第四十七話 竜司、四日市の洗礼を浴びる

「やあ、こんばんは。

 今日も始めるよ」


「パパー?

 駆流かけるってバカなの?」


 さすが子供。

 表現がストレートだ。


「やっぱり頭の中はF1の事ばっかりだったからねえ」


 明確な返答は避けた。


 ###


 思った通りだった。

 こと数学に関してはF1に絡めればほぼ百%答える事ができた。


駆流かける凄いな。

 数学に関してはF1に絡めたら大丈夫だよ」


「そうなのか?」


 駆流かける本人は気づいていないようだ。

 とりあえず数学は何とかなるだろう。


「次に苦手なのは?」


 そんな感じで勉強は進んでいった。

 3教科程目途が立った段階で


 ピンポーン


 玄関のインターフォンがが来客を告げる。

 誰か来た様だ。

 下で話声らしき音は聞こえるが、何を話しているかわからない。

 じきにパタパタ足音が聞こえ、駆流かけるの部屋の前で止まったようだ。


 トントン


 駆流かけるは無視している。


駆流かける

 いいの?」


「いいよ。

 どうせアイツだ」


 するとノックの主が無視に気付いたのだろう。

 ノックが強くなった。


 ドンドン!


駆流かけるぅ!

 開けなさーい!」


 声は華穏かのんだ。

 別に華穏かのんなら良いだろうと僕はドアを開けた。


「あっ!?

 にーちゃんっ!

 余計な事をっ!」


「あ、すめらぎさん、お疲れ様です。

 どうです?

 駆流かけるの勉強は?」


「実は駆流かけるは出来る奴ってのは解ったよ」


 F1に絡めたりと若干変則的ではあるが、頭は決して悪くない。

 これが純粋な評価だ。


「だろ?

 へへっ」


 駆流かけるは満足げだ。


すめらぎさん、あまり煽てないで下さいね。

 駆流かけるってばすぐに調子に乗るんだから」


「なっ!?」


「そうだね。

 あくまでも素養が優れているだけで、活かすも殺すも自分次第だからね」


「ちぇっ」


 駆流かけるがブーたれている。


駆流かけるいいかい? 

 勉強で一番難しいのは持続させる事なんだ。

 一日五分でも十分でも良い。

 毎日やる事が大切だよ。

 カートだって一度一位を取ったぐらいでは満足せずに何度も練習するだろ?」


「ちぇっわかったよ。

 F1で勉強が必要なのも解ったしな」


 駆流かけるはわかったようだ。


「んでお前は何しに来たんだよ華穏かのん


「私は前のお裾分けで借りたお鍋を返しに来たの」


 そう言った華穏はおもむろに右手を上にあげる。

 右手には菓子を持ち帰る時の箱を持っている。


「あと駆流かけるが頑張ってるだろうと思ってケーキ焼いてきたのよ」


「おっ!?

 気が利くなっ!

 にーちゃん食おうぜ。

 華穏かのんは口うるさい奴だけど菓子は美味いんだぜっ!」


「口うるさいってのは引っかかるけど褒め言葉として受け取っておくわ」


 ケーキ二つ目。

 何かケーキをよく食べる日だなあ。

 とりあえず休憩。

 休憩中に僕は聞いてみた。


「そう言えば駆流かけるのスキルって何なの?」


「俺か?

 俺は大鷲眼イーグルアイだよ」


「どんな能力なの?」


「要するに動体視力だよ。

 一回試したら時速三百キロドライバーの表情まで確認できたぜ」


「へー、凄いな。

 やっぱりF1から?」


「そうだぜ!

