彼と彼女の少しおかしい事情
笠サク
第1話
朝起きると彼はすでに家を出ていた。
まともに彼と話してからどれくらい過ぎたのだろう...
考えるのも嫌になっている程だ。
私は妊娠して会社まで辞めたというのに彼はほぼといっていいほど構ってくれない。なぜ?理由なんて分かりきっている。
妊娠...私が強く望んでいた事なのだが、こうも突き放されるとさすがに辛すぎる。
昼になると私は昼ごはんを買いにコンビニまで行く。
料理ができないから、いつも買うのはお決まりのサラダチキンとおにぎりのセットだ。
買ってイートインコーナーで食べている時突然後ろから声をかけられた。
「あれ?もしかして史子?久しぶり〜、元気してた?」
振り向くと、そこには元会社の同僚であり、親友の紗奈が立っていた。
「誰かと思えば紗奈じゃない。そっちこそ元気にしてた?」
「うーん、まあそこそこね。それで史子、あんた結婚はまだしないの?妊娠して会社まで辞めたっていうのに。」
「うん...したいんだけど、彼が許してくれなくって...」
「でも、同棲はしてるんでしょ?じゃあ何がダメなんだろうね〜?」
「私が料理してないから...とかかな?」
私は自嘲気味に笑った。
「あー、まあ料理も重要だって言うしね。でも、さすがにそれが原因は無いでしょ。ねえ、その彼ほんとに大丈夫?」
「大丈夫!大丈夫!私...彼の事好きだし、彼も好きでいてくれてると思う。」
「なんか、曖昧だなあ。まあでも史子が幸せならいいと思うよ。なんかあったらいつでも相談のるから!」
「ありがとう紗奈...。お腹の子の事もあるし...私もっと頑張ってみる。」
私は紗奈の言葉に少し涙ぐんでしまった。ああ、少しみっともないな。
「え!大丈夫!?どうしたの...?」
「ううん、大丈夫。紗奈の気持ちが嬉しくて...」
「そんな、友達なんだし普通だよ〜。」
「私、紗奈と友達で本当によかった。
うっ...ちょっとトイレ行ってくる...吐き気が...」
「え?大丈夫!?」
「うん、大丈夫...いつもの事だから。」
そう、いつものことなのだ。妊娠してから、吐き気も頻繁に起きるようになった。
それでも、彼は全く心配してくれないけど。
私がトイレから出てくると少しオロオロした顔で紗奈がこっちを見ていた。
「ねえ?本当に大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。それに彼の子を宿してるって証拠だしね。」
それから、私と紗奈は色々なことを話した。
紗奈も色々溜め込んでいたらしい。
仕事での愚痴や何やらを聞かされたが、それ以上に私が彼への愛を話していた。
「なんていうか、その彼ほんとに幸せ者だね。めっちゃ愛されてる。
て、あ、そろそろ昼休み終わる!ごめん、そろそろ行くね。じゃあまたね!」
「本当にありがとう...!うん、またね!」
そうして、私は紗奈から少しの勇気を貰い、残っていたおにぎりを食べると帰路についた。
帰ると、私は細心の注意を払い、テレビを見た。
お腹の子に悪影響を及ぼしそうな番組があればすぐに変えるつもりだ。
幸い、いつも同じ時間にしているバラエティ番組はそんなものとは無縁の極々普通のトークバラエティなので、安心して見ることができた。
そんなこんなしているうちに夕方になった。
もうすぐ、彼が帰ってくる...ドキドキが止まらない。
あと、10分程で帰ってくるといったときに私は急に怖くなった。
やはり、勇気が出ない...彼に拒絶されるかと思うと、足がすくんでしまう。
残り5分だ。だめだ今日はやめよう。
そう思い、私は彼が朝仕事に行った時と寸分狂わぬように何もかもを元に戻し、いつものように屋根裏へ入ることにした。
ガチャ。鍵が開いた。
「ただいま〜、あー、今から晩飯の準備か...しんどいな。まあ、頑張るか」
彼はそう言うと、晩飯の準備にとりかかったらしい。声と音は聞こえる。
「あー、やっぱりしんどい...コンビニ行こ」
ああ、出ていってしまった。
私が出られたら作ってあげられるのに悲しい。
ああ、いい声だ。全てが愛おしい。
ああ、私の世界一素敵で大好きなあなた。
なぜ、あなたは私の妊娠を認識してくれないのだろう?
なぜ、あなたは私を無視するのだろう?
私は仕事の帰り、駅でぶつかって起きた運命の出会いから、ずっとずっとずっと大好きだというのに。
なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?
ああ、やはり告白すべきだっただろうか。
いや、まだ時間はたっぷりある。
お腹の子のためにもこれからもずっと愛を育んでいきましょうね。
あなた♥
俺は家を出て近くのコンビニに向かった。
コンビニに着くと、ちらほら客の姿を認めることができた。
俺はいつも通り、コンビニでサラダチキンとおにぎりを買い、イートインコーナーへ向かった。
席に着くと、すぐにスマホのロックを解除してあるアプリを開けた。
それは家の中にあるカメラの動画をリアルタイムで確認できるアプリ。
俺はいつものように屋根裏部屋の様子を確認した。
30代くらいの女が一人、息を潜めて座っていた。
お、まだいるじゃないか。
にしても、何で俺のストーカーなんかしてるのかね。
俺以外にいっぱい男なんているだろうに。
まあ、ストーカーなんてそんなものか。
彼女がいつから住んでいるのかわからない。
ただ、1ヵ月ほど前、部屋に入ると違和感を感じたのだ。
そこで、俺は一応小型カメラをつけてみることにした。
すると、なんと女が屋根裏から出てくるではないか。
俺は少しパニックになった。見覚えのない女だったし、何より怖かった。
けど、同時に面白そうとも考えてしまった。
自分の考えがおかしいのはわかっている。
本来なら早く警察に通報すべきだろう。
しかし、この女なんと妊娠していたのだ。しかも、俺の子らしい。
意味がわからなかった。
俺はこんな女知らないし、もちろんやったことも無い。
だから、違うやつの子かと思ったが別の可能性もありそうで俺は少し調べてみた。
すると、なんと想像妊娠というワードが引っかかったではないか。
こいつにそんな好かれるようなことをした覚えはないが、ともかく興味を持ったのだ。
知らない誰かの子どもでも、想像妊娠でも面白いことには変わりはなかった。
俺はそれからずっとこの女を観察してみることにした。
狂った人を見るのは想像以上に面白いと知った。
さすがに部屋の空気を全力で吸われた時には少し気持ち悪くなった。
けど、俺はこれからも観察し続けるだろう。
これも一つの愛の形なのだろうか。
とりあえず、死なないようには気をつけないとな...
彼と彼女の少しおかしい事情 笠サク @noichi26
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます