第三章 元 中編 ~炎の跆拳道使い 火琉弥登場~

(…………じまさんっ!

 鮫島さんっ!

 起きて下さいっ!)


「う…………ん、ここは……?」


 げんは目を覚ます。

 ゆっくりと上体を起こす。

 あの男が自分に飛び蹴りを喰らわすシーンがフラッシュバックする。


「そうか……

 アイツの蹴り喰らってオチたんか……」


(鮫島さん……)


「ワイ、どれぐらいオチてたんや?」


(三十分ぐらいです)


「アイツは?」


(とっくにどっか行きました。

 アイツずっと隣のオンナの片チチ揉んでましたよ)


 舎弟は呆れながらそう言う。

 それを聞いてげんは激怒する。


「あぁアイツゥゥゥ!

 ふざけやがってぇぇぇ!」


 げんは素早く起き、怒りの形相でキョロキョロする。


「アイツッ!

 どこ行ったっ!」


 あまりの迫力に舎弟はビビっている。


(ヒエッ!

 あ……あっちです……)


「よしっ!

 行くぞお前ら!

 ついてこいっ!」


 げんは舎弟の指さす方向へ猛ダッシュする。

 ベノムも黙ってついてくる。


 げんは大柄の体格のせいかストライドも広く、走るスピードは速い。

 ベノムも竜なので走るスピードは速い。

 遅れているのは舎弟だけである。


「居たぁぁっ!」


 遠目に赤い竜が見えた。

 側に男とオンナ二人も居る。


 男は鼻の下を伸ばして薄笑いを浮かべている。

 その緩み切った顔を見て更に怒りを募らせるげん


「オラァッ!」


 げんは走りながら右ストレートを男の右頬に放つ。


「ブヘッ」


 情けない声を出して倒れる男。

 げんの怒りは収まらない。


「オラァッ!

 立たんかいっ!

 このダボがぁっ!」


(ヒッ!)


 取り巻きのオンナ二人はげんの迫力にビビっている。


「お前……

 何晒しとんのじゃぁぁぁっ!」


 男は素早く立ち上がり、先程の驚異的な跳躍から飛び蹴りをげんに放つ。

 が、先程の油断はげんには無い。

 両腕できっちりガードし、左回し蹴りを男の腰に放つ。


「オラァッ!」


「うおっ」


 男は再び倒れる。

 しかしげんの溜まった鬱憤はまだまだ晴れていない様子。


「ワレ、ジャンプ力は大したもんやけどなぁ。

 油断してへんかったら躱せん事無いわ。

 オラァ!

 まだまだこんなもんや無いぞぉっ!」


 男はゆっくり起き上がり、怯えているオンナ二人に話しかける。


「アケミちゃん、ヨーコちゃん……

 この男はワシに用があるみたいや。

 今日ははもう帰ってくれへんか……?」


(う……

 うん、わかった……)


 オンナ二人は急ぎ足でその場から去っていった。

 男は落ちたサングラスを拾い、かけ直す。


「お前、何や?」


「ワイは鮫島元さめじまげん

 竜河岸や。

 突然で悪いけどなぁ、ワイと喧嘩しようや」


「鮫島……

 あぁお前か。

 巷で“鬼鮫おにざめ”ゆうて噂の奴は……」


「お前も名乗らんかい。

 竜河岸の流儀も知らんのか」


 げんの指摘に男はようやく答える。


「ワシの名は火威火琉弥ひおどしかるび

 十七歳。

 竜河岸や。

 そんでワシの竜はフレイ。

 炎竜や」


 赤い竜が火琉弥かるびの側に寄って来る。


【何じゃ火琉弥かるび

 またたいぎぃ事になっとんのう。

 コイツぶち回すんか?】


 このフレイという竜。

 ヤクザ映画を見て広島弁に興味を持った竜。

 仁義の世界には興味は無いが、出演者が使う広島弁には興味津々で使うようになった。


「ワイの竜はコイツや」


 げんは右親指で指差す。

 ベノムは無言で寄って来る。


「名前はベノム。

 震竜や」


【……フレイ】


【おおベノム。

 とーから会うてないが元気やったか?】


【……何その喋り方……】


【おおこれけ?

