第六十八話 竜司、初コミケを体験する。

「やあこんばんは。

 今日も始めて行くよ」


 ###


 僕は目を覚ます。

 土曜は特に何もなく過ぎていった。

 杏奈も現れず、ようやくゆっくり名古屋を堪能できた。

 ガレアと一緒に手羽先、天むす、味噌カツと名古屋名物に舌鼓を打った。


【なあなあ竜司。

 あの甘いタレがかかったやつ美味かったなあ】


「そうだねガレア」


 ガレアが言ってるのは味噌カツの事だ。

 宿を探す道すがらそんな話をしていた。

 宿はすぐに見つかりその日は早々に寝てしまった。


 さあ明日は初コミケだ。


 PURURURU


 何かが鳴っている。

 聞き覚えのある音。

 何だっけ?

 あ、そうだ僕の携帯だ。

 僕はゆっくりと起き上がり携帯を見る。


 夢野遥(四十二)


「……もしもし……」


「あっ!

 竜司お兄たん!?

 おはよっ!

 さあっ!

 コミカライブに行くよっ」


「……今何時?」


「今?

 六時半よ」


「早いね……」


「竜司お兄たんの事だから絶対寝てると思ってェ。

 遥からのモーニングコールっ!」


「……ありがとう」


「それじゃあ、竜司お兄たんっ!

 七時半に栄駅の改札で待ち合わせねっ!」


「七時半に改札ね……

 わかった」


 プツッ


 僕は電話を切った。

 まだ眠いけど起きないと……。


「ガレア……

 起きて」


【おす、竜司】


 相変わらず竜は寝ざめが良い。

 羨ましさを感じつつ僕は身支度を整える。


「さぁガレア行こうか」


【おう】


 ホテルをチェックアウトし、僕はガレアと一緒に外に出た。

 途端にガレアが……


【なあなあ竜司ハラヘッタ】


「そうだね。

 どこかで朝ご飯を食べてから行こうか」


 と言ってもまだ時間は朝の七時を少し回ったぐらいだ。

 こんな朝早くとなるとコンビニか。


「ガレア、ファミマでいい?」


【肉が食えれば何でも】


 解りやすい奴だ。

 僕らは駅前のファミリアマートに到着。


「ガレア待ってて。

 買って来るから」


【わかった】


 僕は中に入り物色。

 ガレアはファミトリで良いとして僕はどうしようかな?

 おにぎり二つと……

 あっおでんがある。


 最近少し寒いからおでんにしよう。

 大根と卵と牛筋……

 駄目だ、肉を買うとガレアに食べられる可能性がある。


 でも牛筋食いたいなあ。

 ガレアじゃないけど喰いたいなあ。

 結局牛筋を買ってしまった。

 合計三本。

 僕は外に出た。


「ガレアお待たせ」


【待ってたぜ。

 さあくれくれ】


 僕はファミトリが大量に入った袋をガレアに差し出す。

 それを取るなりがっつくガレア。

 さあ僕も食べよう。

 まずは大根。


 ハフハフ


 う~ん、美味いっ。

 僕は家のおでんは嫌いだけど、コンビニのおでんは好きなんだよなあ。

 ダシが芯まで染みてて美味い。


 僕はひとしきり食べて最後に牛筋を食べようとした。

 好きなおかずは最後にとっておくタイプなんだ。

 食べようとした刹那ガレアから声がかかる。


【あっ!?

 何だ竜司っ!

 肉か!?

 俺も食いたい!】


 僕は牛筋を咥えながら一本ガレアに差し出す。

 僕の口の中では柔らかく煮込まれた牛筋が躍っている。

 美味い、幸せ。

 当のガレアは牛筋一本を丸呑みしてしまった。


 プッ


 竹串がガレアの口から出てきた。


【モグモグ……

 美味い!

 何だコレ!

 スッゲー美味いぞ!

 もっとくれ!】


 残る牛筋はあと一本。

 僕は急いで牛筋を頬張ったため話せない。

 僕は首を横にぶんぶん降る。


【何だよーけちくせぇなあ。

 あっ!?

 もう一本あるじゃねえか。

 もーらいっ!】


 ガレアがおでんの器から牛筋を取る。

 が、僕も負けていられない。

 ほぼ同時に牛筋を掴む。

 ようやく口の中の牛筋が消えて話せるようになった。


「ガレア……

 離せよ……

 ファミトリ十個も食べただろ」


【竜司こそ離せよ。

 竜は身体がデカいんだから量を食べないといけないんだよ】


 嘘だ。

 だって竜は身体のサイズを変えられるんだから。

 僕がこんなに牛筋に固執する理由は僕が牛筋を買い占めたためもう店には無いからだ。


「ぐぬぬ……

 ガレアァァ!

