第七十一話 ガレアと竜の消防士

「やあ、こんばんは。

 今日も始めて行こうか」


 ###


 僕は姉と妹の感動の再開を眺めていた。

 そしたら姉の方が深々と頭を下げてきた。


(妹を助けて頂いてありがとうございました。

 ほらスミレ……

 あなたもお礼を言いなさい)


(お兄ちゃん!

 ありがとうっ!)


 すっかり元気になった妹が笑顔で頭を下げる。


「いやっ……

 僕なんて……

 お礼ならガレアに言ってあげてよ。

 ガレアが居なかったら助ける事なんて出来なかったんだから」


(ガレアってこの竜の名前?

 竜さんっ!

 ありがとう)


 妹さんが笑顔でお礼を言う。


【……別にいいよ】


 ガレアがそっぽを向いている。

 心なしか頬が赤い。

 久々にガレアが萌えている。

 なるほど、この妹さんは見た目通りの年齢か。


(ほらスミレ、一応病院に行くわよ)


(うんわかった。

 お兄ちゃんっ

 竜さん、おばちゃんじゃーねー)


 妹が元気に手を振る。

 それと対照的に遥の顔が引きつっている。


「じゃあねぇっ!

 “お姉ちゃん”も!

 頑張るわっ!」


 何やら語尾が角張っている。

 遥落ち着け。

 と、そんなこんなをしていたらコスプレコンペの司会者が声をかけてきた。


(あの~……

 コスプレコンペは……?)


 そういえばまだ途中だったんだ。

 僕らは会場に戻った。


 が、

 みんな白けたのか火事の被害を確認しに行ったのか観客は半分以下になっていた。


(はるはるーっ!

 大丈夫ですかっ!?)


「ええ、大丈夫よっ。

 みんなありがとう」


(では皆さん!

 思わぬアクシデントがありましたが、コスプレコンペ再開しますっ!)


 パチパチパチ


 始まった時の歓声が嘘のように拍手がまばらだった。

 というのも盛り上げ役だった応援騎士団も遥の出番が終わったもんだから全員われ関せずといった感じだったからだ。


(はいっ!

 これは……)


 観客がまばらなのにも関わらず司会者のテンションは高い。

 さすがプロ。

 しかしコスプレイヤーの数も減り、盛り上がりは見せずに結果発表。


(結果発表!

 第六回コスプレコンペ優勝者は……

 夢野遥さんですっ!)


「うぉぉぉーっ!

 はるはるーっ!」


(さあっ!

 遥さんの叶えたい願いとはっ?)


「はいっ!

 今ここでミニライブを開く事ですっ!」


 遥がそう言うと、スピーカーから声が流れる。


(わかった……

 願いを叶えてやろう……)


 これも神虎シェンフーの台詞の引用だ。


(はいっ

 神虎シェンフーが聞き届けて下さいましたっ!

 では早速準備をしていただきましょう!)


 そう言い残すと司会者は舞台袖に行き、代わりにスタッフが数人出てきた。

 手にマイクやらスピーカーやら持っている。

 それをテキパキ設置するスタッフ。

 じきに声がかかる。


(準備OKです!)


 するとおもむろに遥がマイクスタンドを持つ。

 マイクスイッチオン。


「さあっ!

 夢野遥スペシャルライブ始めるよっ!

 まず一曲目っ!

 FUNNY SUNSHINEっ!」


 前のライブの一曲目だ。

 相変わらずポジティブな曲だ。


(うぉぉぉーっ!

 FUNNY SUNSHINEキターッ!)


 前に聞いた曲だろうと関係ない。

 応援騎士団のテンションはMAXだ。

 流石ファンである。

 一曲目終了。


「続いて二曲目っ! 

 新曲だよっ!

 遥かなる想いっ!」


 二曲目の曲は夢はまだまだ遠いけど一歩ずつ進んでいくという遥らしい曲だった。

 最初ミディアムテンポで始まり、サビ直前からテンポが上がる曲だった。

 楽器もストリングス主体となり迫力を見せる。


 その迫力に応援騎士団も最初は黙っている。

 だが、一番が終わりイントロに入ると騒ぎ出した。


(う……

 うぉぉぉっ!

 はるはるーっ!)


(うっうっ……

 ひぐっ……)


 泣いているものもいる。

 確かに迫力はあるがそこまでか?

 二曲目終了。


 そんな感じでライブは進み合計五曲歌いきり終了した。

 こちらに戻って来た遥の顔は晴れやかだった。


「竜司お兄たんっ!

 お疲れっ!」


「あぁお疲れさん」


【はるはるっ!

 あの新曲の出来栄えは見事でしたぞっ!】


「でしょー?

