第八十七話 竜司、兄の仕事仲間と会う。

「やあこんばんは。

 今日も始めて行こうか。

 今日は刑事の真似事をする事が決まった所までだったね」


「うん」



 ###

 ###



「よーし、じゃあ県警に戻るか」


「うん」


 兄さんは立ち上がる。

 僕も続いて立ち上がる。


 先に立ち上がった兄さんは僕の頭をくしゃっと掴んだ。


「にしても竜司。

 強くなったな」


 上を見ると兄さんが満面の笑みだ。


「もうっ!

 やめてよっ!

 僕だっていつまでも子供じゃないんだから」


 僕は照れ隠しに兄さんから離れた。


「フフフ、そうだな。

 じゃあ行こうぜ」


 僕と兄さんは並んで歩きだした。

 両脇に竜を連れて。


「お前の彼女も紹介しろよ。

 電撃使いには興味がある」


「だから彼女じゃないってば。

 しつこいよ兄さん」


 そんなやり取りをしながら県警本部に戻って来た。

 とりあえず了承したがまずはどこへ行くんだろう?


「竜司こっちだ。

 ついてこい」


 僕ら四人はエレベーターに乗る。

 兄さんがボタンを押す。


 十階。

 上の案内板を見た。


 どうやら刑事課に行くらしい。



 刑事課



 エレベーターから降りる僕ら。

 進んでいくと若いスーツを着た男性が敬礼をして話しかけてくる。


(あっ豪輝さん。

 こっちに来てたんですね)


「あぁ、もしかしてあの事件ヤマが動くかもしれないんでな」


(あの事件ヤマって例の自衛隊の……)


「おっとヤマダ君。

 声が大きいぜ」


(あっすいません……

 つい。

 じゃあ僕はこれで……)


 兄さんが静岡に来たのはどうやら僕だけが理由じゃ無さそうだ。

 僕の様子を察して兄さんが話す。


「竜司、この話は内密で。

 お前にも後で説明してやる」


「わかった」


 何となく難しい大人の世界の匂いがしたため僕は了承した。


「竜司たちはここで待っててくれ。

 俺は資料を持って来る」



 会議室



 僕は十畳ぐらいの部屋に通された。

 長机とパイプ椅子が正方形に並べられ奥にホワイトボードがある。


 じきに兄さんがやってきた。

 三つのファイルを持って。


「待たせたな。

 ちょっとこっち来い竜司」


 兄さんは右側の一番前に座る。

 その隣に座る僕。


「お前に手伝ってもらいたい事件ヤマは二つ。

 両方ともまずは人探しだ。

 ……とその前にお前の全方位オールレンジについて把握しときたい。

 このファイルを見てくれ」


 組織内竜河岸名簿(十七年)


