第七十二話 竜司、拉致られる。

「やあ、こんばんは。

 今日も始めて行こうか」


 ###


 僕とガレアはようやく栄に戻って来れた。


「疲れたね……

 ガレア」


【そうか?】


 ガレアは全然元気そうだ。

 確か打ち上げは午後六時半って言ってたな。

 僕はスマホで時間を確認した。


 午後六時


 急がないと。


「ガレア行くよっ」


【へいよう】


 僕とガレアは小走りでキリコさんの仕事場へ向かった。


 午後六時二十五分


 キリコさんの仕事場へ到着。

 良かった。

 間に合った。

 キリコさんの仕事場へ到着。

 インターフォンを鳴らす。


「はいは~い、どなた~?」


「僕です。

 竜司です」


「お~、待ってたよ~。

 今開けるね~」


 玄関が開く。

 ユリちゃんが笑顔で出迎えてくれた。


「さぁ~

 入って入って~」


 中に入ると元気になった大さん、遥、スミス、もう一人の男性アシスタントがコップを持っていた。


「あの……?

 体、大丈夫ですか……?」


 僕は一連の騒動に責任を感じ、声をかけた。


「あぁ竜司君、もう大丈夫だありがとう。

 君にも迷惑かけたね」


「いえ、僕の持ち込んだ弁当であんなことになってしまって……

 売り子なんて初めての経験で面白かったです。

 でも僕、十四歳なんですけど良かったんですかね?」


「えぇっ!?」


 遥とスミス以外の皆がびっくりしている。


「君、十四歳か……!?

 それにしてはまた……」


「竜司君、十四歳だったんだね~

 それにしては大人びてるね~」


 ユリちゃんがいつもの口調で話す。


「竜司君、十四歳だったのね。

 それにしては老けてるわね」


 三重辺りから僕の新しい属性が生まれていた。

 僕は世間一般の十四歳と比べて老けているらしい。


「……すいません」


 僕は何故か謝ってしまった。


「別に謝る事じゃないわ。

 でも顔はカワイイのにね。

 何でだろ?

 私も少なくとも十七歳ぐらいだと思っていたわ」


「先生~

 多分~

 何か纏ってるオーラが違うんだよ~」


「なるほどね。

 もしかしたら竜司君て“想”能力者かもね」


 キリコさんは笑ってそう言う。

 この“想”というのはトレジャー×トレジャーで出てくる異能力の事だ。


「あっはっは~

 ホントそうかもね~

 もしかしたら“佩”ぐらいは使えるかも~」


 佩というのは漫画内で出てくる“想”能力の一種だ。

 僕は話のネタとして一つ提供する事にした。


「もちろん“想”は使えませんが似たような事は出来ますよ」


「何っ?

 ホントか?」


 コップのビールを呑み干した大さんとキリコさんが同時に叫ぶ。


「ちょっとやってみせてよ」


 キリコさんの頬が赤い。

 酔ってるし大丈夫だろう。


「じゃあやります……

 全方位オールレンジ


 僕を中心に広がる緑のワイヤーフレーム。

 今気づいたが範囲が一キロぐらいまで伸びていた。


「栄ってかなり竜河岸が居ますね……

 あちこちに居ます。

 あれ?

 何だろ?

 あっちに人が群れを成して歩いています。

 全員一般人の様です……

 とまあ……

 こんな感じです」


「つまらんっ!」


 キリコさん即答。

 そしてビールを呑み干す。


「えぇっ!?」


「だってそんなの適当に言ってるかもしれないじゃない」


 確かに。

 僕の能力って確認しないと証明できないのだ。

 僕は必死に反論した。

 でないと僕がインチキ占い師みたいな扱いになってしまう。


「っでもでもっ!

 あっちのほうに人がたくさん列を成して歩いてましたよっ!」


 僕の指差した方向を見てユリちゃんが助け舟を出してくれた。


「あっちというと~

 広小路通りの方だね~

 何かTVでやってるかも~」


 ユリちゃんがTVをつけてチャンネルを変える。


(ただいま私は広小路通りに来ております。

 竜俳会がデモを行っている最中です)


 竜は日本から出ていけー!


 乱暴な竜を許すなー!


 そんな事を叫びながらプラカードなどを持って人々が闊歩している映像が映っている。


(以上、広小路通りからお送りしました)


(いやー山入端やまのはさん、最近の竜俳会の動きをどう見られますか?)


 スタジオに戻ったアナウンサーがコメンテーターに話しかける。


(最近活発ですねー。

 今までは東海、関東のみの活動だったのが四日市市長の加入によって近畿にも勢力を伸ばそうとしていますからねー。

 夕方にデモをやるのも若者の意識を変えようとしているしているんだとか)


「あら?

