているのか。



 一時間後



 まだ周りは食べている。

 流石三十キロの肉。


 僕は結構お腹いっぱいになったためキャベツを焼いて食べていた。

 そこに後ろから声がかかる。


「竜司……」


「あ、お爺ちゃん」


「竜司……

 ちゃんと食べとるか?

 神戸牛は食べたか?」


「うん!

 凄かったよ神戸牛。

 口の中に入れると溶けるんだもん。

 美味しかった」


「そっ……

 そうかっ…………

 ハッ……

 ゴフンッゲフンッ……

 ま……

 まあ儂の知り合いの店で買ったA5の神戸牛じゃからの……」


 祖父は一瞬物凄く嬉しそうな顔をしたかと思うとすぐに姿勢を正した。

 お爺ちゃんってもしかして孫に物凄く甘い人なんじゃ。

 確かA5って言うのは確か和牛の最高ランクだ。


「うんありがとうっ!

 お爺ちゃんっ!」


 僕は笑顔で感謝を述べる。


「うんうん…………

 はっ……

 違う違う……

 少し話をせんか……?

 竜司……」


「あ、うん。

 良いよ」


 僕と祖父、黒の王はバーべーキューをしている広場から少し離れる。

 辿り着いた先は波止場の水際。


 遠く後ろで喧騒が聞こえる。

 まだバーベキューは盛り上がっている様だ。

 黙って夜の海を見つめる僕と祖父。


 前に読んだ海賊漫画で言ってたな“夜の海は引きずり込まれる”と。

 見てみると何となく意味が解るような気がする。


「竜司……」


 おもむろに祖父が話しかけてきた。


「どうしたの?

 お爺ちゃん」


「お前……

 魔力注入インジェクトは誰に教わった……?」


「うん……

 旅の途中に奈良で……

 そこに居た白の王に教わったよ……」


「そうか……

 白の王は貴様に“保持レテンション”については言わなかったのか?」


保持レテンション

 何それ?」


 ガレアじゃ無いけど僕はキョトン顔で祖父に聞き返す。

 僕の顔を見た祖父は溜息をつき右手で顔を押さえる。


「はぁ……

 なるほどの……

 だからあの時魔力酔いウェスティドを起こしておったのか……

 竜司?

 お前は魔力注入インジェクトの“三則”と言うものを知っておるか?」


 僕は黙って首を横に振る。


「三則というのはな……

 魔力注入インジェクトを扱う上での基礎となる三つの技術の事じゃ……」


 全然知らない。


「竜司……

 お前は竜に教わったのじゃろ……?

 魔力注入インジェクトとは本来ならば先代の竜河岸……

 言わば人から人へ受け継がれる技術……

 何故そんな人間の技術を白の王が知っていたかは知らぬがのう……」


 え?

 ちょっと待って。

 じゃあ僕は今まで別のやり方で魔力注入インジェクトを使っていたって事!?


 そう言えばどことなしにヒビキの書いてくれたノートは雑だった気が……

 絶句している僕を見つめ祖父は話を進める。


「よくもまあ……

 三則も知らずに今まで渡り歩いて来たのう……

 竜司……

 貴様、今まで魔力注入インジェクトは何度使った……?」


 何度って言われても知ってから戦闘になる度使ってたからなあ。


「うーーんと……

 多分二十~三十ぐらいだと思う……

 五十回はいってないかな?」


 回数を聞いて祖父は驚嘆の表情を見せる。


「竜司…………

 後遺症とかは大丈夫なのか……?」


 何となく合点がいった。


「うん……

 今まで使ってて何度かあったよ後遺症。

 最初は一週間ぐらい眠ったりとか……

 首から下の感覚が無くなったりとか……」


 そう言うと急にクワッと目を見開き、怒りをあらわにしながら叫び出す。


「竜司ィィッッ!

 貴様死にたいのかぁっっ!

 魔力が人間にとって猛毒と言う事を知らんのかァァッッ!」


「わわっ……

 お……

 お爺ちゃん落ち着いて……

 後遺症って言っても寝てたら治ったりとか……

 フネさんの漢方とかで何とかなったんだよ……」


「そんなもの表面上だけじゃッッッ!

 魔力は確実に貴様の身体を蝕んでおるぞぉぉっっ!」


「ええっ!

