第八十五話 竜司、兄さんと手合わせする。

「やあ、こんばんは。

 今日も始めて行こうかな」



 ###

 ###



「ん?

 これか?

 これは俺のスキルだよ。

 まあ詳しい事はおいおいな。

 こっちだ。

 ついてこい」


 僕は兄さんに連れられてまたエレベーターの前に行く。


 中に乗り込む三人。

 次に兄さんが押したボタンは地下二階だった。


「地下に居るんだね」


「竜はやはり危険だからな。

 簡単に触れれる所には置かねーよ」


 納得。

 すぐに目標階に到着。


 エレベーターの外に出るとまっすぐ通路が伸びているだけだ。

 四方の壁は真っ白で上で蛍光灯が点灯している。


 何も言わず進む兄さんとボギー。

 僕も後に続く。


 コツコツ


 静かな狭い空間に兄さんのブーツの足音が響く。

 少し歩くと左手に扉が見える。


 上を見ると小さな看板がかかっていた。


 竜拘置所


 兄さんは扉の左にある小さな端末で暗証番号を入力する。


 ピー


「……さてお次は……」


 兄さんはナンバーキーの上の丸い部分に顔をを近づける。


 ガチャ


 開錠の音がする。


「随分厳重なんだね」


「まあな。

 暗証番号に虹彩認証だからなあ。

 それだけ竜が危険だって事だよ」


 そう言いながら中に入り明かりをつける。

 そこは割と大きな部屋だった。


 右を向くと大きな窓がある。

 ガラスが貼られ中の様子が確認できる。


 中は小さな明かりに照らされ白い布で顔ごとグルグル巻きにされている竜が居る。

 その場から動かず時々首を動かすのみだ。


「ガレア……」


 僕はガレアのその有様を見て絶句した。


「ちょっと待ってろ……」


 兄さんは左の大きな扉の脇にある端末に暗証番号を入力する。


 ピー


「はい、お次は……

 あ、ズレた」


 ブー


 兄さんは虹彩認証に失敗したらしい。

 改めてもう一度行う。


 ガチャ


 開錠の音がする。


「さあ、こっちだ」


 僕は中に入る。


【はぁ……

 ダリぃ……】


 首を少し振るガレア。


 早く解放してあげたい。

 僕は兄さんに懇願。


「兄さんっ!

 お願いだっ!

 ガレアを解放してあげてっ!」


「解ってる。

 最初からそのつもりだ。

 解放はちょっと危険だ。

 下がってろ竜司」


「え?

 危険って……?」


「詳しい話は後だ。

 まずはお前の竜を解放するぞ」


 兄さんが右手をかざす。


 ガレアに巻き付いている布が生き物の様に兄さんの右手に戻っていく。

 と、同時に風が吹いて来た。


 こんな地下に何故?

 そんな事を考えている暇も無くどんどん風が強くなる。


「こ……

 これはっ……!

 竜司っ!

 俺の後へ行けっ!」


 兄さんが怒鳴る。


 僕は言われるまま後ろに隠れる。

 後ろから見ていただけだが兄さんの周りに大量の霧が発生している。


「もう少しだっ!」


 ビュオウッ


 ガレアの咆哮のような大きな風が吹く。


 兄さんの後ろに隠れていたが僕はよろけ倒れる。

 やがて風は吹き終わり、あたりが静かになった。


「ふう、こんなデカい魔力通風バックドラフトは久しぶりだな」


「バ……

 魔力通風バックドラフト……?」


 僕はゆっくり立ち上がり兄さんに尋ねる。


聖塞帯せいさいたいは強制的に魔詰状態まきつじょうたいにするからな。

 竜の体内に抑圧された魔力が一気に解放されるんだ」


 なるほど火災のバックドラフト現象になぞらえてるって事か。


「おいおい、あっぶねー。

 俺の蓄積魔力全部使いきっちまったぞ。

 お前の竜、相当強いぞ」


 見ると力強く対流していた兄さんの身体の魔力の流れが消えている。


【ん?

 竜司じゃん。

 何やってんだ?

 ってここどこだ?】


「ガレア……

 覚えてないの?」


【ん?

 何が?】


「まあいいや……」


「よお」


 兄さんがガレアに声をかける。


【ん?

