第6話 クローバー編 女子高生、初めてのドキドキデート
「緊張する! 」
「急に乙女になったヤン、先輩ってわかったからって単純ヤン! 」
「急にイベントが発生して、二人きりでデートよ!どのドレス着ればいいかしら? 」
「どれも同じヤン……」
「設定上ドレスは選べないけれど、気分の問題よ! 」
このゲームにはアバター機能がないため、基本的に同じドレスのまま過ごす。寝る前の寝間着と、昼間のドレスが今のところ規定されたドレス。2着が用意されている。ゲームの中なので、お風呂に入らなかったら汗臭くならないし、寝たらパッと画面が切り替わるのでまさにバーチャルなゲームをしているような気分だ。
だた、食べ物の味はするし、花があったら花の香りはする。不思議な世界だ。
今朝、メイドのアナから黒髪王子の伝言を聞いた。、黒髪王子からデートのお誘いあったのだ。城のなかをデートするイベント発生だ。イケメンがいても、それはキャラクターと割り切っていたころが嘘のように、今は黒髪王子の中の先輩を意識してしまう。
メイドのアナに身支度をしてもらい、待ち合わせの庭先で王子と落ち合う。照れくさそうに笑う仕草は、先輩のよう。シャイな先輩はいつも、視線をあまりあわさなかった気がする。
「王子、こんにちは」
「姫、こんにちは。ご機嫌いかがですか? 」
「今日は王子からのお誘いがあって、朝から嬉しかったです」
「!?姫…………」
甘い雰囲気がただよう。乙女ゲームは、恋愛にポジティブなキャラが多く、すぐキャラクターたちは恋愛モードになる。そうしなければ、話が成り立たないので仕方がない。乙女ゲームの世界は、恋愛が優先事項だ。王子は完全に恋をした状態になった。姫と王子が接したことなど、ここ数日のことだけ。であるのに、なぜここまで恋できるのだ?!と突っ込んではいけない.
何度もいうがこれは乙女ゲームなのである。
しかしヒカリはそんなことわかっていた。先輩と疑似であっても恋愛を楽しめる。そんなこと新鮮だった。仕草が何度も先輩と重なる。先輩のことを現実世界ではよくは知らない。まさに、乙女ゲームのなかで数度会っただけの黒髪王子のことと同じくらい。それくらいしか先輩を知らない。すれ違うだけのお互いの距離。たとえゲームのなかだったとしても、今は先輩とデートしている。
進歩しているのだが、後退しているのだかそれすらもわからない。
だが、今、ヒカリはときめきを感じている。
「王子は、とてもかっこよくて。わたしなんて興味がないのかと思いました」
ネガティブな発言が多い黒髪王子に対する、同じネガティブ発言をしてみた。中盤の攻略ルートなのでよほどまずい選択肢さえしなければ、バッドエンドにはならないだろう。これは最初の攻略ゲーム、選択肢一つ急にバッドエンドになるようなゲームバランスにはみえない。
「姫は、美しくて……わたしはかっこよくなんかありません。僕は一度だってそんなこと言われたことないです。みな世辞を言うのです」
「そんなことありません、顔の美醜などわたしはあまり興味がもてません。確か美しい人はたくさんいますし、顔がきれいな人は多いですわ。でも、王子はわたしにはかっこよく見えるのです。王子が否定しても、わたしにはそう見えるのです」
「姫!? 」
うっかり先輩への気持ちを込めて発言してしまった。王子は乙女ゲームの中のキャラクターだから、イケメンであるのは間違いない。でも実際の先輩は普通の顔。むしろごつくて、唇は厚くて、眉毛だって凜々しいというか太い。アイドル系の男性が好きな女子からはまったく受けない顔だと思う。でもヒカリは現実のキラキラ男子はあまり興味がもてなかった。
平凡こそ落ち着く。そして顔からにじみ出る優しさが、何よりも居心地がいい。
「王子が不快な気分になったら申し訳ないですわ……でも知ってほしかったのです。決してわたしは簡単な気持ちで、王子とお話しているのではありません。本心でお話しています」
「そうやって、わたしのことを真剣に考えてくれる女性は今までいなかった……」
王子は目が潤んでしまっている。顔がイケメンなのでそれも絵になるなあと呑気に見ていた。中身のあるような、ないような会話を続けている。ヒカリは話ながら、攻略するための最善のルートを常に頭の片隅で計算している。実際こんな計算をしながら相手を落とすなんて高等テクニックは、現実では使わないだろう。そんな簡単に人間が落とせるなら、ヒカリだってもっと簡単に先輩との距離を詰められたはずだ。
だから、痛感する。これはやはり乙女ゲームの中だと。話が順調に進みすぎている。
「姫、実は……わたしには夢があるのです。誰にも話していないのですが……遠い別荘地に邸宅を一軒所有していまして。そこでのんびり生きていきたいと思っているのです」
「まあ、素敵なお話」
「ええ、兄の補佐として兄を支えることだけを考えてきました。でも、最近は城内でも兄とわたしを勢力争いに使う貴族が多くなってきました。わたしの望みは兄が王位を継ぐこと。その野望を阻害するものは、たとえ自分であってもならないと思っています」
「貴族の勢力がそれほど…………」
「不出来なわたしを祭り上げ、傀儡政権(かいらいせいけん)と目論んでいる勢力があるのです。兄のカリスマ性は、貴族にとって好ましくないと感じることもあるようですから。だからわたしは僻地へいき、中央の政治から離れそうと思うのです」
「そうなのですか……、王子はそれでよいのですか? 」
「ええ、この城内は息苦しいことが多いです。兄から離れることは寂しくもありますが、それが兄にとってよいことなら喜んで。ですが……ただ……」
寂しげに瞳が揺らぐ黒髪王子。憂いを帯びた視線を送ってくる。イケメンオーラを感じる。夕暮れに染まる赤い空はドラマティックだ。
「ただ……?」
姫として答える一言。これは乙女ゲームである。この先の話は読める!だがそれがいい。
「僻地(へきち)に行っても、姫がいない。それだけが不満なのです」
鼻血がでそうだ。乙女ゲームならこういうときめきが大事よね!と心の奥底から思った。ゲームだと分っていても、かっこいい声で言われたらぐらっと心が傾く。姫として視線を黒髪王子に傾け、お互い見つめ合う。お互い傍に寄り添い、このまま夕暮れとともに寄り添ってしまう……ハッピーエンド!……とはいかなかった。
「王子!王子! 」
彼を探しにくる大臣の声が聞こえた。もう少しでお互い抱き合ってしまいそうだった。寸でのところでさっと離れた。お互い顔を合わせるのが照れくさく、顔を合わさない。
「では、姫。また、今度」
王子は声のする方へ行ってしまった。それを見送る姫(ヒカリ)。
「やっぱり、かっこいい」
「順調な攻略ぶりヤン! 」
「のぞき見は悪趣味よ! 」
「仕方ないヤン!今はペンダントヤン! 」
「こんな変なペンダント、ゲームじゃなければつけないわね! 」
このタヌキはいつも元気がいい。この世界にいると、お腹もすくこともなければ、眠くなることもない。不思議な空間である。
部屋に戻ると、ヒカリは黒髪王子との会話を思い返した。これからの話の流れ。推測するに、王子とともに僻地へ行くルートが発生するのだろう。ルート分岐があるとすれば、王子とともについて行くかという選択肢があるはず。いや複数のエンディングがある場合、僻地へ行かない選択肢もあるかもしれない。いくつか注意して選択肢を選ぶ必要がありそうだ。
ヒカリは、次の日のイベントに備えることにした。
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