 これ広島弁っちゅーんじゃ。

 語感が気に入ってのう】


【……ヘンなの……】


「何やベノム、知り合いか?」


 またいつものように無言に戻る。

 答えないベノムにやれやれと頭を掻くげん


「まあええわ。

 とりあえず喧嘩するでぇ。

 かかってこ……」


 言い終わる前に火琉弥かるびが動いた。


 早いペースでトントンと小さく飛び跳ね、踏み込む。

 げんの腹に火琉弥かるびの前蹴りが突き刺さる。


「ぶほっ!」


 げんの身体がくの字に曲がる。


「シュッ!」


 勢いよく息を吐きながら波のように体を上下させる火琉弥かるび

 ちょうど良い位置に降りてきたげんの顔面目がけ、右の蹴りが炸裂する。


「ぶはっ!」


 げんは地面に倒れこむ。

 上から勝ち誇ったように火琉弥かるびが話し出す。


「ワシ跆拳道テコンドーやっとんのや。

 今のはワシがケンカの時最初に決める前蹴りアプチャギからの掛け蹴りコロチャギのコンボや」


 げんはゆっくりと起き上がり、右頬をさする。


「痛ったぁ~……

 へぇ跆拳道テコンドーはワイもやるん初めてやわ」


「うおっお前タフやのう。

 大抵の奴はこのコンボ喰らって終わりやのに。

 平気な奴初めてやわ」


「せっかく歯ごたえのある奴に出会えたのに寝てられるかい。

 じゃあ次は……

 ワイの番やっ!」


 げんは瞬時に間合いを詰め右フックを放つ。

 が、火琉弥かるびの長い右足による後ろ回し蹴りティットラチャギで防がれる。

 一旦間合いを取るげん


「くそっ。

 防ぐのも足か。

 足癖の悪いやっちゃのう」


「ワシはケンカで手は使わんのや。

 ワシの手はオンナを悦ばす為にしか使わん。

 じゃあ次はワシから行くでぇ」


 火琉弥かるびが構える。

 そして頭が上下に緩やかに揺れだす。

 この上下運動が跆拳道テコンドーの特徴のサインウェーブという動きである。


 そして緩から急。

 鋭いステップインで間合いを詰める。

 げんの鼻先で素早くスイッチを繰り返しタイミングをずらし、火琉弥かるびの脚がげんを襲う。


「シュッ!」


 強烈な火琉弥かるび前回し蹴りトリョチャギげんに放たれる。

 何とか両腕でクロスガードをする。

 まだまだ火琉弥かるびの猛攻は続く。


「シュッ!」


 続いてげんの胸辺りから下へ三連撃。

 横蹴りヨプチャギが炸裂する。


「うおっ!」


 よろめくげん

 これはあくまで注意を逸らす為のフェイント。

 大技が後に控えていた。


 素早いターンステップで更に間合いを詰める火琉弥かるび

 そのターンの途中から蹴りのモーションに入る。


「シュッ!」


 炎の様な火琉弥かるび後ろ横蹴りトラヨプチャギげんの腹に炸裂。

 げんは三メートル程後ろに吹っ飛ぶ。


「ぐぼぉぁっ!」


(鮫島さんっ!)


 舎弟の声が響く。

 仰向けに倒れたまま動かないげん


「何や噂程やないのう」


 動かないげんを見つめ勝利を確信する火琉弥かるび

 踵を返しその場から立ち去ろうとする。


「待てや」


 火琉弥かるびの後ろから声がする。

 振り向くとげんがゆっくり起き上がる。


「痛ったぁぁぁ。

 ホンマ脚癖の悪いやっちゃなあ。

 何発か喰らって解ったわ。

 ワレをイワすにはまずその脚を何とかせなアカンっちゅうこっちゃな」


「ワシの蹴りがお前なんかに止められるかい」


「来んかい。

 止めれるかどうか見せたるわ」


 また火琉弥かるびから動く。

 その場で素早く数回ステップ。

 まるで上等なダンスの様な動き。


 そこから鋭くステップイン。

 げん目掛け蹴りを放つ。


「シュッ!」


 強烈な前回し蹴りトリョチャギげんに襲い掛かる。

 火琉弥かるびの頭の中では無様に倒れるげんの姿を思い浮かべていた。

 が、現実は違った。


「ここやぁっ!

 よっと……」


 げんの両腕ががっちり火琉弥かるびの脚を掴んだ。

 焦る火琉弥かるび

 振り解こうとするが掴んだげんの手は離さない。


「くそっ!

 離せやぁっ!