 誰だお前】


「俺は竜司の兄、皇豪輝すめらぎごうきだ。

 よろしくな」


 兄さんが手を差し出す。

 ガレアもそれに応じ握手をする。


【へえ、竜司。

 お前兄ちゃんが居たんだな】


「それとこいつが俺の竜、ボギーだ」


【クンクン……

 何だすっげぇ甘ったるい匂いがすんぞ】


 ガレアが鼻を鳴らし敏感にボギーのバナナの匂いに反応する。


「すまんなガレア。

 それは俺の竜の喰ったバナナの匂いだよ」


【なあなあ竜司ハラヘッタ】


 兄さんの“喰う”という言葉に反応したのか空腹を主張するガレア。

 昨日から今まで何も食べてないんだから無理も無い。


「兄さん、上に戻ってガレアに何か食べさせちゃダメかな?」


「そうだな。

 今何時だ……?」


 兄さんは腕時計を。

 僕はスマホで時間を確認した。


 午前十一時


「じゃあ少し早いが上に行ってメシにすっか」


「うん。

 行こうガレア」


 僕ら四人はエレベーターに乗り上へ向かう。

 一階到着。


 僕はガレアに聞いてみる。


「ねえガレア何が食べたい?」


【肉ヘッタ】


「兄さん、ここの近くでお肉食べれる所って知らない?」


「ん?

 じゃあすこやかに行くか」


 入口へ向かう僕ら。


 受付カウンターの中は昨日と変わらず警官が忙しなく庶務に追われている。

 中に向かって声を上げる兄さん。


「今からメシに行ってきますっ!

 何かあったら携帯に連絡願います!」


「わかりました!

 いってらっしゃい!」


 敬礼をする兄さん。

 と、同時に携帯でどこかに連絡を入れている。


「あっ!

 涼子さんでありますかっ!

 是非僕と昼食などを御一緒に思いましてっ……

 はいっ!

 はいっ……!

 では入り口でお待ちしておりますっ!」


 豪輝兄さんが入口へすたすたと歩き出す。

 僕は受付に向かって一礼し、踵を返そうとした瞬間。


 視線を複数感じた。


 何か黒く熱いドロッとした視線と棘のある悔しさや嫉妬心みたいなものが入り混じった視線。


 何だか不快。

 酷く気持ち悪い色をした視線だ。


 僕は踵を返し外に出た。

 外に出て兄さんに今の状況を説明してみる。


「兄さん、何か変なんだ」


「変って何が?」


「何かこっちを見てる人の視線が解るって言うか……

 そりゃあ判る人は解ると思うけど……

 僕の場合は色とかイメージが具体的なんだ。

 これって何なのか解る?」


「そりゃあ多分受動技能パッシブスキルじゃないのか?」


受動技能パッシブスキル?」


「発動させなくても自然発動するスキルだよ。

 自分のスキルやスキル習得後の自分の行動によって身につく。

 未発動の竜河岸や自分のパッシブ把握してない竜河岸もいるけどな」


 僕は名古屋での杏奈の視線に悩まされたことを思い出した。


「で、どんな視線だったんだ?」


 僕はかいつまんで受けた視線について説明した。


「なるほど……

 多分その視線は俺に向けられてたな」


「兄さんどういう事?」


「俺に対する嫉妬や恨みだよ。

 俺はまだ若輩者だしな。

 若輩者が本店から所轄に来て好き勝手やってるんだ。

 良い顔はしないさ」


「豪輝さん、お待たせ」


 そんな話をしていると涼子さんが降りてきた。

 兄さんが敬礼をする。


「はっ!

 お越し頂きありがとうございますっ!

 じゃあ行きましょう」


 場所は県警の近くだったらしくすぐに目的地到着。



 炭焼きレストランすこやか 新静岡セノバ店



 何でもここはげんこつハンバーグが売りだそうな。


 店に入り席に着く五人。

 メニューを開く。


「僕はげんこつハンバーグセット。

 ガレアは何にする?」


【これ!

 肉!】


 ステーキセットを指差すガレア。

 こいつには名物とか関係ないらしい。


「わかった。

 量は?