 にーちゃんはどんな能力なんだ?」


「僕のは全方位オールレンジだよ。

 条件はあるけど遠く離れた人とか竜河岸たつがしを探す事ができるんだ」


「にーちゃんもスゲーじゃん」


「そう?」


 華穏かのんはケーキを食べたのを確認すると帰って行った。

 その日は午後六時辺りまで勉強をして、帰る事にした。

 玄関まで見送りに来た駆流かける


「泊まって行きゃあいいのににーちゃん」


「そんな家庭教師っていないだろ?」


「まあな」


「また明日の午後に来るよ」


「わかった。

 じゃあ明日」


 駅前まで戻って来た僕とガレア。

 僕は晩御飯の前に宿を探すことにした。

 駅に一番近いホテルから入ってみた。


 ウルトラホテル 四日市駅前


「すいません、僕と竜で二人部屋は空いてますか?」


「申し訳ございませんお客様。

 竜河岸たつがしと竜のお客様の宿泊はお断りしています」


 深々とお辞儀をされた。


「え……?

 あ、はい……」


 僕は言われるまま外に出た。

 このホテルがそういうルールなのだろう。

 他のホテルなら大丈夫さ。

 僕はそんな事を考えて次のホテルを目指した。

 だがその考えは甘かった事を知る。


 レイクホテル四日市 竜河岸・竜不可

 西横INN 四日市 竜河岸・竜不可

 都ビジネス 四日市 竜河岸・竜不可


 等々 ほぼ駅前のホテルは全滅


 結局駅前に戻ってきてしまった。


「な……

 何だここは……?」


 僕は途方に暮れて公園に座っていた。


(おいにーちゃん、宿を探してんのかい?)


 誰かが声をかけてきた。

 声の方を向くと髭を生え散らかし、髪の毛もチリヂリで物凄く長い。

 シミだらけのTシャツと穴の開いたGパンと手にはパンパンの紙袋を持っている。

 ホームレスだ。

 一目で解ったよ。


(にーちゃん、どうした?)


「あ……

 いえ、そうです」


(なら無理だぜ。

 四日市で竜を泊めるホテルなんてねーよ)


「どういう事ですか?」


(にーちゃん四日市は初めてか?

 最近当選した四日市市の市長が竜嫌いで有名でな。

 まず手始めに宿泊施設に竜と竜河岸たつがしを泊めると罰則って法案が出来たんだよ。

 今四日市で竜と竜河岸を泊めちまうと最悪営業停止を食らっちまう)


「何ですか、その法律」


(何でもその市長、昔竜絡みの事件で息子を失ってるんだと)


「わかりました。

 ご親切にありがとうございます。

 それでは」


(おう、じゃあな)


 僕はそそくさとその場を離れた。

 匂いがきつくて耐えられなかったんだ。

 とりあえず距離を取ってガレアに聞いてみた。


「ふーっ、ガレアあの匂い、平気なの?」


【あの人間の匂いか?

 別に大したことないな。

 竜界の硫岩の匂いに比べたら】


「そうなのか」


 僕は途方に暮れたがとりあえず飯を食う事にした。

 駅前を散策し、一軒の店に辿り着いた。


 ちょん四日市店


 店に入ると


(へい!

 らっしゃい!

 二名様でいいですかい?)


「あ、はい」


 威勢のいい男性に奥の座敷へ案内された。


 さてメニューは……

 ラーメンもやってるようだ。

 でも今日はトンテキを食べに来たんだ。


 トンテキ(二百グラム) ライス・味噌汁セット

 トンテキダブル(二百グラム×二枚)

 トンテキトリプル(二百グラム×三枚)

 トンテキドラゴン(一キロ)


 見ていると先程の威勢のいい男性が注文を伺いに来た。


(何にしやしょう?)


「トンテキと……

 トンテキドラゴン」


 注文が来るまでの間、僕はまたヒビキのノートを開いた。


[三 使用後は充分に休憩を取りましょう


 基本魔力技やスキルを使う時

 大なり小なり使役竜の魔力を体内に取り込み使う事はご存知だと思います。

 前述の通り魔力は人間にとって毒です。

 取り入れ過ぎれば体に支障をきたします。

 取り込んだ魔力を体内に放出させるにも時間がかかります。

 魔力注入インジェクトを使用した次の日は絨毯のシミのように過ごしましょう。

 具体的な使い方については次のページから]


「ふ……

 ふむふむ」


 やはりこの文字でのヒビキのノリに違和感を感じつつページをめくってみた。


[使い方といってもそんなに難しいものではありません。

 魔力事なのでやはり肝心なのはイメージです。

 自分の体に力が流れ込むイメージ。

 最初は少し取り入れる所から始めましょう。

 慣れてくると拳だけとか足だけとかにも注入可能です。

 ああ、なんて素晴らしいんだ。

 そして……]


 ここまで読んだ段階で注文が来た。


(へいっ!

