リフト・バレーの幻

「リフト・バレーの幻」作・ひつじ さん

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054889280767


 ◇ 作者さま作品紹介文


 超軽量ランニング用シューズで、琥珀色のサバンナを駆け抜ける。

 一人のトップアスリートがフルマラソンを、スタートからゴールまで走り抜ける物語。全三話。


 ◇ 私のレビュー


 あの地平の彼方に──。世界最速のマラソンランナーが見る世界とは。


「エリックの本当の実力を知りたければ──」

 一人のスポーツライターが、マラソン大会の数か月前に受け取った匿名の手紙。

 好奇心を刺激された記者が取材を重ねるなかで知った真実。

 そして、人類最速のランナーが見つめる景色とは──。


 スタートの合図を待つ多くのマラソンランナー。それが映るテレビ画面。

 記者は、取材対象である運動生理学者と会話をしながら、そのテレビを見ている。

 場面は視点移動して、原始人たちがカモシカを追うシーンへ。

 カモシカを追っていた原始人のシーンから、今度はマラソンのペースメーカー「ラビット」へと視点移動。

 そのラビットへの取材内容に、今回の主役──世界最速ランナーの走る動機が隠されている。


 映像作品を見るような鮮やかな場面展開である。

 時間は現在から十数年前、そして原始の時代にまで自在に切り替わっていく。

 ギリギリまで俳優の瞳に寄っていったカメラがパチリと別のシーンに移る手腕。

 その表現は映画を見るようである。


 象徴的に繰り返される場面がある。

 琥珀色(オレンジ)の地平。群青(ブルー)の虚空。上下を二色に分割した抽象画の世界。

 アフリカ。ケニアの広大な地平。土埃の舞う大地を裸足の少年が走っていく。

 遠い過去から現在まで、ずっと続いている普遍性のあるシーン。

 クッキリと原色で塗り分けられた世界は、トップランナーだけが見ることの出来る世界。


 世界記録を更新したマラソンランナー。

 エリックは腕を掲げて歓喜の表情を浮かべるのではなく、自らの身体を強く抱いた。

 幻が消えた虚空を見つめ、涙を流しながら。


 人はなぜ走るのか。もっと言えば、なぜ生きるのか。

 もう走れないと思ったエリックをゴールに押し出した力は何だったのか。

 想像力──。夢見る力に引っ張られて、長い時のなかを人は走るのだ。


 鮮やかな場面転換、鮮やかな色彩にゾクゾクしながら読み進めた後に、私はなにを夢見て人生の地平を走っているのだろうとハタと思った。

 そして心がくすぐったくなったのだ。欲しいものはエリックと同じものだなと感じたことで……。


 感動した。ゾクゾクと鳥肌が立った。そして普遍的な問いを突き付けられた。

 様々なジャンルを書き分ける筆者だが、今回の作品もまた唸った。

 新作が出るたびに感嘆する。この作者はいったいどこまで走っていくのだろうと。


 ◇


 ひつじさんは、とにかく書くジャンルが広い。

 ハードボイルドかと思えば時代物。かと思えばSF。ワトソン博士が出て来たと思えば、ノリノリでラップ調の大航海時代モノ。

 多才だ。そして新作が出るたびに驚かされる。様々な実験をしているのだ。

 それは単純に文章の長さやジャンルに限らない。意欲的に新しい手法に取り組んで、それをモノにしてしまっている。

 タイムリーにそれを見られることが実に楽しい。


 今回の作品がまた……。ヤラレタ。感動した。

 パチリと自分のこころにハマったのだ。本当にタイムリーに。

 やってくれるなあ。感服致しました。


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