能力者

 関川は生まれながらにして能力者スピリッターの運命を背負わされた人間の、数多い例の一つだ。父親は思念器開発の下請けを請け負う中小企業グループのトップで、母親は元自衛官だった。

 プロテクションを首につけ、常に両親の教えのもと化学などを学ばされ、その合間を縫って力の使い方を教わっていた。

 多くの能力者が自身の能力を知らない理由の一つとして、能力を使う恐怖というのが多くを占める。

 実際、世界の有力なテロリスト達の中には自身の能力で大量殺戮を行なっている人物も少なくないからだ。このご時世で自身の能力を知り、それを受け入れて生きるというのはそれ相応の覚悟が必要となる。

 この時代の倫理観において、自身の能力を知るという事は、自身の能力を悪用しないと誓う事と同義。それほどに能力者の力は強大だ。


「はああっ!」


 透き通った掛け声と共に、関川の周囲の空気がキラキラと光りだす。関川の能力が空気中の水分を急速に凝固させて、アクセサリーの様な小さな結晶を周囲に発生させている。

 

 これが関川の持つ能力──系統で言えば『温度型』で、その中でも特定の物質の温度を下げる能力。

 通称氷結フリーズ、気体や液体の水を個体の氷に変え、自在に操る能力だ。


 能力実技は化学の授業中に行われるが、基本は一対一のマンツーマン授業で行われ、担当の教師も能力者でなければならないという制約がある。

 実技の授業では、一旦プロテクションを外して行う。それでも思念素スピリウムが暴走しないように、常にグラーフ波という波長を発生させる思念器を個室内に四つ設備している。



 グラーフ波は、空気中の思念素に刺激を与えるグラーフという鉱物の効果領域内に別の波長を同調させる事で、思念素のエネルギー上限(思念素エネルギーの単位はspという)を意図的に制御する効果を持つ。

 思念素は人の感情、もしくは思念式などの思念帯によって初めてエネルギーを起こす物の為、思念式、グラーフ、若しくは感情や能力者の能力を介さずに思念素を操る事は事実上不可能と言われている。


「特に問題なし……良し、合格だ」


黒いスーツを身にまとった教師が冷静な口調で合格を告げる。


「やったー!」


 普段から両親の手ほどきを受けている関川にとってはかの合格も当たり前なのだが、それでも喜ばずにはいられなかった。


「んじゃ、定期検査は終わりだから。プロテクションを付け直して教室に戻ってね。ずっとそこで喜ばれるのは迷惑だから」


 喜ぶ関川を尻目に教師は結果を記録しながら出て行くよう指示する。しかしその冷たい物言いは、指示というよりは当てつけの様にも聞こえた。

 その為、喜んでいた関川にとっては少し癪に触る言い方だったが、文句ひとつ言わずにカゴに置いていたプロテクションを屈んで拾い、首にはめ直す。


「ありがとうございました」


 手を腹の前に起き、お辞儀をして、すぐに関川は踵を返そうとした。動きがいつもよりきびきびしているのは気持ちの表れか。

 関川がドアのリーダーに端末をかざそうとした時、教師が突然彼女に話しかけ始めた。


「んで、生徒総本部の活動記録は提出できる?」


 綺麗に作った笑顔で、丁寧に手入れされた長髪を靡かせながら振り返り、関川は返事を返す。


「はい。本日中に纏められます」


「……そう、わかった、行っていいよ」


「失礼しました」


 リーダーが認証音を立て、扉が開く。振り返る事なく、関川は退出した。


   ──────────◇◇◇──────────


「ふう……少し疲れたかも」


 部屋から出て真っ先に感じたのは、酔いにも似たぐらつき。

 微弱な周波とはいえ、長い間グラーフ波に当てられていると、部屋から出た時に急に立ち上がった時のような目眩を感じることがある。

 グラーフ波は、決して人体に無害な物ではない。強いグラーフ波に曝されつつけると、人間の感情を司る場所、つまり思念素スピリウムに影響を与える場所の大脳辺縁系が過敏症を起こし、脳の活動に支障をきたすケースも稀にある。思念素に過敏な体質の人は、予防療法として能力者でなくてもプロテクションを身につける人もいる。

 グラーフ波を放つには、グラーフと、そのグラーフの放つ波長と同じ周波数を持つ電磁波を同調させる必要がある。学校で使うのは弱い電磁波と同格のグラーフだが、能力者のいるテロ集団の鎮圧には、周波数の大きいグラーフを使うことがほとんどである。


 疲れ気味に廊下を歩く関川は、いつもより注意力が鈍っていたためか、廊下ですれ違った知り合いに声をかけるのを忘れていた。


「……おはよう」


「あ……か、神谷さん!おはようございます」


 いつにも増して硬い表情に硬い声の神谷に挨拶をかけられた関川は、慌てて挨拶を返す。

 そして神谷に感じた疑問を、本人に直接尋ねる。


「あの、神谷さん?今日は体調が優れないのですか?」


「いや、少し考え事をしているだけだ」


 目も合わせず、醒めた声で返事を返す神谷に、関川は益々疑問を抱いた。

 いつもならもっと気さくに挨拶を返してくれる神谷が、なぜ今日に限ってこんな鉄面皮なのだろうか。(いつもそこまで表情豊かでもないが、今日は別段だ)