 兄さんは三つの内から一つを開く。

 そこから三つのページを取り出し、僕に差し出した。


 三つのページにはそれぞれ写真が貼り付けられ、プロフィール等が書いてある。


 ■一枚目


 名前:飛縁間綴ひえんまつづり

 性別:女性

 所属・階級:警視庁公安部特殊交通警ら隊・巡査

 年齢:二十四歳


 〇スキル:吸血サックブラッド


 相手の血を体内に取り込み魔力と融合させる事により相手の動向、思惑などを共有認識する事が出来る。

 取り調べで重宝。

 ただしストックホルム症候群シンドロームにかかりやすいため多用は禁止。


 ■二枚目


 名前:貴宮理知たかみやりち

 性別:男性

 所属・階級:警視庁公安部特殊交通警ら隊・巡査

 年齢:二十三歳


 〇スキル:日常茶飯事おままごと


 対象と目を合わせると相手の警戒心が取り払われ何でも話すようになる(限度あり)。

 聞き込みに重宝。

 ただ本人のモチベーションの低さから回数に制限あり。


 ■三枚目


 名前:正親町一人おおぎまちかずんと

 性別:男性

 所属・階級:警視庁公安部特殊交通警ら隊・巡査長

 年齢:二十六歳


 〇スキル(一):祇園精舎の鐘の音レジデュアル・ヌーマトロニック


 無機物の残留思念を読み取る。

 有機物が可能かは未確認。


 〇スキル(二):諸行無常の響きありオート・クイック・ドローウィング


 祇園精舎の鐘の音レジデュアル・ヌーマトロニックからの派生スキル。

 残留思念で見た映像を速記で絵を描く。

 制限時間は三分間。


「この三人がどうしたの?」


「俺の隊のメンバーだよ。

 お前が手伝う事件ヤマに協力してもらう。

 三人とも今抱えている仕事が終わったから静岡に招聘してある」


「ふうん」


 僕は三人の顔写真を眺めた。


 まず一枚目。

 名前は飛縁間綴ひえんまつづりさんか。


 髪は黒く短髪。

 ベリーショートと言うのだろうか。


 目尻は少し垂れている。

 よく見ると口端から牙っぽいものが見える。


 確かスキルは吸血サックブラッド……


 まさかね。

 吸血鬼なんて事は。


 二枚目は貴宮理知たかみやりちさん。


 何か凄い。

 写真からも怠さが伝わってくる。


 髪はボサボサ。

 四方にツンツン伸びていてサボテンの様だ。


 目も半開きだ。


 口も少し空いていて端から涎の様なものも見える。

 よくこの写真を採用したな警察。


 三枚目は正親町一人おおぎまちかずんとさん。


 この人はメガネをかけていて瞳も少し蒼い。

 髪は金髪。


 ショートボブで柔らかそうな髪質。

 どことなくインテリっぽい雰囲気だ。


 もしかして外国の血でも混ざっているんだろうか。


 僕がマジマジと眺めている所に兄さんから声がかかる。


「よし覚えたな。

 じゃあ今から全方位オールレンジ使ってみろ」


「ちょっと待ってよ。

 どういう事か説明してよ」


「お前さっき言ってただろ。

 名前が解らないと特定は無理だって。

 だから写真とプロフィールを見せたんだよ。

 これで検証できるだろ? 

 カズとつづりは時間にキッチリしている奴らだからそろそろ新静岡駅に着く頃だろ。

 リッチーは……

 まあ明日までには着くだろ。

 さあやってみな」


「解った。

 じゃあやってみるね。

 全方位オールレンジ


 緑のワイヤーフレーム展開。

 僕を中心に円が広がっていく。


 一キロ広がり切った。


 静岡は大阪程じゃないがそこそこ竜河岸の印である白点が見える。

 当然ほとんどは一般人の青点だけど。


 ん?


 駅が見える。

 これが兄さんの言ってた新静岡駅だろう。


 そこに入る電車の中に二人いる。

 名前も解る。


 飛縁間綴ひえんまつづりさんと正親町一人おおぎまちかずんとさんだ。


「兄さん判るよ。

 飛縁間綴ひえんまつづりさんと正親町一人おおぎまちかずんとさん、隣同士で座って電車に乗ってる。

 そろそろ駅に着くよ」


「ほう、じゃあやっぱりお前の全方位オールレンジ

 顔とある程度のプロフィールがわかれば特定できるって事だな」


 なるほど。

 これが検証か。


「何か三人とも一癖ありそうな人たちだね」


「まあ、竜河岸なんてやってるからなあ」


「ところで僕に探してほしい人って誰なの?」


「この男だ」


 兄さんは二つ目のファイルを持ち、中から写真を一枚取り出した。


「この男は本間豊ほんまゆたか

 元陸上自衛隊第一陸竜蓮隊で階級は一等陸士だと」


「じゃあまあ……

 全方位オールレンジ


 再び緑のワイヤーフレーム展開。


 居ない。

 この近くには見当たらないようだ。


「この近くには居ないようだね」


「当然だ。

 そんな簡単に見つかったら苦労はねぇっつうの」


「それでこの人は何をしたの?」


「いや罪自体は大した事ない。

 違法バカラで不正して大金せしめたって奴だ」


「それで何でこの人を探しているの?」


「どちらかと言うとお前と同じだよ。

 重要参考人」


「どういうう事?」


「公安筋から情報が入ってな。

 もしかして近々自衛隊の竜河岸たちが暴動を起こすかもって情報が入ったんだよ」


「それって……」


「情報によると数年前に陸竜大隊の隊長に就いた奴が中心になってるらしい。

 まあそいつが使役している竜が並の竜なら良かったんだがな。

 俺が行ってふんじばったら終いだ。

 だがなその竜が問題なんだ」


 ゴクリ


 僕はあかざさんが言ってた事を思い出し、唾を呑みこむ。


「……赤の王……」


「竜司、知っているか。

 高位の竜ハイドラゴン三大勢力の一角“王の衆”のリーダーだ。

 いくら俺でも赤の王相手じゃ慎重にならざるを得ない」


「確かマグマを操るって……」


「よく知ってるな竜司。

 そうだ。

 ついた異名が岩漿自在フリーリーマグマータ

 呼炎灼こえんしゃく一等陸佐だ」


「何か変な名前だね。

 その人日本人?」


「確か中国人とのハーフらしい」


「ふうん、でも暴動を起こす所まで判ってるのに逮捕とか出来ないの?」


呼炎灼こえんしゃくは狡猾な奴だから中々証拠を掴ませない……

 いや掴んでるのに動けないって表現が正しいな」


 わけがわからない。


「じゃあ証拠掴んでるのに知らないフリをしているって事?