 ホントッ!?」


「竜司……

 魔力が猛毒と言う事は早くから判明していた事なんじゃ……

 そこから魔力注入インジェクトという技術が産まれた。

 産まれた当初は魔力の影響で短命の竜河岸も多くいた……

 だが我々、人は諦めなかったっ!

 創意し、工夫し、数々の困難を克服していく……

 それが人間の叡知っ!

 その叡知の結晶が三則なんじゃ……」


「ご……

 ごめんなさい……」


 また出た僕の謝り癖。

 一体何に対する謝罪なんだ。

 多分祖父の迫力から出た謝罪だろう。


「竜司……

 今までどのような敵と争ってきたのじゃ……

 儂に聞かせてくれんか?」


「ええと……

 名古屋では僕を監禁しようとした女の人が居て……

 その時に初めて大魔力注入ビッグインジェクトを使った……

 友達の助けもあって何とか撃退できた……

 それで竜界に行った時は王の衆、橙の王ともやりあったよ。

 それもかなりキツかったけど……

 ガレアと……

 暮葉くれはの助けで何とか勝った……

 今まででキツかった戦闘って言ったらこの二つかな?」


 それを聞いた祖父は絶句している。


「竜司……

 よくまあ……

 はぐれ魔力注入インジェクトで橙の王に打ち勝ったものよ……

 さすが儂の孫……

 フフン」


 祖父が少し誇らしげに含み笑いをする。


「そ……

 そうかな……?

 あ、あとお爺ちゃん。

 まだ確認していないけど今の僕の身体には魔力は残留して無いよ。

 多分凛子さんの治療で全部抜けきってると思う……」


 これは十中八九間違いないと僕は思っていた。

 凛子さんの治療は魔力除去術式って言ってた。

 となると僕の身体の中には残留していないと考えるのが道理。


「凛子さんと言うのは先程竜司とおった女性の事か?

