第八十六話 竜司、兄さんのスキルを知る。

「やあこんばんは。

 今日も始めて行こうかな?」



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 ガン!

 ガガン!

 ガガン!

 ゴン!


 僕の乱打は兄さんの身体に当たる。

 当たるが……


 当たった所が次々に琥珀色の結晶の様なものに変わっている。

 当たってはいるが全然効いている気がしない。


「くそうっ!」


 僕は少し起き上がり兄さんの顎、目がけて拳を放つ。


 ガァンッ!


 拳は当たる。

 だけど無駄だった。


 見ると拳の当たった顎から目の辺りまで琥珀色の結晶みたいになっている。


 パキパキ


 その琥珀色の結晶は脆く割れて下に落ちる。

 結晶の中から笑う兄さんの顔が出てくる。


「へえ、薄いとは言え人工ダイヤを割るぐらいのパワーはあるか……

 上出来上出来。

 じゃあ次は俺の番だな」


 フン


 聞き覚えのある音。

 バナナの皮を片付けた時の音だ。


 兄さんが右手をゆっくりと構える。


「いくぞっ!

 竜司っ!

 歯ァ食いしばれッ!」


「イッ!

 魔力注入インジェクトッ!」


 ズン


 兄さんの鋭い右アッパーが腹に突き刺さる。

 その鋭さのまま僕の身体は持ち上がり、空へ投げ放たれた。


「歯……

 関係無いじゃん……」


 僕は海老反りで空に飛びながらそう呟いた。

 力無くどさりと地面に落ちる僕。


 と次の瞬間、腹に激痛が走る。

 激痛のあまり僕は腹を抑えてのたうち回る。


「うっ……!

 ゴホッ!」


 血ヘドを吐く僕。

 僕が地面で大忙しな所を兄さんが上から。


「竜司、魔力注入インジェクトを使え」


 僕は激痛のあまり忘れていた。


「イ……

 魔力注入インジェクト……」


 魔力を患部に集中。

 みるみる痛みが引いて行く。


 僕は立ち上がった。


「もう兄さん、腹だったら歯は関係ないじゃん。

 ……ペッ」


 僕は口に残った血を吐き出す。

 まだ口の中が鉄臭い。


「ハッハッハ

 いやあスマンスマン」


 兄さんは笑いながらそう言う。


「それで兄さんのスキルって何なの?」


 僕は立ち合いの中、兄さんの身体の変化で薄々感づいてはいたが聞いてみた。

 すると兄さんは不敵な笑みを浮かべる。


「フフフ……

 知りたいか竜司。

 じゃあこっち来て座れ」


 そう言いながら地面に座る兄さん。

 僕も側に行き、向かいに座る。


「はい教えて」


「俺のスキルは不等価交換コンバージョン

 あらゆる物質を別物質に変換する」


「錬金術みたいだね。

 漫画でそんなの読んだ事あるよ」


 僕はあるバトル漫画を想起した。


「漫画ってあれか?

 くろがねの錬金術師か?」


「兄さんも知ってるんだ」


「まあな全巻持ってるし。

 確かに不等価交換コンバージョンと錬金術は似ている。

 ただアレとは決定的に違う所がある。

 それは俺のスキルは不等価交換と言う所だ」


「不等価交換?」


「あの漫画はテーマが等価交換だっただろ?

 一は一にしかならないって内容の」


「うん」


「俺の不等価交換コンバージョンは足りない部分は魔力で補うんだよ。

 だから構成分子なんか知らなくても問題ない。

 何でも生成できる」


「じゃあ僕を殴った時は拳を何か硬い物質に変えたの?」


「そうだ。

 ロンズデーライト。

 ダイヤの一.八五倍の硬さを持つ物質だ」


 僕はふと兄さんの右腕に目をやった。


 今気づいたが物凄い形だ。

 前腕部の太さが三倍ぐらいに膨らんでいる。


 そこに管みたいなものが付いていてゆらりと煙が出ている。

 肘も兄さんの肩辺りまで尖っている。


 ゴクリ


 この腕で僕を殴ったのか。

 僕は生唾を呑みこんだ。


「兄さん……

 その腕は……」


「ようやく気付いたか。

 これは不等価交換コンバージョン第一形態フェーズワン形状変化コンフィグレーションだ。

 これで腕だけ筋力を十五倍ほどにした。

 そして拳を変えたのは第二形態フェーズツー構成変化コンステテューション


「兄さん……

 気持ち悪いから元に戻してよ……」


「そうか?