 また三皿?」


【ウン!】


「じゃあ兄さん、ガレアはステーキ単品で三皿……

 ゴメン」


「大丈夫だよ。

 どうせ経費で落ちるし。

 ボギー、お前はいつものか?」


【うん、それでいーよー。

 さあ、早速準備しないと……】


 ボギーは嬉しそうに右に小さい亜空間を出し中に手を入れる。

 大きな手に大きなバナナの房が二つ。

 もう一度入れてバナナを取り出す。

 合計四房。


【フンフフーン♪】


 鼻歌交じりにバナナを剥き出すボギー。

 甘い香りが一層強くなった。


「みんなスマン。

 こいつはいつもこうなんだ」


「あら?

 私好きですよ。

 ボギーの甘い香り」


 注文がやってきた後はまあ酷かった。


 ガレアはいつも通りの汚い喰い方だし、ボギーはボギーで肉の上に山盛りのバナナを乗っけて食べている。


 もはやバナナの添え物が肉の様だ。

 じきに食事は終わり、兄さんが声をかける。


「よーし腹もいっぱいになった事だし、どうだ竜司?

 いっちょ俺と手合わせしないか?」


「え……?」


 兄さんを見つめる僕。

 唐突。


 気がついたら身体に魔力の対流が戻っている。


 どうしよう?

 正直怖い。


「そろそろお前の俺のスキルが何なのか知りたいだろ?

 俺もお前のスキルが見てみたい。

 利害の一致って訳だ」


 確かに。

 兄さんのスキルに興味はある。


 怖さと好奇心の両天秤。

 最終的には好奇心が勝つ。


「わかった……」


 僕は兄さんの申し出を了承。


「ちゃんと手加減はしてやるから安心しな」


 不敵な笑みを浮かべる兄さん。


「じゃあ私は県警の方に戻っていますので」


「はいっ!

 では後で」


「で、兄さんどこでやるの?」


「駿府城公園だ。

 広いから迷惑はかからんだろ」


 僕ら四人は店を出て公園に向かった。



 駿府城公園



 僕らは右側の広場に来た。

 兄さんが準備運動を始める。


「ん?

 お前はやらんのか?

 準備体操」


「やるよ」


 僕は準備運動を始める。


 よしOK。

 僕は身構えた。


「おっ、やる気満々だな」


「兄さん手加減はしないからね」


「いいぜ、かかってこい」


 僕と兄さんの間合いは約十五メートル。

 中魔力注入インジェクトで一息に飛べる距離だ。


魔力注入インジェクト!」


 僕は叫び、足に魔力を集中させる。

 そして勢いよく大地を蹴った。


 身体が空に飛ぶ。


 飛びながらあかざさんが言ってた事を思い出した。


 魔力移動シフトについて考えな。


 僕は空でもう少し具体的に集中する箇所をイメージしてみた。

 それは右足の甲。


 兄さんとの距離が縮まる。

 僕はたっぷり体重を乗せて兄さんの首筋目がけ、右跳び蹴りを放つ。


 ゴン


 鈍い大きな音が響く。

 微動だにしない兄さん。


 よく見ると魔力の対流が首に集中している。

 僕は着地し、また間合いを広げる。


「へぇ、こいつは驚いた。

 お前、魔力注入インジェクトが使えんのか」


 僕は考えた。

 あの魔力の対流が集中する場所は突破するのは難しい。


 なら次は早さ。

 手数で押す。


 スピードを上げて魔力の対流が集中するのを間に合わないようにしてやる。


「まだまだァ!

 魔力注入インジェクト!」


 足に魔力を集中。

 次は上からじゃ無く下だ。


 低く。

 僕は地面スレスレに飛ぶ。


 一瞬で間合いが詰まる。


「おおおおっ!」


 僕は下から火のような連打を兄さんに浴びせる。


 が……


 この後、僕は兄さんの無敵のスキルを味わう事になる。



 ###

 ###



「はい、今日はここまで」


「パパー?

 ボギーってバナナ好きなの?」


「そうなんだよたつ

 もう体にバナナの匂いが染みついてるからね。

 ずっと甘い匂いがしてるんだよ」


「僕もバナナ好きだよー」


「じゃあたつはボギーと友達になれるかも知れないね……

 じゃあ今日はおやすみ……」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る