 離せぇぇ!」


【ぬおお、竜司も離せぇ!】


 僕は掴んだ牛串を自分の方へ力いっぱい引き寄せる。

 だがガレアも負けてない自分の口へ引き寄せる。

 やばい、牛筋串が持たない。


 バキッ


 案の定牛筋串が折れた。

 二つに分かれた牛筋串。

 一本につき三個ついている。


 僕の方には一個しかついていない。

 空に舞い上がったもう片方に残り二個付いている。

 もういい。

 一個だけでも僕が食べるんだ。


 僕は一つの牛筋串へ手を伸ばした瞬間。

 物凄い勢いでガレアの口が降りてきた。


「うわぁっ!?」


 僕は思わず手を引っ込める。

 僕は手を確認した。

 良かった。

 まだある。

 一瞬手が無くなったと思った。


「ガガガッ……!?

 ガレアッ!

 危ないじゃないかっ!」


 まだ心臓がバクバク言ってる。


【美味いな~、コレ】


 僕の恐怖などどこ吹く風のガレア。

 感じで解る。

 これはガレアの中でかなり好きな部類に入る。


「そう……

 良かったね。

 じゃあ行こうか」


 まあ牛筋串は中途半端だったがとりあえず他は食べれたから良しとしよう。

 そろそろ行かないと遅れてしまう。


 名古屋市営地下鉄 東山線 栄駅改札。


 良かった。

 約束の時間には間に合ったみたいだ。

 まだ遥たちは来ていないようだ。

 僕らは遥を待つことに。

 するとすぐに遥たちがやって来た。


「竜司お兄たんっ!

 おはよっ!」


 遥は元気に手を上げる。

 とても四十二歳には見えない。


【ガレア氏、竜司氏。

 おはようござる】


 相変わらずスミスの話し方はうっとおしい。

 いつもならスミスとは極力やり取りはしないのだが今日は違う。

 僕が目についたのは、スミスの荷物だ。

 スミスの巨体に見合った大きいリュックを背負っている。

 リュックの中から長細い包みが三つ出ている。


「スミス、凄い荷物だね。

 それ何なの?」


【これでござるか?

 これは全てはるはるのコスプレ衣装】


「この長細い包みも?」


【ふっふっふ竜司氏。

 これは残りの五大大牙ファイブタスクスですぞ。

 残りの一つも中に入っていますぞ】


 五大大牙ファイブタスクスと言えば、この前スミスが言ってた最高傑作だったっけ。


「コスプレって一着じゃないの?」


 僕のこの問いには遥が答える。


「全部で十着あるの。

 竜司お兄たんっ!

 今日は遥の早着替え見せたげるねっ!

 あっそろそろ行かないとっ。

 電車に乗り遅れちゃうっ」


 僕は急いで切符を買い、電車に乗る。

 名古屋で乗り換え、行先は金城ふ頭駅との事。

 名古屋駅の段階で既にソレっぽい人たちが乗り込んでいた。

 椅子も一杯だ。

 仕方なく僕らは立って乗る事に。


「それにしても凄い人だね……」


「何言ってんの竜司お兄たん。

 会場に行ったらこの何十倍も人がいるわよ」


「え……?」


 この何十倍。

 背筋がゾッとした。

 名古屋から目的地の金城ふ頭駅に行くまで何度か駅に止まる。

 止まるたびに大量に人が入ってくる。


 いや、人数自体はそんなに多くないが、乗車する人乗車する人右から全員巨体なのだ。

 しかも何か汗臭い。

 しかも全員ステレオタイプのオタクファッションだ。

 何故バンダナを巻く。

 何故指ぬきグローブをはめる。


 目的地に近づくにつれ電車のスペースが無くなっていく。

 しかも急激に。

 あと一駅まで近づくともう満員でぎゅうぎゅうだ。


「ガッ……

 ガレアっ……

 大丈夫……?」


【なっ……

 何なんだ……

 こいつら……】


 オタクたちの巨体でガレアの声はするが姿は見えない

 駄目だ。

 このままだとガレアの逆鱗に触れられてしまう。


「ガレア!

 首を目いっぱい伸ばせ!」


【おっ……

 おう!】


 僕の身長の上に並ぶオタク達の顔の上にガレアの顔が見えた。

 良かった。

 こんな所でガレアの逆鱗に触れらてしまったら大惨事になる。


「ガレア!

 もう少しで目的地に着く!

