第三十八話 竜司、天涯と相対す

「やあ、こんばんは。

 今日も始めて行こうかな」


「うん!」


 ###


 僕は氷織ひおりのマンションまで帰って来た。


「ただいまー……

 って……

 え?」


 見るとガレアがカチカチに凍っている。

 一体どうゆう事?

 そう思ったよ。


「ガレアー!?

 これは一体……」


 食卓に置かれた鍋。

 具材は蛸の様だ。

 ぼんやりと合点がいった。


【ああ、おかえり。

 いやねガレアがあんまり好き嫌い言うもんだから頭を冷やしてもらいたくってねえ】


「たくってねえって……

 ガレアの事なら僕が謝ります。

 元に戻してください」


 ヒビキがパチンと指を鳴らす。

 ガレアを覆っていた氷は霧になって消えた。


【ハッ!?】


【頭は冷えたかい?

 ガレア?】


【うん……】


 ガレアがショボンとしている。

 さすが白の王。


【竜司、飯は食ったかい?】


「いえ、いただきます」


 今日の晩御飯は蛸鍋だ。

 たこ焼きの時もそうだったがガレアは蛸が嫌いの様だ。

 ガレアはすっかり元気を無くし、ゴロンと横になってしまった。

 その日はゆっくりと食事が出来たよ。


「そうだ氷織ひおりちゃん、近い日で平日開いてる日ってある?」


「何言ってるんですか。

 平日は学校に決まって……

 ああ、そう言えば三日後が創立記念日でお休みです」


「わかった。

 じゃあその日僕と一緒に天涯教に行こう。

 そこで脱会の意思を告げるんだ」


「わかりました」


 氷織ひおりは無表情にそう答える。


 三日か……

 僕はこの三日間でどれだけレベルアップ出来るか……

 そんな事を考えていた。


「ヒビキ、三日間の間に時間はとれる?」


【明日は仕事で無理だけど、残りの二日は大丈夫だよ】


 多分天涯とは戦う事になる。

 天涯もあの年だ。

 催眠以外の切り札を持っていないとは言えない。


 念には念を入れたかった。


「あ、そういえばヒビキは三日後はどう?」


【 三日後かい?

 ちょっと待ってな……

 あー、無理だね。

 仕事だよ】


「分かりました」


 という事は白の王の手助けはないという事だ。

 僕一人でこの問題は片付けないといけない。


 少し怖くなったよ。

 でもやらなきゃ。

 そんな気持ちだったなぁ。


 結局その日はそのまま寝てしまった。

 催眠を防ぐ方法はサングラスでいいだろう。

 明日はガレアと連携をとる方法を考えなきゃそんな事を考えて寝てしまった。


 三日はすぐに過ぎた。

 さぁ今日は天涯に脱会の意思を伝える日だ。


 僕は氷織ひおりを連れて総本部へ向かった。

 向かう途中にコンビニでサングラスを購入。


 着けてみた。

 僕は結構いいんじゃないかって思ったけど氷織ひおり


「似合いませんね」


 と一蹴。


「ぐっ……

 ほら氷織ひおりちゃんもつけて」


 ガレアはどうしよう?


「ガレア、目に魔力とかでガードつける事って出来る?」


【出来なくはねーけど何で?】


「催眠を防ぐためだよ」


【催眠?】


 ガレア、四日ぶりのキョトン顔。


「催眠っていうのは相手の目に光とかを浴びせて思い通りに操るって方法の事だよ」


【じゃあ】


 ガレアの眼の辺りが優しい光に包まれる。


【はい、これで……

 わぁっ!】


 ドン


 ガレアが壁にぶつかった。


「ちょ……

 ちょっとガレア。

 まだしなくていいから。

 合図したらやったでいいから!」


【はあい】


 僕と氷織ひおりはサングラスをかけて総本部に到着。

 さて、どうやって天涯を引き出そうか。


氷織ひおりちゃん、何かいい案ない?」


「玄関に行って私が来たと言えば応じてくれます」


 さすが大天人。

 平日だけあって人はほんとにまばらだった。

 まばらだと境内の広さが際立つ。

 十分ほど歩くと物凄く大きい扉の前に来た。


 表札を見ると


 吉田


「吉田?」


「天涯さんの本名は吉田ヨシオです」


「あ、そうなんだ……」


 何が極応神天涯ごくおうじんてんがいだ。

 タダの吉田ヨシオじゃないか。

 「ヨシ」って何回言うんだよ。

 僕は少し呆れた。


 ピンポーン


「はい」


「私です。

 氷織ひおりです」


「あ、これは大天人様。

 いかか致しました?」


「司教様に話があります」


「少々お待ち下さい」


 玄関のドアが開き、黒スーツの男が出迎えた。


「こちらへどうぞ。

 お連れ様も」


 とにかく家は広かった。

 僕の実家よりも広い。

 大きな窓を覗くと庭にプールもある。


「天涯様、お連れしました」


「通しなさい」


 ドアを開けると十二畳ぐらいのリビングだった。

 奥の方でケイダと呼ばれていた竜が大モニターを前にゲームをしていた。


【レベル上げだりー】


 しかし竜の姿でよくコントローラーみたいな小さなものを持てるな。

 と思い見てみると色こそ薄黄色だが手の形は人間と同じだった。

 多分魔力で変えたのだろう。

 そこまでしてゲームがやりたいか。


「今日はいかがいたしました?