 わけがわからないよ」


「あのな竜司。

 考えてもみろ。

 陸自の陸竜大隊だぞ。

 竜河岸の数も警視庁よりも多い総勢二百五十名からなる隊だ。

 そこの隊長が暴動を画策しているなんて事になったらどうなる?

 日本がひっくり返ってしまうだろ?」


「た……

 例えばその隊長をクビにするとか……」


 兄さんは頭を垂れて横に振る。


「あー無理無理。

 呼炎灼こえんしゃくのバックにいるのは赤の王だぞ。

 その気になれば単独で丸の内を消炭に出来るような化物だ。

 簡単に言うとお偉方は怖いんだよ。

 どう転んでも人間は竜には勝てないってわけだ」


 兄さんは多くを語らなかったけど何か色々察する事が出来た。


 ザワザワ


 何やら外が騒がしくなってきた。

 笑い声も混じり楽しくそうだ。


「ん?

 そろそろ来たかな?

 じゃあ出迎えるか。

 ついてこい」


「うん」


 僕達四人は部屋の外に出た。

 パッと目に入ったのは……


 男性の首筋に噛み付いているベリーショートの女性の姿だった。


(おおー)


 周りの刑事や婦警が歓声を上げている。

 いやおおーじゃ無しに。


「おっつづり、お疲れさん。

 今昼飯か?」


 兄さんは目の前の異様な光景も気にせず話しかけている。

 じきに首筋から口を離す短髪の女性。


 タイトな黒のライダースに黒のレザーミニスカート。

 チェックのパンストを履きこなし靴は黒のブーツだ。


 凡そ刑事とは思えない格好。


 女性はニヤリと笑い、敬礼しながら兄さんの方を向く。

 口端から一筋の血が垂れている。


「あっ豪輝隊長。

 前の事件ヤマがちょっと時間がかかりましてねぇ。

 今昼飯っす」


「しかしいつもより吸い過ぎじゃねえか?

 カズの顔が蒼くなってるぞ」


 つづりさんに胸倉を掴まれたその男性は写真でさっき見た。

 正親町一人おおぎまちかずんとさんだ。


 身体に力が入ってないのだろうか。

 つづりさんに掴まれたままだらんとなっている。


 写真では綺麗な金髪だったが、髪も何か力が無く乾ききった砂漠の様な色をしている。


 顔の蒼さも手伝って夜の砂浜の風景の様にも見える。

 その男性も兄さんの方を向き弱々しく敬礼をする。


「あー……

 豪輝たいちょーぉ……

 お疲れ様でェーっす……

 あ、そこの君……

 トランクから輸血パック出してくれないかな……」


 そこの君って僕か?


 僕のすぐ前に小型のトランクが置いてある。

 僕はトランクを開けた。


 中からムアンと大量の白い煙が立ち込める。

 中に真っ赤なビニール袋がいくつも入っている。


 あ、一人かずんとさんはO型か。


「あー……

 あとチューブと注射針も入ってるから一緒に出してー……」


 確かに入っている。

 その輸血パックはゼリー飲料の様な飲み口っぽいのが付いてる。


 なるほどここに取り付けるのか。

 注射針も取り付けた。


「あー……

 後は印をつけてる所にプスッと刺すだけー……

 さあプスッと行っちゃってー……」


 一人かずんとさんは震えながら弱弱しく袖をまくる。


 手首に×印がついている。

 って僕も何言われるままに注射針付けてんだ。


「ホラ竜司。

 何してる。

 このままだとカズが失血でショック死するぞ」


 兄さんが僕を急かす。


「はやくー……

 あ、お婆ちゃん」


 やばい。

 一人かずんとさんが逝ってしまう。


 僕はもう躊躇する時間も無かった。


 プス


 僕は手首に針を刺した。

 とりあえず一人かずんとさんはソファーに運ばれ、寝かされた。


「あら?

 豪輝隊長、その子は?