 それまでその状態で我慢してくれ!」


【わ……

 わかった……】


(金城ふ頭駅ー金城ふ頭駅ー)


 そんなこんなでようやく目的地到着。

 電車の狭い出口から雪崩れるようにオタク達の巨体が出ていく。

 流れに巻き込まれるように外へ出る僕達。

 ようやく改札辺りでスペースを見つけそこに避難する僕とガレア。


「ハァッ……

 ハァッ……

 これがコミケ……」


【何なんだ、この人間達は……】


 僕は会場に着く前に体力を奪われ地べたに座り込んでしまった。

 僕はコミケの恐ろしさを改めて痛感した。

 そこへ上から声がする。


「竜司お兄たん、大丈夫?」


 遥がそこに立っていた。

 僕と比べて全然平気そうだ。


「竜司お兄たん、コミケ初めて?」


「……うん」


「初めてだとビックリするわね。

 この人の多さは」


【あれあれ?

 竜司氏、ガレア氏。情けないですなあ】


 スミスの嘲笑にイラッときつつ立ち上がる僕。


「もう大丈夫だよ。

 さあ行こう」


 ザワザワ


 外に出るとまた更に驚く。

 もうすでに長蛇の列が出来ている。

 全員がオタクファッションだ。


 ちらほら竜も見える。

 オタクの竜ってスミスだけじゃないんだな。

 もしかしてこの長蛇の列に並ぶのか。


「竜司お兄たん、何してんの?

 私たちはこっち」


 長蛇の列の脇を歩き出す僕ら。

 じきに先頭まで辿り着く。


「すいません。

 五十六番、富樫プロです」


(あ、はい。

 どうぞ)


 すると先頭集団が少し騒ぎ出す。


 ザワザワ


(富樫プロって……

 あれか?

 あの富樫キリコの……)


 ザワザワ


(トレジャー×トレジャー休載して同人誌書いてるってホントだったんだ……)