 ならば良いのじゃが……」


「それとお爺ちゃん…………

 僕に三則を教えて欲しい」


 僕は真っすぐ祖父を見て教えを乞う。

 そんな僕を見てニヤリと笑う祖父。


「フン……

 良い眼をする様になりおって……

 言われなくてもそのつもりじゃ……

 だが竜司よ……

 三則を儂が教えたからと言ってすぐに完全に使いこなせるという訳では無いぞ。

 そこは“馴れ”が必要じゃ」


「馴れ?」


「そうじゃ。

 竜司よ、“馴れ”と言う人間……

 いや動物の特性を甘く見るで無いぞ。

 人間はどの様な所作も“馴れて”しまえば違和感なく使える様になる。

 我々の場合は一度“馴れて”しまえば寝ていても三則が使えるようになるじゃろて」


 なるほど。

 確かにお爺ちゃんの言う通りだ。

 僕は深く頷く。


「いいか……

 竜司……

 まず三則とは……」


 祖父が真剣な面持ちで説明し始める。

 祖父が言うのは。


 ■保持レテンション


 魔力を身体の中に閉じ込める技術。

 どういった力が作用してそう言う現象を産み出しているかは祖父も知らないらしい。

 ただ魔力球を取り込んだ後にすぐ保持レテンションを使えば身体が魔力に汚染される事無く生活できるとの事。


 ■集中フォーカス


 体内の魔力を一点に集中する技術。

 これも魔力汚染する箇所を最小限に減らすためだって祖父が言っていた。

 でも結果、通常に魔力注入インジェクトを使うよりも強力な威力を産み出す一因になったんだって。


保持レテンションは魔力の外側から抑圧し封じ込める技術……

 抑圧したものを一点に集中する事によりさらに抑圧がかかる」


 そして三つ目


 ■発動アクティベート


 そして三則の三つ目。

 文字通り魔力を発動させる技術。

 発動アクティベートを使う前に保持レテンション集中フォーカスをきちんと使うと効果が全く違うと言っていた。


保持レテンション

集中フォーカス

発動アクティベート”。


 なるほどこれが三則か。


 祖父曰くまず最初に保持レテンション

 それから集中フォーカスを使用。

 そして発動アクティベートし、標的を撃滅すると祖父は言う。


 祖父は今日の手合わせが決まった後黒の王から魔力を供給し保持レテンションを使って寝たんだって。

 理由は先日の黒の王とのイザコザを見て念のためだそうな。


 集中フォーカスはある程度出来てると祖父は言っていた。

 だから僕がやる事は保持レテンション発動アクティベートのイメージ固めからだって。


 あと余談だけど発動アクティベートはそれぞれ感じが違うんだって。

 それはイメージの差だって祖父は言う。


「儂の場合は明かりが灯るイメージじゃな……」


 なるほど。

 あの強烈な一撃を放つ前に聞こえたブラウン管が点く様な音はそれか。


「他にはスプレーを発射するような音を出す者も居たし、全く音を立てない奴もいたのう」


 祖父がスプレーの人にどんなイメージをしたか聞いてみたら……


 “急激に液体が蒸発し身体に染み込む”イメージだって。

 って言うか音を立てないって。

 音がするのは必須じゃないのか。


「あと竜司よ……

 魔力を扱うにあたって一番重要なのは“想像力”と“馴れ”じゃ。

 練習や修練で高みを目指す格闘技や習字とは違う」


 それは旅先でも言われていた事だ。


「うん。

 それは知ってる。

 イメージが重要だって」


「よし。

 儂が今の段階で教えれる事は以上じゃ。

 後は自身で考え悩むといい……」


「うんありがとう」


「では戻るかの……」


「うん……

 でもお爺ちゃん……

 珍しいね」


 僕は思っていた違和感を消化する事にした。


「ん……?

 何の話じゃ?」


「だってお爺ちゃんのスキルって“じん”とか“きゃく”とか“かせ”って漢字一文字か二文字じゃない。

 それってお爺ちゃんが書道家だからだと思ってたけど、三則は全部横文字じゃない。

 それをそのまま使ってるのが何となく珍しいなって」


「何じゃそんな事か。

 理由は簡単。

 三則自体は儂が考えたものでは無いからじゃ。

 郷に入りては郷に従えと言うじゃろう」


「ま……

 まあ言うけどさ」


 確かに納得できる面も無くはないかも知れないが何となく釈然としない。


「そりゃあのう、儂も使い始めの頃は何故保持と集中と発動ではダメなんじゃとヤキモキしておったもんじゃ。

 じゃがこの歳になるともう“馴れた”わい」


「なあにそれ。

 フフフ」


 この話を聞いた時また少し祖父との距離が近づいた感じがした。

 その嬉しさから出た笑みだ。


「フン…………

 ハァッハッハッハッハッ!!」


 祖父も豪快に笑う。

 願わくば笑った理由が僕と同じであって欲しいものだ。


「さっお爺ちゃん戻ろう。

 まだまだ食材はあるよ」


「うむ」


 僕と祖父、黒の王はバーベキュー会場に戻る。

 黒の王、お爺ちゃんのレクチャーの時なんかもずっと黙って後ろに立ってただけだけど本当にお爺ちゃんに付き従っているって感じだよなあ。


「あのさ……

 黒の王……?」


「ん?

 何だマスターの孫よ……」


「何でお爺ちゃんに従ってるの?」


「何だ……

 何を言い出すかと思えばそんな事か……

 貴様は孫のくせにあの“まい”の書を知らぬのか……?」


「まい……?」


「あぁ……

 それは六十年ぐらい前に儂が五段昇格した時の書じゃ……

 邁進の”邁”……

 カイザが書道を志す様になったキッカケの書でもある……」


「我はあれほど美しいモノは見た事が無かった……」


「へえ……

 じゃあお爺ちゃんに習字を教わってるんだ」


「そうじゃ……

 じゃが竜と人間の差なのか……

 なかなか上達せんでの……

 ようやく二十年前に初段に昇格したが儂から言わせればまだまだじゃわい」


「お爺ちゃんって今何段なの?」


「ん?

