第9話 クローバー編 女子高生、王子攻略を目指す


 ヒカリは姉、いや知恵に天使から助言をもらったことを復習してみた。今の状態は、黒髪王子が国の勢力争いに巻き込まれてしまい、それをどうすればよいのかという選択肢をせまられている。城に残るか、僻地へ行くか。黒髪王子は、兄が気がかりではあるが、僻地へ行ってもいいと思っている。つまり王子はどちらの結果になってもいいということだ。


 だったら、ヒカリがとる行動。どっちでもいいなら、どちらでもいいのでとにかくハッピーエンドになればいいのだ。複数のエンディングが、乙女ゲームには用意されていることが多い。


 例えば、スーパーハッピーエンド、ハッピーエンド、ノーマルエンド、友情エンド。こういったエンディングが見られることがある。

スーパーハッピーエンドというのは、ハッピーエンドをある条件でクリアすると、甘いシーンが追加されたり、本編では語られないエピソードが出てきたりと、ゲームファンなら一番クリアしたいエンディングである。

ハッピーエンドとは、ある程度無難にクリアしていけばたどり着けるエンディング。ノーマルエンドとは、ほぼ選択肢を外してしまい、恋愛関係にはならず、そのまま終わってしまうエンディング。

そして友情エンドとは、ノーマルエンドに近い位置づけだが、たまに発生する特殊エンドだ。ゲームによっては、ノーマルエンドを友情エンドととらえることがある。 


 そこで、ヒカリが目指すのは無難に選択肢を選んでいけば、到達できるだろうハッピーエンドである。攻略サイト参考にできない状況であるし、ましてもう一度最初からなんて無理だろう。間違いは許されない。タヌキを脅してリスタートできる可能性もあるが、この世界の仕組みもよくわからない状態で、危険な状態になるのは避けたかった。


先輩を助けることが、今回の最大の目的である。先輩に危害が加わる可能性を排除したかった。

 

 目が覚めて、朝のシーンが流れる。首にはタヌキのネックレス。着ているドレスも変化はない。今まで自分の姿をまじまじと見たこともないが、不意にどんな格好をしているのかが気になった。何故か鏡のような、姿をうつすものが部屋にはなかった。自分の顔がどんなのかがわからない。乙女ゲームも顔つきでヒロインの容姿がわかるものもあるし、姿がわからないままのものもある。ゲームをプレイする人のスタンスもある。

 自分をヒロインに重ねてプレイしたい人からすると、ヒロインの性格や顔が固定のイメージがない方が物語に没頭できると考える人もいる。


 ヒカリは物語を楽しむタイプであり、ヒロインがよほど奇想天外な行動をしない限りは受け入れられる。一番上の姉は完全にゲームと割り切っているので、どんな破天荒なキャラクターでも平気であるらしい。どんなに内容が吹っ飛んでいるゲームでも、いわゆるクソゲーであってもとりあえずクリアするのが一番上の姉だ。生粋のゲーマーであろう。


 ヒカリはそこまでゲームに執着していないので、プレイしにくいゲームは続けられない。対して2番目の姉は、もっとライトなゲーマーである。2番目の姉は、いわゆるリア充といっていい。ゲームは得意ではあるのだが、熱くなることが少ない。


 乙女ゲームに関してはあまり好んでプレイしていなかった2番目の姉。だが、一番上の姉が就活で忙しいので時給を出すから代わりにクリアしてくれ!と頼まれ、お小遣い稼ぎでゲームをクリアしてイベントを発生させていた。器用な姉は、すいすいクリアしていって、姉が回収できなかったイベントをクリアしていた。そんな2番目の姉は、ヒロインを自分に重ねて物語に没頭するタイプである。そのため、好き嫌いが主人公によって変化する。

 時給が発生すれば、どんなゲームでもクリアするが、自分の時間を使ってまでプレイしたい乙女ゲームが少ないようだ。

 なまじ恋愛偏差値が、姉妹の中で一番高い2番目の姉。いろんなことが目についてしまうらしい。物語なのだから、小さなことまでこだわらなければいいのにと一番上の姉は言うのだが、同じ女の子としてNGな行動をしてしまうと、いらついてしまうらしい。ゲームに対して、一番ピュアな価値観をもっていたりするのが面白い。

 そういうのもあって、2番目の姉に乙女ゲームをすすめるときは、ヒロインの性格や容姿は重要になってくる。


ヒカリはふと思った。確かに容姿に関しては他のキャラクターが触れてこない。だとすると、自分の顔でこんなキラッキラの乙女ゲームをクリアしている場面を想像した。絵面的に嬉しくない。自分のビジュアルやキャラクターで、このゲームはクリアしたくはなかった。恥ずかしい。まして、王子がイケメンぞろいだから。見劣りするのは明らかである。


 今更なことを考え始めて、自分の容姿をとりあえずチェックしてみようと、部屋から出ることにした。鏡はない。だが、反射するものがあれば自分の姿をチェックできるだろう。城の中を歩いて行くと、黒髪王子が中庭にいた。


