第百十三話 竜司と暮葉の御挨拶周り⑨~実家編

「やあこんばんは。

 今日も始めていこうか」


「パパ。

 前の最後にパパのお父さんが出てきたね」


「そうだね。

 たつからしたらお爺ちゃんだね」


「うん。

 お爺ちゃんってそんなに虚弱だったの?」


「いやぁ……

 まあ……

 それには色々訳があってね……

 今日話せたら話すよ」


「うん」


 ###


「いやーっ…………

 しばらく見ない内にーーぃ……

 大きくなりましたねーーぇっ……

 竜司さん…………

 ゲフンッ!

 ゴホッゴフッ」


「ほ……

 ホントに父さんなの……?」


 最後に見たのは五歳か六歳の時。

 記憶も朧気だが抱えられた事は覚えている……


 覚えているが……

 あの時の腕の太さと今見比べると五周りぐらい縮んでないか?

 一体何があった父さん。


「やだなーーっ…………

 当り前じゃないですかぁーーーっ……

 ゴフッゴフッ…………

 まー無理も無いですねーーっ…………

 最後に会ったのが竜司さんが六歳ぐらいでしたからーーっ…………

 ゲフンッ!

 ゴホッゴフッッ…………

 血だッ!」


 カッと目を見開き自分の右手にベットリついた赤い血を見つめて叫ぶ父さん。

 いや、わざわざ言わなくても。


「父さん……大丈夫なの?」


「えーーっ……

 こんなのはいつもの事ですからーーァッ……

 でも陸に上がったの数年ぶりですからねーーっ…………

 やはり陸はキツイですねーーーっ……」


「父さんってずっと海に居るの?」


「まぁーーー…………

 大体はぁーーっ……

 海にいますねーー…………

 あーーっ……

 お連れさんも居られるようですしーーっ……

 ゴホッ……

 ゴフッ……

 立ち話も何ですからぁーーっ……

 上がりましょうかーーっ…………」


 ついに来た。

 夏に出て来て通算約四か月。

 ついに僕は実家に帰って来た。


 ギシ


 玄関から上がると床が軋む。

 その音が身体にまとわりつく気がする。

 足を踏みしめる度に響く音がこの後の惨事へのカウントダウンの様にも聞こえた。

 僕らはゆっくり居間へ行く。


 皇家 居間


 テーブルの前に座りお茶を飲んでいる老人。


 グレーの甚兵衛をインナーに来てアウターに茶色い褞袍どてらを羽織っている。

 頭は真ん中は禿げ上がり左右は気性の荒さを示すかのように斜め上にツンツンと伸びている。

 間違いない源蔵お爺ちゃんだ。


 見てるだけで少しムカムカしてくる。

 いけないいけない落ち着かないと。


「ん?

 おー滋竜しりゅう、帰ってきておったのか」


「ゴフッゴフッ………………

 父さん……

 久しぶりーーっ…………

 ゲフンゲフン」


「全く相変わらず陸に上がると途端に病弱になりおって……

 せっかく竜の様に育って欲しいと思って滋竜しりゅうと名付けたのに……」


 ハイ無視。

 まあこれぐらいは覚悟してたから全然平気だけどね。


 僕は無言で祖父の対面に座る。

 僕の左隣に暮葉くれは

 右隣りにガレア。


 ガラッ


 襖が開く。


マスター、半紙が無くなったのですが……

 ん?」


 全身黒いスーツを着た黒い長髪の優男が入って来た。

 僕の方をちらりと見る。

 不自然な程真っ赤な瞳が怖い。


 僕らをひとしきり眺めると祖父の隣に座った。

 双方無言。

 重い沈黙が流れる。


 口火を切ったのは祖父だった。


「時に滋竜しりゅう、今回の航海はどうだったのじゃ?」


 どうやら徹底して無視を決め込む様だ。


「えーーーッ…………

 今回はですねーーェッ…………

 ソマリア沖で海賊に襲われましてですねーーーッ……

 いやーーッ…………

 海賊ってのは掃除しても掃除しても沸いてくるんですねーーーぇっ……

 ゴホッゴフッゴホッ!

 この前、ほぼ全滅させたと思ったんですがねーーーっ…………」


「まあ滋竜しりゅうなら海にいる限り無敵じゃから大丈夫じゃろうて」


「でも怖いんですねーーッ…………

 ゴホッ!

 最近の海賊ってM16とかAKとか普通に持ってるんですねーーッ…………

 RPG出して来た時は焦りましたよーーーっ……

 ゴフッゴホッ」


「まあ無事に帰って来たのなら何よりじゃわい」


「ゴホッゴフッ…………

 所でーーッ……

 父さん?」


「何じゃ?」


「ゴホッゴホッ…………

 何で竜司さんを無視するんです?」


 父さんが仕掛けた。

 この段階では父さんは…………

 味方と考えていいのか?


「竜司?

 あぁ以前家におった落ちこぼれか。

 そう言えばそんな奴も居ったのう」


「ゴホッゴホッ……

 父さん自分の孫に何て言い草ですかーーっ……

 ゲフン」


 本当に何て言い草だ。

 僕がここに居るにも関わらず過去の人間のような物言い。

 僕が席に着いてから僕の事を無視し続け、そしてようやく僕の事を言ったと思えば死んだような扱い。


 ゴメン兄さん。

 僕はこの人と相容れる事は出来ない。

 もう我慢の限界だ。


「お爺ちゃん」


 祖父は無視。


「お爺ちゃん」


 無視。

 僕のイライラは頂点。


 バン!!!


「お爺ちゃんっっ!!!」


 僕は立ちあがり机を思い切り叩きながら叫ぶように呼んだ。

 するとようやくチラリとこちらを見る。


 ここだ。

 ここで僕が来た理由を告げるんだ。


「僕も本当はこんな所戻りたくは無かったんだぁっ!!

 でも兄さんがお爺ちゃんと仲直りして来いって言うから仕方なくやってきたんだっ!」


「フン。

 じゃあわざわざ何しに帰って来た。

 まさかワシとの仲直りが目的ではあるまい」


「このだよっ!」


「キャッ!」


 僕は感情のままに暮葉くれはの腕を強く掴み強引に立たせる。


「このの名前は天華暮葉あましろくれはっ!

 いいかっ!

 お爺ちゃんっ!

 今日ここにやってきた理由は僕が暮葉くれはと婚約したからその挨拶だっ!」


「へーーーッ……

 ゴフンゴフン!

 この前まで小さいと思っていたら婚約者を連れて来るなんてねーーーッッ……

 そちらの娘さん……

 天華あましろさんでしたっけーーっ……

 ゴホンッ。

 向こうの親御さんの了解は得ているのですかーーーァッ……」


 しまった。

 そこの事は考えて無かった。

 って言うか暮葉くれはって竜だけど親って居るのかな?


「ねえ……

 暮葉くれは

 暮葉くれはのお父さんかお母さんってどこに居るの?」


「ん?

 知らない」


 暮葉くれはキョトン顔。


「え……?」


 確かにガレアの反応から竜って言うのは血縁って感覚が希薄なのは解っていたがまさか”知らない”と返って来るとは思わなかった。


「へーーーっ…………

 これは聞いてはいけませんでしたかーーーァッ……

 ゴホンゴホン」


 父さんが何やら誤解している様子。

 僕は慌てて否定する。


「ちっ!

