第九十三話 竜司、陸竜大隊を知る。

「やあこんばんは。

 今日も始めていこうか」


「ねえパパ。

 僕昨日寝ちゃったから途中から覚えてないー」


「あ……

 そう?

 どこまで覚えているの?」


「えーとねー。

 けーさつに着いたとこまでー」


 僕は搔い摘んで簡単にその先を説明した。


「じゃあ今日も始めようか」



 ###

 ###



 僕と兄さん、涼子さん、ガレアの四人はエレベーターに乗り込む。

 少し待つと目的階に到着。



 十一階



 十階とは違って受付らしき所は無く人も少ない。

 パーティションに区切られて扉が六つほどある。


 兄さんと涼子さんは通路を進み一番奥の扉を開けて中に入る。


 僕とガレアも続く。

 中は二つの部屋に区切られ境には大きなガラスが張られていた。


 ガラスの向こうには刑事ドラマで見たような机があり左に本間。

 対面にリッチーさんが座っている。


 側につづりさんが机に手をかけもたれ掛かっている。


 ガラスの前には机。

 その上に色々スイッチのついた制御盤の棟なものとマイクがある。


「すごい……

 ホントにドラマのままなんだね」


「まあな、ただカツ丼は出ないけどな。

 ハハハ」


「え?

 そうなの?」


「自白に向けての利益誘導になるってな。

 コーヒーとかパンとかも駄目だ」


「じゃあ食事はどうなるの?」


「留置所に戻って支給弁当だな」


「そうなんだ」


 とりあえず納得した。


 中では何かリッチーさんが話している様子。

 本間は少し疲れている感じ。


 僕は尋ねる。


「兄さん、これ何時間ぐらいやってるの?」


「ん?

 三時間って所か……

 おっと」


 兄さんが少し慌てた様子で机上の制御盤のスイッチを入れる。


「さあ、豊~……

 陸竜大隊の全容は大体解った。

 さあ次はいよいよ本命……

 呼炎灼こえんしゃくについてだ……」


 スピーカーでも付いているのかリッチーさんの声が部屋全体に響く。

 ガラスの向こうの会話が聞こえているのだろう。


 リッチーさんの言葉を聞いた本間の様子が激変する。


「う……

 うわぁっぁぁぁぁぁ!」


 椅子から立ち上がり、頭を押さえだす。


「今度はでかいわねっ!」


 つづりさんはそう言い、素早く後ろに回り込む。

 手首を掴み、そのまま後ろへねじり上げ本間の身体を机に叩き付ける。


「はぁ~い、本間さん。

 暴れないでねぇん。

 じゃあいただきまぁす……

 カプ」


 そう言ってつづりさんは本間のうなじに咬み付いた。

 僕はガラスの中の騒動を呆気に取られ見ていた。


 二分後


 まだ咬み付いている。


 五分後


 ようやく口を離す。

 全身を起こしたつづりさんの瞳が紫に光った気がした。


「あー……

 はぁ……

 こりゃ駄目だ」


 少し溜息をついてこんな独り言を漏らすつづりさん。

 兄さんがマイクに向かって話す。


つづり、どうした?

 また心錠前コアロックか?」


「ええ、しかもかなりデカいです。

 取り調べの疲労もあるのかも知れないけど……

 これを解錠するのはすぐには無理です」


「そうか、わかった」


 兄さんはそう言って本間のいる部屋に入る。

 上から兄さんの声が聞こえてくる。


「いやぁ、本間さん。

 どうもすいませんでした。

 今日はここまでとしましょう。

 またご協力をお願いします」


 そう言ってガラスの中でにこやかに敬礼をする兄さん。

 本日の取り調べ終了。


 リッチーさんが本間の両手に手錠をはめている。

 すると端からカズさん登場。


 居たのか。

 カズさんに連れられて本間が出てくる。


「やあ、竜司君。

 おかえり」


「カズ、リッチー。

 留置所まで送ったらすぐに帰って来いよ」


 留置所までは二人が送るそうだ。

 本間の護衛も兼ねているらしい。


「俺たちも降りるか」


「じゃあ、私も業務に戻ります」


 敬礼をしながらそう言う涼子さん。

 とりあえず僕ら四人はエレベーターで十階へ。



 十階 刑事課



「じゃあ、涼子さん。

 後ほど……」


 涼子さんと別れ、僕と兄さんとガレアはいつもの会議室に入る。


「そういえば兄さん、ボギーは?」


「ボギーは一階だよ。

 あいつどこでもバナナ食うからな……」


 なるほど。

 皮の処理をするなら一か所にって事か。


 僕らは部屋に入る。

 兄さんは資料の準備。


 僕は適当にパイプ椅子に座る。

 じきに扉が開き、つづりさんが入って来る。


「隊長ーっ!

