第九十話 竜司、カーチェイスする。

「やあこんばんは。

 今日も始めて行こうか」



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 携帯を鳴らすとすぐに兄さんの手が上がる。

 僕らは停止して脇に寄る。


「竜司、居たか?」


「うん、あっちの方に。

 あとつづりさんとカズさんも近くに居るよ」


 僕は東の方を指差しながら兄さんに告げる。


「何っ!?

 それは好都合だ」


 そう言いながら兄さんは携帯を取り出す。


「もしもし、カズか?

 近くに対象者マルタイが居るらしい。

 すぐに確保しろ!

 場所は……

 ちょっと待て。

 竜司、そこがどんな所かわかるか?」


 兄さんが電話しながら聞いてくる。


「ええと、ここから南東の方角にある三階建ての建物で……

 マンションかな?

 そこの二階の奥の部屋に居る」


 兄さんは僕から聞いた事をカズに伝えて電話を切る。


「よし、お前ら俺達も行くぞ。

 竜司!

 場所まで先導しろっ!」


 先導しろったってここは高速道路の上で降りる場所が無い。


「え?

 でもここからどうやって?」


 兄さんは溜息を付く。


「あのな竜司。

 俺たちが乗ってるのは何なんだ……?」


「え…………?」


「こうするんだよっ!

 最初だけ俺が先導してやるっ!

 ついてこいっ!」


 ダンッッ!


 兄さんの声でボギーが跳ねる。

 跳ねて高速の柵を飛び越える。


 ラガーもそれに続いた。


「ガレアッ!

 遅れるなっ!

 後に続けっ!」


【何だ飛び越えていいのか。

 じゃあ……】


 そう呟いたガレアの身体は高く跳ねた。

 腰が強い力で押し上げられるのを感じる。


「うわわっ!?」


 僕は情けない声を上げる。

 ガレアの身体は放物線を描き重力に逆らう事無く落下。


 ドスッ


 難なく着地。

 やはりガレアは凄いなあ。


 下では二人が待っててくれた。


「来たか。

 じゃあ竜司先導してくれ」


「うん、じゃあガレア前を走って。

 何処に行くかは僕が指示するから」


【へいよう】


 僕とガレアは先頭を走る。


 ここを左に。

 こっちを右等指示している内に目的地到着。


 そこは三階建てのアパートみたいだった。

 下でつづりさんとカズさんら四人が待っていた。


「あっ、隊長」


「どうだ対象者マルタイと接触したか?」


「いえ、とりあえず入り口で見張ってました。

 誰もこの中には入ってません」


「わかった。

 竜司、もう一度全方位オールレンジで確認してくれ」


「わかった。

 全方位オールレンジ


 緑のワイヤーフレームが建物をすっぽり覆う。


 二階の奥の部屋に居る。

 位置は変わってない。


「いるよ。

 何か座ってる」


「よし、お前ら行くぞ」


 僕らは足早に建物の中に入る。


 ホントに刑事になった様だ。

 何かドキドキしてきた。



 二階 奥の部屋前



 兄さんがリッチーさんに顎をしゃくり、無言でGOのサインを送る。


「へいへぇ~い……」


 頭をボリボリ掻きながらインターフォンを鳴らすリッチーさん。

 返答を待たずに話しだす。


「すいませーん、裾野市役所の者ですがー……」


 暫く待つ。

 するとリッチーさんがぽつり。


日常茶飯事おままごと……」


 少し待つと扉が少しだけ開いた。


「何だ……

 市役所の人間が何の用……?」


 リッチーさんは素早く扉を大きく開ける。


「はぁ~い、対象者マルタイ……

 俺の目を見ろ……」


 本間の身体が少し震える。


「へぇ~い……

 豊さん、俺が誰だかわかるよなあ?」


「あ……

 あぁ君か……

 今日はどうしたんだ突然……

 正直追われている身だ。

 今こうして話しているのもまずいんだが……」


「豊さん、安心しな。

 俺はアンタを保護するために来たんだ」


「保護……?」


「あぁだから安心しな。

 俺の言う事なら信用できるだろ?」


「あぁ……

 じゃあ任せよう……」


 潜伏していた本間が簡単について行くと言っている。


 あの日常茶飯事おままごとと言うスキル。

 名前はふざけているが地味に凄いスキルじゃないだろうか。


「よし、じゃあ本間さん。

 我々が安全な所までお連れします」


 兄さんは上着を脱ぎ、本間の頭に被せる。

 ニュースとかドラマでよく見るシーンだ。


 そして一階へ。


 外で待っていたガレア達と合流。

 兄さんはまずボギーの背中に本間を乗せる。


 そして後ろに兄さんも座る。


 それに続き、みんなそれぞれの竜に乗って行った。

 と思ったらカズさんはつづりさんの後ろに座っている。


「流石にドックにはには跨れないからねえ」


 後ろを振り向きカズさんがそんな事を言う。

 そして兄さんが号令をかける。


「よし!