 違うよっ父さんっ!

 暮葉くれはは見た目は人だけど竜なんだっ!」


「ヘーーーーッ…………

 ゴフン

 天華あましろさんは竜ですかーーーッ……

 ゴホン

 これは人類初かも知れませんねーーーっ……

 おそらく公開されたら注目されますよーーッ……

 ゴホンゴフン」


 ズズズ


 会話を破る様に祖父の啜るお茶の音が響く。


「ハッ……

 三か月以上も家を離れたと思えばやはり落ちこぼれは落ちこぼれよな。

 そんなどこの馬の骨とも知れん売女ばいたと婚約?

 しかも人間ではなく竜だとっ!?

 恥を知れっ!

 竜司っ!

 貴様に……」


 ブチン


 キレた。

 ここで久々に来てしまったんだ僕のキレやすい性格。

 ガレアや蓮の時もそうだけどこの頃の僕は大切な人を侮辱されるとどうにも頭に血が昇ってしまう。


 祖父が台詞を言い終わる前に右手を前に突き出していた。

 目的地は祖父の胸座。


 ガッ


 だがそれは敵わず。

 素早く右から横に伸びてきた手に捕まれ阻まれる。

 僕は感情のままに右を向く。


 真っ赤な瞳をギラつかせながら僕を睨む黒の王。

 掴む腕の力もどんどん強くなる。


「その右手で我がマスターに何をするつもりだ……

 人間ッッ!

 圧し殺してやろうかっっ!」


「やれるものならやってみろっっ!

 ガレアァァァァッッ!

 魔力注入インジェクトォォォォォォッッ!」


「むっ?」


 僕の魔力注入インジェクトに多少は驚いている様子の祖父。

 だが頭に血が昇った僕にはそんな事関係ない。

 素早く右脚に魔力を集中。

 炎の様な右中断蹴りを黒の王の左脇腹に叩き込んでやった。


 ドゴォォォォォォッ!!


 蹴りの威力はそのまま伝わり真横に弾丸の様に弾け飛ぶ黒の王。


 ガシャーーーーン!


 ドカァァッァァァン!


 縁側の窓ガラスを突き破り広い庭の縁の塀に激突する。


 パラパラ


 破片が散らばる音と軽い土煙が立っている。

 倒れたまま黒の王は動かない。


 僕が魔力注入インジェクトを使用。

 右中断蹴りを繰り出すまで凡そ二秒弱。


 僕の周りの人間は急に起きた出来事に言葉を失っている。

 だが僕の怒りは収まらない。

 そのまま玄関へ行き、靴を履き外へ。


 庭へ行くとまだ寝そべっている黒の王。


「GYAAAAAAAッッッ!」


 怒りを込めた竜らしい唸り声。

 だがまだまだ怒りが収まらない僕はこんな事では怯まない。


 グワッ


 直立で寝ていた黒の王はその体勢のまま何かに引っ張られる様に立ち上がる。


 コキコキッ


 首を擦りながら頸椎を鳴らす。


「三下ァッ!

 よほど圧し殺されたいらしいなっ!」


「やってみろこのクソ野郎っ!

 こっちもタダではやられねーぞっ!」


 怒り狂ってる。

 黒の王は真っ赤な瞳をぎらつかせ怒り狂っている。

 僕も頭に血が昇っているため言動も乱暴だ。


「ガレアァァァァ!

 シュゥゥゥトォォォォォ!」


 キレてる僕は更に攻撃を仕掛ける。

 家の奥から魔力閃光アステショット射出。

 眼で追えない程のスピードで閃光が黒の王に向かう。


 フィン


 妙な音がしたかと思うと魔力閃光アステショットは不自然に曲がり上空へ消えていった。

 フン。

 思った通りだ。


 こういうのは漫画で見た事ある。

 自身の周りを重力場で歪ませ防御フィールドを張る技だ。

 対策と言うか一度やってみたい事もある。


「ガレアァァァッ!

 来ォォォォいッ!」


 僕は大声でガレアを呼びつける。

 ガレアが羽搏きながら中から出てくる。

 そして僕の側に着地。


「フン」


 黒の王が右人差し指をくいと動かす。

 側にあった大型の灯篭石が浮かび上がる。

 二百キロから三百キロはあろうか。


 浮かび上がった灯篭石はグラリと傾き横たわる。

 無言で右人差し指を僕に傾ける。


 ビュンッ!


 物凄い勢いで灯篭石が僕に向かってくる。


魔力注入インジェクトォォォォォッッ!」


 僕は魔力注入インジェクトを発動しながら既に右拳を握りしめ振りかぶっていた。

 もちろん目的は猛然と僕に向かってくる灯篭石を砕くためだ。

 こんな発動と使用のタイミングがギリギリなのは初めてだ。

 僕に出来るだろうか。


 ドクン


 体内に魔力注入。

 右拳へ魔力移動シフト


「デリャァァァァァァァッッ!」


 ボッッゴォォォォン!


 大型の灯篭石が砕け散る。

 着弾点の衝撃圧力が破片を広域に物凄い勢いで四散させる。

 やった。

 成功だ。


 ビシッ!

 パリンッ!

 バリン……

 ガラガラ


 飛び散った破片が窓ガラス、屋根瓦を割る。

 このままここで戦えばおそらく実家はボロボロになるだろう。

 知ったこっちゃない。

 ここは僕の家じゃないのだから。


「ガレアァァァァァッァ!

 流星群ドラコニッドスゥゥゥゥ…………」


「ん?」


 僕を中心に緑のフレーム展開。

 黒の王の前面に標的捕縛マーキング多数。

 その数十から十五。


 ここまで約一秒弱。

 今は暮葉くれはのブーストをかけていないから視認できるところにしかつかない。


「シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥトォォォォォ!」


 ガレアの身体が白色光に包まれ十数の流星射出。

 そう。

 僕がやってみたかったのはこれだ。


 標的捕縛マーキングは普通通り付いた様だが歪曲壁を持つ相手に流星群ドラゴニッドスを撃ち込むとどうなるのだろう。

 その答えが今解る。


 それぞれの流星がそれぞれの目的地に向かって飛んでいく。


 フィフィフィフィフィフィフィフィフィフィフィ


 普通ここで着弾したけたたましい衝撃音が響くはずだが時空が歪んだ時の音がエンドレスで聞こえる。

 当の黒の王本人は……

 どう形容して良いかわからない。


 言うなれば前に見た科学番組でやっていた原子核の周りを飛ぶ電子のモデル図の様。

 そのモデル図の一部分を切り取った感じ。


 推測も含めて説明するとまず僕の放った流星群ドラゴニッドス標的捕縛マークングに向かって飛んで行ったんだ。

 だが当たらず時空の歪みによって逸らされる。


 標的捕縛マーキングはまだ活きている為、直ぐに急旋回して目標を目指す。

 そして逸らされる。

 目指す。

 その繰り返し。


 同じ形が十数か所。

 ただガレアの魔力閃光アステショットは白色光の軌跡。

 もう全く黒の王の姿は見えない。


 これはチャンスなんじゃ?

 早く次の攻勢に移らないと。

 そう考えていた矢先……


かせ


 ポツリとそんな言葉が微かに耳に入ったと思ったら……


 ガクン!


 急に身体が物凄い勢いで下がる。

 巨大な見えない塊が乗っかってきた様だ。


 駄目だ。

 直ぐに立っていられなくなりベシャっと地面にへばりつく。

 へばりついても上から乗っかる圧は容赦なく僕を地面に圧し付ける。


 ゴゴゴゴゴゴ!


「なっっ!

 何だぁぁぁッ!

 これはぁぁぁぁッ!?」


 身動きの取れない僕は叫ぶのが精一杯。

 首の角度を必死の思いで変えてガレアの方を見る。


【何だこりゃっ!

 身体が……

 すっげー……

 重い……】


 ガレアも同様の状態。

 地面に圧し付けられている。


 カランコロン


 乾いた木の音が聞こえる。


「ほう……

 十Gの高重力負荷で話す事は出来るのか……

 だが竜司、貴様は落ちこぼれらしく地面に這いつくばっているのがお似合いじゃ」


 フィフィフィフィ…………


 ようやく黒の王の周りにまとわりついていた魔力閃光アステショットもエネルギー切れで自然消滅。

 中から出てきたのはさっきよりも更に怒りを募らせた黒の王。


 余りの怒りで長髪がザワザワと波打っている。

 燃える様に真っ赤な眼を見開き僕に飛びかかってきた。


「この三下ァァァッ!

 うっとおしい攻撃を仕掛けて来やがってぇぇぇぇ!」


 飛びかかった黒の王の腹に右腕を差し入れ制止する祖父。


「落ち着けカイザ。

 竜司は今、儂の“かせ”で動けん。

 これ以上やると儂の家はおろかここら辺一帯は滅茶苦茶になってしまうぞ。

 地球上でのいさかいは全て儂に任せろと言っておろうが」


「わ……

 わかりましたマスター……」


「あちゃーーァッ……

 ゴホッゴフッ……

 これはまた派手にやりましたですねーーぇっ……

 十七とうなさんが帰ってきてたら何て言うか……

 ゴホッゴフッ」


「竜司っ!

 大丈夫っ!?」


 中から父さんと暮葉くれはも出てきた。

 僕に駆け寄って来る暮葉くれは


「アーーーッ……

 ゴフッゴホッ!

 ゴホンッ!

 ブハァッ!」


 父さんの口から真っ赤な鮮血が飛び散り暮葉くれはを制止する様に横に血痕が付く。

 暮葉くれはもたまらず止まる。


「いやーーーァッ……

 危なかったーーァッ…………

 天華あましろさんでしたっけーッ……?

 竜司さんに今近づかない方が良いですよーーッ…………」


「どうしてっ!?

 竜司あんなに苦しそうなのにっ!?」


「今竜司さんとその使役している竜の身体の周りには父さんのスキルによって高重力負荷がかけられていますーーーッ…………

 ゴフンゴフン」


「でっ……

 でもっ……

 あんなに苦しそうっ……」


「ですのでーーーっ…………

 ここはーーーッ……

 僕に任せて下さい……

 ゴフン……

 人間ってのはですね……

 竜とは違って目に見える牙は持ちません……

 だけど知識と言う立派な牙で文化を発展させてきたんですよーーーっ……

 人には話し合いと言う武器がありますーーっ……

 見ていて下さいーーッ……

 ゴボッ……」


 父さんがヨロヨロとこちらに歩いてくる。


「と……

 父さんッ!」


「まぁーーっ……

 まぁーーっ……

 ゴフッゴフッ

 父さん……

 これぐらいでーーっ……

 ホラーーッ……

 はやく“かせ”を解いて下さーーーいっ……

 ゴフッゴフッ

 これ以上放っておくとーぅっ……

 竜司さん圧死しちゃいますよーーぅっ……

 ゴホッ」


「フン」


 パチン


 祖父が指を鳴らすと途端に体が軽くなった。

 と、同時に僕は叫んだ。


「ガレアァァァァァッ!

 魔力注入インジェクトォォォォ!」


 僕はまだまだ怒っていた。

 圧が解かれた途端に攻勢に移る。

 とにかくあの人を人と思わない祖父に一発入れないと気が済まない。


 脚と右拳に魔力集中。

 僕は弾け飛んだ。


「デリャァァァァァッ!」


 グングン近づく祖父との距離。

 射程距離侵入。

 僕は右拳を祖父の頬に目掛けて真っすぐ突き出す。


じん……」


 スカッ


 僕の右拳は空を切る。

 祖父の姿が消えた。


「どっ……

 どこだっ……?」


 僕は辺りを見回す。

 どこにも居ない。


「フン。

 どこを見ている馬鹿が」


 黒の王が腕を組み、呆れながら辛辣な意見を呈する。


「え……?」


「フン。

 マスターがやると言っておられるからな。

 我は手を出さん。

 が、老人だと思って甘く見ていると……

 死ぬぞ」


 四方見回しても居ない。

 ……となると……

 残るは……


「上かっ!」


 僕は見上げる。

 居た。

 祖父は上空に浮かんでいる。


 ……と言うか八十歳越えの老人が褞袍どてらを羽織り下駄を履いて上空に浮いている図。

 何てシュールな絵だ。

 バタバタ褞袍どてらがはためいている。


「オイ三下ッ!」


 黒の王が僕を呼ぶ。

 って言うか僕の呼び名は三下で決定なのか。


「な……

 何ですか……?」


マスターからの伝言だ。

 “貴様、祖父である儂に手を上げると言う事は解っているのだろうな”との事だ。

 フン」


きゃく……」


 かなり上で何を言ったか聞こえるはずも無く、辛うじて解る色の変化による口の動きとその後の行動でしか判断できない。

 だが何と言ったかなんてどうでも良いほどその後に起きた事象が凄惨だった。


 ギャンッ!


 物凄い勢いで祖父が落下してきた。

 自由落下なんて生易しいものじゃない。

 おそらく自身に高重力負荷をかけて実現した超スピード。


 既に祖父の身体は反転して真っすぐ僕に足を向け、蹴りの体勢。

 ただ角度と座標から落下地点は予想できる。

 何とか避けれそうだ。


「くっ!」


 僕は落下地点から離れる。


「甘いわぁっ!」


 おい……

 角度が修正されてないか……?

 ヤバい、全然逃れる事が出来ない。


 こうなったら。

 残留魔力を脚に集中。

 ギリギリで躱してやる。


 ギリギリのタイミング合わせなら得意なんだ。

 躱すタイミングまで四半秒。


 今だっ!

 僕の身体は真横に弾け飛ぶ。


「じゃからぁっ!

 甘いと言っておろうがぁッ!」


 勢いそのままにまるでその動き、軌跡自体が僕に敵意を持っている生き物の様に僕目掛けて急旋回。

 いくら軌道から身体をズラしてもすぐさま修正してしつこく付いてくる。

 そんなにその蹴りを僕に炸裂させたいのか。


「くっソォォォォッッ!

 こんなのありかよぉぉぉぉぉっ!」


 ニヤッ


 祖父が勝ち誇った笑みを浮かべたのが見えた。


 ドゴォォォォォォォッ!


 祖父の蹴りが僕の腹に炸裂。

 だが祖父の勢いが止まらずそのまま真横に身体が弾ける。

 祖父と共に。


 ベキベキベキベキ


「オゴォォォォォォォォォォッッ!!」


 ドッコォォォォン


 壁に着弾し、ようやく止まる。


「ガハッ……」


 僕は吐血。

 体内のダメージを表すかのように真っ赤な血が地面と祖父の脛に付着。

 吐血していると言う事は内臓損傷と先の音から肋骨も数本折れている。


 僕の腹からひらりと飛び退く祖父。

 着地し、褞袍どてらの乱れを直している。


「フンようやく大人しくなりおったか……

 全く脛に汚らしい下劣な血がついてしまったでは無いか」


 やはり祖父はどこまで行っても祖父だ。

 見下す人間はどこまでも見下す。


「イ……

 魔力注入インジェクト……」


 体内に取り込んだ魔力を回復に充てる。

 患部に集中。


 よし回復。

 僕は立ちあがる。


「フンまだやるか。

 懲りない奴じゃのう」


「ペッ」


 僕は口に残った血溜まりを吐き出す。

 そしてキッと祖父を睨みつける。


 と、そこへ父さんがヨタヨタと間に入って倒れ込む。


「だからーーーッ……

 ゴフンッゲフンッ!

 二人ともーーーッ……

 家族でしょうーーっ……

 ゴフン!

 もっと冷静にーーぃっ…………

 理知的にーーッ…………

 話し合ってですねーーーッ……」


「フン。

 こやつなぞ家を出た段階で勘当しとるわ。

 どこで野垂れ死のうか知った事か」


「何だとっ!?

 ちょっと父さんどいてっ!

 やっぱり一発殴んないと気が済まないっ!」


 ドンッ


 感情が荒ぶっている僕は横に父さんを突き飛ばしてしまう。


「あぁっ…………」


 どしゃり


 父さんが倒れ込む。


「あぁっ

 父さんっ大丈夫っ?」


 あまりの父さんの倒れっぷりに少し冷静になる僕。

 ヨロヨロと起き上がった父さんはゆっくりした動きで何か液体の入った小瓶を取り出す。

 そのままゆっくりと蓋を開ける。


 ポトリ


 力無く蓋が地面に落ちる。

 そして瓶口に顔を突っ込む父さんいや正確には鼻と口だ。



 ここから全てが明らかになる。



 父さんが何故ブカブカの服を着ているのかも。

 そして僕の記憶に間違いが無かったのも。

 そして何故父さんがこんなに虚弱なのかも。



 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ



 いや実際に音がしている訳では無いが何かそんな音が聞こえてきそうな妙な威圧感を感じる。

 そうだ!

 さっきよりも背中の特に肩甲骨、肩幅辺りが肥大しているんだ。


 ミチミチミチミチミチミチミチ


 身体が肥大してブカブカだった服のサイズに身体がフィットしていく。

 父さんが左腕を素早く斜め上へ。


 バン!


 瞬時に一の腕、二の腕が五倍近く膨れ上がる。

 続いて右腕も同様に斜め上に掲げる。


 バン!


 瞬時に五倍近く肥大。


「ふぅーう……

 やはり潮の香りは良い……」


 そういいながら父さんは立ち上がる。

 おいおい。

 誰だこの筋骨隆々の男は。

 さっきまでの父さんはどこに行った。


「さぁーぁ……

 竜司ィ……」


 ゴゴゴゴゴゴゴ


 音がした訳では無いがゆっくりとこちらを振り向くその様は物凄い威圧感があり空気が震える音がした気がした。

 僕の呼び方も変わっている。


「竜司ィィ……

 いけませんねぇ……

 仮にもお前のお爺ちゃんでしょう……

 そんな口の利き方をしては……

 我々は竜ではありません……

 人間なのです!

 もっと理知的に理性的に……

 話し合いまショウ……」


 父さんはそう言いながら僕の顔ぐらいある巨大な右拳に力を込めギュッゥと握る。

 まるで言う事を聞かないとこの拳を顔面に叩き込むぞ。

 そう言わんばかりである。

 どこが理性的なんだ。


 ゴクリ


 僕は生唾を飲み込んだ。

 と、言うかこの数分の流れは何だ。

 目の前で起きた事に頭で処理が追い付かず面食らう僕。


「ほ……

 ホントに父さん……

 なの……?」


 まず肝心な所を確認。


「ハッハッハ……

 何を言っているんですかァ。

 そうですヨォ。

 貴方の父親、滋竜しりゅうですよ」


「でっ……

 でもさっきまでの父さんは……

 もっと猫背でずっと咳をしていたじゃない……」


 どうにも数分前と今の父さんが一致しない。

 さっきまで吐血していた人だとどうしても思えない。


 胸板ははち切れんばかりに膨れ上がりピクッピクッと動いている。

 よくボディビルダー等がやる動作だ。

 強烈に肥大したバストアップとは対照にギュッと凝縮された腰回り。


 服の上からでも解る鋼鉄の様な腹筋のシックス……

 いやエイトパック。

 そして臀部からのびる両太腿は太い丸太を想起させる大きさ。


 服越しでも巨大な筋組織が解る。

 今にも長ズボンを破り外へ飛び出しそうだ。

 その太腿から下に伸びる下腿はまるでカモシカのそれで今の父さんなら魔力無しでも百メートル九秒で駆け抜けそうだ。


「まだ信じられませんか…………

 ムウ…………

 ならば……

 脱がねばなるまい……」


 え?

 今何て?

 父さん?


 脱ぐって!?

 何をっ!?


「ハァッ!」


 バリンッ!


 父さんの掛け声で弾け破れるアウターインナーTシャツ。

 続いてGパン、パンツも弾け飛んだ。

 え?

 パンツ!?


「フンッ!」


 全裸になった父さんがポーズを決める。

 このポーズ何だっけ?

 そうだそうだフロント・ラット・スプレッドだ。


 言っておく。

 父さんは今、生まれたままの姿。


「ハッハーッ!

 どうだーっ!

 竜司ーッ!

 これが偉大なる父、皇滋竜すめらぎしりゅうっ!

 ご覧っ!

 YourGreatFatherユア グレート ファーザーッ…………

 フロント・ダブル・バイセップス……

 ハァァァッ!」


 父さんは“自分が父親だ”とアピールをするどさくさにポーズを変えてきた。

 見事に局部迄丸見えだ。


「父さん……

 わかった……

 わかったからとにかく服を着てくれ……

 目のやり場が……」


「ムウ……

 何故だ……

 何故家に帰ってまで服を着なければならんっ!

 ……アブドミナル・アンド・サーイ……

 ハァァッ!」


 ヘンな疑問を投げかけつつまたドサクサに紛れてポーズを変える。

 下まで丸見えなのは勘弁してほしい。

 と、言うか普通は家に帰っても服は着てますから。


 くるん


 全裸の父さんは僕に背中を向け祖父と対峙する。

 きゅっと引き締まった尻が見たくなくても目に入ってしまう。

 気持ち悪い。


「さーーてぇ……

 竜司は落ち着きましたぁ……

 後は父さんだけデスネェ…………

 フフフ……

 見せてやりましょう……

 これぞマヤドー会海洋交渉術その百八ッ!

 “昔々あるところに……”だッ!」


 そう言って祖父と対峙した全裸の父さんは両手を広げた。

 後ろからは父さんの尻しか見えない。

 あ、尻の谷間からケツ毛が見える。


 いや別に解説しなくても良いんだけど。

 そしておそらく祖父には父さんの局部が丸見えだ。

 そのまま祖父へにじり寄って行く。


「この通り私は丸腰だ…………

 私の話を聞きなさい……」


「グオッ……

 しっ……

 滋竜しりゅう……

 気持ちが悪いから近寄って来るなっ……」


 祖父の制止も聞かずどんどんにじりよる。

 ゆっくりゆっくりと。

 これは怖い。


「そぉーは行きませんよぉぉ…………

 ちゃあんと竜司と話し合いのテーブルに着くまではぁぁ…………

 昔々ある所にお爺さんとお婆さんがいたんだ…………

 お爺さんは山へ芝刈りにぃぃぃぃッ!」


 あ、さっきの何とか術の技名はコレの事か。

 って言うか何て説得の仕方だ。

 もはや説得の体を成していない。

 とか何とか思っている内に祖父の射程圏内に全裸の父さん侵入。


「あっ……

 相変わらず支離滅裂さが不気味な交渉術よな…………

 ハッッ!!

 滋竜しりゅうっ!

 まさか貴様ッ!

 アレをやる気では無かろうなっっ!!?」


 祖父が狼狽え始めた。

 どんな時も冷静に相手を見下す祖父にしては珍しい。


「フフフゥ……

 そのまさかですよォォォ……

 こうなったのもォ……

 父さんがァ……

 強情っ張りのォ……

 聞かん坊なのがァ……

 悪いんですからねぇぇぇ…………」


「まっ……!

 待てッ!

 滋竜しりゅうっ!

 べっ……!

 別に儂は話し合いをしないとはっ…………」


 ここまで祖父が恐れるとは。

 一体全裸の父さんに何をされるのだろう。


「もう遅いですよぉぉぉっ!

 これぞっ!

 マヤドー会海洋交渉術っ!

 奥義っ!」


 全裸の父さんが祖父に抱きついた。


海人あまづくしっ!」


「ぎょわぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁっっ!

 やめろぉぉぉぉ!

 滋竜しりゅうぅぅぅぅぅっ!

 当てるなっ!

 ……当てるなぁぁぁぁあぁッッッ!!!

 …………異様な温もりが右手にっっっ!!

 右手にぃぃぃぃ!」


 僕の眼にはプルプル尻を振りながら暴れる祖父を抑えている全裸の父さんしか見えない。

 いや、父さんが丸太の様な腕の中で祖父に一体何をしているのかは凡そ予想はついていたのだが敢えて考えない様にしていた。

 だって僕は十四歳だもん。


「ギョワァァァァッツッ!

 ………………面舵いっぱい……

 よーー……

 そろーーー……

 ガクッ」


 余りの気持ち悪さに白眼を向いて失神してしまった祖父。


「おやァ…………

 さすが奥義は効きますねェ……

 ではとりあえず落ち着いた様ですし…………

 中に入りましょうか…………

 ホラカイザさんも……」


「フン」


 僕らとカイザはとりあえず居間に戻る。

 戻る時、気になったので話しかけてみた。

 カイザに。


「ね……

 ねぇ。

 ちょっと聞いていい?」


「あ?

 三下、我は貴様の様な下賎な輩が話しかけて良い存在ではないぞ」


「何で父さんにやられてお爺ちゃんが失神した時飛びかからなかったの?」


「フン。

 何を聞くかと思えばそんな事か。

 滋竜しりゅうマスターの息子。

 となると家族内の争い。

 こう言うのは人間で言う所の“内輪揉め”と言うのであろう。

 それに手を出す程、我は野暮では無い」


 だそうだ。

 祖父は全裸の父さんに抱きかかえられて居間に戻る。

 とりあえず祖父は居間の隅に寝かせる。


「オトウサンは大丈夫でしょうか……?」


 そう言いながら屈んで祖父の顔を眺めている。

 脚を広げるもんだから背後から見ていてもケツ毛やら色々見えてはいけないものが丸見えだ。

 断っておくが父さんは全裸だ。

 もう僕はたまらず父さんに進言する。


「父さん……

 頼むからパンツぐらいは履いてくれ……

 ホラ……

 暮葉くれはも居るんだし……」


「ムッ……

 そう言えば竜司の婚約者が居るんだった……

 これはこれは僕とした事が……

 レディの前ではしたなかったですネェ……」


 奥へ消えていく全裸の父さん。

 すぐに戻って来る。


 キュッ


「これで良しとっ!」


 ネクタイを締めた全裸の父さん。

 オイ、人の話を聞いているか変態。


「いやそうじゃなくてっ!

 下を履けって言ってるのっ!」


 僕は奥へ行きトランクスを持って来た。

 何で僕がこんな事をしなければいけないんだ。


「ハイッ!

 持って来たからとっとと履いてっ!」


 僕は出来るだけ目線を合わせずトランクスを差し出す。


「何ですかァ……

 竜司ィ……

 イライラしてェ……

 ほのかな若年性更年期障害的な何かですかぁ?」


 何処かで聞いた事あるフレーズだ。

 もしかしてコレは皇家に遺伝子レベルで受け継がれているんじゃなかろうな。


「何でも良いからっ!

 早く履いてっ!」


「わかりましたよォ……

 しょうがないですねェ……」


 視界の外で布切れの音が聞こえる。


「はい。

 良いですよ」


 ふう。

 ようやくこれで話が出来る。


 僕は父さんの方を振り向く。

 何か違和感。

 その原因は半裸の父さんの股間付近にあった。


 緑のトランクスを履いてはいるのだがヘソの下部にワサッとしたヒジキみたいなものがある。

 すぐに解った。

 ○ン毛だ。


「父さーーーーんっっっ!!

 毛をしまえーーーーっっ!」


 僕は急いでツッコミを入れる。


「ん?

 何ですかァ……

 竜司、しばらく見ない内に細かい人間になりましたですねェ。

 毛の多さはイイ男の証だと言いますのに……」


 そんな事言いつつも、とりあえずしまってくれた。


「さァ竜司ィ……

 色々と聞きたい事があるんでは無いですかァ?」


「うん……

 ホントに色々聞きたい」


「そうでしョウ。

 僕も竜司に聞きたい事ありまスシネェ」


 とりあえず僕、暮葉くれは、ガレアは席に着く。

 向かいに半裸の父さん。

 離れた居間の隅に未だ気絶している祖父。


 その側で腕組みしながら無言で直立不動の黒の王。

 赤い瞳がギラつき周りを威嚇している。


「さぁまず竜司からどうぞォ」


 まず最初に気になった点。


「まず……

 その体型の落差は何なの?

 ついさっきまで吐血するぐらい虚弱だったのに……

 何でこんなになっちゃうの?」


「あァ。

 これは僕の体質とでもいいましょうかァ。

 陸に行けば行くほど調子が悪くなるんですよねェ……」


 調子が悪いったってこんなにも変わるものなのか?