 スミス解ってるじゃない」


 遥もご満悦そうだ。

 僕らは第二展示場に戻って来た。


 ライブ中に消防が来ていたようで火はもう消えていた。

 消防士が消防車に近くで無線を使って話している。

 中に一人だけ竜が居る。


 顔を見て赤い竜と言うのは解る。

 というのもこの竜、全身消防服なのだ。

 物珍しくって見ていると竜が話しかけて来た。


【おおっと。

 現場に竜河岸発見】


「どうも」


 僕は軽く会釈をした。


【火傷とかしていないか?】


「あ……

 はい、おかげさまで」


【現着したら救助者いねぇでやんの。

 つまらんっ。

 あっ

 誰かと思ったらガレアじゃん? 

 人間界こっちに来てたのかよ】


【誰だ?

 お前】


【俺だよ俺、エラプだよ!

 エラプ!】


【あーあー……

 誰だっけ?】


 おいガレア。


【あっそうかっ

 これ被っているから解らんのか】


 そのエラプと言う竜は防火服の帽子を外す。


【ホラッ

 これでわかっただろ?】


【あれ?

 エラプじゃん。

 何やってんのこんなとこで】


 さっきとはうって変わった反応。

 ガレアは一体どこで竜を識別しているのか。


【俺今消防士やってんだよ】


【消防士?

 何だそりゃ?】


【人間の建てた建物とかが燃えたらそれを消す仕事だよ】


【お前炎竜だろ?

 お前が行ったら逆に燃えるんじゃないのか?】


【そうそう、だから来たての頃は苦労したよ。

 マスターにも迷惑かけたしな。

 ケドもう解ったんだよ】


【何が?】


 ガレアは相手が竜でもキョトン顔をするんだなあ。


【俺って竜界あっちじゃ触れたもの全部発火してたじゃん?

 それって俺のテンションが高かったからなんだよ】


【そう言えば竜界あっちの時と比べて何か落ち着ているよな】


【だろ?

 だから今では平静を保つようにしてんだよ】


 話を聞いていた僕は疑問が沸いたので聞いてみた。


「ねえねえガレア。

 この竜って向こうじゃどんな感じだったの?」


【まず返事は“あぁ!?”か“何だオラァッ!?”だったな。

 んで家の穴倉に行くと大体色々なものが焦げてんだよな】


【ハッハッハ。

 昔はそうだったよな】


 すると後ろから声がかかる。


「おーい、エラプ~。

 帰るぞ~」


【あっマスターが呼んでる。

 じゃあ俺行くわ】


【わかった。

 またな】


【おうまたな】


 エラプは主の元へ戻って行った。

 と、思ったらすぐにまた戻って来た。


【お~い、ガレア〜】


 振り向くガレア。


【何だまた戻って来たのかよ】


【お前ら恨みを買われた覚えとかあるか?】


 急に突拍子も無い事を聞くので僕が聞いてみた。


「それどういう事?」


【あ、お前ガレアの竜河岸か?

 いやな、この火災が放火の可能性が濃厚ってマスターが言ってたから教えとこうと思ってな】


 放火?