 なかなか美味しそうな顔してるじゃない」


 そう言い舌なめずりをしながら僕の顎に手をやる。

 つづりさんから妖艶な大人の魅力を感じる。


「そいつは俺の弟、竜司だよ」


「へぇ、この子があの125事件の……

 よろしく。

 私は飛縁間綴ひえんまつづり

 つづりって呼んでね。

 竜司君」


 つづりさんは握手を求めてきた。

 僕も手を差し出し握手をする。


 すると僕の手を自分の口に近づけ……


 カプ


「え……?」


 僕の右手にチクリと痛みを感じる。

 つづりさんが僕の血を吸ってる。


 え?

 何これ?


 何で僕、血を吸われてるの?

 さっきとは違ってすぐに口を離してくれた。


「ふうん、なるほどなるほど。

 竜司君は今アタシのこの吸血行為に興味津々の様ねぇ」


「えっ……

 いやっ……

 あの……」


 僕は赤面し、俯いてしまった。


 そう言えばさっき資料で見た。

 これがつづりさんのスキルか。


「フフフ、何で解ったのって思ってるわねぇ。

 純粋ウブで可愛い。

 これはアタシのスキル吸血サックブラッドの効果よ。

 あ、竜司君。

 今このスキルはどこまで判るんだろうって思ったでしょ?

 フフフ」


「ええっ……!?

 そんな事……」


 僕はつづりさんから目を逸らす。


「無駄だ竜司。

 発動したての吸血サックブラッドの前じゃ隠し事は出来ねぇぜ」


「いいわ、お姉さんが色々教えてあげる。

 こっちへいらっしゃい。

 行くわよシンコ」


【全くつづりは……

 見世物の様に吸血行為をするのは止めなさいっていつも言ってるでしょ!?

 くどくど……】


 シンコと呼ばれたその竜。

 つづりさんが使役しているのだろうか?


 身体は桃色で角は無い。

 何か乙女チックな竜だなあ。


 すると前を歩いてたつづりさんが笑い出した。


「ププッ、シンコ?

 竜司君がアナタの事乙女チックだって」


 しまった、まだ吸血サックブラッド発動中だった。


【あら?

 隊長の弟さんはお上手ねぇ】


 何かマダムっぽい話し方だなあ。


 僕ら六人はさっきいた会議室に戻って来た。

 つづりさんは近くのパイプ椅子を向かい合わせ僕を呼ぶ。


「さあ、こっちに来て座りなさい」


 僕は言われるまま座る。


「よいしょっと……

 さぁて竜司君は……

 お姉さんに何が聞きたいのかなあ?」


 つづりさんは足を組み、右膝に右肘を載せて右手に顎を載せてこっちを見ている。

 下に目線をやると下着が見えそうだ。


 僕は見てはいけないと思い、上を向く。


「フフフ、なぁに?

 まず最初に興味があるのアタシのパンツなの?」


 僕は顔を向けず黙ったまま赤面した。

 するとつづりさんが体を起こし僕に耳打ちをする。


「いいわ……

 カワイイ竜司君に教えてあげる……

 アタシ……

 今日ノーパンなの……」


 それを聞いた瞬間。

 鼻に鉄の匂いを感じた。


 暖かい液が人中に垂れるのが判る。


「あぁっ!

 もったいないわぁ」


 そう言い僕の人中辺りをぺろりと舐めるつづりさん。


「おいおいつづり

 弟をからかうのはそのくらいで勘弁してくれ」


「はぁい」


 僕も落ち着きを取り戻した。

 また向かい合って座る僕とつづりさん。


「はい、まずこの人は吸血鬼なの?

 って思ったでしょ。

 その質問は半分YESね。

 あ、十字架が苦手とかニンニクが苦手とかは無いからね。

 知ってる?

 吸血鬼ヴァンパイアって世界中に居て研究もある程度進んでいるの。

 アタシ達の吸血行為は要するに病気なのよ。

 レンフィールド症候群シンドローム

 吸血行為も誰かれ構わずじゃ無しにみんなちゃんと提供ドナーがいるんだから。

 アタシの場合は……」


 つづりさんがそう言いかけた時タイミング良く入って来た。


「そう、そしてそのつづりのドナーが僕って事さ」


 正親町一人おおぎまちかずんとさんが入って来た。

 復活早いなあ。



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 ###



「はい今日はここまで」


「ねーパパー?

 このつづりって人ホントに吸血鬼だったの?」


「う~ん、やはり半分正解って言うのが正しいなあ」


「何だかよくわかんない」


 たつが少し釈然としない顔をしている。


「まあ詳しくはおいおい説明してあげるよ……

 じゃあ、おやすみなさい」

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