 報告書提出してきましたー」


「おうつづり

 ご苦労さん」


「あら、竜司君。

 おかえりぃん。

 ンーマッ」


 つづりさんは笑顔で僕に投げキッスをする。


「タハハ……」


「竜司君、どうしてたのよう。

 高速走ってたら急に居なくなってぇん」


「はい実は……」


 僕は富士ICインターチェンジで進路変更に失敗した事。

 その後事故して陸上自衛隊に保護された事。


 呼炎灼こえんしゃくと会った事などを掻い摘んで話した。


「ハハハッ、全く何やってんのよぅ」


「面目ありません」


 頭を下げる僕。


「兄さん、それでこれからどうするの?」


「ん?

 まずは今日の取り調べで得た情報の共有。

 そんでお前が持ってきた情報の共有。

 それらを加味した上でこれからの指針を決定って所かな」


「ふうん」


 中二の僕が参加して良いものかとか。

 そこはかとなく漂う大人の雰囲気とかを感じ、間の抜けた返事をしてしまう。


「はい、お前も目を通しとけ」


 パラパラとページをめくると陸竜大隊の顔が写真付きで載っている。

 ってよくこの短時間でこんな資料作れたな。


「よくこの短時間でこんな資料作れたね。

 この写真もどこから持ってきたの?」


「あぁ、優秀な奴が事務方にいてな。

 多分写真は名前と照合してデータベースから引っ張って来たんだろうな」


「へぇ」


 僕は返事をしつつ、資料に目を通す。

 にしても陸竜大隊、メンバーが多い。


 凡そ三十人て所か。

 本間の聴取から作成した辺り、見知った人だけって事かな?


 資料を見ていると扉が開く。


「隊長ー。

 無事送り届けてきました」


「くぁ……」


 カズさんとリッチーさんが入って来た。


「ん?

 何だガキ。

 居たのか。

 死んだんじゃなかったんだな」


 すると、僕の顔を見たリッチーさんが早速悪態をつく。


「……ええ……

 まぁ」


 リッチーさんの物言いに少しゲンナリする僕。

 チラッとリッチーさんを見ると真っすぐ矢のような視線が僕に向かっている。


 モヤは抜けるような空色。

 この色は本気で死んだと思っていると言う事か。


「よし、会議を始める。

 リッチー、カズ。

 資料持って座れ」


「はい」


「へぇい」


 カズさんとリッチーさんは資料を手に取り席に着く。


「えー、まず陸竜大隊。

 総数は二十九人。

 もちろん全員竜河岸だ。

 この情報は本間が除隊するまでの話だから多少の誤差がある可能性があるから注意しろ。

 次のページだ」


 ページをめくるとそこには多分男性の写真が貼られていた。


 多分と言ったのはこの男性が長髪黒髪のストレートだからだ。

 それだけでは無い。


 白粉でも塗っているのか不自然なほど肌が白い。

 薄い紫のアイシャドウを塗っている。


 これは完全に化粧だ。

 写真にインパクトがあるため凝視していたら兄さんが話し出す。


「これが副官だ。

 名は三条辰砂さんじょうしんしゃ

 階級は三佐」


 名前も珍しいのでますます男性か女性かわからない。

 かろうじて男とわかる部分は喉仏がある所だ。


 兄さんが話を続ける。


「こいつは銀色の陸竜を連れている。

 スキルは銀を使うらしい。

 ただ注意しろ。

 本間も見た事が無いらしいから確定情報ではない」


 兄さんの話を聞きながら資料を読み進めていると確かに書いてある。


 ■竜の色 銀

 ■スキル 銀を使う(未確定)


 更に読み進めると不思議な異名も書いてある。


 ■異名 蛟竜毒蛇コラプト


 何かイマイチ要領の得ない異名だなあ。


「よしページをめくれ」


 言われるままにページをめくる。

 次ページ、まず目についたのは縦に並ぶ三人の男女の写真だ。


 色で言うと上から黒白黒。


 何かオセロのように並んでいる。

 まずは一番上の男性。


 何だろう?