 確かに火災現場の第二展示場には火種になるようなものばかりだ。

 だからこそ会場の至る所に火気厳禁の張り紙が貼られ、会場にいる皆火の始末については気を使っているはずだ。

 なるほど、何故火事が起きたかと考えていたが放火なら頷ける。


「何で放火なんか?」


【名古屋だからなあ。

 多分“竜排会”の連中じゃねぇか?】


「竜排会?」


【何だリューハイカイって?】


 僕とガレアは同時にエラプに聞いてみた。


【何だお前ら。

 ニュース見てねぇのかよ。

 “竜を排斥する会”。

 略して“竜排会”。

 文字通り竜を嫌う人間団体だよ】


 エラプが言うには主に東海、関東で活動する竜を嫌うNGO団体なんだそうだ。

 しかしやる行動はデモやビラ配りがほとんどだが時々放火などをする過激な輩もいるとの事。

 メンバーは膨れる一方で四日市市長も加入したそうな。


「じゃあ、今回も竜を狙った犯行だと?」


【まあ、人間が起こせる火災ぐらいで竜を殺せるとは思ってないだろ。

 要するに嫌がらせだよ。

 もう証拠も出たらしいし、次は警察の出番だ】


 なるほど、竜が集まりやすいイベント等を狙った犯行か。


【お前ら名古屋に住んでんの?】


【いんや。

 旅の途中だ】


【ふうん、まあどこ行くか知らんがお前らも気をつけろよ】


「わかった、ありがとうエラプ」


【サンキュー、エラプ】


【ああ、ほんじゃあな】


【おうじゃあな】


 エラプは今度こそ主の元へ戻って行った。


「竜司お兄たーん!」


 遥が向こうで手を振っている。

 そちらに戻る僕とガレア。


「竜司お兄たん、消防士に知り合いがいたの?」


「僕じゃ無くてガレアだよ」


「ふうん。

 あ、そうそう今日キリコさんの仕事場で打ち上げがあるけど来る?」


「お邪魔でなければ」


「竜司お兄たんも手伝ってくれたんだから当然よっ。

 じゃあ午後六時半に仕事場に来てねっ」


「わかった」


「じゃあ私いったん家に帰るからまたねーっ!」


 遥は元気に手を振って走って行った。

 ようやくガレアと二人になれた。

 さてどうしよう。


 栄に戻るか。

 僕らは駅に向かった。

 駅はコミケ帰りの人でごった返していた。


「うわ……」


 思わず出た言葉がこれである。


「ガレア、どうしようか?

 どうする?

 乗る?」


【朝の時みたいなんは御免だぞ】


「ぐっ……

 わかったよ、じゃあちょっと待ってよう」


 僕とガレアは改札口から出て入り口の壁際に座った。

 そして今日の事を考えていた。


 朝からガレアと肉を取り合い。

 行きの電車ですし詰めを体験して、会場に着いたら売り子をやった。

 僕まだ十四歳なんだけどなあ。


 コスプレイヤーとも触れ合った。

 コスプレコンペ中に火事が起きて救助活動なんかもやったなあ。

 考えてみると忙しい一日だったなあ。


 ビクッ


 急に背筋がピンとなった。

 脊髄反射の様だ。

 体の芯から震えがくる。


「竜司……」


 後ろから声が聞こえる。

 数日前からよく聞く声だ。

 どうせ逃げても無駄だと考え対応する事にした。

 僕は振り返り声をかける。


「や……

 やあ名児耶みょうじやさん……」


「竜司……

 火傷とかしてない……?」


「大丈夫だけど……

 何で?」


「さっき救助活動をしているの見てたから……

 竜司……

 カッコよかったわ……」


 そうか、杏奈にはBDBEがあったんだ。


「そ……

 そう……

 そう言えばコンペ途中で居なくなったけどどうしたの?」


「どうせあのビッチ年増が優勝でしょ?

 救助活動もしたしね……

 私あのまま居たら暴れてたわ……」


 周りの迷惑などを考えたのか。

 それは杏奈の優しさと言えるのだろうか。


「そ……

 そうなんだ……」


「竜司……

 これからどうするの……?」


「これからって……?」


「もし良かったら私と夕食に行かない?

 私が腕によりをかけるわ……」


 ヤバい。

 僕の頭の中に一昨日の大さんの惨劇がよぎる。

 絶対一服盛られる。

 全力で回避しないと。


「……ごめん、もう先約があるんだ……」


「何……?

 その先約……」


「キリコ先生の打ち上げがあるんだ……」


 杏奈は黙っている。


「いやっ!

 でもキリコ先生関連はこれで最後だからっ!

 これで締めくくりと考えてくれ」


「……わかったわ……

 今日は大人しく引き下がるわ……」


 良かった。

 これで何とか解放されそうだ。


「ねえ竜司……

 私の事スキ……?」


「え……?」


 突然の質問にビックリして絶句した。


「嫌い……?」


「そ……

 そんな急に言われても……」


「スキ……?」


「だから……

 それは……」


 僕が返答に戸惑っていると、杏奈が激昂した。


「どっちなのよっ!

 ハッキリしなさいよ!

 好きなのっ!?

 嫌いなのっ!?」


 ガン


 大きな音。

 杏奈が思い切り壁を拳で殴った音だ。

 壁に穴が開いている。

 恐ろしい腕力だ。

 杏奈はハッと我に返る。


「ハッ……

 ご……っ

 ごめんなさいっ!

 私、昔から思い込むとこうなっちゃうのっ!

 ホントごめんなさいっ……」


 杏奈は慌てて駆けだす。

 背中で最後に。


「また……

 会ってくれますか……?」


 そう言い残し杏奈は走って去って行った。

 物凄くテンションが下がった僕。


【竜司、すっげぇなああの女】


「あぁ……

 行こうかガレア……」


 僕らは電車に乗り、栄に向かった。


 ###


「はい、今日はここまで」


「ねーパパ?

 リューハイカイってなあに?」


 たつには市民団体についてピンと来ていないみたいだ。


「市民団体だよ」


「市民団体って言うのがよく解んない」


「何て言うのかな……

 同じ考えを持った人たちの集まりって言うのかな?

 有名な所では日本赤十字があるね。

 知らない?

 赤い羽根募金とか」


「あ、知ってる!

 そうかぁ

 竜排会って赤い羽根募金みたいなものかあ」


 誤解を生んでいそうなので注意しとこう。


「でもやってる事は日本赤十字とは全然違うからね」


「うんわかった」


「じゃあ、今日はもうおやすみ……」

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