 コラァッ!」


 掴んだままげんが話しかける。


「無駄や、ワイ握力には自信あんねや。

 何発か喰らって解ったゆうたやろ。

 跆拳道テコンドーの蹴りて前蹴りとかの突き型か回し蹴りとかの払い型かのどっちかや。

 二パターンなら動きも読みやすいわなぁ。

 ほいで一本足で立つことも多いからバランスも崩しやすい。

 基本打撃系やから掴み技には弱いわな。

 だから一度掴むと……こうなるっ!

 オラァッ!」


 げんは自慢の腕力にものを言わせ火琉弥かるびの巨体を持ち上げる。

 そしてそのまま堅い石畳に力いっぱい叩き付ける。


 ドカァッ!


「ぐはっ……!」


 受け身もまともに取れない火琉弥かるびは背中を痛打する。

 あまりの痛みに顔が歪む。

 だが、げんの攻撃はまだ止まない。


「もういっちょ!

 オラァッ!」


 掴んだ手をそのままにまた持ち上げる。

 百九十はある火琉弥かるびの巨体は重力に逆らい、空に持ち上がる。

 そして放物線を描き、巨体が堅い石畳に再び強く撃ち付けられる。


 平然とやってのけるが、これはげんの驚異的な握力と怪力があって初めて出来る芸当である。

 誰にでも出来る訳では無い。


「ガハッ……!」


「これで終いじゃっ!」


 げんはジャイアントスイングの要領で横に身体を振り回し、遠くへ投げっ放す。

 勢いよく飛んだ身体は三メートルほど飛び、地面に落下。


 ゴン


 堅いものに当たった時の様な音がげんの耳に微かに聞こえる。

 聞こえた先は倒れている火琉弥かるびの身体の方。

 よく見ると頭が端のブロック段に接触している。


「オラァッ!

 ケンカはまだまだこれからやっ!

 立たんかいっ!

 ダボがぁっ!」


 数分後


 まだ火琉弥かるびは起きない。


「いつまで寝とんねんっ!

 コラァッ!」


 数十分後


 火琉弥かるびの身体はピクリとも動かない。


「いつまで寝とんねん……ハァ」


 げんは溜息をつき、座り込んでしまう。

 ケンカのテンションや毒気も抜けきってしまったようだ。


(ちょっと俺見てきますわ)


 舎弟が火琉弥かるびの側へ駆け寄る。

 顔を覗き込み、胸に耳を当てたりしている。


(鮫島さーん!

 駄目っすーっ!

 コイツ完全にノビてますっ!)


 それを聞いたげんは大きく溜息をつく。


「結局コイツもハズレかい……

 はぁ……

 ほな帰るか……」


 残念そうに立ち上がり舎弟とベノムと一緒に帰る事にするげん


【……じゃあね、フレイ……】


【おう、お前のあるじやるやないかい。

 火琉弥かるびがシバかれたん初めてやわ。

 たいぎぃのう】


 フレイに別れを告げ、帰宅する三人。


 第二戦 げんVS火琉弥かるび 火琉弥かるびの敗北(投げっ放しジャイアントスイング)


 大阪 淀川区 大阪府立北野高等学校


 ここはげんの通う高校。

 大阪の公立ではトップクラスの偏差値の高校である。

 近隣高校の不良のトップに立つげんだが、勉強はそこそこ出来るらしい。


 ただげんがヤバいのは出席日数だ。


 生徒指導室


 げんは長机の前に不貞腐れた表情で頬杖を突きながら座っている。

 対面にはスーツを着た中年男性が座っている。


 黒髪短髪、輪郭は楕円形を縦にした様で、顔のパーツは全体的に上に寄っている。

 げんの担任である。


げん、このままやとホンマにヤバいで」


「オッサン、言われんでもわかっとるわ」


「こらげん、オッサンとは何や。

 ちゃんとジャンボさんと呼べ」


 これはこの担任がプロレスラーのジャンボ鶴田に似ている所からついたあだ名だ。


「そんならジャンボさん」


「違うやろっ!