 それが関川の目には、何か深刻に悩んでるように見えた。


「お悩みでしたら、私でよろしければ相談に乗りますよ」


 関川には、何やら深刻に何かを考えているように見えた。

 神谷の隣に座り、目を合わせない神谷の顔を覗き込むように説得する。


「そうだな、恋愛に関する悩み事なんだが」


 聞いた瞬間、関川がまるで熱い鉄板にでも触ったかのようなオーバーリアクションを見せた。


「ふええ!?れ、れれれ恋愛ぃ!?」


「……変だったか?」


「あ、いいえ!そういうわけじゃないです!」


 明らかに動揺を隠しきれない関川に、神谷は訝しげな目を向ける。

 何か変な誤解を受けていると思った神谷は、すぐに話を付け加えた。


「俺の悩みじゃない。知り合いだ」


「あ……そうなんですね、良かった……」


 胸を撫で下ろして、関川はいつもよりも饒舌に話を続ける。


どのような悩みなのですか?付き合いが上手くいかないとか、告白したいけど勇気が出ないとか……ヤキモチを妬いてる人がいる、とか?」


「……まあそんなところだ」


 神谷はぶっきらぼうに答える。

 関川は神谷と話すとやけに言葉がすらすら出てくるが、今日はまた一段と口が速く感じる。


「あ、あの!私こう見えても恋愛関連の話題は得意な方なので、困ったことがあったら是非頼ってください!」


「恋愛経験0じゃなかったのか?」


「……それは忘れてください」


「記憶力の良さが取り柄なんだ」


 ぷいと神谷の顔とは逆の方向を向いて不貞腐れてる関川に、神谷が質問する。


「一つ聞きたいことがあるんだが」


「はい!なんですか!」


 接客の練習でもしているかのようなきれのある対応にさらに不自然さを覚えながらも、神谷は口を動かし続ける。


「仮にだ。もし君に好きな人が二人いたら、どうやって決める?」


「二人だなんてそんな、私が好きな人は……」


「ん?」


「い!いいえ!空耳です!」


 顔を真っ赤にして否定するのが余計に不自然だが、今はあまり深く追求してからかう気分ではない。相手の様子を見て、答えを急ぐ。


「難しい質問だったかな?」


「うーん、そうですね~。もしも好きな人が二人もいたら……ですか」


 関川は顎に指を添えて、目を閉じて自分の思考の世界に閉じこもる。こんな陳腐な相談でも真摯に受け止め、一緒に悩んでくれる関川に対する印象は、悪いものではなかった。

 んー、という唸り声と、寄っている眉間が緩んでいた。

 目を開けて、関川は自分の考えを示す。


「私は、『どちらが一緒にいて落ち着くか』で選ぶかもしれませんね」


 関川の答えは、案の定と言うべきか、ベタなものだった。


「理由は?」


「一緒にいて楽しいとか、ドキドキするとか、確かにそういう要素も、恋愛関係を確かなものとする上では外せない因子だと思うのです」


 そう語る関川の目は、優しく、どこかもどかしそうでもあった。


「それでも、やっぱり肝心なのは、その人に安心して身を委ねられるような信頼感というべきでしょうか。『この人と幸せになりたい』ではなく、『この人となら不幸でもいい』と思える相手……端的に言うならば、信じることが出来る相手、ですね」


「信じられる相手、一緒にいると落ち着く相手か……なるほどな」


 神谷は関川の持論を聞いて、深々と関心していた。確かにそういう考え方もあるものか、と興味をひかれた。

 言葉の一つ一つに意思のある響きがこもっており、まるで位の高い僧侶に説法を説かれるような感覚を覚える。

 そして、自然と心が軽くなるような感覚になる。

 ──この人となら不幸でもいい。

 茉莉沙も、そう思っているのだろうか。


「ありがとう。少し気分が晴れたよ」


「でしたら、相談に乗った甲斐がありました!」


 神谷は、無理して作った笑顔で感謝する。

 当の本人よりも晴れやかな笑顔で喜ぶ関川に、不思議な魅力を感じた神谷は、慌てて目を伏せる。


「それじゃあ、次は俺の実技だな。本当にありがとう、それじゃ」


「あ!そ、それじゃあまた会いましょう!」


 思念実技の部屋に向かった神谷の後ろ姿を、手を振りながら見送る。

 神谷の影が廊下の突き当たりを曲がり、姿が見えなくなったところで、関川は誰もいないことを確認し、椅子に座って顔を紅くしながら堪え切れない感情を口にする。


「言われちゃった……神谷くんに、ありがとうって……へへ、ちょっと嬉しい」



 好みの男性に頼りにされ、関川の純情な乙女心はいつになく高ぶっていた。柄にもなく、口角を突き上げて笑ってしまった自分に気がついた関川は、下品だと思いながらも、素直な感情を隠すことが出来なかった。

 朝の太陽の光が、彼女の周りでベールのような雰囲気を演出する。満面の柔らかな笑みが光の中で赤く染まっていた。

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