 黒い。


 ええと名前は……


 ■名前 呂比須ロペス・トーマス

 ■階級 一尉

 ■竜の色 橙色オレンジ

 ■スキル 炎を操る。(未確定)


 黒い。

 まず写真の第一印象はそこだ。


 世界で一番黒い人種はパプアニューギニアのネグリト人らしいがこの人はそれではなかろうか?


 顔しか映っていないが首周りの太さからおそらく太っているのかな?

 次は真ん中の女性。


 ■名前 裏辻湯女うらつじゆな

 ■階級 三尉

 ■竜 デクラ

 ■竜の色 乳白色

 ■スキル 分子運動モレキュラーモーション

 物質の分子運動をコントロールする。


 次の女性。

 まず眼が何か黄色い。


 これって確か黄疸って言うんだっけ?

 よくよく見るとそんなに肌は白いわけではない。


 多分上下の黒さから来る錯覚だろう。

 白と言うよりは顔が青い。


 この写真が体調不良を訴えれるのなら即入院だろう。

 それぐらい顔が青い。


 そして一番最後。


 ■名前 電田張梁でんだばりばり

 ■あだ名 デンデンバリバリ、バリバリ

 ■竜の色 レモン色

 ■階級 三尉

 ■スキル 電気を操る。(未確定)


 最後の人は黒いのは黒いが健康的な黒さだ。

 それにしても何故この三人の情報に一貫性が無いのだろうか?


 スキルの名前や内容が解るのは真ん中だけ。


 上下は何か適当と言うか淡白な書き方で未確定がつき、最後の人に至ってはあだ名が書いてある。


「この三人は師団長だ。

 これからわかる様に陸竜大隊は三師団で形成される大隊だ。

 ページをめくれ」


 次のページからは写真無しでの名前のリストだ。


 おそらく師団の団員だろう。

 それぞれ七人構成だ。


「……とまあ、ここまでが昨日から今日にかけて本間から得た情報だ。

 次は竜司、お前だ。

 お前が見てきた事をみんなに教えてやってくれ」


「……うん」


 僕は立ち上がり、駒門駐屯地で保護された事。


 呼炎灼こえんしゃくの印象。

 久我真緒里こがまおりの存在とスキル。


 ガレアと戦った事を含めた赤の王の概要。

 その辺りを話した。


 赤の王のくだりを説明する時またガレアがキョドっていた。


「マジか……

 陸自のハンガーっつったら十五メートルはあるぞ……」


 リッチーさんは赤の王の大きさに着目した。


久我真緒里こがまおり……

 だっけ?

 本間の証言では無かったけどどういう事かしら……?」


 つづりさんは久我真緒里こがまおりに。


「ガレアがマグマに変わってしまった……

 呼炎灼こえんしゃくの眼が赤く光った事からおそらく何らかの合わせ技だろうね」


 カズさんは赤の王の戦い方。

 それぞれ三者三様に着目。


 それを兄さんがまとめる。


「確かに赤の王の大きさは脅威だ。

 さすがは王の衆のリーダーと言った所だな。

 それだけ大きいと歩くだけで周りを破壊するだろう。

 久我真緒里こがまおりを本間が知らなかったのはおそらく戦闘に参加しない後方支援だからだろう。

 いわゆる遊軍扱いだな。

 本間は重傷を負った事が無かったんだろうな。

 あと赤の王の戦い方だ。

 それに関しては俺もカズと同意見だ。

 二つのスキルか、もしくは受動技能パッシブスキルか。

 マグマに変えてしまうのは脅威だが発動には何らかのトリガーがあるはずだ」


 さすが兄さん。

 三人の見解をまとめてしまった。


「よし、今日はもう解散」


 僕は驚いた。

 僕が帰って来たのは午後一時ぐらい。


 今は午後四時。

 普通の企業でもまだ働いている時間だ。


 僕が呆気に取られていていると兄さんが察して口を開く。


「竜司、断っておくが集まりを解散するだけで各々別の仕事はあるからな。

 何もないのはカズぐらいだよ」


「仕事?

 兄さん何かあるの?」


「俺は報告書の作成と明日の準備。

 リッチーとつづりはもう一人の重要参考人の確保だよ」


「そういえば兄さん、二人探してほしいって言ってたね」


「そうだ。

 もう一人もお前の全方位オールレンジで探してもらおうと思ってたんだが場所は本間が知っていた。

 だからこの後、つづりとリッチーを行かせて確保すんだよ」


「え?

 じゃあ僕はもういらないの?」


「捜査に関してはな。

 ただ陸竜大隊と一戦構える事になったら力を貸してもらう」


「そうなんだ」


 兄さんと話しているとつづりさんが騒ぎ出した。


「リッチーと二人なんてイヤァァァ!

 カズゥ!

 ついてきて!」


 そう言いながらカズさんの袖を離さない。


「はぁ……

 爆死百五十連目……」


 リッチーさんはそんな会話など気にせずスマホを凝視して凹んでいる。


「わかったよ。

 じゃあ僕も行くから」


 カズさんは観念した様で同行する事に。


「ありがとぉぉ!

 カズゥッ!

 愛しているわ」


「はいはい」


 つづりさんの扱いも慣れたもんだ。


「じゃあ僕は帰るね」


 僕は身支度を整えた。


「そうか、じゃあ涼子さんを呼ぼう」


 兄さんが携帯を取り出し、電話をかける。


「あっ!

 涼子さんですかっ!?

 ええ……

 はい……

 竜司をお願いできますか……?

 ええ、では……

 プッ。

 竜司、一階で待っててくれ」


「うん、ガレア行こう」


 エレベーターに乗り一階へ。

 降りると何やら人が慌ただしく動いている。


「何だろ……?

 何かあるのかな?」


 人の慌ただしさは特に気にせず僕は入り口に向かう。

 歩くと少し前に色彩鮮やかな景色が見える。


 黄色い床の上に桃色、青色、青藍色、黄金色の竜が居る。

 ここにガレアの緑色が加わると更に色彩豊か。


 見つめると眼がチカチカする。

 何か竜四人が話している様だ。


【バナナおーいしー】


【コラ、ボギーッ!

 バナナの皮を片付けなさいと豪輝ごうきさんに言われているでしょ!】


 バナナの皮をポイポイ捨てるボギー。

 そしてそれをたしなめる桃色の竜。


 確かシンコって言ったっけ?


【隅……

 隅……。

 うむぅ、しょうがないのう……。

 この長椅子の下で我慢するかのう……】


 ドックが青藍色の蛇の様な身体をウネウネさせながらいそいそと椅子の下に潜り込む。


「皆様、日々の業務お疲れ様で御座います。

 あぁっすいません……

 わたくしの身体邪魔ですよねっ……」


 ラガーはペコペコ頭を下げながら、身体を移動させ忙しい。


 と言うかラガー、日本語話せたんだ。

 僕はラガーに話しかける。


「ラガー」


【おや竜司さん、無事に帰ってこれたんですね。

 良かったです】


「まあね……

 ってかラガー日本語喋れたんだ」


【ええ……

 リッチーが少々性格がアレなものですから。

 一般の人に真意を伝えるためにと……】


「そうか……

 ラガーも大変だね……」


「竜司君」


 後ろから聞き覚えのある深い綺麗な声が聞こえる。


「涼子さん」


「お待たせ、じゃあ行きましょうか」


「はい、みんなじゃあね」


【おー】


 外に出るなり僕は涼子さんに聞いてみた。


「涼子さん。

 何か一階の人達、すごく慌ただしかったけど何かあるんですか?」


「ああ。

 明日、県警本部にアイドルが一日署長のイベントで来るのよ」


「アイ……

 ドルですか?」


「そう、知らない?

 クレハってアイドル」


「いえ」


 僕はそれなりに知識はあるが好きなジャンルで無いため最新のアイドルまでは解らない。


「確か今日、歌番組で出るはずよ」


「ふうん」


 別に知ったからと言って会えるわけでも無し。

 会ったから何が変わるわけでも無し。


 しかし僕はこの時このクレハというアイドルとの出会いが自分の中で途轍もなく大きいものになるとは夢にも思って無かった。


 そして、このクレハの存在がこの先、竜と人を巻き込んだ大きな事件に発展する事も。



 ###

 ###



「はい、今日はここまで」


「ねーパパー。

 このクレハってもしかして……」


「うん、たつ

 君のお母さん。

 ママの事だよ」


 そう言いつつ僕は少し照れた。


「へー」


 たつの眼がらんらんと輝いている。


「ママは今はどちらかと言うとモデル業の方が忙しそうだけど昔はアイドルだったんだよ」


「へー、パパってばアイドルとケッコンしたんだ。

 ひゅーひゅー」


「こら、茶化さない。

 ほら……

 今日はもうお休み」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る