 儂はもう最高段位から上に行って師範になっとるわい」


 祖父はサラッと言っとるが物凄い事なんじゃないだろうか。


「数千年かかっても構わん……

 我は必ず書でマスターの頂きまで辿り着くっ!」


 何やら黒の王が息巻いている。

 何千年って全員死んでるだろ。

 僕らはバーベキュー会場に戻ってきた。


「おやァ……

 竜司ィ……

 どこに行ってたんですカァ……?」


「いや……

 ちょっと……

 お爺ちゃんと話を……」


「いいですネェいいですネェ……

 すっかりお爺ちゃんとも仲良くなれたようですネェ」


「うん」


 戻って来た所で食事再開。


 モグ


 とりあえず僕は食事をしているが、頭の中は保持レテンションのイメージ固めでいっぱいだった。

 咀嚼も進まない。


「イメージ…………

 保持レテンション…………

 イメージ…………

 保持レテンション……」


「竜司っ。

 そこのお肉取って」


「うん……

 イメージ……

 保持レテンション


 暮葉くれはの要望をゆっくりとこなす事は出来るが返事はそぞろだ。


「竜司ィ……

 そこのお塩を取ってくださァい……」


「イメージ……

 保持レテンション


「竜司ィ……

 お塩……」


「イメージ……

 保持レテンション……」


「竜司ィ……」


「イメージ……

 ブツブツ」


「何やら考えている様子ですネェ……

 どうしましょうカァ……

 ジャック、ケイシー」


「はい船長何でしょう」


 一人の全裸に集まる二人の全裸。

 場に不穏の空気が漂う。

 が、僕はすっかり考え込んでいて気づかない。


「竜司を気づかせてやって下さァい……」


「ヨーソローォォォ…………

 船長キャプテン…………」


 ケイシーさんの眼が赤く光る。

 が、僕は考え事に夢中で気づかない。


保持レテンション……

 イメージ」


 ゆっくりと全裸のケイシーさんが寄って来る。

 射程範囲侵入。


 全裸のケイシーさんが僕を屈ませる。

 頭の中でイメージが固まらず思考がグルグル回ってる僕はやられるままに屈み中腰に。


保持レテンション……

 イメージ……

 保持レテンション……

 どうしよう…………

 んぅっ!?」


 ツンッッ!


 突然鼻腔を強烈な異臭が襲う。

 何か汗をいっぱい染み込ませ、数日放置したTシャツを顔に押し付けられた様な激臭。

 俯きながら考えてた僕はハッと気づき前を見る。


「??!!?!?!?」


 網膜に焼き付いた映像に言葉も出ない。

 僕の視界いっぱいに映る浅黒い肌色。


 そして鼻先三センチ弱の距離にあったのはダランと垂れ下がった“棒”。

 浅黒い肌色の“棒”。


 頭の先から爪先まで警報を鳴らす危急的状況。


 ヤバい。

 この“棒”がアレならヤバい!

 僕は素早く間合いを広げようとする。


 が、敵わなかった。


「竜司君ッッッッ!!」


 ガッ!!


 耳をつんざく大声で呼ばれたと思うとすぐさま顔の両側を巨大な手で固定。


「マヤドー会海洋交渉術ッッ!!

 その百ッッ!!

 シンボルビィィィィィィィィムゥゥゥッッッッ!!」


 ぐにん


 迫る“浅黒棒”。

 顔面に接触。


「モガーーーーーーッッッ!」


 臭い。

 臭いというか痛い。

 鼻腔の奥底まで届くその激臭に鼻が捥げそうだ。


 一刻も早く場から離れたい。

 が、がっちり顔を固定され押し付けられてる為、うごめくぐらいが関の山。

 ここで変化が起きる。


 ミチミチ


 僕の顔がうごめくのに呼応して押し付けられている“浅黒棒”が堅くなっていく。


 おいっ!

 ちょっと待てっ!

 何興奮しているんだっ!


 やばい!

 僕の本能が焦眉の急を告げる。


 早く!

 早く離れないと!

 早く離れないと僕は男として色々諦めないといけなくなる!


「モゴォッ!

 モガァッ!」


 力いっぱい離れようとするも定点からピクリとも動こうとしない僕の顔。

 更に顔が動く為ますます硬くなる“浅黒棒”。

 鼻腔の奥の奥。


 網膜辺りまで届くかと言う程の激臭。

 意識が遠くなる。


 バタバタバタバタ


 僕は最後の力を振り絞り脱出を試みる。

 僕の顔はピクリとも動かず。

 カチカチになった“浅黒棒”

 もう限界だ。


 ガクッ


 僕は気を失った。


 ###


「はい、今日はここまで」


「ねえパパ。

 シンボルビームって何?」


 たつがジトッとした眼をこちらに向ける。

 どうやらマヤドー会海洋交渉術関連に関してはたつは懐疑的の様だ。


「えっと……」


「ねえだから海人あまづくしって何?

 シンボルビームって何?」


 先日の事も引っ張ってグイグイ聞いてくるたつ

 僕は大人が良く使う苦しい言い訳の逃げを打つしか出来なかった。


「たっ……

 たつも……

 大人になれば解るよ……

 さっ……

 今日も遅い……

 おやすみ……」

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