 会った当初とは全然違う。


「病弱なのは僕の受動技能パッシブスキルのせいですねェ」


「父さんの受動技能パッシブって何なの?」


「僕のは遠隔吸引リモート・サクション

 遠く離れていても常にバキラの魔力が流れ込んでくるんですヨォ」


「バキラって?」


「僕の使役している竜ですヨォ。

 蒼の王。

 海嘯帝かいしょうていラルミルスと言います」


 父さんの竜は王の衆なのか。

 って言うかウチの家族はどうなっているんだ。

 既に王の衆二人も使役しているなんて。


暮葉くれは……

 蒼の王って知ってる?」


「ううん。

 名前は知ってるけど会った事無いわ」


「無理もないですネェ……

 バキラは海竜ですから」


 成程色々解ってきた。

 さっきまでの父さんが虚弱だったのは絶えず流れ込む魔力のせいか。

 突然、今の状態になったのも魔力が関係しているのだろうか。


 ん?

 そう言えば父さんがこうなる前何か小瓶に顔を突っ込んでいた様だがあれは何だろう。


「父さん。

 巨大化する前に持ってたあの小瓶は何?」


「ん?

 あぁあれは海水を入れた小瓶です。

 これさえあればいつでもこの姿になれるんですヨォ……

 ハァッ!

 モスト・マスキュラーッッ!」


 そう言いながらポーズを決める父さん。


「父さんって船長なの?

 ボディビルダーなの?

 どっち?」


「私は船長ですヨォ。

 あくまでボディビルは趣味です」


「それで父さんは何で家に帰って来ないの?

 いくら船長って言ってもそんなに引っ切り無しに航海に出る訳じゃ無いと思うんだけど」


「あぁ。

 それは会社が僕の体質の事を理解してくれていて仕事を回してくれてるんですヨォ。

 実はあの小瓶使ったの今日が初めてでしてネェ……

 まさかこんなに上手く行くとは思いませんでしたヨォ……

 フンッ!」


 掛け声と共に父さんの胸筋がピクピク揺れる。

 正直気持ち悪い。


「ではそろそろ僕の番ですねェ……

 竜司……

 何で父……

 お爺ちゃんは辛くあたるんでしょうかねェ」


「そっ……

 それはっ……

 僕がドラゴンエラーを起こしたから……」


「あれは実況見分の結果、事故で処理されたんじゃ無かったでしたっけェ?

 だいいち事故当時はまだ竜司は未成年で殺意も無かったのに」


「そんな事、お爺ちゃんには関係ないんじゃない?

 家の名前を護るために情報操作に苦労したらしいし。

 あの事件を起こした事で僕を落ちこぼれって蔑みだしたし」


「すみませんねェ。

 あの事件の後お爺ちゃんの一声で引っ越しする事になって……

 あの引っ越しは本当に死ぬかと思いましたヨ……」


 そうか。

 引っ越しは当然陸地だ。

 しかも小瓶を使い出したのは今回と言っていた。

 虚弱な父さんは苦労しただろう。


「あの引っ越しの直後、治療も兼ねて遠洋航海に出てしまいましたからねェ。

 時々電話はしていたんですが竜司の事を聞いてもお爺ちゃんは知らぬ存ぜぬで。

 豪輝に電話しても繋がらないですし」


 ドラゴンエラー直後は兄さんは警視庁のパワーゲームに巻き込まれていたんだっけ。


「でもどうして竜司を落ちこぼれなんて言うんでしょうネェ……

 さっきの戦いぶりを見ていると少なくとも中の上ぐらいの力量はあると思うのですけど……」


「そんなの僕は知らないよ。

 どうせ家の名前を汚したとかそんな理由だろうよ。

 くだらない」


「フン」


 居間の隅で声が聞こえる。

 祖父が目覚めたんだ。


「お爺ちゃん」


 寝ていた祖父がヨロヨロと体を起こす。


「そんな所でしか見れていないからお前は落ちこぼれなのじゃ……」


「何だとっ!?」


 パンパン


 父さんが柏手を打つ


「はぁいハァイ……

 止めましょうネェ……

 父さんもちゃんと竜司と話し合うんって言ったんですからネェ……

 言葉を選びマショウ。

 我々は竜ではありません。

 人間なのデス。

 もっと理知的、理性的にデスネエ……」


「フン。

 こやつと話す事なぞ無いわい。

 竜司、すめらぎの名を名乗るのももうやめろ」


 僕はキレそうになった。

 正確にはキレる寸前で踏みとどまった。

 何故なら祖父が話し終える寸前、背後に既に目を赤く光らせながら薄ら笑いを浮かべている父さんが居たからだ。


「えっ?」


 何て素早さだ。

 全く目で追えなかった。


「えっ?」


 祖父が背後の異様な気配に気づき振り向く。


「イケマセンネエ……

 父さん……

 話し合いすると言ったじゃアリマセンカ……」


「ぬおっ!

 しっ……

 滋竜しりゅうっ!

 おま…………」


海人あまづくしっ!」


 祖父が言い終わる前にもう全裸の父さんは抱きついていた。

 オイ履いていたトランクスはどうした。


「ヒョッ!

 ヒョワァァァァァァァァッッ!

 不必要に熱い温もりがッ!

 温もりが右手にぃぃぃぃっ!

 滋竜しりゅうーーーっ!

 こっ!

 腰をカクカクッ!

 カクカクするなぁぁぁぁぁッ!」


 暴れる祖父を太い腕で取り押さえながら腰を前後に忙しなく振る全裸の父さん。

 尻も動きに合わせてプルプル震えてる。

 うん、物凄く気持ち悪い。


 僕はチラッと暮葉くれはの方を見る。

 何やら不思議そうな顔でこの事の顛末を見ている。

 余り見せたくないなあ。


「とっ……

 取舵……

 一杯…………

 よー……

 そろー…………

 ガクッ」


 また白眼を向いて失神してしまった祖父。

 ほんの少し同情する。


「フウッ!

 やはり強情っぱりや聞かん坊には海人あまづくしが一番デスネェ……

 竜司もそうは思いマセンカッ!?」


 そう言いながらこっちを振り向く全裸の父さん。


「だからパンツを履けと言ってるだろーーっ!」


 僕もたまらずツッコむ。

 今気づいた。

 この人まだネクタイ締めてる。


「おやぁ。

 どうやら竜司は恥ずかしがり屋に育ったみたいですねぇ…………

 ハイ履きましたよ。

 では話の続きとイキマショウ」


「うん」


「父さん思うのデスガネ……

 さっきのお爺ちゃんの口ぶりから考えるとおそらく辛くあたる理由はドラゴンエラーや家の名前だけが原因ではないんじゃないデスカネェ……」


「えっ?

 それって何?」


「それは本人に聞いてみると良いデショウ……

 父さんの考えでは竜司に辛くあたるのはもっと大きな別の原因があると思いますよ」


 僕はチラッと祖父を見る。


 ちーーん


 こんな音が聞こえてきそうな程完全に白眼を向いて気絶している祖父。

 純粋な好奇心として父さんの使った技に関しては興味は無くも無いが藪蛇な気がしたのでやめた。


「デモまぁ……

 久しぶりに会ってイイ男に育ってくれて僕は嬉しいデスヨォ竜司。

 あの竜司が怒った瞬間……

 隣の天華あましろさんが“売女ばいた”って言われた事に腹が立ったノデショウ?」


 僕は見抜かれていた事に驚き赤面する。

 やはり全裸だろうと変態だろうと父さんだ。

 流石と言わざるを得ない。


「…………うん」


「あれ?

 竜司?

 何でちょっとホッペが赤いの?」


 暮葉くれはが聞いてくる。

 相変わらず僕の表情の変化には敏感なようだ。


「あぁ……

 ちょっと父さんに見抜かれたのが恥ずかしくてね……」


「ハッハー!