 マジで?」


 キリコさんが少し驚いている。


「あらら~

 じゃあ竜司君の能力はホントだったんだ~」


 何となく変な空気になる場。

 何か僕がやっちゃった感がする。

 これは名誉挽回をしないと。


「あっ!

 もう一個できますっ!

 皆、ベランダに出て下さいっ」


「なになに?」


「何だろうね~」


 みんな外に出る。

 僕はビール缶を持った。


「ガレア、僕の名誉にかかる話だ。

 協力してくれ」


【いいけど何すんだ?】


標的捕縛マーキング


 ビール缶に青い菱型印を纏わせる。

 そして思い切り空に向かって投げた。


 ビュン


「ガレアッ!

 魔力閃光アステショットッ!」


 ギャン


 ガレアの口から蛇のようにうねりながら閃光が射出。

 ビール缶に命中。

 四散した。


「おお~」


「おおスゲースゲー」


「どうですかっ!?」


 僕は満足顔。


「でもまあ、遥さんトコのスミス君には負けるけどね」


 そう言いながら中に戻るキリコさんと皆。

 僕もスゴスゴ中に戻る。


「まあ~スミス君の能力は見た目に解りやすいからね~」


 ユリちゃんがフォローを入れてくれる。


「そういえば今日はいくら売り上げたんですか?」


「三百万」


 キリコさん即答。


「全部完売したからね~」


「あ、そうそうスミス君」


「何ですかな?

 キリコ氏」


「トレジャー×トレジャーで次に出す武器を作って欲しいんだけど」


「お安い御用です」


 そんな話をしながらスミスと奥へ消えて行った。

 なるほど漫画の素材を作ってもらうのか。

 それは重宝するはずである。


「ユリちゃん、百足ってこれからどうなるんですか?」


 百足っていうのはトレジャー×トレジャーで出てくる盗賊団の名前だ。

 僕はせっかくあの富樫キリコ先生の傍に居られるんだから何か情報を知りたいと思ったんだ。

 ネタバレって言って嫌う人もいるかも知れないけど、オタク心とでも言うのだろうか。

 僕は人より先に情報を知りたかったんだ。

 守秘義務もあるのかも知れないけど酔ってるし口を滑らせるだろうと考えた。


「百足はね~

 全員死ぬよ~」


「え……?」


 僕は余りの事に絶句した。

 百足はかなり重要キャラがたくさん居て敵役ながら僕もお気に入りのキャラも多数いる。


「どうしてですか?」


「それは漫画を見てからのお楽しみって事で~」


 さすがにそれは話せないか。

 すると奥からキリコさんとスミスが帰って来た。


「なるほどなるほど。

 あんな感じになるのか」


 キリコさんはご満悦そうだ。


「そう言えば遥のスキルってどんなの?」


「私の能力は絢爛武踏会アームドフェスティバル

 エンチャントの同時使用よ。

 今だったら五大大牙ファイブタスクス全部同時に使えるのよ。

 エッヘン」


 遥は自慢げにそう言う。


絢爛武踏会アームドフェスティバルを使用したはるはるは最強無比ですぞ】


「へぇ……」


 相変わらずスミスに対する返答は淡泊だ。

 自分自身でもそう思う。

 まあ物騒なスキルであることには違いない。

 願わくば名古屋で使わずに済ませたいものだ。


 その日は楽しい宴会で幕を閉じた。

 すぐに時間は十二時を回った。

 そろそろ帰る時間だ。


「では失礼します。

 キリコ先生、トレジャー×トレジャー再開楽しみにしています」


「あぁ」


「じゃあ竜司君~

 またね~」


 ユリちゃんは最後まで間延びした話し方だった。

 その日はすぐに宿に戻り寝てしまった。

 さあ、明日は蓮と会う。

 楽しみだ。


 深夜二時。


 夢を見ていた。

 名児耶杏奈みょうじやあんなが追いかけてくる夢だ。

 悪夢だ。

 助けて!


 ガバッ


 僕はたまらず飛び起きた。


「ハァッ……

 ハァッ……

 何て夢だ……」


 ブルッ


 僕は身震いした。

 無理も無いあんな夢を見たのだから。


 いや違う。

 本当に寒い。

 僕は窓を見た。

 開いていて、外からの寒風が吹きこんでいる。


「何で開いているんだ……」


 僕は窓を閉めるために近づいた。


 ビュッ



 左目端から名児耶杏奈みょうじやあんなが飛び出した。



 僕は余りの事で身動き一つできなかった。

 僕を羽交い絞めにする杏奈。

 僕の身体を締め付ける。


 何て力だ。

 とても人間とは思えない。

 そうだ!