 お前ら行くぞっ!

 行きとは別のルートを使う。

 ルートは国道二百四十六号線から伊豆縦貫自動車道を走る。

 そこから沼津インターチェンジで東名に入る。

 そして富士インターチェンジから新東名を通るルートだ」


「了解」


「じゃあ出発」


 ボギー、ラガー、シンコは走り出す。

 ドックも宙を並走。


「ガレア、さっきと同じ様について行って」


【へいよう】


 ガレアは力強く大地を蹴る。

 素直に三人の後をついて行った。


 予定通り国道二百四十六号線を南下。


 伊豆縦貫自動車道に入る。

 特に問題なく順調だ。



 ただ順調なのはここまでだった。



 沼津インターチェンジ到着。

 今、気づいたが高速って確か入るのにお金がかかるんじゃないのか?


 僕は正直、車で高速に乗った事が無い。

 だから情報としてしか知らない。


 けど前の三人は特に止まる様子も無く上に大きく沼津料金所と書いてあるゲートの左端をくぐる。


 何で?


 僕の小さな疑問をよそに竜御一行は東名高速を走り富士市に入る。


 キキィィィィィッッッ!


 すると後ろから急激なタイヤの擦れる音が聞こえた。

 音の様子から何か忙しない雰囲気がする。


 僕は後ろを振り向いた。

 何か迷彩色の大きい車両が物凄い勢いで僕らに迫ってくる。


「兄さんっ!?

 後ろっ!」


 僕はたまらず声を上げる。

 兄さんが軽く振り向き呟く。


「やっぱり来たか……」


 そして皆に号令を発する。


「みんなっ!

 追っ手だっ!

 おそらく陸竜大隊の連中っ!

 竜も同席している可能性は高いから魔力攻撃に注意しろ!」


「了解っ!!」


「り……

 了解……」


 魔力攻撃って何か仕掛けてくるんだろうか?

 一定の距離を保ちながら無言で追随するその車両に不気味さを覚えた。


 しばらく後ろを凝視していると変化がある。

 車両の上から竜の首が出てきたんだ。


 僕はこの高速道路の上で後ろを走っている車両の天井から竜の顔が出ていると言う異様な光景に目を離せずにいた。


 しばらくじっと見つめていると竜の口が開く。

 おいまさか……


 キュンッッ!


 竜の口から赤い閃光が放たれた。

 僕らの間をすり抜け、前方に被弾。


 ドグォォォォンッッ!


 大きな爆発音が耳を貫く。

 上がった大きな煙の中を僕らは突き進む。


 今日が平日で助かった。

 車はほとんど通って無い。


 煙を潜った後兄さんも後ろを注視している。


 更に第二射。

 今度は三連発だ。


 兄さんが叫ぶ。


不等価交換コンバーションっ!」


 三つの赤い閃光の軌道上に大きな琥珀色の結晶体が現れる。


 接触。

 結晶体が粉々に割れた。


 不等価交換コンバージョンは離れていても使えるのか。

 やはり最強だ。


 兄さんが声を上げる。


「ボギーッ!

 スピード上げろっ!

 追っ手を撒くぞっ!」


【うんっ!】


 ボギーがスピードを上げる。

 後ろも続いて第三射目。


 今度は四発。

 真っ直ぐ僕に向かって来る。


 ギュンッッ!


 右肩辺りを掠めた。

 危ねぇ。


 ドゴォォォンッッ!


 前方に被弾。

 ガレアが声を上げる。


【クソッ!

 うっとおしいっ!】


 ガレアが三重で見せたような鋭い走りで爆発を躱す。

 少し遠くに看板が見えた。



 富士インターチェンジ



 確かここで新東名に入るんだっけ。

 僕はガレアに指示を送る。


「ガレア、そろそろ先頭が方向を変えるよ。

 気をつけてね」


【あぁっ!?

 うっせぇっ!】


 こいつ、本当に解ってるのか?

 先頭の兄さんはまだ進路を変えない。


 インターチェンジの入り口が近づく。

 まだ変えない。


 もう入口は目の前だ。

 まだ変えない。


 もしかしてこのまま真っ直ぐ行くんじゃないだろうか?


 そんな事を考えていた瞬間。

 ボギーが鋭い横っ飛びを見せる。


 それに続きラガー、シンコも横っ飛びを見せる。


「ガレアッ!