 父さんは仕事柄、取り調べ紛いの事も良くやりますのでネェ。

 これぞマヤドー会海洋交渉術観察眼“大海の一滴”デスヨォ」


「えっ?

 取り調べって?

 父さん船長でしょ?」


「アァ。

 僕が行く所は一般の船長がいけない危険海域がほとんどですからネェ。

 外洋で海賊を取り押さえた時に警察が来るまで時間がかかりますのでその間に取り調べをして背後の組織関係などを聞き出すんですヨォ」


「へぇ……

 でもそう言う捜査とかは素人な訳じゃ無い?

 そんな簡単に教えてくれるものなの?」


「ん?

 確かに幹部の連中で口の堅い奴は居ますが大抵“海人あまづくし”で教えてくれまスヨォ。

 取り調べの時は僕だけじゃないですしィ」


 僕は尻から頭の先まで悪寒が立ち昇るのを感じた。

 “僕だけではない”。

 と言う事はおそらく父さん並の屈強な男共がこぞって“海人あまづくし”を敢行するのだろう。

 くわばらくわばら。


 すると父さんがチラチラと暮葉くれはの方を見だした。


「な……

 何?

 父さん……」


「ムフフゥ……

 いや竜司の婚約者……

 これは美人になりますよォ……

 将来が楽しみデスネェ……

 まあ十七とうなさんには負けますがねフフフ」


「ありがとうございます」


 笑顔で返す。

 オイ断っておくが父さんは半裸にネクタイだぞ。


「では改めて……」


 父さんが暮葉くれはの方を向き姿勢を正す。

 顔もキリっとなり、真剣な眼でいわゆる“イイ男”の顔になった。

 そして深々と頭を下げる。


「初めまして。

 私は皇竜司すめらぎりゅうじの父親、皇滋竜すめらぎしりゅうと申します。

 本日は遠い所をご足労頂き感謝致します」


「あっ!

 いえいえ……

 こちらこそ……」


 暮葉くれはもぺこりとお辞儀をする。

 何だ意外に常識的な事も出来るんじゃないか父さん。

 今は半裸にネクタイだけど。


「おっとォ。

 お客様にお茶も出さずに失礼しました」


 父さんが立ち上がる。


「ちょぉぉぉとっ待てぇぇぇぇっ!」


 立ち上がった父さんの全身を見てたまらずストップをかける僕。

 何故なら父さんは全裸だったから。


「ん?

 何ですかァ?

 竜司」


「何ですかじゃねぇぇぇッ!

 だから下を履けェェェェェッ!

 ってかいつ脱いだ父さァァァァんッッッ!」


「竜司……

 アナタ何を言ってるんですかァ。

 仮にも息子が婚約者を連れて来てるんですよォ。

 ならばッ!

 正装で迎えるのが礼儀ってものデショォッ!」


 うん。

 この人の頭の中は正装=全裸らしい。

 どうしよう。


 この人が僕の父親。

 どうしよう。

 僕は自然と深い溜息が出る。


「ハァ…………

 わかったからとりあえず下履いて……」


「ホントに竜司は細かい人間になりましたですネェ…………

 ハイ履きましたよ」


 パンツを履いた父さんはイソイソと奥へ消えていった。


暮葉くれは……

 ゴメンね……

 あんな父さんで……」


「ん?

 何が?」


 暮葉くれはキョトン顔。


「いや……

 だって……

 ずっと裸だし……」


「裸なのがそんなにおかしいの?」


【なーアルビノ。

 別におかしい所は無いよな。

 ヘンな布被ってる人間がおかしいんだって】


 会話にガレアも入って来る。

 何か服を着てる僕の方がおかしい気がしてくる。


「さあさあお茶が入りましたよォ」


 奥からお盆を持った父さんが戻ってきた。

 テーブルに置きお茶を配る。


「そういえば母さんって今何してるの?」


「今は多分イエメンじゃないですかねェ。

 そこの野戦キャンプで治療活動をしてるはずですヨォ。

 あの人は僕以上に忙しい人ですからネェ」


 ちょいちょい


 袖を引っ張る感覚がする。

 暮葉くれはだ。


「どうしたの?

 暮葉くれは


「ねえねえ。

 竜司のお母さんってどんな人?」


「うーん……

 僕も小さい頃数回しか会った事無いからよくは……

 でも覚えてる事があるんだ台所でご飯を作ってる母さんの後ろ姿が物凄く綺麗で……

 腰まである黒い髪の毛がキラキラ光ってたなあ……」


「あぁ天華あましろさん……

 竜司のお母さんは皇十七すめらぎとうなって言うんですヨォ」


「へーっ」


十七とうなさんは女医さんでね。

 今は各地の紛争地域を回って活動してるんですヨォ」


「へー…………

 竜司……

 女医さんってなあに?」


 暮葉くれははキョトン顔でこちらを向く。


「さっき行っただろ病院。

 そことかで働いて病気とか怪我とかを治す人だよ」


「へーっ。

 凄いのねっ。

 竜司のお母さんっ」


「そうですヨォ。

 十七とうなさんは各地の紛争地域で神様と崇められてる程の腕前でネェ。

 何でも“AnyWhereGoddess場所を選ばない女神”。

 略してA・Gって呼ばれてるとか」


「場所を選ばないってどういう事?」


十七とうなさんは何よりも処置のスピードを重視する医者なんでネェ。

 患者を診て、手術オペが必要と判るとどこでも執刀します」


「ど……

 どこでも……?」


 ゴクリ


 僕は生唾を飲み込んだ。

 この父さんの奥さんである。

 おそらく聞くにはある程度の覚悟がいる。


「エエ。

 この前、聞いた時は戦闘状態の真ん中で執刀したって言ってましたネェ」


 僕は絶句した。

 これ以上聞くのは怖そうだ。


「うっ……

 ううん……」


 あっ祖父が目覚めた。


「オヤ……

 目覚めましたかお父さん……

 これでもう……

 話し合いする気になりましたカネェ……」


 眼を赤く光らせ薄く笑いながら祖父を見つめる父さん。

 瞬時に身震いする祖父。


「わっ!

 わかったっ……

 話すっ!

 話し合うから……

 もう海人あまづくしは止めてくれ……」


 そう言いながらヨロヨロと歩いて僕の対面に座る祖父。

 そんなにダメージがデカいのか。


 ポン


 父さんが笑顔で柏手を打つ。


「さァさァ。

 二人とも落ち着いた所で話し合いマショウ。

 話し合ってわだかまりを解こうじゃありませんか」


 二人とも沈黙。

 空気が重い。

 まず最初に口火を切ったのは僕。


「ねえ……

 お爺ちゃん……」


「…………ん?」


「さっきの……

 そんな所しか見ていないってどういう事?

 僕がドラゴンエラーを起こしたから僕を落ちこぼれって蔑みだしたんじゃないの?」


「あぁ……

 その事か……

 断っておくが儂もドラゴンエラーに関しては事故だと理解しておる」


「嘘だっ!

 だって僕が家を出る時にお爺ちゃんと父さんに物凄く迷惑をかけたと恩着せがましく言ってたじゃないかっ!」


「フン。

 確かに貴様がそこの野良竜と騒いでた時は引き合いに出したがな」


「ガレアの事を二度と野良竜って言うなっ!