 四日市トンテキとトンテキドラゴンお待ちっ!)


 僕とガレアの前に並べられた。

 僕の前には普通サイズの量だがガレアの前には……


 何だこりゃ?


 もう肉の形が正方形だ。

 タテだかヨコだか分からない四角い大きな肉片がガレアの前に置かれた。

 僕はガレア全部食うんだろうなとか考えながらとりあえず手を合わせた。


 「いただきます」


 トンテキはなるほど噛むと肉汁があふれ噛んだ歯を押し返してくるほどの噛み応え。

 ソースも豚に合うように甘辛く仕上がっており上手くマッチしている。


 美味い。


 ふと隣に目をやるとガレアがもう正方形の肉の三分の一ぐらい食べていた。

 手掴みで。


【うまうま……

 うまいな!

 竜司!】


 これでは僕の食べるスピードが大幅に負けてしまう。

 ガレアに暇を与えると追加オーダーをねだりかねない。

 僕は食べるのを急いだ。

 周りの目線を気にしつつ無我夢中で食べた。


 「ご馳走様」


 ガレアと一緒に手を合わせたら何故か店内から拍手が上がった。

 僕が戸惑っていると、威勢のいい男性がこちらに来て


(おめでとうございます!

 トンテキドラゴン早食い大会入賞です!)


「は……?」


(あなたのお連れのお客様はトンテキドラゴン十二分で完食という素晴らしい成績を残しましたのでこちらをどうぞ……)


 トンテキドラゴン無料券


 僕は受け取り店を後にした。


(ありがとうございましたー)


 さあ、トンテキ早食いなんてどうでもいい。

 それよりも今日泊まる場所だ。

 どうしよう四日市市から離れるか?


 いや駄目だ。

 三重の土地勘なんか僕には無い。

 隣の市に行っても泊まれるとは限らない。

 ええい、こうなったら民宿なども視野に入れて徹底的に探そう。

 僕はそう決めた。


 一時間後


 結果からすると全滅だった。

 全て竜と竜河岸はお断りを食らった。


 僕は近鉄四日市駅に戻ってきた。


「ハァ……」


 僕は足取りも重く、先ほど訪れた家を目指した。


 十数分後


 到着。

 呼び鈴を鳴らす。


「はい、どちら様?」


 麗子れいこさんが出た。


「あの……

 先ほどお伺いしていたすめらぎです……」


「あら?

 どうされました?

 忘れ物ですか?」


「いえ……

 少々お願い事がありまして……」


「はい、ちょっと待って下さい」


 数分後、麗子さん登場。

 中に招き入れてくれた。


「どうしたんですか?

 こんな夜分に……」


「あの……

 お恥ずかしい限りなんですが……

 本日泊めて頂く訳にはいかないでしょうか?」


「あら?

 すめらぎさん、お家はどこなんですか?」


「兵庫県の加古川です……

 ある事情で横浜まで旅をしていまして……」


 すると麗子さんはにこりと微笑み


「いいですわ。

 是非泊まっていって下さいな。

 確かに四日市市で宿を探すとなると竜河岸では難しいですものね」


「ありがとうございます!」


「今駆流かけるはお風呂に入ってますので、出ましたらどうぞ」


「いえ、お構いなく……」


 結局三重でも人の家に泊まることになった。


 ###


「はい、今日はここまで」


「パパー?

 なんで泊まるところ見つからなかったの?」


「県の偉い人がそう決めたからだよ」


「ふうん、何か可哀想」


「ありがとう、じゃあ今日はもう眠りなさい……

 おやすみ」


            バタン

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