最終話「……VSロマンシス」


 11年振りに会った男の子は容姿こそあの頃と全然違っていたが、見ると一発で解った。想像通りの人だった。


 私はこの日、彼と対決するために色々と想像して作戦を立てていた。


 きっと、中学生から学校に通いながら働いていたあの子は私よりもずっと大人だろう。


 女子高から女子短大に進学して働いたことなど一度もない学生の私が彼と対等に戦うには何枚も何枚も豹の毛皮を着込むしかない。


 彼のことを苗字では呼ばず、名前で呼ぶことは既に決めていた。


 何故ならば、飲酒事故を起こしたのは彼の母親であって、決して彼自身ではないからだ。藤宮という姓ではそれを曖昧にしてしまう。


 

 駐車場で彼の仕事の終わりを待つ長い時間は思いの外、短く感じられた。


 それは彼の同僚と思われる人たちが差し入れやらをくれたり、話しかけられたりして正直てんてこ舞いだったからだ。


 聞いてもいやしないのに、彼の人となりを勝手に話し出したり。


 まあ、立派な人だっていうのは解った。


 本当に良い仲間に恵まれている人だ。



 私は彼の同僚の一人にひとつだけ質問をさせてもらった。


『え?藤宮が残業している理由?俺も何かよく知らないけど、あいつなりに稼がなければいけない理由があるんだと思う。節約しているみたいだし』


 理由は知っているのだけれど。再確認させてもらっただけ。


『夜勤の引き継ぎやってっから、藤宮はもうすぐ来ると思うからもう少しだけ待っててやってな』


 そう言うと、その同僚の方は車で去って行った。


 もうすぐ来るんだ、彼が。



 でも、今すぐ来られるのはちょっと不味い。


 両手が塞がっているこれ。


 飲み物とか食べ物とかの貰い物。


 これじゃあ、手持ちぶたさを食欲で誤魔化す品の無い女の子だ。


 一旦どこかに置いてこようかと迷っているうちに、彼は息を切らせながらこちら向かって走って来た。


 なんて、私たちはタイミングが合わないのだろう!!


 初っ端から言い訳染みたことを言わなければならなくなったおかげで、私が着ていた豹の毛皮が2、3枚吹っ飛んでしまう。


 大丈夫。頭の中でリハーサルは何度も行った。


 180cmを越えそうな彼を見上げることしか出来ないが、大丈夫。私は負けない。


 

 些か予想外のやりとりから始まってしまったけれど、彼の嘘を暴くまでは想定内通りに進む。


 そしてそこからが正念場だった。



「―――どうか後10年だけ、後10年だけは親父の想いを俺に受け継がせてもらえないだろうかっ、どうか親父と俺の我儘を認めてくれやしないだろうかっ」


 彼の揺るぎない意思に心が折れてしまいそうになる。


 でも、私は引けない。


 お母さんに未練を残したくない。


 大丈夫、大丈夫。会心の一撃は何度も何度も練習したはずだ。


 一字一句、間違えないようにと時間を掛けた。



「ならば、私と結婚してください」



「望さんにやりたいことを続けていただくには……望さんと望さんのお父様と、私と私の母の願いの全てを叶えるには、高坂家に遺された唯一の家族として、私自身が藤宮家に入る他にないでしょう?」



 準備していた言葉を並べただけでもう限界だった。その後は着ていた毛皮なんて体の熱さに溶けてしまって、心は既にすっぽんぽんだ。


 所詮、敵わぬ相手なんだ。


 生き方も背負っているものも違う。


 だけど、ここ一番で負けるわけにはいかなかった。



「……だってさあ、だって、だって、友達の彼氏から子供のあんたがずっと必死で働いているって聞かされて、そんなん聞いちゃったら私だっておちおち恋愛なんてできないじゃない!!」


「私の青春を返しなさいよっ!男なら男らしくちゃんと責任くらい取りなさいよっ!!」


 滅茶苦茶な理論だってことくら解っている。


 解っているけれど、もう止まらない。


「あんたが勝手に限られた青春を湯水のように無駄にするのは、それはあんたの勝手かもしれないけどっ!だったら、それだったらっ、私があんたを幸せにしてあげるしかないじゃないっ!!」


 もう何もかもが、いっぱいいっぱいだった。


「あんたが意地を張り続けるなら、いくらでも張り続けさせてあげるからっ!!」


「私があんたの青春を返してあげるからっ!!」


「だから、黙って頷きなさいよっ!!」



 彼は、藤宮望は無表情のまま微動だにしなかった。


 きっとこれじゃ駄目だったんだろう。


 ごめんね、お母さん……


 私なんかが考えた会心の一撃は彼を仕留めることが出来なかった。



 だったら、せめて、せめて、ずっと私の心に突き刺さったままの棘を抜いておきたかった。


 私は最後の最後に、どさくさ紛れに、ソレをぶっこ抜いた。



「……あと、あと、えと、ええと、あの……あの時、あんたにピヨちゃんヒヨコの玩具をぶつけてしまってごめんなさぃ」



 薄暗くてよくわからなかったけど、彼の目からツーと一筋の光が流れたような気がした。


 まさかとは思ったけれど、彼は泣いていた。



「ありがとう、ありがとう、ありがとう」



 そっか。


 理屈じゃなかったんだ。


 私と一緒だったんだ。


 

 ずっと張っていた肩をようやく落とした彼がとても小さく小さく見えて、どうしたら泣き止んでくれるのかな?なんて変な事を考えているうちに、私のポケットの中の入っているものを思い出す。


 もし、過去に戻れるのならあの時にこうすれば良かったなんて思って持ってきたお守りのようなもの。


 私は両手に持っていた貰った食べ物とかを左手で抱え直して、空いた右手をポケットに突っ込んだ。



「これあげるから、泣き止んでよね」



 なんだか、自分でもよくわからない流れになってしまったが、彼の手のひらに乗せた振動で、どこか嬉しそうにクチバシをカチカチと鳴らす古びたピヨちゃんを見て―――


 酷く酷く悲しい顔をしていた7歳の男の子が薄っすらと笑った、、、気がした。




 それからのことを少しだけ話しておくとすると、9ヶ月の交際を経て私は藤宮沙希となる。


 入籍した日は、私のお父さんと彼のお母さんの命日。


(終わり)

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ブロマンスVSロマンシス=ロマンス あさかん @asakan

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