 許さないぞっ!」


 祖父をキッと睨む僕。


「フン。

 まあ良い機会じゃ。

 ここで理由をはっきりさせとこうかのう。

 竜司よ……

 貴様を落ちこぼれと断じた理由はな……

 ドラゴンエラーの後の振る舞いよ」


 そんな話は初耳だ。


「ど……

 どういう事?」


「竜司……

 貴様はドラゴンエラーの後、自室に引き籠りおったな。

 大事故に向き合わず耳を閉じ、眼を塞ぎ、口を噤んでまるで貝の様になっておった」


「そ……

 それは……」


「まあその頃は竜司も十二歳。

 近しい人間も被害者に居たのであろう。

 全てから接触を断とうとするのも判らんではない。

 ただ一年経っても貴様は自室から出ようとはしなかった。

 たまに出たと思えば近場の店舗で食料を買い込むだけ。

 そんな貴様を見て“あぁ……孫は終わったな”と……。

 さあ反論できるならやってみぃ。

 泣き言でも構わん。

 話し合うと決めたからのう」


 ぐうの音も出ない。

 引き籠っていたのは事実だから。

 僕の引き籠っていた期間は二年。


 二年間だ。

 二年もの長い年月。

 僕は自室に閉じこもり特撮視聴と筋トレを繰り返していただけだ。


 その事実は変えられない。

 覆水盆に返らず。

 やってしまったものはもう戻らない。

 それぐらい僕でも解る。


「…………そうだよ……

 確かにお爺ちゃんの言う通り僕は引き籠っていた……

 その頃の僕なら落ちこぼれって言われても仕方がない……

 でも僕はガレアに出会って外に出た……

 そして外に出て色々な人に会った……

 そして暮葉くれはに出会って婚約して帰って来たんだ。

 ドラゴンエラーにも向き合う事も決めた……

 ねえこれでも僕が落ちこぼれだって言うの?」


「ハッ人間追い詰められた時に本性が出るものよ。

 そして竜司、貴様の本性は逃避。

 追い詰められた時にお前がする行動は脱兎の如く逃げるだけよ。

 貴様の落ちこぼれはその本性に根付いているものじゃ」


 この頑固爺は……。


「じゃあどうやったら僕を認めてくれるのっ!?」


「そうさのう……

 儂と手合せして……

 無論貴様なんぞに負ける儂では無いがな」


 この上から目線の台詞にカチンときた。


「手合せしてどうなったらいいんだよっ!」


「儂に一撃でも喰らわせる事が出来たら認めてやろう」


「わかったっ!

 やってやるっ!

 やってやるよっ!」


 ポン


 ここで父さんの柏手が響く。


「はァい。

 良かったデスネェ竜司。

 晴れてお爺ちゃんと仲直りデスヨォ。

 では手合わせは明日の朝に執り行います。

 もう夕方ですシネ。

 僕が立ち会いまショウ。

 場所も僕が提供しマス」


 場所ってどこでやるつもりなんだろう。

 って言うかまだ仲直りした訳じゃ無い。


「フン。

 まだ認めた訳じゃ無いわい。

 儂の中でまだ竜司は下劣な落ちこぼれでクズのままじゃわい」


 確かに言う通りだが、この物言いは如何なものか。

 僕はカチンと来たので仕掛けてやった。


「あ、父さん?

 お爺ちゃんがまた“海人あまづくし”喰らいたいんだって」


 僕が言い終わるか終わらないかのタイミングで目を赤く光らせ薄ら笑いを浮かべながら一瞬で祖父の背後に立つ父さん。

 相変わらず目で追えない。


「竜司っ!!?

 貴様ーーーーーーっっ!!」


「イヤァ……

 オトウサンも気に入ってくれた様で僕は嬉しいデスヨォォォッッ!」


 祖父は慌てて振り向くが時すでに遅し。

 そこには丸太の様な両腕を広げた全裸の父さんが居た。

 だからいつパンツを脱いだんだ。


海人あまづくしっ!」


 祖父に抱きつく全裸の父さん。


「ヒョワァァッァァァァァァァッッッ!!

 かっっ!

 過剰なっっ!

 過剰な温かみが右手っっ!

 右手にぃぃぃぃぃぃぃ!

 ハァッッッ!?

 なっっ!

 何かヌメヌメしとるっっ!

 ヌメヌメェェェェェェェェェェェッッッッ!」


 さっきの海人あまづくしとは違う動き。

 抱きついた全裸の父さんは身体を上下に動かし何かをしきりに祖父に擦り付けている。

 何かは薄々感づいてはいたが考えない事にした。

 だって僕は十四歳だもん。


 あ、何か祖父が泡を噴き出した。


「…………とっ…………

 取舵に当て…………

 よー………………

 そろー………………

 ガクッ」


 祖父は口から泡を吹きながら白眼を向いて完全に失神してしまった。

 本日三度目。


「オヤオヤァ?

 あまりの良さに昇天してしまったようデスネェ」


 父さんが勝手な事を言ってる。

 これは流石に罪悪感が沸く。

 僕はスマホで時間を見る。


 午後五時五十八分


「じゃあ僕らは少し早いけど外で夕食を食べてくるよ」


「イッテらっしゃい。

 竜司、天華あましろさんはどこで寝かせる気ですカァ?」


「え?

 僕の部屋だけど…………」


「ムフフゥ……

 大丈夫だとは思いますが……

 過ちを犯してはイケマセンヨォ……」


 これを聞いた僕は一瞬で赤面する。

 どうして大人ってやつは。


「とっ!

 父さんっ!

 そそそっ!

 そんな事する訳ないじゃないかぁ!」


「ねえねえ竜司、過ちってセックスの事?」


 暮葉くれはがあっけらかんと凄い事を聞いてくる。


「知らないっ!

 さぁっ!

 晩御飯食べに行くよっ!」


「ハッハッハァ!

 行ってらっしゃい。

 あまり遅くなるんじゃありませんよ」


 父さんに見送られ僕らは外へ出かけた。

 適当に晩御飯は済ませ、すぐに帰宅。


「ただいまー」


「………………えりなさ……

 ゴフッゴフッ」


 何か弱弱しい声と咳払いが聞こえる。

 まさか。

 僕は今に行くとブカブカの服を着ている猫背の父さんが居た。

 どうやら小瓶で巨大化できるのは制限時間があるらしい。


「父さん……

 虚弱に戻ってるけど大丈夫?」


「えーぇ……

 まーーっ……

 ゴフッゴフッ……

 何とか……」


「また潮の香り嗅いだら良いのに」


「いやーーーっ

 何でか判らないんですけどーーォッ…………

 ゴフッゴフッ……

 さっき嗅いだんですがこのままなんですよねーーっ……

 ゲフンッ……

 この小瓶に関してはもう少し検証が必要ですねーーっ……

 ゴホンゴホン」


「あ、そう……

 じゃあ僕らは部屋に戻るから……」


「はぁーいっ……

 おやすみなさぁーーい……」


「おやすみなさい」


 ###


「はい今日はここまで」


「パパ。

 お爺ちゃんが良く解らない」


「う……

 うん……

 そうだね……」


海人あまづくしって何なの?」


たつ……

 人にはね……

 知らなくていい事って言うのもあるんだよ……

 じゃあ今日はおやすみ……」

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