「これって……」


 僕は心配になって遥の方を見る。


「竜司お兄たん、心配いらないわ。

 いつもこんな感じよ」


 そんな事を言って中に入って行く遥とスミス。

 僕たちも中に入る。

 遥はそのまま第二展示場と書かれた建物に向かってズカズカ歩いて行く。


 そして中に入り進んで、壁際のブースに辿り着いた。

 壁に上の方に五十六と書かれたコピー用紙が貼ってある。

 そのブースに長机が三つ横に並んでいて、下に段ボールが数十箱山積みされていた。


 もう作業は始まっていて段ボールを開けて同人誌を並べていっている。

 作業をしている人たちは数人だ。

 知らない人もいる。


 その中で僕にトーン貼りを教えてくれた女性アシスタントを見つけた。

 確かキリコさんがゆりちゃんと呼んでいた。

 その人に僕が来たことを告げないと。


「おはようございます」


「あ~、竜司君おはよ~」


「この段ボール全部同人誌ですか……?」


「そ~だよ~。

 今回は新作三冊で各三百冊あるからね~。

 竜司君も手伝って~」


 このゆりちゃんと言う人。

 この前教えてくれた時から気になっていたが何か語尾が伸びる。

 何かにょろにょろと言った印象だ。


 この前は疲れているせいだと思っていたが、口癖なのだろう。

 僕はさっそく段ボールを開ける。

 中には同人誌が大量に入っている。

 それを取り出し机に並べる。


「キリコさん、まだ来てないみたいですね」


 すると同じ作業をしていた遥が


「キリちゃんはブースには来ないわ。

 来ても様子見ぐらいよ」


 同じく作業をしているユリちゃんも同意する。


「そうだね~。

 キリコ先生の顏って知っている人は知ってるからね~。

 こんなトコでバレちゃったらパニックになるよ~。

 いつも昼過ぎぐらいにコソッと来るから~」


 少し納得。

 やはり売れっ子漫画家なんだなあ。

 僕は黙々と作業をする。

 今回出す同人誌はこの三冊。


「ギンとキルリのとある日常四」


「百足の盗賊日誌五」


「超絶爆裂伝説三」


 この三冊だ。

 前者の二冊はトレジャー×トレジャーのいわゆるキャラ本だ。

 にしても僕がベタを塗ったのがこうして本になる。

 何か感動だ。


「よ~し、並べ終わったね~。

 あ~竜司君~

 コピー用紙にそれぞれのタイトル書いておくれ~。

 そんでそれぞれの本の下にセロテープで貼ってね~」


「わかりました。

 ユリさん」


「そんな畏まった呼び方じゃなくていいよ~

 私の事はユリちゃんって呼んで~」


 間延びをした話し方がどことなくネコのイメージがする人だなあ。


「ユリちゃん、出来ました」


「ありがと~

 これで準備は完了~

 開場までゆっくりしてていいよ~」


「わかりました」


 僕はガレアを連れて少し会場を見て回る事にした。


【何かスゲェなあ。

 人間がセカセカ動いているぞ竜司。

 祭りかコレ】


「そうだねガレア。

 ある種祭りかもね。

 あ、でも見てごらん。

 竜もちらほらいるよ。

 知ってる竜いる?」


【いんや、知らねぇやつばっかりだ】


 僕はガレアとキョロキョロ辺りを見回していたら後ろから声がかかる。


すめらぎさん……」


 物凄く小さい声だったがかろうじて聞こえた為、振り返ると美々みみが立っていた。


「あ、鷹司たかつかささん。

 こんにちは」


 美々はベージュのシャツにハイウエストジャンバースカートを履いている。

 何かウエイトレスみたいな恰好だなあ。

 わざわざ自分から巨乳を強調しなくても。


 でも僕も男だ。

 やはりその大迫力の胸に目が行ってしまう。

 その目線に気付いたのか美々が……


「……あまり胸ばかり見ないで下さい……」


 僕は顔が赤くなった。


「ごごごっ……

 ごめんっ!

 でも見られるのが嫌ならそんな強調した服を着なくても……」


「……これは……

 お母さんが……」


 美々が言うにはファッションとかに疎くて自分で服を買いに行く事はしないそうだ。

 それでいつもお母さんが買ってきた服を着るんだと。


 場にヘンな空気が流れる。

 僕は空気を変えようと話題を振ってみた。

 しかしそのチョイスが間違っていた。


「そういえば鷹司たかつかささんも本出してるんだよね。

 どこのブース?」


 言い終わった後に美々みみがBL作家と言うのを思い出した。

 僕のこの発言で美々みみのメガネがキラリと光る。


「こちらです!

 案内します!」


 僕の手を引っ張って案内する美々みみ

 いつもモジモジしてるのにソレ系の話になると途端に積極的になる。

 僕らは会場の右端の方にあるブースに案内された。

 僕の手を離した美々みみは二冊の本を手に取り、振り返る。


「今回の“俺メシ”は二冊出すんですっ!

 “鬼畜のお部屋にて”と“王子のお気に召すまま”ですっ!」


 美々みみは凄く嬉しそうだ。

 僕はこんな美々みみを見て何も言葉が出なかった。

 大体“俺メシ”って何だ?


 僕は長机に貼られた三十二番の張り紙を見つけた。

 パンフレットを持っていたため確認する。


 出典同人サークル一覧。

 三十二番 俺のメシを食ってけ。


 俺のメシを食ってけ。

 略して俺メシか。

 納得。

 美々みみはそんな僕の行動も気にせず説明を続ける。


「この“鬼畜のお部屋にて”は鬼畜攻とクール受けで

 “王子のお気に召すまま”は姫受と少年攻めですっ!

 どちらも自信作ですっ!」


 とりあえず差し出されたのでパラパラとめくってみる。

 背筋の奥の奥から悪寒が頭のてっぺんまで立ち上るのが解る。

 僕は静かに本を閉じた。

 絵は抜群に上手いのになあ。


【何だコレ?

 何か気持ちわりぃなあ。

 なあなあ竜司。

 こいつら男同士で裸で何やってんの?】


 ガレアもパラパラめくっていたようだ。


「ガレア、前にも言っただろ?

 これは人間の深い闇の部分なんだって。

 ガレアは知らなくていい事なんだよ」


「どうですかっ!?

 すめらぎさんっ!?」


「イインジャナイカナー」


 名古屋で二回目の棒読み。

 そんなこんなでそろそろ開場時間だ。


「そろそろ時間だから僕は行くね」


「あっはい……

 一緒に頑張りましょうね……」


「うん」


 僕は自分のブースに戻って来た。


「はいおかえり~。

 竜司君はここに座って~。

 値段はここに書いてあるから~」


 ギンとキルリのとある日常四 三千円

 百足の盗賊日誌五 四千円

 超絶爆裂伝説三 三千円


 何か凄く高い気がする。

 同人誌ってこういうものなのか。

 何はともあれそろそろ開場だ。


 僕の初コミケが始まる。


 ###


「はい今日はここまで」


「パパー、前も思ったんだけどキョニューってなあに?」


「おっぱいが物凄く大きいって事だよ」


 たつも十二歳。

 このぐらいは知っててもいいだろう。


「パパってやっぱりスケベなんだ。

 キシシ」


 たつが笑っている。


「そりゃパパモ健全な男ですから。

 さあ、今日はもうおやすみ……」


             バタン

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