 なら……」


 兄さんの腕がみるみる縮んでいく。


 尖った肘はいつもの肘に。

 腕の太さもいつもの兄さんの腕に戻った。


「ただこれやると服がボロボロになるんだよな」


 そう言って笑う兄さん。


 見ると兄さんの制服の右肩の入り口辺りから先が無い。

 ボロボロに解れて力任せに破り取られた感じになっている。


「そんなスキル無敵じゃん」


 僕は正直な感想を述べた。


「俺の能力だぞ。

 無敵に決まってるだろ。

 弱点も無い事も無いんだけどな」


「弱点て?」


「そんなの言う訳ねぇだろ。

 それが知りたいのなら俺との立ち合いを増やす事だな。

 まあ俺がお前に負けるなんてありえねえけどな

 ハハハ」


 この僕を馬鹿にしたような笑い方に少しカチンと来た。

 そう言えば僕のスキルをまだ見せていない。


「……じゃあ次は僕の番だね……

 さっきも言ったけど手加減しないから」


 僕はすっくと立ちあがった。


「良いぜ、さあ来い」


 僕は間合いを広げ、身構える。


全方位オールレンジ


 緑のワイヤーフレーム展開。


「おおっ!?」


 兄さんは驚き周りをキョロキョロ見回している。


 この時、知ったんだけど竜河岸にはワイヤーフレームが展開しているのは見えるらしい。


 更に僕は呟く。


標的捕縛マーキング


 兄さんの後頭部に青い菱型印出現。

 僕は持てる技の中で最大火力をチョイスする事に決めていた。


 出し惜しみは無しだ。


「ガレアァァァァ!

 針鼠ヘッジホッグッ!

 シュートォォォ!」


 ガレアの身体全体から数多の閃光が射出。

 その無数の閃光は全て流星のように兄さん目掛けて飛ぶ。


 ズガガガガガァァァン!


 針鼠ヘッジホッグ弾着。

 耳を貫く爆発音が鳴る。


 数多の閃光の風圧によりもうもうと砂煙が上がった。

 兄さんの姿を隠すように。


 やがて煙が晴れる。

 中からよろけて焦っている兄さんの顔。


「あっぶねー……

 蓄積魔力また全部使っちまった……

 うおっ!?」


 僕は兄さんの一言を見逃さなかった。


 針鼠ヘッジホッグの爆音でかき消されていたが既に僕は次の魔力注入インジェクト発動済。


 さっきと同じ戦法だ。

 低く。


 僕は一瞬で兄さんとの間合いをゼロに。

 下から火の様な乱打を仕掛ける。


「うわわっ!?

 ちょっと待っ……!」


 兄さんが焦っている。

 今回はイケるかも知れない。


 ズン


「ガハッ……!」


 僕の拳が兄さんの腹に入った。

 構成変化コンステテューションは発動していない。


 上を見ると兄さんは苦悶の表情。

 兄さんに勝つにはここしか無い。


 僕は叫んだ。


「ウオオオオッ!」


 ゴン


 僕の次弾は兄さんに届かなかった。

 兄さんの身体と拳の間に現れた琥珀色の結晶。


「なっ……!?」


 僕は絶句した。

 兄さんはゆっくり話す。


「蓄積魔力が無くたってなあ……

 ボギーが側に居りゃあ構成変化コンステテューションは使えんだよ……

 あ~いってえ……」


 琥珀色の結晶体はどんどん大きくなりみるみるうちに兄さんの体を覆ってしまう。

 兄さんが見えない。

 僕が焦っていると後ろから声がかかる。


「遅い」


 後ろから兄さんの声。

 振り向く僕。


 だが時は遅い。

 僕の鼻先にはもう琥珀色の兄さんの拳があった。


 ガン


 顔面に兄さんの強烈なパンチを喰らう。

 脳が揺れるのが解る。


 典型的な脳震盪だ。

 ここで僕の意識が途切れた。



 ###



【豪輝ー。

 やりすぎなんじゃない?

 弟君、起きないよ?】


 ボギーの声だ。


「だって竜司の一撃で蓄積魔力使いきるなんて思わねぇもんよ。

 つい本気出しちまった。

 ボギー、考えてもみろ。

 弟に負ける訳にはいかないだろ?

 だって俺は……」


「兄ちゃんなんだもんなあ」


【人間ってヘンな所にこだわるんだね】


 僕はゆっくり起きる。


「お?

 起きたか竜司。

 大丈夫か?」


「うん……」


 まだ頭はグルグル回るけど何とか大丈夫だ。


「兄さんこそお腹大丈夫?」


「あったりめぇだよ」


 そう言って右脇腹を見せる兄さん。

 痛々しく大きな痣が出来ている。


 僕はちょんっと指でつついてみた。


「あいちちち」


「全然平気じゃないじゃん」


「うるさい」


「兄さんは魔力注入インジェクト使えないの?」


「ああ俺の受動技能パッシブスキル、蓄積魔力のせいでな。

 体質的に俺の身体の中には魔力が入らないんだ。

 いくら取り込んでも体の周りに蓄積するだけ」


「それじゃあ致命傷を負っちゃうと死んじゃうじゃん」


「ただ蓄積魔力は集中させれば防御力は何千何万倍と跳ね上がるからな。

 別に問題ない。

 後遺症が出るのも嫌だしな。

 それより竜司、お前のスキルについて教えろよ」


「僕のスキルは全方位オールレンジ

 僕を中心に全経一キロぐらいの範囲の人や竜河岸の動きとかが解るんだ」


「お前それすげぇじゃねえか。

 個人を特定は出来るのか?」


「試した事無いけど名前知らない人は無理なんじゃ無いかな?

 でもその人が一般人か竜河岸かは判るよ」


「なるほど……

 あと俺の頭を攻撃した技は?」


「あれは全方位オールレンジからの派生スキル、標的捕縛マーキング

 ガレアの魔力技、針鼠ヘッジホッグのコンボ技だよ」


標的捕縛マーキング?」


 僕は標的捕縛マーキングについてかいつまんで説明した。


「なるほど……

 ちなみに標的捕縛マーキングを使わないで針鼠ヘッジホッグを発動するとどうなるんだ?」


 僕はヒビキとの稽古を思い出した。


「一回やった事あるよ。

 そん時は危うく自爆する所だった」


「だろうな。

 まだ針鼠ヘッジホッグを自分の位置を避けて放つことは無理か。

 じゃあ今の竜司の力量では標的捕縛マーキングと一緒にしか使えないって訳か」


「そうだね」


「じゃあ名前変えた方が良くないか?」


「どういう事?」


「いやな、何となく針鼠ヘッジホッグじゃしっくりこなくないか? 

 魔力を使うコツはイメージだって知ってるだろ?

 名前ってイメージするためには大事だぞ」


「う~ん、じゃあどうしよう?」


「見た感じ流星っぽいけどな」


 スマホで検索。

 ドイツ語で流星の事をメテオールと言うらしい。


 しっくりこない。

 ん?


 竜座流星群を英語でドラコニッドズと言うらしい。

 何か厨二心を擽る名前だ。


「じゃあ流星群ドラコニッドズで」


「まあ何でもいいぜ」


「ガレアー」


【何だ?

 竜司】


「これから標的捕縛マーキング針鼠ヘッジホッグのコンボ技を流星群ドラコニッドズって呼ぶから」


【ふうん、何か知らんけどわかった】


 後日、僕は名前を変えた事による恩恵を受ける事になる。


 兄さんはこのやり取りを聞きながら何か考え込んでいた。

 じきにこちらに目を向ける。


「よし、竜司。

 お前、俺の今抱えている事件ヤマを手伝え」


「え……?」


 兄さんが妙な事を言いだした。


「お前の全方位オールレンジは使える。

 まあ範囲はちょっと微妙かも知れないけどな。

 今、索敵系のスキル持ってるやつが居ねぇんだよ」


 何だろう。


 三重ではレース。

 名古屋では漫画家。


 そして静岡では刑事か。

 僕の旅って一体。


 しかも正直な所、興味が沸いているから始末が悪い。


「ちょ……

 ちょっと待ってよ。

 僕はどういう位置になるのさ?」


「そこら辺は任せとけ。

 中学の職業体験学習って事にしといてやる。

 お前は俺の指示通り動けばいいんだ。

 簡単だろ?

 それに保護者として目の届く所に置いときたいってのもあるしな」


 兄さんは地味に痛い所をつついてくる。


 僕は考えた。

 そして結論を出す。


「良いけど条件がある」


「何だ?

 言ってみな」


「僕は横浜へ行きたいんだ。

 兄さんの抱えている事件を手伝う代わりに旅に出る許可が欲しい。

 保護者としての」


「何だそんな事か。

 いいぜ」


「そんな簡単で良いの?」


「お前125事件の後の横浜知らねえだろ?

 日本が減っ……

 いや、それはお前が自分で見るべきだな」


 兄さんが言い留まった部分が気になるがとりあえず旅を続ける事は出来そうだ。



 ###

 ###



「はい今日はここまで」


「パパー、ドラコニッドズってなあに?」


「ああそれは竜座流星群の事だよ。

 昔はジャコビニ流星群なんて言ってたみたいだけどね」


「へぇ~」


 たつが感心している。

 いくつになってもこういうのは嬉しいものだ。


「さあ、今日も遅い。

 布団に入って……

 おやすみなさい……」

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