 遅れるなっ!」


 僕はガレアに指示を送る。


 が、遅かった。

 完全にタイミングを間違えた。


「危ないっ!

 ガレア退いてっ!」


 危うく壁にぶつかる所だった。


 僕だけ東名高速に取り残されてしまった。

 とりあえずこのまま走るしかない。


 前を見ても遠くに車が居る程度で道は空いている。

 すると背中がゾクッとした。


 後ろを見るとさっきの迷彩車両がまだ追って来る。

 と、言う事は兄さんの作戦は上手く行ったという事か。


 と……

 そんな事を言ってる場合じゃない。


 僕も後ろを撒かないと。

 また迷彩車両も天井が空き竜の顔が出てきた。


 口が開く。

 奥が赤く光る。


 閃光射出。


「ガレアッ!

 来るぞッ!

 よけろっ!」


 ガレアの身体が右へ。

 僕の左肩近くを閃光が瞬時に通り過ぎる。


 ドッコォォォンッッ!


 前方に着弾。

 爆発と煙が上がる。


 煙の中に突入する僕とガレア。


 じわりとした熱さが肌をひりつかせる。

 煙を潜り、まだまだ僕と追っ手のカーチェイスは続く。


 また後ろから赤い閃光が射出。

 今度は二発。


 ガレアは右へ。

 その二発は僕の左を通り過ぎて行った。


 ドグォォォォンッッ!


 重い爆発音と煙が上がる。


 煙の中をガレアは走る。

 抜けると迷彩車両が追いついて来た。


 車と並んで東名高速を駆け抜ける。

 僕は右を向き、運転席を見る。


 二人。

 どちらかが竜河岸だろうか?


 おそらく自衛隊だろうから二人共迷彩服を着ている。


 天井の竜の顔がこっちを向く。

 口が開いた。


 まずい。


「ガレアッ!

 スピード上げろっ!

 早くっ!」


【おうっ!】


 ガレアのスピードが一段階上がる。

 グンと体を持ってかれそうになる。


 横の車両が下がった。

 後ろで赤く光っているのが判る。


 ドウゥゥゥゥゥンッッ!


 遠くで爆発音が聞こえる。

 このままでは埒が開かない。


 反撃だ。


「ガレアッ!

 こっちからも攻撃するぞっ!

 準備しろっ!」


【いつでもいいぞ!】


「ガレアァァッァァ!

 流星群ドラコニッドスゥゥゥッ!!

 行けぇぇぇぇぇぇ!」


 ここで僕は少し驚いた。


 何がってその発動時間だ。

 一つ一つスキルを発動していた時は発動するまで一分弱はかかっていたのに。


 今回はおおよそ5秒。


 全方位オールレンジから標的捕縛マーキング針鼠ヘッジホッグまでまるで決められているように自動で発動する。

 標的捕縛マーキングは僕の視線上に着く様だ。


 僅か5秒足らずでガレアの身体が白く光る。


 全身から無数の白色光の帯がまるで流星のように後ろに向かう。

 僕は後ろの迷彩車両のナンバー辺りを見ていたので付近に全弾弾着。


 ズガガガガァァァァァァン!!


 激しい弾着音が耳を突く。

 あまりの衝撃に迷彩車両が前方に弾き飛ばされ、こちらに向かって飛んでくる。


「え…………?

 わわっ!

 ガレアッ!

 もっとスピード出してっ!

 早くっ!

 やばいよっ!」


【何だよさっきから。

 まあいいけど】


 ガレアのスピードが更に上がる。


 前方に物凄い風圧がかかる。

 人間、絶体絶命の危機の時って時間がゆっくり流れるって本当だったんだ。


 放物線を描いた車両はゆっくり地面に激突。


 ドカァァァァァァァァァァァァンッッッ!


 僕のすぐ後ろで大爆発。

 大きな爆発音と熱を背中に感じる。


 間一髪。

 ガレアのスピードを上げていなかったらヤバかった。


 後ろを見ると大きな炎が上がっている。

 炎の中から車両がひっくり返っているのが判る。


「やったぁ!

 凄いぞガレア…………

 え…………?」


 あれ?

 何で地面が上にあるんだ?


 その理由を考える暇も無く頭に強い衝撃が響く。


【竜司、わりぃ。

 つまづいた】


 薄れゆく意識の中最後に聞いたガレアの声。

 そのまま僕は気を失った。



 ###

 ###



「はい、今日はここまで」


「パパー?

 何で伯父さんの後をついて行けなかったの?」


たつ、考えてもごらん。

 時速八十キロ前後で走っている状態でそんな急な変化には対応できないさ」


「そういうもんなの?」


「そういうもんなの。

 じゃあ今日はおやすみなさい」

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