 高橋先生や!」


「今自分で呼べって……」


 時々理不尽な事を言うがこの高橋先生。

 この高校で唯一げんを理解する先生だ。

 げんは進路を児童福祉の道か格闘家の道かで悩んでいる。


 進学校なだけあってどの先生もげんを偏見の目で見る中、

 高橋先生だけきちんと話を聞き親身に相談に乗ってくれた。

 それ以来げんは高橋先生だけは一目置いている。


「そやかて学校つまらんもん。

 勉強が解らへんのとちゃうで。

 どうせジャンボさん以外の先公は冷たい目でワイを見よるしな」


「でもやなあ、このまま行くと留年やぞ。

 お前せっかく頭の出来は良いんやから勿体ないで」


「う~ん……」


 げんは悩んでいる。


「留年するとその分だけ福祉への道も遠のくで。

 おんなじ境遇の子供らの力になりたいんやろ?」


「わかったわ……

 もう少し前向きに考えてみるわ。

 じゃあのジャンボさん」


「あぁ、もう行ってええで……

 違うやろ!

 高橋先生や!」


「ハハッ」


 笑いながら生徒指導室を後にする。

 この日はちゃんと最後まで授業を受けるげん


 下校時間


 帰り支度をして帰宅するげん

 校舎を出た辺りで不良が数人話しかけてくる。


(鮫島さーん。

 今帰りっすか?)


「おう、今日は帰ってバーちゃんの店の手伝いせなアカン」


(わかりました。

 じゃあ鮫島さん、また明日)


「おう、ほなな」


 今日は帰るなり祖母の手伝いだ。

 あれを擦れ、これを擦れと漢方の原料を作っていく。


「こんなもんでええか。

 げん、休憩しよか。

 ワシ茶入れるわ」


「悪いなばーちゃん」


 祖母の入れてくれたお茶をすすりながら縁側で一息つくげん

 天気は快晴。

 小鳥のさえずりが聞こえてくる平和なひと時である。


 そんなひと時を破る様にげんの携帯が鳴る。

 舎弟からだ。

 電話に出るげん


「おう、どうした?」


(あっ鮫島さんですかっ!

 今、白陵高校の奴らがケンカ売ってきて……

 そん中にヤバい奴が一人いるんですっ!

 助けて下さいっ!)


「わかった。

 ほいで今どこや?」


(梅田駅前ですっ!

 早く来てくださいっ……!

 プツッ)


 電話が切れた。

 切れ方からかなり切迫した状態なのだろう。

 げんはライダースに袖を通す。


「ばーちゃん、ちょっと友達助けてくるわ」


「わかった。

 あんまゴンタすんなよ」


「おう、ほんじゃ行ってきます」


 げんとベノムは梅田駅へ。


 二十分後。


 JR大阪駅前


 げんが到着すると五、六人が倒れている。

 全員げんの高校の不良だ。

 倒れている中に舎弟もいる。

 見下ろす形でブレザーを着ている生徒が数人立っている。


(さ……

 鮫島さん……)


(お?

 ようやくボスの登場やなっ……っと!)


 ドカッ


(うぐっ……!)


 ひときわ大柄な男が話しながら舎弟の腹を蹴り飛ばす。


「おいやめぇや。

 もう勝負はついとるやろが。

 ケンカやったらワイがやったる」


 大柄な男がげんの方を向く。


鬼鮫おにざめェ……

 今日でお前の伝説も終わりじゃあっ!)


 大柄の男が猛然とダッシュしてくる。

 げんの射程に入った。

 大柄男の左フックがげんを襲う。


「あー……

 めんどくさ」


 ため息をつきながら左腕で難なく防御。

 握りしめた右の鉄拳が大柄男の腹に突き刺さる。


 ズン


(おぁあおぁおぁあぁぁぁあ……)


 言葉とも嗚咽ともわからない呻き声をあげ

 口から唾液をだらだら垂らしながらうつ伏せに倒れてしまった。


「汚っ!

 何や大した事無いやないかい」


(あぁっ!?

 剛田さんっ!)


 ブレザーを着た他数名が騒ぎ立てる。

 この大柄男の名前が剛田というのを初めて知ったげん

 ブレザーの方をギロリと睨む。


「お前らやるんか」


(ヒエッ……!

 やっぱ鬼鮫おにざめは最強や……

 誰も勝てへんわ……)


「チッやらんのかい。

 まあええわ。

 おーい、お前らしっかりせい」


 げんは舎弟の方に歩み寄る。


(鮫島さん…………

 え……?)


 げんの顔を見て助かったという安堵の表情を見せたかと思うと急に顔が青ざめる舎弟。


 げんのすぐ後ろに火琉弥かるびが居た。


 既にその長い足を天高くに上げ、振り下ろそうとしている。

 跆拳道テコンドーでいう踵落としネリチャギの体勢だ。


 後編に続く

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