 「王子…………」


 こんなタイミングで出会ってしまうということは、既にイベントが発生しているのかもしれない。もしこのまま無視してしまうと、バッドエンドになる可能性も考えた。選択肢はいたってシンプルであるので、たぶん話したした方がいいのだろう。


 王子のことも大切ではあるが、今は自分の顔を確認したい気分でもあった。

 ヒカリは王子がいる奥のところに噴水があるのが見えた。なら水面で自分の顔を確認すればいいだろうと考えた。


 「姫、どうされたのですか?朝早くに」


 「目が覚めてしまったものですから。散歩する時間はありますか? 」


 「ええ、朝の会議は早々に終わりましたから。時間の空きができました」


 「まあ!奇遇ですね。今日は噴水が見たいなと思って、あちらへ行きません? 」


 「いいですね」



 和やかな雰囲気のまま、王子を噴水へ誘った。

 ヒカリの頭の中はそんな会話よりも、集中したい別のことを考えていた。噴水へ行くと、王子と何気ない会話をする。当たり障りのない会話で、特に進展がありそうな会話ではなかった。ヒカリは噴水まで行くとちらっちらっと噴水を眺めていた。

 噴水は激しく水が飛び出し、水面が揺らいでしまいなかなか自分の顔をのぞきこんでうつすことができなかった。もう少し、水面が穏やかなところへ行きたいなと思った。

 適当に相槌をしながら、ヒカリは場所を移動するように誘った。そして顔をのぞきこむ。

 

 ヒカリは一瞬息をのんだ。よくわからないと言って良い。

 ヒカリの顔なのだと思う。だけれど、そう思っているのは今の自分の意識で。自分の本当の顔が思い出せなくなったのだ。だからこの顔が自分だと思っているのだが、女子高生の自分なのかもわからない。別人なのかもしれないとも思う。違和感しかなかった。

 

「姫、わたしは決めました」


「は、はい! 」


 いけない!すっかり王子のことは二の次になってしまっていた。自分の姿のことも気がかりであるが、大切なのは攻略することだった。なんで、急に顔なんて気になったのか。慌てて王子の話を聞こうとしたが、何か王子は決心したようにまっすぐに見つけてきた。


「わたしは、やはりここに残ることにしました」


「王子、差し支えなければお話を聞いていいですか? 」


「大した出来事があったわけではありません。ただ一言、理由があるなら姫がいたからです」


「わたし? 」


 ヒカリは首を傾げるしかなかった。乙女ゲームなら、ここで王子の命を狙う刺客が現れたり、姫が誘拐されたりなどハプニングが起こったり。劇的にハッピーエンドに行く展開も考えられる。最悪なことは、このままノーマルエンドにならないかということだ。不安になる。


「姫は、自覚されていないようですが。わたしにとって、兄ではなく自分を選んでくれる存在が初めてでした」


「そ、そんな……王子は素敵な人ですわ」


「そんなことありません。特に何かに秀でたわけでもなく、王子という肩書は名ばかり。そんな自分に自信がなく、姫が現れたときも、兄にその視線が行くと思っていました。ですが、姫は何かあると、わたしに気をかけてくださいました。そして、城から出るといっても、誰にも吹聴したりしなかった。味方…………と一方的に思っているのですが…………それはおこがましいでしょうか? 」


「王子と敵になる理由が見当たりません。隣国育ちですし、難しいことはよくわかりません。確かに兄王子さまは立派でいらっしゃいますけれど、王子もとても素晴らしいですわ」


 素晴らしいといっても、ヒカリのなんとなく好みだなといった気まぐれ。自分の好みだったからという理由だ。もしこれが現実なら、損得勘定が多少なりとも働いたかもしれない。でもこれはゲームだ。先輩を攻略するといった目的のため、自分の気持ちを真っ先に信じた。


「それだけで、わたしにとっては十分だったのです。味方がいれば、きっと自信をもって兄を支える覚悟をもてる。そう自覚できました。このまま城から出ても、何も解決はしません。不穏な動きは消えないでしょう。わたしがいなくならない限り。でもわたしには生きたいという理由ができてしまった。だからつらいことがあろうとも、逃げないと決めました」


「立派なご決断です」


「姫、わたしとともに戦ってくれませんか? 」


「一緒に?わたしなど、何かお役に立てるかわかりませんわ」


「姫の存在がわたしには力になるのです」


「王子がわたしでいいとおっしゃるなら。一緒に戦いましょう」


「姫…………!」


 王子が感極まったように目を見開いた。そうすると姫と王子が抱擁をしあった。それを遠くから眺めるヒカリ。そう、二人のシルエットが重なった瞬間意識が飛ばされた。まるで二人の門出を祝うように、庭に咲く蝶が舞う。まさにハッピーエンドにふさわしい光景だ。その光景を遠くから見つめるヒカリ。


  ヒカリは姫と王子の姿が小さくなっていくと、また意識が落ちていくのを感じた。



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