 そのサングラスは……?」


「ただのファッションです。

 お気になさらずに。

 今日は氷織ひおりちゃんの脱会の意思を伝えるために来ました」


「ほうほう、それはそれは何故ですかな?」


「こんな所に氷織ひおりちゃんを置いておけないからです」


「また“こんな所”とはずいぶんな物言いですね」


「ええ詐欺集団ですから。

 詐欺の片棒を担がせるわけにはいきません」


「では竜司さん、あなたは詐欺だ詐欺だと仰るが具体的にどういった点からそう思われたか伺いたい」


「まず托身の業です。

 あの信者たちが作ったお金は誰の手元に行くのですか?」


「それは宗教法人の運営費として使わせていただいてます」


「そして、並河なみかわさんを初めとする被害者が多いという点から天涯教は詐欺集団と結論付けました」


並河なみかわ……

 知りませんねえ。

 とにかくあなたは危険な思想の持ち主の様だ。

 天竜の洗礼を受ける必要があるみたいですね。

 ケイダ!」


【はぁい】


 天涯が立ち上がった。


「ガレアっ」


 僕は小声で合図した。

 天涯が手を翳した。


「私に従いなさい……

 私に従いなさい……

 私に従いなさい……」


 かざした手が光り、明滅する。

 光で催眠を施すのは解っていたからサングラスが威力を発揮すると思っていたが


「あぁっ…………

 何故だっ……

 サングラス……」


 身体が思うように動かない。

 何故だ?

 わからない。


 この体が鈍いのは催眠が効いている証拠だろう。

 ぶるぶる震えながら隣を見た。

 氷織ひおりちゃんも同様の反応だ。


「ハッハッハ愚かなり!

 私のスキル催眠光波ヒプノシャインはそんなサングラスみたいなチャチなもので躱せるものではありませんよ」


「ガ……

 ガレア……」


【竜司ー?

 見えんからわからんぞー】


「ガ……

 ガレア……

 やれっ!」


 僕の合図でガレアが右に尻尾を振った。

 吹っ飛ぶ僕と氷織ひおり


 ガシャーン


 花瓶やら壺やらが割れた。


「はぅぁっ!

 六億の壺と一億の花瓶がー!」


 何で金持ちはこうゆうのに金をかけたがるんだ。


「いてて……」


 どうやら金縛りめいたものは解けた様だ。

 氷織ひおり


「何ですか一体……」


 無事だ。

 催眠もかかっていない様子。


「何!?

 そんな脱出法が……

 しかし同じ事っ……

 もう一度、催眠光波ヒプノシャインで……」


 天涯が手を翳した。

 僕はそのタイムラグを見逃さなかった。


 バキン!


 ガレアの胸辺りから出た閃光が僕の指差した天涯の手を捕えていた。


魔力閃光アステショット


「痛いっ!

 ……血がァッ!

 私の高貴な血がぁっ!」


 天涯の手が血まみれだ。

 変な風に小指も曲がっている。


「くそうっ!

 このガキっ!

 このガキっ!

 こうなったら氷織ひおりの脱会なんて認めるものか。

 お前を亡き者にして改めて催眠光波ヒプノシャインをかけてくれるっ!

 もう脱会する気持ちなんて起きない程のやつをなあ」


 天涯のバケの皮がはがれてきた。


「そんな事させないっ!

 魔力閃光アステショットォッ!」


 ガレアの胸から三発の閃光を放った。


「ぬあぁっ!」


 天涯の前に六角形の壁が現れた。

 壁に当たった瞬間閃光が乱反射した。


「うわっ!

 氷織ひおりちゃんっ!」


 僕は咄嗟に氷織ひおりちゃんを抱えた。


「竜司さんはロリコンの上スケベなんですか?」


 脇に抱えた氷織ひおりは無表情にそう言う。

 抱えた時に僕の手が胸を触る形になっていたんだろう。

 こいつは人の善意を……


 こう思ったよ。

 この気持ちを氷織ひおりに抱くのは何回目だろう。


 天涯の家が壊れるのは構わないが氷織ひおりちゃんに被害が出るのは避けたい。


「こっちで決着をつけよう。

 お前も家を壊されたくないだろ」


「このガキは目上に対する敬いも知らないのか……

 フヒッ……

 よし乗ってやろう」


 僕は庭に出た。


「あの……

 降ろしてくれませんか?」


「ああ、ごめん」


「全く……

 人の身体を何だと思っているのですか?」


 氷織ひおりちゃんは腹の埃をパンパン払いながら悪態をつく。


「竜司さんはロリコンでスケベ。

 ロリコンは未確定でもスケベは確定です」


「ハハハ……」


 僕は呆れた顔で笑った。

 物凄く乾いた笑いだったよ。


 すると天涯が


「このガキィ!?

 先ほどは目上の人間を“お前”呼ばわり!

 そして今は無視!

 とことん目上の人間への敬いが無いですねえ……

 フヒッ……

 矯正してやる……

 矯正してやる……」


 僕とガレア、天涯とケイダが向かい合った。


極応神天涯ごくおうじんてんがい

 竜河岸たつがしだ!」


「お前は吉田ヨシオだろ?

 皇竜司すめらぎりゅうじ! 

 竜河岸たつがしだ!」


「その名で私を呼ぶなぁぁぁぁ!!」


 天涯がキレた。


 そして、僕と天涯のケンカが始まった。


 ###


「さあ、今日はここまで」


「パパー。

 何でこの人名前難しいのにしてるの?

 吉田ヨシオの方が覚えやすいのに」


「何でだろ?

 僕も解らないや」


 さあ、今日はもうおやすみ……


          バタン

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