 ガレアを起こせば。


「ガレ……

 ムグッ!」


 僕の口に布が押し付けられた。

 これって漫画とかでよく見る……

 拉致するときに使う……

 クロロホル……


 僕は失神してしまった。


 ###


「う……」


 僕は目が覚めた。

 床の冷たさで目覚めた。

 何で床で寝てるんだ。


 そうだ、僕はさらわれたんだ。

 杏奈に。

 僕はゆっくり体を起こす。


「ここはどこだ……?」


 どこかのマンションの一部屋だ。

 普通に窓も付いている。

 が、外の景色からしてかなり高い階層だ。


 どうしようかと考えた結果僕がとった行動は寝たふりだった。

 眼を瞑り、床に伏せ、呼吸を静かにしていた。

 しばらくそうしていると杏奈が部屋に入って来た。


「あら……?

 竜司まだ寝ているのね……

 クロロホルムの量、間違えちゃったかしら……?

 うふふ……

 寝顔も可愛い……」


 杏奈の手が僕の額に触れる。

 異様に冷たい。

 その冷たさで僕の身体がぴくりと動く。

 ハッとなり手をどける杏奈。

 僕はここで機転を利かせた。


「ううん……

 杏奈……

 すう……」


「嫌だわ。

 竜司ったら夢の中で私にどんな事をしてるのかしら……

 キャーイヤーン」


 物言わぬ僕の前で好き勝手な事を言っている。


「ホント竜司を抱えて人に見つからずこのマンションまで運ぶのに苦労したわ……」


 そうか、栄は繁華街。

 深夜帯と言っても人通りはあるって事か。


 ギャー!

 ギャー!


 急に叫び声が聞こえた。


「はい……

 もしもし」


 何ていう着信音だ。


「ええ……

 で、どうなの……

 見つかった?

 場所は知多郡の山間の別荘地?

 チッ、出来れば海辺が良かったんだけど……

 いいわそこでいい。

 早くこっちに車を回してちょうだい」


 プツッ


「チッ!

 使えない執事ねぇ……

 あ、そうそう……

 買わないといけないものがあったんだ。

 竜司は……まだ寝てるわね……

 これで私の念願の夢が叶うわ。オホホホ」


 バタン


 杏奈は外に出て行った。

 静かになったのを見計らって僕は飛び起きた。


 ヤバイ。

 ヤバイヤバイヤバイ。


 このままだと僕はこのまま連れてかれて一生監禁生活だ。

 しかし杏奈が出て行った今が千載一遇のチャンスだ。

 まず状況確認だ。


 杏奈が出て行ったドア。

 開かない。

 それはそうだ。


 次はベランダだ。

 ベランダに続く窓は開いた。

 だが高い。


 見た所凡そ十階だ。

 飛び降りる訳にはいかない。

 僕はベランダから早々に中に入った外から杏奈に見られたらまずいと思ったからだ。


 そうだ、ガレア。

 ガレアが居れば何とかなる。


 ガレア!

 来てくれ!

 僕はここだ!


 僕は心の中で叫んだ。

 何度も何度も。

 僕はテレパシーなんかは使えない。


 でも信じた。

 ガレアとの絆を。

 ガレアは絶対に僕の呼びかけに答えてくれる。

 そう信じたんだ。


「ガレアァァァァッ!

 来ぉぉぉぉい!」


 最後は口に出てしまった。

 すると程無くしてニュッと見慣れた顔が窓から覗く。


「ガレア……」


 やはりガレアと僕の絆は本物だった。


 バリーン


 窓をぶち破って入ってくるガレア


【おいおい竜司何してんだよ。

 こんなトコで】


「ガレア……」


【わっ

 何で泣いてんだよ竜司】


 僕はガレアにしがみついて泣いていた。

 正直僕は怖くて不安だったんだ。

 ガレアが来てくれるかどうかが。


 もし来なかったらこのまま杏奈に拉致監禁されて僕の一生が終わるからだ。

 とりあえず僕は知る限りの事の顛末をガレアに説明した。


【ゲッ……

 怖えなあ、あの女。

 これでも女ってか弱いって言うの?】


「いや、ここまでされて僕も黙っていられない。

 僕とガレアでぶっ飛ばそう」


【そうか】


 何となくガレアは嬉しそうだ。

 と、そこに玄関の方で音がした。

 杏奈が帰って来た。

 ドアを開ける杏奈。


「竜司……

 起きたの……?

 え……?」


 僕とガレアを見て絶句する杏奈。

 割られた窓。

 杏奈を睨む僕とガレア。


 さあ反撃開始だっ!


 ###


「はい、今日はここまで」


「パパー、クロロホルムってなあに?」


「睡眠薬だよ。

 よく悪者が誘拐するときに使うやつだね」


「じゃあ、杏奈は悪者なんだね」


「そうだね……

 じゃあ今日はおやすみ……」

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